変貌する平穏
ムアとフィクターが出会ってから時は経ち、今二人は本棚ばかりが置いてある部屋で、数えるのも嫌になるほどの紙束に囲まれながら、淡々と記録とにらめっこをしている。
「ムア、何か分かったことはあるか?」
「ダメだよ。何の関連性も見つからない。フィクターは何か見つけた?」
「こっちもさっぱりだ。もっと昔の記録を見つけてみるか」
ムアが仕事を手伝う事によって、フィクターにある程度時間に余裕が出来るようになっていた。そして、今まで手を付けられていなかった、行方不明者の情報を集め始めたのであった。要塞の帝国は、定期的に原因不明の住人の失踪が起きている。住民情報を参照して、その共通点を探そうとしているが、あまり進みは芳しくない。
「どうして今まで調べなかったの?」
「余裕がなかったんだよ。俺がこの立場になる理由に、アルケミスト・コミュニティの大規模な攻撃があってな、それで主要な奴が何人か亡くなって、それで俺とウォーラが急遽こんな役回りになったんだ。お陰で人員も経験も足りない尽くしだ」
そんな話をしながら、記録が散乱していく。そんな、乱雑な紙束だらけの部屋に苦情を申し立てるべく、ある人物が現れる。
「フィクター様、ムア様。調べるのは結構ですが、部屋を散らかしたままにするつもりは無いのでしょうね? 特にムア様、記憶も出来れば計算も出来るのに、どうして毎回毎回片付けが出来ないのでしょうか。どうしてその頭は変な所で残念なのでしょう」
「ねぇ、私の事を言うときは毎回残念ってつけないといけないルールでもあるの……?」
まるで子供を叱る親のように見える光景だが、もちろん、ムアの方が長く生きている。それは、残念さを際立たせる以外の事実にはなりえない。そんな二人のやり取りを横目に、黙々と記録を調べるフィクターである。
「全く、ムアは相変わらずだ。あまり散らかしてくれるなよ?」
「フィクター様? それを貴方が言いますか? 二日前にテーブルの上を素晴らしい事にしていただいた上に、そのまま出掛けていったのは私の幻覚でしょうか?」
「おっと、やぶ蛇だったか」
そんなやり取りをしながらも、記録を調べていくが、やっぱり新たなことは見つからないようだ。強いて言えば、生活に何らかの問題があった人が失踪しやすいということだけ。そんな訳で当初は、単なる失踪だと思われていたが、それにしては不自然なのだ。
「今更調べても、何にも解らないか。何か分かるのなら、キュルクとか、アウトークとかがとっくに見つけてるだろうし、ディーアが調べてない訳が無いからな」
「じゃあ、なんで今更探そうと思ったの?」
「やらないよりは、やった方が良いだろ?」
「そういうものなの?」
フィクターからしてみれば、出来ることなら解決したいことである。なのでとりあえず行動に移してみたわけだが、なんの結果も得ることは出来なかった。強いて言えば、部屋を散らかした事と、シャルサーが鞭をもってニコニコしている程度だろう。
「さて、次にするべき事は理解して頂けていますね?」
「あー。ムア、今日は他に予定はあったか?」
「特に無いみたい」
「そういう訳だ」
その瞬間、シャルサーの鞭の一撃が放たれる。それをフィクターは竜化している右腕で弾く。もはや侵食は肩の辺りまで広がってしまっていた。ムアの事、この侵食の事は、要塞の帝国の主要人物と、身近な人は既に知っている。
「咄嗟な権限の行使、出来るようになってきましたね」
「俺は自分の身体を限定的に硬質化させるだけで限界だ。これだけでも、咄嗟に出来るようになるまでどれだけ苦労した事か」
「ふっふーん。私が天才だってこと、解ったよねー?」
「現実は理不尽だと、痛感させてくれる」
フィクターは自分の身体を、竜化した部位に限り、金属と化する事が出来るようになっていた。それによって高い防御力を得る。条件と効果を限定的にして、扱いやすくする。そうでもなければ咄嗟に使うことは当分無理だっただろう。
「さて、そろそろ戯れ事は終わりに致しましょう。やることは残っていませんか? それとも、二匹のドラゴンの調教が必要なのでしょうか?」
「解った、解った。片付けはするから、そんな事を言ってくれるな」
シャルサーの手元の鞭が消えて、代わりに現れたナイフを見てフィクターは観念した。どういうわけだか、ドラゴンの力を手にいれてさえも、何故か勝てる気がしない。何をどうやっているのか解りはしないが、攻撃するその瞬間まで武器を認識できなかったりするのだ。そのせいで、権限を使うのも間に合わない。
「ねぇ、フィクター。シャルサーって何者なの? 私、人間相手に勝てないかもしれないなんて思ったの、初めてなんだけど」
「おや? 残念なドラゴンが一匹居るみたいですね。どうしましたか? 片付けという概念から勉強が必要なのでしょうか?」
「どうして私の事を言う時は必ず残念って言うの? 片付けをしたらいいんでしょ」
長くは続かない事が解っていても、こんな日常は悪くない。そう、フィクターは思いながら、淡々と紙束を本棚に戻していく。なんだかんだ言っても、誰しもこんな喧噪が長く続くようにと、無意識の中に願望はある。




