負けさせない
「さぁ、ゼウス様。送還を」
マイクを切ったオタガミが、ゼウスに終わりをそそのかす。それは、空の敗北を確定付ける行為。自身の手で、望みを打ち消すに等しい行いだった。
「……」
苦々しい顔で、手を強く握る。送還の時はいつも開いていた拳を、今回ばかりは緩めることに抵抗があった。
もう終わりなのか? 自分の願望は叶わないのか? また失敗なのか?
陰謀を心に秘めながら、それらが打ち砕かれていく音がした。
「……」
モニターの空を見る。血まみれで倒れながらも、ギリギリのところで生き永らえている。空の中に潜む天使のおかげだと思った。
だがそれでも、空の敗北は必至。回復したところで、奴に抗う術もない。空への肩入れを含めても、彼を敗北とさせるには十分すぎる条件下だ。
「ゼウス様」
隣の神が急かしてくる。これ以上、引き延ばすことは不自然だと考え、やむを得ず拳を開いた。
「!」
最初に気が付いたのはギハンだった。空の体が黄金色に光り始める。何度も見てきた、送還の合図だ。すなわち、空の敗北を告げる残酷な光だ。
「っ、空‼ 起きてください‼ このままでは本当に終わってしまいますよ」
ギハンの声を聞いて、空は体を動かそうと試みる。しかし、指先が微かに地面をさするだけで、体を起こすことなど到底叶わない。頭でできることと、体ができることが、あまりにも乖離していたのだ。
「ば、かやろうが! さっさと、起きやがれ、このくそ人間がっ。こんなところで、負けてんじゃ、ねぇ!」
自身が辛いのも後回しにして、いつもの口調で空を奮い起こそうする。
その声に応えようと、空は何度も地面を引っ搔いた。だが、彼の活動はそこが限界だった。指以外が動かない。体が受け付けなかった。
その間にも、空を包む光は大きくなっていく。
「……約束したのではないのですか? 強い意思で、揺るぎない覚悟で、彼女を救うと誓ったのではないのですか?」
ギハンの言葉はきちんと空に届いている。空も、彼女の思いに応えようと、もがく。脳から体へ、動けと指示を送る。
それでも、空の体は地面から離れることはなかった。
ギハンの言葉も、彼女の思いも、空を動かすに至らない。全員が諦め、俯き、待った。空の敗北が確定するその瞬間を。
ただ唯一、この者以外は。
「……負けないよ」
「……へ?」
完全に諦めかけたギハンの耳に、その声は届いた。聞き慣れた、穏やかな声だった。
ギハンは俯いた顔を上げ、視線を空ではなく、声のした方に向けた。
そこには、全エネルギーを一心に流し続ける、天使の姿があった。
「大丈夫。空は負けない」
確信した声だった。希望に満ち溢れている。その言葉に反して、空の体は動かない。いつも、空を突き動かしていたリギラの声ですら、体が動くことを拒むのだ。
ギハンは、ただの現実逃避だと思った。
「もう不可能でしょう! ここから打開する術はありません! 仮に、あなたのエネルギーで傷が癒えても、同じ結果になるだけです! だから……」
「大丈夫」
「!」
力強い返事だった。そして、輝いた目だった。
ギハンは、懸命にエネルギーを流す天使の姿を見て、それが強がりや、現実逃避などではないことを悟った。
リギラは本気で、空の勝ちを信じている。その思いが前面に出た献身であり、姿勢だった。
「なぜ、そこまで言い切れるのですか」
それでも、ギハンの中に疑念は残る。この状況でどうやって勝つのか。
あのリギラがここまで言うのだから、なにかはあるのだろう。しかしそれでも、ここから巻き返せる展開が一切見えてこなかった。
それでも、空とリギラへの信用は、語尾の疑問符を無くすことで、微かに残していた。
「なんで? それは……」
解答を待つ。ここから逆転できる秘策。秘められた力。とんでもない策。期待は徐々に膨らんでいく。
「空はボクの希望だもん」
「……は?」
呆気に取られた。ただただ呆気に取られた。
怒りも、呆れもない。リギラから出た言葉を、脳に直接喰らって、単純な「は?」の一言だけが出てきたのだ。
「空はボクの希望なんだ。どんな状況だって、彼は乗り越えてきた。きっと今回もそう。だからボクは空を信じるし、空を死なせない」
エネルギーを流し、じっと空を見つめ、リギラらしく笑った。
「だって、空はボクの『英雄』だからね!」
「!」
瞬間、奇跡は起こる。




