後悔は後に悔いる
守護竜の影として活動するようになったフィクターとムアであったが、特に問題が起きていない限りは、普段通り東区の管理人として働いている。因みに、そういった問題はレイトアが何らかの察知能力を持っているらしく、部下を通して伝えてくる。とは言え、本人曰く完全な察知では無いらしい。
「とりあえず整理終わらせといたよー」
「そうか、急ぎの用事も無いし、休憩でもするか」
こういう時には、シャルサーがふらっと現れて、飲み物を持ってくるのだが、それは今や幻想でしかない。その遺体は確認したし、埋葬が済んでそれなりに月日も経った。それでも、ムアはバカにしたような口調で出てくる姿を想像して、苦笑してしまう。
「ねぇ、そろそろ作戦が始まるよね?」
「そうだな」
「直接行動しないししても、ここを守らないといけないんだから、ドラゴンになった方が良いよ」
フィクターの竜化部位は更に広がっている。もはや首も鱗に覆われつつあり、完全に人としての部分はもう少ない。左手首、左足首から先と、頭部くらいだろう。ムアの知識では、頭部まで浸食が届いたときに、急激にドラゴンとしての変貌が起きるはずである。脳まで届くことが境界という事だろうか。
「あまり面倒になるような事をしてくれるなよ? それにな、ドラゴンになったら銃が持てない」
フィクターが竜になりつつあるというのは〈要塞の帝国〉の上層部には周知であるし、実際になったからと言って問題は、結構起きるかもしれない。東区の管理人を続けるのが難しくなるし、本人としては、その事実を知らない人に説明するのが果てしなく面倒くさいとの事。因みに、竜化の影響で右利きなのに左手で銃を持っている。
「でもでも、ドラゴンになったら銃なんて必要ないんだよ? 説明が面倒だったら、全部ディーアに任せちゃえば良いんだよ!」
「ディーアが聞いたら呆れかえるだろうな。まぁ、協力してくれそうではあるが」
フィクターは本気に捕えていないらしく、楽しそうにしているが、ムアとしては本気なのだ。ドラゴンになれば生存率が高くなるのは勿論であるが、それ以上に危惧している事がある。
「何も無いんだったら良いんだけど……」
管理者は須らく支配権限を持っている。フォルフルゴートがドラゴンに対する強制支配権限があるように、他の四体の管理者には、それぞれ条件を満たした対象への支配権限を持っている。その支配権限は強制と言うほどには強くないが、強くないからこそ、支配されている事に気づくことが出来ない。
「何か心配してることでもあるのか?」
「えぇっとね……。うん、何でもないよ」
迷ったムアであったが、何も言わない事にした。イニシエンの道を繋ぐ権限は、場所と場所を繋ぐものだと思われているが、本質は違うもの、目標へ道を繋ぐ権限なのだ。詳しくは解っていないが、イニシエンの定めた目標に誘導する力、もしくは似たような力だろう。それが支配権限の根源では無いかと考えている。
「何かあるなら、忙しくなる前に言っておいてくれ」
「本当に大丈夫だよ」
それを伝えた所で、フィクターがイニシエンの支配下にあるかどうかを証明する事は出来ない。完全にドラゴンになってしまえば、確実にその支配の影響を受ける事は無いだろう。代わりに、フォルフルゴートの支配を受ける事になる。それが、良い事なのかムアには判断できず、強引に行動する事を躊躇わせる。
「あまり心配そうな顔をしてくれるな。外を見てみろ、良い天気だ」
「窓からは物凄い曇天が広がっている風景しか見えないよ……?」
「そうか、ここからだと外が見えないんだ」
「適当な事言ってるだけだった!?」
そんなやり取りをしながらも、何となくフィクターとは仲良くやっている。だから、余計にムアはこの世界が惜しくなってしまう。本来であれば、何の目的も持たず、ただふらふらと過ごし、何の執着も見せないままで、世界が終わるまでのほほんとしていただろう。
「それくらいのテンションでないと、別人かも知れないと疑ってしまうからな」
「それ、私の事うるさいって言ってるよね!? 私いつもそんなにうるさくないよね!?」
「存在が騒がしい」
「何それ酷い!」
フィクターと関わるようになって、今まで空っぽになっていたのが嘘みたいだった。大変な事に沢山巻き込まれたような気もするけど、楽しい事もたくさんあった。始めから手にしなかったら、こんな思いもしなかった筈だけど、今まさにこの世界が続いてほしいと思っている。
「明るくて良いじゃないか」
「私はそんなんで誤魔化されないんだからね!」
「ムア、お前が照らしてくれているんだ。急に居なくなってくれるなよ」
出会う事が無ければ、会ったとしても深く関わらず、ふらっと出て行ってしまえば、こんな事にはなっていなかっただろう。それはそれだけの事だとして、簡単にあきらめる事が出来た筈なのに、手放したくはないという感情がムアの頭を埋め尽くす。
「……私は、後悔してるんだ」




