静観する者
「アウトークシア、貴方はどう思う?」
「私は、何も思いはしない。例え、この国が滅びようともな」
西区の屋敷。無駄に広い部屋に、椅子に腰かけ、向かい合うアウトークシアと、キュルク・ヘイム。他には誰もいない、静かな時間が流れている。
「貴方が法でこの国を縛れば、いくつかの厄介ごとは減ったと思うのだけど?」
「それでは意味がない。それに、私は天使だ」
「悪魔に手は貸せないのね。今更だとも思うのだけど」
アウトークシアとは、キュルクがまだ若かった頃からの付き合いであり、もう既に五十年近くは経っているだろう。天使の存在してきた年数からしてみれば微々たるものであり、人間からしてみればとても長い時間である。
「少なくとも、私が手を出したところで、あまり意味は無い。ここは完成され過ぎている」
「そうねぇ、シャルサーって子に会ってみたわ。イニシエン様からは、少しだけ話を聞いていたのだけど」
キュルクは、フィクターが倒れた日に、ムアと話をしたのだが、その後にシャルサーとも話をしていた。その際、能力について聞き出したりしているのだが、今回それは関係ない。
「私は会ったことが無いな」
「いうなれば、日常への信者。自分達の何気無い平穏のために、裏で戦っていたわ」
「……。典型的なこの国の住民という事か」
イニシエンに忠誠を誓い、そして、日常を甘受する。それが悪いという事は無いのだが、どうしても変化に乏しくなる。だからと言え、何らかの混乱が起きればいいという話でもない。キュルクも、アウトークシアも、答えなんて持ち合わせていないのだ。
「この国の人たちは、終わりの時を迎えることを知っているわ。既に、戦いへの準備は進んできている。だけど、あの二人、それを昇華することは出来るかしら?」
「貴方は、世界が終わることに、何も思わないのか?」
「言ったはずよアウトークシア。私はもう、十分に生きたわ。そんなことより、盗み聞きは感心しないのだけど?」
いつの間にか、部屋に入ってきていたレイトアに視線を向けるキュルク。別に盗み聞きしようとしていたつもりはなかったようで、不機嫌そうに返答する。
「盗み聞きしようとしたつもりはない、話しかけるタイミングを逃しただけだ」
「それはどうでもいいわ。それで? 本題を教えてほしいのだけど?」
キュルクのあまりにもマイペースな物言いに、青筋を立てるレイトアではあるが、ここで言い争いをしても意味はないと切り替える。ただ、こんな奴といつも一緒にいて、アウトークシアは疲れないのだろうかとは思うが、追及しても話が進まないし、本人が気にしていなさそうなのでまとめて飲み込む。
「この国に何かが入り込んでいるだろ? アウトークシア、お前なら感知できるはずだ」
「私に振るのか? 知っているだろう、私は私の基準のみに従う。いや、もしくは、疑っているのか?」
「疑っていない訳がないだろ。俺は常に、全てを疑っている。疑うことを忘れた、この国の奴らの代わりに、俺が疑うんだ」
レイトアは、アウトークシアがこの国を利用しようとしている可能性を、キュルクが実は別の組織である可能性を、又は、ほかの人が裏切る可能性を考える。だからこそ、全てを疑っている。
「貴方がそこまでする必要はないと思うのだけど?」
「お前は、人間のくせに解っていないのか? 人の心はただでさえ脆い、その上にこの国の奴らは無防備だ。誑かすのは悪魔の仕事、疑うのは俺の仕事、今動かずしていつ動くというんだ?」
〈要塞の帝国〉はイニシエンへ忠誠を捧げる者達によって作られ、そして、その理想を形にするという共通した信念によって結束している。今尚、それが変わる事が無く、だからこそ、レイトアが危惧している事がある。
「私はね、人間ってそんなに弱くは無いと思うのよ。立ち直ることが出来るのも、強かさにつながると思うのだけど?」
「ふん、お前は心を守るすべを知っているに過ぎない。この国から裏切り者が出て表沙汰になってみろ、疑うことを忘れた大多数の民には、相当な負荷になるはずだ。そのうちの何人が立ち直れると思っている」
実は、この二人が言い合いをするのはこれが初めてではない、ある意味定期的に行われている事ではある。どちらも意外と頑固であり、何を言おうと考えを改めた試しは無いので、意味がないといえば無いと言える。
「貴方は優しすぎだと思うのだけど? ダメな人はダメなのよ、淘汰という残酷なものも必要になる。だから、必要悪になる必要なんて無いわ」
「……ふん。俺はやるべきことをやっているだけだ。お前と話すと話が逸れ過ぎる。俺が聞きたいのは、何かを掴んでいるのかどうかだ。アウトークシア、お前なら感知できるだろ」
「私は、私の基準で動く。知っていたとしても教える事はないだろう。そもそも、貴方は既に動いている筈だ」
不審な動きを感じとっていたレイトアは、すでに防衛部隊に〈要塞の帝国〉の周囲の警戒を固めさせてはいる。だが、それだけでは足りないと考えるのと同時に、もう一つの目的があった。
「ふん、もういい」
レイトアはそのまま去っていった。不審な動きがあった以上は、天使であるアウトークシアを疑っておいたという事なのだろう、そして、自分の基準でしか動くつもりはないと、返答した。知らないと言い切らず、知らないはずのことを、知っていると公言して。
「それでよかったの?」
「私だって、半分は形だけとはいえ、疑われて気分の良いものでは無い」




