後悔する侮蔑
「ふーん、ふーん、ふーん」
現在、ムアは<沈黙の森>近辺まで来ている。特に何か用事があるという訳でもなく、単に久し振りに<要塞の帝国>の外に出てみたかっただけ。北の方へは行くなと言われているので、森に癒しを求めてやってきたようなものである。
「おやおや、フィクターの旦那の付き人さんではありませんか?」
森の新鮮な空気を感じながら、ボーッとしていると、近くを通りかかった馬車から、誰かが降りてきて声をかけられる。どうやら、ムアはフィクターの付き人的な扱いをされているらしい。
「ええっと、エギスエリュアさん?」
「はい。あたしら<無知の国>で毛皮を入荷していたんですがね、どーやらドラゴンが出たという事で、慌てて逃げてきたんですわ」
「あー、ロアの事かな? それならギアが対応するみたいだよ」
ドラゴンから逃げてきたらしいエギスエリュアだが、実は目の前に居るムアもドラゴンであることを知らない。そんな事実に内心苦笑いしながらも、顔には出さずに対応する。
「あら、守護竜さんが退治してくれるなら安心ですわ。あたしら商人にとっては、話の通じないドラゴンは厄介でして。そうそう! 質の良い毛皮を入荷しましたんでね、いい服が仕立てられると思いますよー。やっぱり、人の繋がりこそ命綱、という事もありましてね、森には腕の良い仕立て屋さんが居るわけですわ」
「エギス、話が長い。その長話で日が暮れてしまうぞ」
話が長くなると予測したのか、馬車からフラムフィークスが出てきてウンザリした様子で話を止める。どうやらこう言った事はよくあるらしい。相変わらず糸目のエギスエリュアは悪びれる事も無く笑っている。どうにも、狐みたいな風貌の商人である。
「ハッハ! これは商人の性と言うものでして、堪忍してほしいですわ」
「そういえば、二人って〈沈黙の森〉特有の名前だよね?」
「そうだ。我らは森の民だが……それがどうかしたか」
ムアの疑問に答えるフラムフィークス、相変わらずフードで顔を隠している為に表情が読めない。森の民だからと言って何か問題があるわけでは無いが、ふと気になる事があったのだ。
「アルケミスト・コミュニティって、時々話題になってるんだけど、本拠地って〈沈黙の森〉にあるんだよね? 大丈夫なの?」
「勘違いをしている。アルケミスト・コミュニティは小さな組織だ。お前は、クレイクァールとミクスミャルム以外の名前を聞いたことがあるか?」
そういえばとムアは思い返す。確かにその二人以外の名前を聞いたことが無い。アルケミスト・コミュニティがその二人だけというのはあり得ない話だが、ギアから聞いた話では、脅威になったことがあるのはミクスミャルムくらいで、他の者達は精々弓を放ってくる程度。一般の防衛部隊で対処できるレベルらしい。クレイクァールに関しては直接戦闘になったことが無い。
「そういえば、そうだね」
「唯一〈要塞の帝国〉に組織で敵対している奴らだ。だからこそ、過大評価をしているに過ぎない」
「ふーん。なんか、アルケミスト・コミュニティに詳しそうだね。他に何か情報……」
せっかくだから色々聞き出そうとしたところで、フラムフィークスはその容姿に見合わない程に俊敏に、馬車に戻ってしまった。エギスエリュアも、ムアの後ろ側を凝視した後、普段の笑顔を崩して慌てて馬車に向かって走って行ってしまう。
「エギス! 急げ! 置いていくぞ!」
「待ってくださいよフラムさん! あたしはそんなに早く動けないんですわ」
「口では無く、足を動かせ!」
「えっ、ちょっと」
唖然とするムアを置いてきぼりに、二人は馬車を走らせ、凄い勢いで森の中に入っていってしまった。何がそんなに恐ろしいのかと、エギスエリュアが見ていた方へ視線を向けると、鳥のような白い翼のドラゴンがこちらに向かって来ていた。
「野蛮な肉食トカゲが餌に迫ってるんだと思って来てみたけど、違ったのかなー?」
「貴方には会いたくなかったわ……! それに、私が何でもかんでも襲って食べるみたいな言い方やめてよ! せっかく情報が手に入ると思ったのにー!」
その白いドラゴンは、悪評高い、白竜リア・メキアであった。ムアからしてみればギアやロア以上に、会いたくなかった存在と言える。何しろ、捻じり曲がったような性根の持ち主であり、相手が苦しんだりしている所を観察するのが趣味と言う、とんでも無い奴なのであった。
「肉食トカゲにそれ程の知能があるなんて、私は驚きでひっくり返ってしまうねぇー」
「勝手にひっくり返ってなさい。貴方と違って、私は天才だから」
「アハハハ! 面白い事を言うね! 人間なんて地を這う下等生物から、情報を得ようとするのは、血肉を食らう野蛮なトカゲにしてはよく考えたと褒めてあげても良いけどさぁー、やっぱり馬鹿だよねぇー!」
嘲笑うリア、この人を完全に見下して、バカにしたような言動が、ムアからしても相容れないと思わせるには十分なものである。もちろんの話であるが、この白竜と進んで仲良くなりたいという酔狂な存在は、ドラゴンの中にも存在しない。
「何か良い方法でもあるって言うの? どうせ、口だけなんでしょ?」
「アハハハ! 簡単な事じゃないかー 足でも、腕でも、掴んで思いっきり振り回してやればいいんだよー。四肢の一本や二本、千切れる位にやれば口も割るんじゃないのー? っていうか、泥臭い人間の姿になれちゃって、そんな事も出来なくなっちゃったのかなぁー?」
「もう! 向こう行け!」
「アレー、怒っちゃったのかなぁー? それは困ったなー、仲良くしたいのになー、なんて思っても無いけどね! 血の匂いの染みついた友達なんて御免だよー。まぁ、今はもっと面白いおもちゃを見つけてあるから、また今度遊んであげるよ!」
リアは人の姿のムアをバカにするかのように、周囲を旋回した後に、どこかに飛んで行ってしまった。もう二度と出てくるなと思うと同時に、リアに目を付けられた誰かに同情を禁じ得ないのであった。




