変貌する不穏
「さて、今日集まって居るのは、いつものメンバーだよな」
ディーアはそう言ってため息をつく。会議となると逃げ出す人物はいつもの事であり、もはやどうしようも無いようなものだ。しかし、フィクターはこの場に居る筈の人物が、一人足りない事に気付いていた。
「そういえば、ウォーラは何処に逃げてくれたんだ?」
「急用が出来たと言っていたのだけど? 貴方には何も言わないなんて、珍しいわ。重要な事は後で伝えてあげなさい」
キュルクは全く気にしていないようだ。レイトアに至っては、この話そのものに対して無関心であるし、ディーアだけは何か言いたげにしていたが、話を進める事にしたらしい。フィクターは、まぁ良いかと気にしないことにした。
「さて、昔から発生していた住民が居なくなる現象についてだが、犯人が確定した。それについては私よりも詳しい奴が居る。そろそろ来るはずだ」
そして、少しの間の後に、会議室にやってきたのは。仮面を付けた、黒いマントで全身を隠した長身の男。殆ど表に出てこない事で有名で、その姿を見た事ある人は限られる。本当はそんな奴居ないのではという噂が流れた事があるほどだ。その張本人、アウトークは何でも無いかのようにディーアの隣まで移動する。
「さて、この事件について、話す前に伝えなくてはならない事がある。他の者は知っているが、貴方だけは私の事を知らない」
アウトークは視線を、仮面によって良くは解らないが、フィクターに向ける。確かにアウトークとは殆ど関わりが無く、強いて言えば数回会った事がある程度だ。だが、それを強調する理由は思い当たらない。
「確かに、俺はお前の事を知らない。だが、それにどんな意味がある?」
そう言い切った後、アウトークは身に着けている黒いマントを、脱ぎすてた。その行動に多少の驚きはするものの、本当の驚愕はアウトークの背中にあった。何しろ、天使の翼がそこにあったのだ。流石のフィクターも言葉を失ってしまっている。
「私は、正義の天使アウトークシア。汝らの罪を測り、罰を与える裁判官」
「……。もっと良い偽名は無かったのか……?」
あまりにも、あまりにもな状況に、フィクターはアウトークシアの安直すぎる偽名にツッコミを入れる事しか出来ない。黒いマントの下も、黒い服という、天使のアウトークシアと、スーツを着こなしている、悪魔のディーアが並んでいると言う意味不明な状態に混乱している。
「言われているぞ。お前はもう少し名を偽る努力をしろ」
「悪魔の貴方には解らないのです。天使は嘘をつく事が出来ないので、偽名を名乗るのも難しい」
「だからって、堂々とこれは偽名だと公言するのはどうなんだ?」
「私は在り方に反する瀬戸際に居る。どうして落ち着いて居られましょうか?」
唖然とするフィクターを放置して、仲良く雑談としゃれこんでいる天使と悪魔。それで良いのかと考える者は他に居ないらしい。しかし、この茶番を許容するという話でも無かったようで、長話に入る前にストップがかかる。
「話を進めて欲しいのだけど?」
「雑談は後にしろ」
レイトアとキュルクによって無駄話は遮られる。だが、どうやら、ここに天使が居て、悪魔と仲良さそうにしている事については、何も言及がないどころか、まるで何てことないように、気にしている様子さえも無い。とはいえ、フィクターが現実に復帰するだけの時間にはなったようだ。
「天使が、ここに居て良いのか……?」
「では、汝に問おう。善とは、悪とは何だ。悪魔に与する人間よ」
「そんな事を言われても、答えられない問いをしてくれないで欲しいんだが」
「そうだ。明確な善と悪を定義する事は難しい。正義が裁くのは、他の正義であり。罪とは相容れぬ正義の差異でしかない。故に私は、この国の正義が保たれている間、力を貸すことにしている」
フィクターは曖昧な返事をする事しか出来なかったが、アウトークシアはその答えに満足したようだ。〈要塞の帝国〉と呼ばれるこの場所を取り仕切っているのは、実質ディーアだが、それを裏で支えているのはアウトークシアであった。一応レイトアも補佐としているが、こういった事は得意ではない。
「話を戻す。結論を言うと、事件の犯人は天使だ。だからアウトークシアに来てもらった」
「信仰の天使オールグローリアが〈救済の島〉へと連れ去っていた。それは〈要塞の帝国〉で過ごす事が難しい者を救済するために、と言う正義の元で行われた」
確かに、居なくなった人の殆どは、生活に問題があった人が多い。全てがそうではないが、そうでない人は、また違った問題を抱えていたのかもしれない。それを思いだしたフィクターは、なるほどと頷くしか無く、それを否定する事も出来なかった。善意を否定するのは難しく、明確に悪い事と言えないのならば、尚更である。
「それは良い事だわ。でも、許容すべきことでは無いと思うのだけど?」
しかし、オールグローリアの行っている事を〈要塞の帝国〉が許容する訳にはいかない。キュルクは目付きを鋭くして指摘する。良い事が、許容されるべき事とも、違うという事だ。それを赦してしまえば、不要な混乱を呼ぶ可能性もある。
「次があれば、オールグローリアを私の正義にて断罪する。という事になっている」
「そして、今までの事は自然消滅で無くなるのを待ちましょうって訳ね。まぁ、私は良いけれど」
話がまとまりそうになった瞬間。大きな衝撃音が響き渡り、緊急事態だという事を知らしめている。どうやら運命は静かに会議を終わらせる事が余程嫌らしい。
「中止だ! 避難指示を出せ!」
ディーアの声に従い、各自動き出す中。フィクターも自分の管理地の確認をするために急いで部屋から出ようとした時、キュルクに呼び止められる。
「フィクター、気を付けなさい。難しい事なのだけど、自分の正義に沈められず、他人の正義に流されないようにしなさい」




