「人」か「誇り」か
瞬間、空が飛び出す。双剣を握り、羽を広げ、猛スピードでシヨクに突っ込んだ。
「中々良い踏み込みだ。だが、それで俺に勝とうなどとは……」
二人の剣が交わる。相変わらず鈍い音を上げるが、その音を上げたのは、剣だけではなかった。
「うおぉぉぉ⁉」
本来、シヨクの次の言葉は「思っていないよな?」だった。それと同時に、相手の攻撃も防ぐつもりだった。
だが、彼の攻撃には重みがあった。実力だけでは出せぬ、得体の知れぬ力で、シヨクを奥へと押しやった。
「くっ」
体を強張らせ、なんとか動きを抑えた。しかしそれでも、急激に高まった空の力でシヨクは押されつつあった。
「っ、ぬええい‼」
それでも流石の戦闘センス。シヨクは相手の剣を滑らせて、そのまま自身の剣を振り切ることで、空を弾き飛ばした。
空は華麗に地面へと着地した。
「……なんだ。なぜ、力が増した⁉」
どこから湧いて出たのか、空の力を前に驚きを隠せない。嬉しさで固められた表情に、少しばかりの焦りの色が、冷汗として見られた。
「……」
空は黙って次なる攻撃を仕掛ける。速度、パワー、テクニック。どれも申し分ない。
「くそっ、」
シヨクは大小無数のかすり傷を付けながらも、ギリギリで捌いていく。そう、ギリギリだ。
先ほどまで優勢に立っていた彼は、天使化、さらに、謎の力でパワーアップを成した空を前に、立場を逆転させてしまっていたのだ。
「貴殿のその力は、一体どこから出てくるというのだ!」
剣を捌き、拳を喰らいながらも、文句を垂れる元気はある。ただ、余裕は既にそこにはない。戦いを楽しむこともない。そこにあるのは、「負けるかもしれない」という不安だけだった。
「……俺は、楽しむために戦っているわけじゃない」
攻撃の最中、空は解を口にする。当然シヨクの反応は、
「……なに⁉」
不満だ。
これまで、強者として君臨していたシヨクは、全力を出したことがない。それはつまり、戦いにおいて、負けたことがないということ。
初めて、ライバルと言える相手を前にして興奮・高揚し、全力を出すまでに至った。だからこそ、今の戦いが楽しくて仕方なかったし、結局、勝つのは自分だと信じて疑わなかった。
「俺は、自分の娯楽のために剣を振るわない」
空の攻撃がさらに激しくなる。
シヨクもそれに応戦するが、徐々に押されつつあった。
「なぜだ⁉ なぜ、戦いを楽しもうとしない⁉ 戦いとは、強者のみに与えられた愉悦だ! 遊戯だ! お互いのポテンシャルを発揮し、そして、勝利する。その余韻に浸るための快楽だ! それだというのになぜ! 貴殿はそのような顔をする⁉ それに、強者としての傲りを持とうとしない貴殿の剣が、なぜこれほどまでに重いというのだ!」
「……だからお前の攻撃は軽いんだ」
「……なんだと⁉」
空の剣がシヨクの体を狙う。
それを予感したシヨクだったが、防御の姿勢も意味をなさず、呆気なく切り傷を付けられた。
「ぐっ」
鈍い声をだしながらも、空の次なる攻撃に備える。空は既に次のモーションに入っていた。
その最中、空は言葉を続けた。
「……俺には、助けたい人がいる。約束をした人がいる。『救ってみせる』と、『信じてほしい』と訴えた人がいる」
「それがなんだというのだ! 助けたい者は俺にも存在する! そこに差はないはず……」
シヨクが空の言葉を否定しようとしたとき、空は間髪入れず、言葉を被せた。
「いいや。お前はそれほど思ってはいない。お前には、お前たちには、『助けたい思い(その感情)』以上に、『強者と戦いたい』という意思がある」
「‼」
「誇りのために戦う。それは立派なことだと思う。己を成り立たせるために必要なことなら、それをなにより優先するべきだという気持ちは十分理解できる」
「そうだろう‼ ならばなぜ……」
「けど、」
空は再び言葉を被せる。そして、力強い一振りは、シヨクの剣を弾き飛ばすに至った。
「!」
「その誇りのせいで誰かが犠牲になることは、まったく理解できない」
「‼」
シヨクの表情が崩れる。焦りではない。悲壮でもない。驚きでもない。
悟りだ。
シヨクの脳裏には今、鮮明に部族たちの顔が映っている。飢えに苦しむ家族、餓死で命を落とす同族、流す涙さえない子供たち。
仲間のために戦いに来た。言葉でそう言いつつ、頭で理解しつつも、ここに来て初めて、彼らの顔を思い出した。
苦しそうな表情をしている。戦っている自分とは大違いだ。




