天使化
「‼」
その奇跡を見たゼウスは、急いで送還を止めた。
「? ゼウス様?」
途中で送還を止めたゼウスを不思議に思い、続いてオタガミもモニターを見る。
「これは……」
その光景を見た瞬間、お喋りのオタガミさえ口を閉じた。
「……妙だな」
戦場でただ一人、シヨクはその場で立ち尽くしていた。
最後の戦いに勝ったは良いものの、ここから先の展開がどうなるのか分かっていなかったからだ。
ゼウスからの報告があるのか、それとも、ここに全員が転送されてから結果発表があるのか。いずれにせよ、なにかしらのアクションが起こると思い、その場で待機していたのだ。
だが、その予想に反して何も起こらない。終わらせるための動作を行う必要があるのか。あるいは、あの少年がまだ敗北していないか。
「……」
淡い期待だった。可能性はゼロではないが、ほとんどないに等しい。だがそれでも、少年が生き永らえて、自分に牙を剥く可能性を捨てきれずにはいられなかった。高ぶった感情を、火照った体を、燃え上がる闘志を、ぶつけたくて仕方がなかった。
「……確かめてみるか」
足は自然と前に進んだ。はやる動悸と、飛び出したい衝動を抑えて、少年が飛んでいった方角へと歩き出した。
だが、その足は数歩進んだところで止まってしまった。天から落ちてきた白色の羽に目を奪われたからだ。
「……羽?」
地面に落ちた羽を拾い上げる。真っ白だ。真っ白で、柔らかい。荒廃した惑星に相応しくないほどに綺麗で、純白だった。
「なんだ? なぜ、このようなところにこんなものが……」
シヨクはおもむろに顔を上げる。
「!」
そして、「それ」を見た。
「おいおいおいおい。なんだありゃ⁉」
空の敗北が確定しても目を背けず、最後まで彼の雄姿を見届けようとしたセッキは、モニターに映った「それ」を見て、驚きの声を上げる。
その声に釣られて、一同もモニターを見つめた。全員がセッキと同じ感想を持ったことだろう。
唯一、キユだけはみんなと違う感想を持ち、モニターに映ったそれに心当たりがあるようだった。
「良かった。どうやら賭けに勝ったようだ」
「なんだ⁉ なんか知ってんのか⁉」
セッキの声は、全身の視線をキユに引っ張る。漏れなく、全員の表情が興味と驚きで満ち溢れているようだった。
「予想だけどね。けど、間違いないと思うよ」
それはもちろん、キユも同様である。諦めの表情から一転、爽やかな好青年の顔つきへと戻っていた。
「もったいぶらずにさっさと教えろよ!」
急かすセッキ。そんなヤクザを前にしても、キユの態度は飄々としていた。
「そうだね。そのためにはまず、種族の話をしなくちゃ」
キユはそう言って前置きすると、自身の予想を全員に披露した。
「この世には、僕ら人間以外にも天使、悪魔、死神、妖精、神など、様々な種族が存在する。神はみんな目の当たりにしているし、セッキやシノブは悪魔や妖精を見たことあるよね?」
確認を促すと、セッキは「おうよ!」と反応したが、シノブは無言を貫いた。その反応はシノブの正確よりも、キユの確認を否定するものに近かった。
シノブは妖精の存在を知らないのだ。
シノブの反応は一度置いておいて、キユは話を続ける。
「そんな種族たちはそれぞれ、『エネルギー』というものを持っている。そしてそれは、彼らに憑かれた人間も稀に使えるようになるんだ」
「ちょっと待て」
キユの説明を聞いて、待ったの声を掛ける者が二人。セッキと、シノブである。正しくはセッキ一人だが、シノブも思うところがあるようだった。
「俺も確かに悪魔の力が付いてるはずだが、エネルギーなんて使えねぇぞ? なんかコツがあんのか?」
「拙者も、妖精に憑かれた記憶などない。それに、拙者のは『エネルギー』ではなく『忍術』である」
二人の疑問、批判が一斉に飛び交う。キユはそれを一つずつ対処していった。
「キユは憑かれたわけじゃないからね。悪魔を直接食べて、悪魔のような力を手に入れることはできたけど、それはエネルギーが使えるようになるものじゃないんだ」
説明を聞いて、セッキは少しばかり残念そうにしていたが、そこまでではない。やはり、モニターの「それ」を見た衝撃が大きかったのだろう。
「シノブは…… うん、そうだね。僕の間違いだったよ。君の能力はエネルギーによるものじゃない」
嘘である。本当はシノブも、気づかぬ間に憑いた妖精のエネルギーを活用して、それを忍術として活用しているに過ぎなかった。
ここでそれを言及したところで、シノブは納得いかないだろうし、話に特に支障もないため、そのまま勘違いさせておくことにした。
シノブもそれで満足そうにしている。
「……それで、その『エネルギー』がなんなわけ?」
終始、表情を変えずに黙って様子を伺っていたレセントがキユに説明を促す。
発言を聞いたキユも、「ああ、そうだったね」と、気持ちを切り替え、説明を続けた。
「薄々みんな気が付いていると思うけど、空にも種族が憑いていて『エネルギー』が使えるんだ。それも一つだけじゃなくて、複数。今、空の中には四体に種族が憑いているよ」
「そんなの、あいつの戦いを見ていれば誰だって理解できるわよ。問題は、その『エネルギー』が、どうやって『あれ』と関連付けられるかってことよ」
ネリム戦の時に見せた、妖精の『属性エネルギー』。ラキア戦の時に見せた、死神の『死のエネルギー』。そして、シヨク戦の時に見せた、悪魔の『悪のエネルギー』。口頭での説明がなくとも、話の流れや空の戦い方を見ていればなんとなく理解できるものだ。
しかし、モニターに映っている「それ」はそのどれとも違う。「どの種族か」という問いに対しては誰だって答えることができるのだろうが、「それ」は明らかに、これまでの傾向とは違った。
「レセントの言う通りだ。キユの言わんとしていることはなんとなく理解できるが、『あれ』は空が持つ他のエネルギーと比較しても、あまりに異色だ。これまでの空の戦いからは想像もできない。かけ離れすぎた力だと思うのだが」
レセントに続き、シンスイも疑問を呈する。瞳にはモニター。そして、「それ」が映し出されている。
「……二人が疑問を持つのは当然のことだと思う。なぜなら、『あれ』はこれまでのものとは純度が違うからね」
キユもモニターを見つめる。希望・期待の眼差し。映るものは当然、みなと同じものだ。
「純度?」
「空はこれまで、エネルギーを体に巡らせて、多くの戦いを経験してきたのだと思う。エネルギーを体外に放出させて武器として使う、いわば、体を媒介させるための目的として行われてきた」
「……」
「そして『あれ』は、エネルギーを大量に循環させた結果、見た目に表れたものだと思う。エネルギーが完全に体に馴染んだ状態。長い間、エネルギーを体に流し続けた果ての姿」
ようやく全員の察しが付き、モニターを見る。そして、「それ」を見る。キユの説明を耳に入れながら。
「天使のエネルギー順応率、九十九・九パーセント。あれをなにかの現象として呼称するなら、そうだね…… 『天使化』。そう呼ぶのが相応しいんじゃないかな?」
「天使化……」
セッキはモニターから目を反らすことができなかった。
天に漂う少年像。しかし、それを人間と呼ぶにはあまりにも神々しく、神話身を帯びていた。
シヨクに付けられた傷は癒えただけでなく、背中には翼、頭上には光る輪が備えられている。
それは紛れもない、天使の姿だった。




