脱出する者
「……さて、これにてあたしらはお役御免という事ですね?」
馬車が一台、エギスエリュア、フラムフィークス、そしてもう一人を乗せ東区にある門から〈要塞の帝国〉より出ようとしている所だ。普段から度々出入りする事はあるが、今回は緊張せざる得ない理由がある。
「そこの馬車、止まるのであります」
馬車が門を通り抜けようとした時、防衛部隊の一人であるグラレアが呼び止める。レイトアが何か怪しい気配がすると、警戒を強めるように指示されていたのだ。
「あたしらはしがない商人ですが、何だか物々しいですわ。何かありましたか?」
「積み荷の検査をさせてもらいます。何もなければ開放するので、安心してほしいのであります」
馬車はグラレアを含む複数の防衛部隊によって囲まれてしまう。普段であれば別に構わないエギスエリュアであったが、今回はそれをされると困るのだ。何しろ、この馬車にはあの人物が乗っている、バレる訳にはいかない。
「あたしら本日急いでおりましてね、後日であれば全然かまわないのですが、今回ばかりは見逃して欲しいのですわ」
「記録によると貴方は、長期に渡り我が国と取引をしているのでありますな」
「えぇ、最近はフィクター様に御贔屓にしてもらっていますんでね。いやぁ、あたしら商人にとって安定した取引と言うのは大切な物なのですわ。信用第一ですんで、今回ばかりは通して戴けませんかね?」
どうにか直ぐに通してもらえないかとエギスエリュアは説得するが、グラレアの表情は硬い、確実に不審がられているように見える。ただ、今までの実績を盾に、どうにかするしか無いのだ。
「これ以上の問答は無用。早急に済ませるので、安心してほしいのであります」
どうしても、積み荷の点検は避けられないらしい。積み荷自体には問題が無い、そう、あの人物が乗っている事が気づかれない事を祈るしかなかった。だが、事態はエギスエリュアの祈りとは別の方向に進んでしまった。隠しておきたかった人物、どうにか〈要塞の帝国〉の外へと連れ出さなくてはならない、アルケミスト・コミュニティの創始者、クレイクァールが堂々と馬車の外へ出てきてしまった。
「エギスさん。どうやら、このまま逃げる事は出来なさそうですね」
「貴方は……クレイクァールでありますか……。何故、この馬車に乗っていたのか、後ほど尋問する事にしましょう」
既に、防衛部隊によって囲まれてしまっている。どれだけクレイクァールが強くとも、複数人を相手に戦えるものなのだろうか、おそらく、捕えられて尋問されるのであろう。エギスエリュアも、馬車から出てこないフラムフィークスも。
「そうですね。フラムフィークスは同志なんですよ。こちらに居るエギスさんは、同志と言う訳ではありませんが、手伝いをしてもらっていたのです」
そのクレイクァールの言葉に、エギスエリュアは驚きと共に、納得してしまった。フラムフィークスはアルケミスト・コミュニティに所属している。そして、利用しているつもりが、完全に利用されていたという事も。
「美味しい話には裏がある、あたしは、商人失格ですわ……」
伝手で〈要塞の帝国〉相手に商売が出来るようになった事、長年やり取りをして信用を得た事、今日いつもの取引をしに来たらクレイクァールが居た事、脅されて匿う事になってしまった事、そして今、絶体絶命である事。
「話は後で聞かせてもらうのであります」
「その必要は在りませんよ。貴方達の持っている武器では、重すぎて私に傷さえもつける事は不可能ですから」
「抵抗するつもりでありますか……!」
そこからは完全な蹂躙であった。クレイクァールは、まるで相手の動きが完全に読めるように、ひらりひらりと躱していく。そして、その際に防衛部隊の着ている鎧に触れていく。
「貴方達の想いは、重すぎます。その自重で潰れてください」
そして、触れた鎧の重さが何倍にもなったかのように、防衛部隊は動きを止めていく、あまりの重さに、立ち上がる事さえも出来ないようだ。最終的に、この場に立っているのはクレイクァールと、エギスエリュアだけとなった。
「……、もうすぐで応援が来る筈であります……」
「そうですか、早めに立ち去らなくてはなりませんね。その前に、遺恨の根は断っておかなくてはなりません」
クレイクァールは、どうやって手に入れたのか、銃を持ち、一人、また一人と、地に付した防衛部隊達の頭を撃ち抜いていく、ある意味、チャンスは今しか無かった。エギスエリュアは、覚悟を決め、最後の一人が撃ち抜かれようとした時、護身用のナイフを持ち走る。
「覚悟っ……!?」
クレイクァールの背中を突き刺す筈であったナイフは空を切る、まるでそうなる事が解っていたとでも言うように、躱されたのだ。そして、そのままの流れで、銃に撃ち抜かれる。
「貴方の強い想いが無ければ、刺されていたかもしませんね。ですが、結果と言うものは、覆せないのです」
「あたし、意外とあの国、気に入ってしまったんですわ……。もしかしたらと、覚悟を決めたんですが、引き際が読めないなんて、あたしは、商人失格ですわ……」
そして、意識朦朧とするエギスエリュアに、フラムフィークスの声が聞こえてくる。もはや、目は見えていない、温度感覚もよく解らない。
「クレイ様。世界の終わりが近づいている。だが、私の終わりはこの場所だ」
「フラムさん、本当によろしいのですか?」
「私は、次の世界でもこいつの面倒を見なければならない。さっさとしろ」
クレイクァールがこの場所を去った後、生き残っているのは一人しか居なかった。グラレアは、エギスエリュアの突撃によって、銃撃を受ける場所が逸れた。それは、即死になるものが、致命傷になったというだけのもの。だが、その希望は繋がる事になる。
「ご先祖様は、こんな気持ちであったのでありますな……。私の全てを捧げて、私達の国を守るのであります……」




