天使VSオーガ
「……」
過去最高の速度がここでも更新される。もはや、ラキアなど比ではない。
しかし空は、これを容易く捉える。天使化の恩恵であることはまず間違いないだろう。視力も、体力も、運動力も、そのすべてが向上していた。
空も同等の速度で突っ込んだことで、それは証明されることとなった。
――ガァァン‼
これまでで最大の音、衝撃波、風が巻き起こる。煙は吹き飛び、瓦礫も…… 吹き飛んだ。
その騒乱の中に居るのは二人の戦士。彼らは音を奏でるのを止めない。
――ガァァン‼ ガガァァン‼
鈍い音。金属が混じり合う音にしても酷い。それが表すは、二人の攻撃力の高さ。一太刀一太刀が必殺の一撃。相手を殺すための重い一撃だ。
一人。オーガと化した獣。その剣戟はあまりにも荒く、剣戟と呼ぶも怪しい。ただ剣を振り回すだけ。しかしそれだけで、相手を破壊する強力な一撃となる。
一人。天使と化した人間。その剣戟はあまりにも美しく、繊細だ。か細い双剣で対抗できるのは、放つ剣戟が鋭かったからだ。重い攻撃に対抗できるほどに。
「フハハハハハ‼」
笑いながら剣を振るい、笑いながら拳を突き出す。この戦いが、命のやり取りが、全力で渡り合える存在がなにより嬉しいといった表情だ。
「……」
無言、無表情で剣を振るい、空を舞う。この戦いが負けられないものと知ってなお、表情が崩れることはない。気持ちを芽生えさせてなお、表情を崩さないのは、やるべきことが変わらないからだ。
「ふんっ‼」
「っ」
――ガァァン‼
音は再び鳴り響いた。
「凄まじい…… 凄まじい攻防が繰り広げられています!」
手汗握り、モニターから目を離すことなく、オタガミの喉は震える。
「シヨク選手の斬撃! しかしこれを空選手が躱す! すかさず空選手のカウンターが繰り出される! しかしこれはあえなく宙を空ぶった! おっと! 今度はシヨク選手の攻撃だ!」
実況が止まらない。いつ呼吸しているのか疑うレベルの手腕だ。もはやゼウスの介入を許さない。
それだけ口が回るオタガミが凄いのか、その状況を作り出した二人が凄いのか。
「……」
ゼウスは黙ってモニターを見る。そう、黙って、静かに。
手汗を握ることはない。心に焦りが生まれることもない。なぜなら神は知っているからだ。この戦いの勝者が誰なのか。次に起こる展開でさえも。
「……」
ゼウスは心を切り替える。そして、空を見る目つきを変えた。
「フハハハハハ‼ 良い、良いぞ! 楽しいな、少年‼ 命すれすれのやり取り! 激しい攻防! 戦っている感じがする! これこそ、戦士の戦いに相応しいものだ‼」
戦いの最中、シヨクは高揚するあまり、攻撃だけでなく言葉も出した。
「なのになぜ、貴殿はそのような顔をする⁉ 戦いが楽しくないのか⁉ この……」
シヨクはグッと拳を握る。
「ひりつくようなやり取りが‼」
そして、空へと繰り出した。
「……」
空はその攻撃を両腕で受け止めると、そのまま後ずさりした。
「ふん!」
鼻息を吹かすシヨク。まだまだもっと楽しみたいといった様子だ。
「……なんで、」
「ん?」
「なんで、それほど楽しくしていられるんだ?」
それを疑問に思った空は、鋭い目つきでシヨクを見た。
「なんで? 逆質問か? なら逆に聞きたい! 高め合えるライバルがいて! 全力をぶつけられる相手がいて! なぜ、昂ることができないというのだ⁉」
「その必要がないからだ」
「……は?」
間断なく答えた。
シヨクの言葉は空には届かない。強力な敵を見てワクワクするなど、ただの戦闘狂の考え方だ、空は戦闘狂ではない。だから単純に、理解できない。理解しない。
一方で、シヨクも空の言葉の意味を理解できなかった。
「必要がない」とは一体どういうことなのか。いや、意味自体は理解できる。強力な敵を相手に昂る必要がないということなのだろう。
だが、なぜ必要ないのかが分からない。それが戦う意味であるし、戦いはそれが全てだ。それ以外に意味など必要がないのだ。
だからこそ、目の前の少年の言葉を理解できないし、相容れない。
「必要がないとはどういうことだ? 昂り、高揚し、満喫する。戦いは戦士の娯楽だ。それが必要ないとは…… それでも俺のライバルか?」
怒りはない。だがどこか、呆れたような口調。
「ライバルになったつもりはない。お前が勝手にそう言っているだけだ」
「悲しいことを言う。だが、俺が貴殿をライバルだと認めた事実は……」
「それに、お前の戦う理由が、『強い敵と戦う』ことなら、」
「?」
「俺は絶対に、お前には負けない」
「!」




