変貌する困惑
フィクターは困惑していた。住人の避難指示を済ませ、何が起きたのかギアに聞くために監視塔に向かったところ、その塔の前で、どこか見覚えの有るような大きなものが、真っ黒に焦げていた。
「いったい、どんな面倒事が……」
「フィクター様、水竜ロアによる襲撃であります。ギア様は逃げたロアを追い、他の隊の者達はこの時に乗じてアルケミスト・コミュニティが攻めてこないよう見張り、私はこの場を任されたのであります」
その、なんだか解らない塊の隣に立っていたグラレアがフィクターの言葉に答える。少し疲れているようにも見えるが、その言葉はハッキリしたものだった。だが、それとは別に気になるものがここにある。その塊は、嫌に既視感を感じるものだったのだ。
「そこまでは理解した。ところで、この塊はなんだ?」
「その……。ギア様が言うには、ムア様との事です」
「ムアだと……? 大丈夫なのか?」
その大きな姿は、確かにムアの丸まったドラゴンの姿に酷似していた。だが、その焼け焦げた微動だにしないそれを、フィクターは勘違いであって欲しかった。何しろ、何だかんだ言っても仲良くやっていたからだ。しかし、断言されてしまえば、大丈夫なのかどうかを問うことしか出来ない。
「ギア様が、内臓までは焼かれていないから、放置しておけば勝手に復活すると言ってたのであります」
「何を言ってるんだ……?」
「私は、ギア様の言葉を伝えているだけであります」
目の前の焼け焦げた動かない塊が、放置して勝手に復活するように見えないし、グラレアもそう言いきってはいるが、どうにも疑問に思っているようだ。少なくとも、このままにはしておけないし、どうしようかと考えていると、その塊にヒビが入っていった。
「本当に大丈夫なのか? ひび割れていってるんだが……」
その塊の、背中にあたるであろう部分が、ぱっくりと割れ、中から傷一つ無い黒竜ムアが現れた。これにはフィクターも、グラレアも、驚きと困惑で、固まった表情のまま凝視する。
「ふっふっふー、脱皮して、無傷で復活! 流石のギアも、一撃で私を焼き尽くすことは出来なかったみたいだね!」
場違いに謎のハイテンションなムアを見たフィクターは、最早色んな感情を吹っ飛ばして、どんなリアクションをすれば良いのか解らなくなっていた。
「ええと、その。無事なようで良かったのであります」
「……そのようだな」
「あっ、フィクター! ギアったら酷いんだよ? ロアごと私まで焼くなんて信じられる!?」
「なんというか、あまり驚かせてくれるなよ……」
ギアは、ムアに対してかなり冷たい所はあるが、流石に燃やし尽くしたりとか、物騒な事はしないと思いたいフィクターであったが、これを見る限り間違いが起きてもおかしくは無さそうだ。
「あれ? フィクター心配してくれてたの?」
「心配を通り越して、どう反応すれば良いのか解らない。まぁ、無事なら良いか。少しそこで休んで……あー、グラレア。すまないが、ムアに服を適当に持ってくるから、それまで様子をみてやってくれないか?」
人の姿から、ドラゴンの姿に戻ったことで、服は破けているどころの話では無くなっている。ドラゴンの姿のままにさせておくのも問題ではあるが、この状態で人の姿に戻るのにも問題がある。グラレアが居る内に、急いで適当な服を持ってくれば、何とかなるだろう。
「了解であります」
「えー。今なら他に誰も居ないし、人の姿に戻って、走って帰っちゃえばいいんじゃない?」
「却下だ。余計な事をしてくれるな」
「大人しくしていて欲しいのであります」
フィクターは、ムアが余計な事をする前に、急いで帰って服を持ってこなくてはならない。最近は大人しくはなってはいるが、それでも度々トラブルメーカーなのであった。
「まさか、こんな事で走ることになるなんて……」
元々、フィクターはスタミナのある方であるし、ドラゴン化しつつあるせいか、その体力は更に増加しているようだ。とはいえ、やはりこんな事で走ることになるのは、腑に落ちない部分はある。だが、放置すれば尚更に面倒な事になるのだから、どうしようもない。
「おい、フィクター。何を急いでいる?」
途中、偶然会ったディーアに呼び止められ、フィクターは足を止める。本当であればそのまま聞こえないふりをして急ぎたい所であるが、それをするわけにはいかない。上司というのもあるが、後々何を言われるか解りはしない。
「急ぎで、ムアの服が……」
「それなら、これを持っていけ。丁度渡しに行く所だった」
ディーアが投げて寄越したのは、黒いズボンと、上着。とりあえず肌を隠す分には良いかもしれないが、フィクターからしてみれば、わざわざこんなものを持ってきていた事が疑問そのものである。
「何故、これを?」
「最初はギアと共に、ロアを止めるつもりだったんだが……」
「何となく、把握できた」
ギアがムアをあまり良く思っていないことは明白であり、ロアが攻撃してきた所に、その標的が居たとすれば、ついでに使ってやろうと思うのかも知れない。なんでそんなタイミングで、そこに居たのかはわからないが。
「すまないな。ギアもあれで悪気は……多少は有るかもしれないが」
そもそも、ドラゴンと人間では多少考えに違いがあることがあるが、その最たるものは同族意識である。ドラゴンには同族意識というものが皆無であり、同じ種族であると認識する事が出来ない。そのせいなのか、ギアは加減をする事が出来ないし、ムアも犬に噛まれた程度にしか考えてはいない。
「ドラゴンだからと言えば良いだろうか」
「フィクター、お前も既に半分ドラゴンだがな」
「そういえば、そうだった。ステーキにしてくれるなよ?」
「それはギアに言うべきだな」
軽く笑い合うフィクターとディーア。特に二人で行動する事が多いわけではないが、気が合うのか案外仲が良いのであった。少し雑談を交わした後、ムアの元へと戻るべく、歩き出す。
「今更失えない居場所だ。ムアも、少しはそう思ってくれてるだろうか」




