後悔する仲間
「ねぇ、フィクターは大丈夫なの?」
「医師は命に別状は無いと言っていました。少なからず、ドラゴンの生命力が備わっていたおかげかもしれません」
屋敷にて、ベッドの上で寝かされているフィクターの傍で、心配そうにしているムアとシャルサー。どうやら、アルケミスト・コミュニティによる襲撃によって気絶した所、駆け付けた防衛部隊によって救出されたらしい。
「……。もしかしたら」
ドラゴンには人ならざる生命力が宿っている。特に、黒竜ムアは強靭な生命力を持っている。だからこそ、思いついた事。既にフィクターにはドラゴンの力が馴染んでいる、権限を扱えるようになってきた事もその証明である。そうであれば、もうすでに竜の肉体を受け入れる基盤は完成している。
「ムア、それは許しません」
果物をむくためのナイフを手に取ろうとして、シャルサーがその腕を掴み、動きを止めさせる。その、明らかな妨害にムアは睨みつける。
「どうして、邪魔するの。完全にドラゴンになってしまえば、この程度の怪我、すぐに直せるんだよ?」
「解っています。ですが、させません。貴方は、自分の都合に他人を振り回しているに過ぎないのです」
普段は柔らかい笑顔を維持しているシャルサーが、敵対者を見るかのような目を向けてくる。どうして助けようとしているのに、責められているのか、ムアにはそれが理解できない。
「もし、フィクターが死んじゃったら、どうするつもりなの?」
「そうなれば、それまでです。不老であるドラゴンには理解できないかもしれませんが、人間とはそういうものなんですよ」
「もうフィクターは半分ドラゴンなんだよ! 人間の枷に当てはめる必要はもう無いの!」
「いえ、必要あります。例え肉体は別物になろうとも、その精神は人間のままなのです」
言い合いをする二人、ムアはいつもの事としても、珍しい事にシャルサーが感情的になって言い返している。そんな状態であるからこそ、この部屋に入り込んできた人物に気づく事が出来なかった。
「あらあら、若いって良いわね。でも、そろそろ冷静になるべきだと思うのだけど?」
キュルク・ヘイムはフィクターのお見舞いに来たのだが、怪我人のいる部屋で言い争いをしている二人が居たものだから、咎める事にしたようだ。しかし、シャルサーにとっては、誰かが入ってきている事に気づくことが出来なかった事実に、苦虫を噛みつぶしたような表情になる。
「……。どなたでしょうか?」
「私はキュルクと言えば解るかしら? 細かい説明は面倒なのだけど」
「なるほど……。申し訳ありませんでした。私は頭を冷やす為、退出する事にします。……ムア様、余計な事はしないように」
シャルサーは、いつもの笑顔を張り付けて、一応念を押すと、部屋から退出していった。部屋にはもしかしたら会ったことがあるのかも知れないけれど、殆ど初対面の二人が残され、少しの沈黙が流れる。それを破るかのように、キュルクが問いかける
「貴方、何を喧嘩していたの? 普通であれば、怪我人の居る部屋で言い争いなんてしないと思うのだけど」
「だって、フィクターがドラゴンになれば、絶対に元気になるのに、シャルサーがダメって言うんだもん」
「なるほど、貴方が黒竜ムアね。ディーアから話は聞いていたわ」
合点がいったとばかりに、大きくゆっくり頷くキュルク。ディーアから話は聞いていたものの、本人と実際に話をするのはこれが初めて。一応は、どんな性格なのか把握はしていたが、百聞は一見に如かずというものである。
「うん、私がムア・ライア。……ねぇ、人間とドラゴンって、そんなに違うものなの?」
「人間とドラゴンとは言うけど、同じドラゴンでも、同じ人間でも、同じものは無いと思うのだけど? 違いっていうものはね、心の中にあるものよ」
「なにそれ、よく解んない」
なんとなく聞いてみたムアであったが、キュルクからの返答は理解できないものであった。確かに同じものは無いというのは解るけれど、違いが心の中にあるというのはどういう事なのか。
「シャルサーと言ったかしら? 彼にとっては、貴方とフィクターが違うものなのよ」
「うん。ドラゴンと元人間だからね」
「でも、貴方にとって、貴方とフィクターが同じものに感じているのだと思うのだけど?」
「えっ……ええと?」
ドラゴンと人間が違うものだと言われるかと思いきや、同じものだと感じているのではと、問いかけられて動揺してしまう。そんな事考えもしていなかった。だけど、それを否定する気持ちも沸かない。そんなムアの様子を見たキュルクが確信を持つ。
「言わば、仲間意識と言う事になるわね。本来ドラゴンの持っていないものだけど、貴方が人間の姿を手に入れた時点で、その精神も引っ張られているのよ」
「そうなんだ……。私は、フィクターを仲間だと思ってたんだ……」
「人の命って、ドラゴンに比べたら脆いものだから、焦るのも理解できるわ。だけど、せめて返事を聞きなさい。貴方の心に認識差があるように、フィクターにもあるのだからね」
それだけを伝えると、キュルクはゆっくりと部屋から出て行った。たった一人になったムアは、何もせず、ただそこに立ち尽くしている。徐々に、日が暮れてきた。長い時間そこに居たようだが、その感覚も無くなってしまっている。フィクターは、未だベッドで眠っているが、心音と呼吸音から、未だ無事なようだ。
「どうして、怖いの? 私は、やってはいけない事を、やってしまった?」




