オーガ化
瞬間、シヨクは最速で攻撃を仕掛ける。パンチだ。空はこれを避ける。
シヨク追う。蹴りだ。空、避ける。
続き空。殴る。シヨク、ガードし防ぐ。そのまま後方へと押しやられ、地面に砂埃を作った。
(……なんだ?)
リエガは違和感を覚えた。
空とシヨクの本気の戦い。両者の気魄は凄まじく、お互いに一歩も譲らない。次第に増える攻撃の手数。増していくパワー。拮抗している。
故に、疑念を抱いた。
(どうなってやがる⁉)
次第にパワーバランスは崩れていく。徐々に攻撃、動きが鈍くなり、一方に天秤が傾いていった。
(なんでこいつ、こんなにも……)
シヨクの飛び蹴りが、空の顔目掛けて飛んでくる。空はそれを、スローモーションで捉えていた。
(弱ぇ‼)
空は飛び蹴りを華麗に躱し、カウンターを決め込む。
「ぐぉぉぉ⁉」
腹に重い一撃を食らったシヨクは、そのまま後方へと弾き飛ばされ、やがて片膝を付いた。
「はぁはぁはぁ」
苦しそうな表情を浮かべ、腹を押さえて空を見る。その姿に、強者としての佇まいも、王者としての覇気も、一切見受けられなかった。
「……貴殿に、一体なにがあったというのだ? 先ほどとは動きも攻撃も、何もかもが違う! この短時間で、一体なにが……!」
呼吸と動悸を荒くして、シヨクは空をじっと見つめる。外見的な変化はない。佇まい、体格、雰囲気。どれも同じだ。
拳を喰らった時よりも、確かに強くなった空を見て、シヨクはただただ驚いた。
「なんだよ…… どういうことだ? なんで空が圧倒してんだよ⁉」
そしてそれは、こちらも同じ。目の前の状況を理解できず、リエガは思わず叫んでしまった。
ラキアを倒して残るはシヨクだけ。最後に残った奴との戦いは、過去最大に熾烈を極める戦いになる。これは相当覚悟を決めなければならない。そう意気込んで挑んだ戦いだった。
しかし、いざ蓋を開けてみれば、空が相手を上回り、勝機を見出している。空の勝ちを確信していたが、このような一方的な展開は予想していなかったのだ。
「……単純なことですよ。相手が私たちの予想以上に弱まっているのです」
シヨクのありさまを見たギハンが口を開く。
ギハンの言う通り、シヨクの体はボロボロだった。傷つき、血反吐を吐き、変な汗を搔いている。足はフラフラで顔色も悪い。キユとの戦いの後遺症であることは明白だった。
「いや、そりゃ分かってるけどよ! それでもラキアよりかは強いだろうが! ギリギリの戦いをしてた空が、なんでこんなにあいつを圧倒できる⁉」
リエガも、ギハンが言っていることは重々承知していた。傷だらけの体で、空の攻撃を食らった程度で片膝を付く始末。そんなことは分かっているが、それでもシヨクの戦闘力は高い。
いくら傷ついているとはいえ、空が圧倒できるほど、二人の間に差はなかったはずだった。
「それも単純なことですよ。空がさっきよりも強くなっているのです」
「!」
ギハンの言う通りだった。視神経へのエネルギー集中で相手の動きを見切れるようになり、四肢へのエネルギー集中で数倍以上の運動能力を上げることに成功。コツを掴んだ空は、それをこの戦いで遺憾なく発揮した。
ただ、空が強くなった原因はそれだけではなかった。
「なんだよ? 思いの力で強くなったとでも言うつもりか?」
「ええ。まさに、それを言おうとしていました」
まさかの感情論を持ち出すギハンに、リエガは言葉を失った。
思いの力が強さを生み出すだなんて、物語の世界だけの話だ。絆? 思い? 期待?
くだらない。そんなものは、リエガ達には無縁のものだった。
「……正気かよ」
「至って正気ですよ。空が強くなった理由は、むしろそれ以外に考えられないと思いますがね」
空の方に目を見やる。立ち上がったシヨクと戦闘を再開していた。展開は変わらず、空が優勢である。
「『誰かのために強くなる』。『みんなの思いが力になる』。よくある話ではありませんか。我々には理解できない代物でも、人間である空は違います。誰かのために戦い、期待に応えるために拳を振るう。例え少し前まで感情が失っていたとしても、根本は変わらないのです」
「……」
リエガも空の方を見る。言われてみれば、確かに空の攻撃が荒々しい気がする。いつもの繊細かつ丁寧な攻撃を繰り出す空らしくない。それは「怒り」を乗せた攻撃をしたリエガやギハンの攻撃と類似するものがあった。
二人の攻撃が「自分のため」であったとするならば、空の攻撃は「誰かのため」の攻撃。同じような感情でも、その効果が似て非なるものであることを、二人は目に焼き付けていた。
「……くだらない」
リエガか。それともギハンか。誰かがそのような言葉を口にした。あまりにも感情が乗ったその言葉は、我に帰させるものがあった。
「……」
人の思いがどうとか、絆がどうとか。そういったことは分からない。分からないが、空の生末を静かに見守ろうと、心の奥底で静かに思った。
「ぐぅぅ!」
リエガ達が、空の変化に思いを抱く中、場面はいよいよ終わりに近づいていた。空の攻撃が再びシヨクを襲い、まともに喰らったシヨクは動けなくなっていたのだ。
「はぁはぁ」
「……」
両者の差は一目瞭然である。一方はボロボロの体で息を切らし、もう一方はすまし顔でシヨクを見つめている。もはや勝負は付いたと言っていい。
「……あっけなかったな。まさか空がここまで強くなるとは」
「そのことについては心より同意しますよ。空のポテンシャルは私たちが思っていた以上に秘められているようです。流石、『我々』に見初められただけのことはありますね」
「……」
まるで、空の才能を最初から見抜いていたような言い方に、一同は無言を決め込んだ。ギハンは特に気にする様子もなく、そのまま空とシヨクの結末を眺め始めた。
「……貴殿とここで出会った時、少しだけ、ほんの少しだががっかりした」
呼吸も荒いままにシヨクは語り出す。会話冒頭の言葉がそれであることは、シヨクの性格を考慮すれば言うはずの無いものだった。
それでも、彼の口からその言葉が出たのは、それほどまでに追いやられているのか。それとも、空を強敵と認め、強者としてふるまう必要がなくなったか。
いずれにせよ、その発言からは強者としての傲りだとかプライドだとか。風格さえ感じていた王者の言い分は一切感じられなかった。
「貴殿の拳を喰らったあの時、既に貴殿の力量を測り、俺の敵ではないと判断したからだ。あのような貧弱なパンチしか打てない貴殿と、最後の戦いに挑むことになろうとは、拍子抜けしてしまったのだ」
「……」
言い分は予想通りだった。リエガやギハンが思った通り、シヨクの中で格付けは既に終えて、かつ、空は敵ではないと判断されていた。
しかし、今の言い方は、その認識を覆すものであることは明白であり、次のシヨクの発言からもそれは裏打ちされることとなった。
「だが、俺の認識は間違いだったようだ。貴殿の実力は、俺の予想を遥かに上回り、あまつさえ俺に膝を付かせるほどになった」
「!」
空気が一瞬にして重くなった。これまで経験したどの空気感とも違う。いや、張り詰めた感じや、肌を刺すところは同じ。
だが、次元が違った。「重い」だとか「刺す」だとか、そんなレベルじゃない。体は細胞レベルで拘束され、肌はもはやなにも感じない。凍った背筋が全身に回り、感触を無くしたのだ。
「……なんだ? この異様な感じ⁉」
それは、実態のないリエガ達にも分かるほどで、空気感だとか、雰囲気だとか、もはや形容しようにもないものがその場に漂っていた。
「ああ。俺は嬉しい。嬉しいぞ、少年よ。キユという強戦士との戦いに引き続き、貴殿という好敵手と出会えた奇跡。誇り高き戦闘民族として、これほど嬉しいことはない」
プレッシャーはどんどん上がっていく。脳や魂が逃げろという警告を甲高く鳴らせる。生存本能が必死に体に訴えてくるのだ。「あれはやばい」と。
「初めてだ。俺が『本気』を見せるのは」
空や種族たちとは対照的に、シヨクの表情は晴れ晴れとしている。それはまるで、楽しいおもちゃを見つけた子供のよう。早く遊びたくてたまらないといった顔つきだった。
人に向ける顔ではないが、その目はちゃんと、「強敵」を見ていた。
「我が種族に代々伝わる秘伝の奥義。それは、部族の中でも最強と認められたものしか使えない、まさしく強者としての証!」
「……」
「これがあるから俺は強者たる。これを使えるからこそ、俺はシヨクであり続ける。これこそが、俺だ!」
毛むくじゃらのオークの毛。ふさふさとした茶色の毛は、強面のオークが持つ、唯一のチャーミングポイントだった。
だがそれも、徐々に失われていく。茶色の毛並みは、猛々しく赤色に染まっていき、ギリギリ揺れていた毛並みも硬くなってゴワゴワだ。
目は赤く、牙は鋭く、そして、戦闘意欲は極めて高い。オーラが武器になるほど、凄まじい勢いであふれ出ていた。
「刮目せよ! これが……」
手をググっと体に縮こませ、やがて姿が変わると、バッと見せびらかすように開いた。
瞬間、突風が吹き荒れる。シヨクを台風の目として、四方八方に向かって風を巻き起こした。
オーラ? 違う。シヨクの動きで風が発生したのだ。なんの変哲もない、ただのポーズで。
「誇り高きグリンに伝わる、最強の技だ‼」
一瞬にして流れが変わった。
大番狂わせ空が勝つであろうという空気。シヨクの弱体化と空の能力向上で生まれた空気は、どこかおかしく思いながらも、誰しもがその空気を受け入れていた。一部はこの空気のまま終わってくれとさえ願った。
その流れは唐突に終える。予定通りの下馬評に戻る。シヨク優勢、空劣勢。九十九・九九パーセントの確率でシヨクが勝つ。誰の目から見ても、それは明らかだった。
「奥の手を出したんだ。簡単に終わってくれるなよ」
シヨクの言葉一つとっても、破壊力のあるものに代わる。胸に言葉のバズーカを当てられた気分に陥ってしまうほどだ。
「さぁ、続きをしようか」
戦闘ではないなにかが始まろうとしていた。




