変貌する商談
「フィクターの旦那、いつもの量を納品しときましたんで、確認お願いしますわ」
「ムアに確認させてる。まぁ、大丈夫だろ。次に来るときは、消毒薬を一割ほど多く持ってきて欲しい」
要塞の帝国にある倉庫の前で、フィクターは二人の商人と話をしていた。正確には片方は錬金術師とよばれる、所謂薬剤師なのだが、その辺はどうでもいいだろう。沈黙の森から度々やって来ては、薬を売りにやってくる。
「作れる量にも限界ありますからね。約束は出来ないが、可能なら持ってきましょう」
エギスエリュアという商人の男は、愛想よくニコニコと答える。最も、大抵の商人は愛想が良いものだ。沈黙の森の住人らしく、色白で細身であり、長旅には向かないようにも見える。とはいえ、実際にはそんな事は無い。
「……安請け合いは出来ん。この量でも、作るのは大変なのだ」
ボソボソと話すのは、フラムフィークスという女性。ローブで全身を隠し、フードを深く被っている為に外見は良く解らないが、声で性別は判断出来る。手袋を取った時に確認出来る肌の白さは沈黙の森の住人であることを証明している。後、子供かと思えるくらいに小柄。
「解った。出来る限りで頼む。いつも通り鉄の矢じり、後は保存食でもどうだ?」
「旦那、あの塩辛い干し肉の事でしょう? あたしらには合わないんですわ」
「そうか、慣れると悪くは無いんだがな。まぁ、美味しいとは言えないが」
通貨を使わず、物々交換をしているのには理由がある。要塞の帝国でしか流通していないのだ。この二人は無知の国にも商売しに行くために、あまり通貨を持っておくという事はしない。それより、持ち運びが容易で、意外と需要のある鉄製の矢じりを通貨代わりに持っていると言う。
「……。ここは、甘味が少ないのが残念だ」
「フラムさんにあたしも同意ですわ。どうです? 今度保存の効く果物もお持ちしますよ?」
「俺は肉の方が良いな」
基本的に、沈黙の森の民は甘味を好み、要塞の帝国の民は塩味を好んでいるようだ。だからどうしたという事も無いのだが、一応はあまり果物が出回らない理由でもある。栽培が容易な芋と、海に面している為に手にしやすい魚がここでの主食である。
「そうだ。聞きたいことがある。アルケミスト・コミュニティについて、何か知らないか?」
「ハッハ! 旦那、前も言ったでしょう? あたしらはそんなやつら知らないって」
エギスエリュアは大げさな身振りで否定する。この二人は沈黙の森出身であり、アルケミスト・コミュニティも沈黙の森を拠点としている。そうなれば、何か知っているのではと思うのも仕方のない話である。
「どんな細かい事でも良い。何か情報があれば、矢じりを一割ほど、色を付けてやる。どんな些細な事でも構わない」
「なかなか魅力的ではありますが、知らないものを知っているとは言えませんわ。商売と言うのは、信用失くして成り立たないのは、旦那も知っているでしょう?」
この二人はウォーラの紹介によってここに来るようになった。信用されていなければ、紹介されるようなことは無かっただろう。そして、足元を見るようなこともせず、誠実に商売を続けている。だからこそ続いているし、フィクターも信用していた。
「解った。何か情報を仕入れた時は教えて欲しい。丈夫な馬車と、馬二頭でどうだ?」
「ハッハ! それは良い話を聞きましたわ。あたしらの馬車は、鉄の重みで悲鳴をあげてますからね。それはそうと、何か面白そうな話は無いですかね?」
「大したことは無いな」
「儲け話と言うのは、どこに転がっているのか解らないものですわ。今度舌がマヒするくらい甘い果実を持ってきますんで、何かないですかね?」
「解った。とりあえず、そんな物騒な物を持ってきてくれるなよ?」
「そんなに嫌ですかね?」
ムアが確認を終えて戻ってくるまで、三人は雑談をして過ごした。そして、エギスエリュアとフラムフィークスは矢じりを馬車に積み込み、そのまま沈黙の森に向かって進んでいった。それを見届けたフィクターは背伸びをして、次の仕事の為に一旦屋敷へと帰る事にした。
「それにしても、本当に情報が集まらないな。小さな組織だとは思っていたが、そんなに小さなものなのだろうか」
アルケミスト・コミュニティの事も、住民の失踪事件についても、なかなか進むことは無い。フィクターとしては、この仕事が続けられなくなるまでに、解決がしたいものだが、あまりに上手くいかない。気づけば大きなため息を吐いていて、ムアが不思議そうにしていたのだった。
「エギス、良かったのか」
「ハッハ! フラムさん、何を言っているんですか?」
「お前にとって、悪い話では無かった」
「あたしはね。臆病なんですわ。だから怖いものには近寄りたくなくて、平穏に生活するのが一番ではありませんか?」
「……。それなら、別にいい」
「どちらにしても、あたし程度には、アルケミスト・コミュニティに逆らえないんですわ。個人的には、まぁ、うん。なんでもないですわ」




