敗北と諦めと絶望と
「Guruaaaaa‼」
理性の欠片もない、猛獣のような雄叫びが響く。大気の震えよりも早く、シヨクは空に攻撃を仕掛けた。
「!」
視神経にエネルギーを集中させても、ギリギリでしか捉えることができない速度だった。
それはまるで、リエガと戦った時と類似する。強大な敵、圧倒的な速度、破壊力マシマシのパワー。シヨクが格上で、空が挑戦者。表情さえも、あの時と同じだ。
ただ違うのは、戦いのクオリティ。リエガ戦の時よりも、遥かにレベルの高い高度な戦いを繰り広げている。
ただし、空とシヨクが相対していることを戦闘と呼ぶのなら、ではあるが。
それはあまりにも、一方的過ぎた。
シヨクの攻撃は、すべてが致命傷になり得る。それが絶え間なくポンポンと出てくるのだ。殴り、蹴りの格闘だけではない。いよいよ見せた彼の剣戟さえも、空を容赦なく襲った。
その一撃を、空はなんとか受け止めるも、悲鳴を上げた。どの部位か? 言うまでもなく、心に潜む悪魔である。
「クッソが! なんつー重いパンチを出しやがる! 一瞬でエネルギーをごっそり持っていかれたぞ!」
なんて悲鳴を上げるも、その余裕さえすぐになくなった。
エネルギーがなくなっては練り上げ、また体に循環させてもすぐに消えていく。ただエネルギーを絞り出すことに集中するしかできなくなった。
「Guruaaaaa‼」
それでもこの獣は止まらない。空が避けては追撃を食らわし、防御をとっても、それを上回る攻撃力で破壊していった。
「なんですかこれは⁉ こんなの……」
惨い展開。対処できない化け物を相手に、ギハンは戸惑いを隠せない。冷静でいたところで、なんの意味もない。「戦闘中には冷静さを」なんて言っている場合でもない。
ただ目の前の相手の破格の力量に、言葉を失うだけだった。
「怪物……」
今のシヨクに似合う言葉がまさにそれだった。どんな手を打とうにもすべてが失敗に終わるような、そんな感覚。ギハンは、敗北の文字がはっきりと見えた気がした。「勝てない」と。
「Guruaaaaa‼」
止まらない。もはや、空でも、キユであっても、三十人全員で挑もうとも勝てないと思った。こいつが居る限り、グリンの優勝は確実だと悟った。
そして、その事実は揺るぎないものへと昇華する。
シヨクの荒々しく振るった大剣の一撃が、空を地面へと叩き潰すように斬り伏せたのだ。
「っぁ」
言葉にもできない。
それは、空や種族たちだけではなかった。
実況のオタガミは別として、あとの誰も、キユやゼウスですら、口を開こうとはしなかった。空の勝ちの目が潰えた瞬間、あるいはそれよりも前、シヨクが覚醒した瞬間に、全員が敗北を思ったのだ。
「あれは卑怯だ」、「あいつがいる限り勝てない」、「最初から勝負は決まっていたことだった」。心の中に秘められた思いは、全員がマイナスなもの。あまりにも絶望的な状況に、涙を浮かべる者もいた。
もう誰も空の勝利を信じてはいない。地球も、グリンも、セスも、リープも。セッキやネリム、ラキアだってそうだ。空は勝てないと思った。
だが、裏切られたとは思っていない。あれは仕方がないことなのだと、妙に腑に落ちた。ネリムも、心の中で納得していた。呆れたロリ兵士も、涙を流した男軍人も、自分たちの敗北は、仕方のないことだと、すぐに把握した。
誰しもが運命を受け入れたところで、事態は終わりへと向かう。
シヨクが空の足を掴み、空中に放り投げると、最後の攻撃をしようと空へ迫った。
「空‼ 避け……」
リエガかギハンか。どちらでもよいことだった。焦りと悲痛であることは言うまでもないだろう。
シヨクの攻撃が、その言葉よりも早くに空に降りかかることも。
「ふんっ‼」
ラストショット。剛腕な腕が、空の腹に突き刺さった。
「 」
少しの言葉さえも出ない。出てくるのは血反吐のみ。
空は、後方へと盛大に吹き飛ばされた。
「ぁ、あぁ」
敗北が決まった瞬間だった。誰もがその光景を目に焼き付けた。
「まじ、かよ……」
膝から崩れ散るセッキ。
「……終わったのう」
脱力するネリム。
「……」
無理だったか、と目を瞑るキユ。
「……っ、」
悔しそうに拳を握るゼウス。
「……空」
悲哀に満ちた声で呟くラキア。
控室にオタガミの実況が鳴り響く、誰もが、その音をただの雑音として耳に入れ、モニターをただボーっと眺めた。敗北の味を噛み締めながら。
「空‼ しっかりしてください‼ 空‼」
血まみれの空を見て、ギハンは焦りと不安の乗った声を掛ける。もはや冷静で聡明な死神はそこにはいない。ただ一人の人間を心配する、心優しい死神だった。
「ぜぇ、ぜぇ、そ、ら、」
息を切らしながらも、その意識は空へ。今にも閉じそうな瞼をギリギリで押しとどめ、空に心配そうな声を掛ける。そこに、「悪魔」の姿などなかった。
期待、希望、願望。そのすべての一身に背負った地球の少年、白時空。血を流し、霞む瞳を閉じかけ、天を仰ぐ。何も話さず、無表情のまま。
「……こんなものか」
オーガ、ではなくシヨクは、遠く吹き飛び姿が見えなくなった空を意識し、ポツリと呟いた。
「残念だ」
寂しそうに言葉を発して、勝利を確信した。そのはずなのに、嬉しくなさそうだった。




