21-6.竜の血
道を戻る最中、ビルキースの隣にオールバックに白髪混じりの執事風の老人が並ぶ。
「しかし、よろしいので?」
「何がだ、セバス。」
前を見据えたまま、ビルキースは横に並んだセバスの問いかけに応える。
「今、転移した場合。膨大な魔力を放ち続ける<竜核>、つまりはあの<竜モドキ>、半ば暴走しているグランと鉢合わせになる可能性はございます。」
その問いにビルキースは鼻を鳴らし、表情には一切の恐れはなく、むしろ高揚しているようにも見える。
「…愚問だったようですね。」
「フン、わかっているじゃないか。だが、その時にその為のお前だ。頼りにしているぞ。」
その一言に、セバスは微笑むような笑顔を見せつつ頭を下げる。
「ま、待ってくださいッ!グラン、彼に何か<特別>、<潜在的>な力があるのは以前の件で知っています。ですが、何故それが今、その警報で解るのですか!?」
ハンスは彼女の背を追いかけながら、先程から気になっていた事を質問した。
「…不思議な事を聞く。単純ではないか、この警報器は<特定の魔力の周波を捉えて反応するもの>。それだけだが?」
「ここは地上からかなり地下深い位置ですよ!?さらに数層、岩盤に遮蔽された上でそんな場所の魔力、しかも特定のものを測れる筈が…」
ハンスの言葉を遮るようにビルキースは立ち止まると振り返る。
その視線は鋭い眼光を湛えており、思わず息を飲み、口をつむぐ。
「逆だ。他の魔力が遮蔽されるがこそ、だ。」
「ですから、その<竜核>の魔力が感知できる保障など…」
「その程度の弾かれる放射量のものは初めから要らん。」
「い、要ら…!?」
ハンスは驚き、目を見開き、絶句する。
「そうだな、本来の合格ラインは私がもっと下層で探知できるレベルだ。だが、今生憎と私はその場には居ない。」
ビルキースは警報の鳴ったと思われる機械を確認しながら、話を続ける。
「しかしまぁ、ヤツが今1層に居るとして、計測値がこの放射量ならばまだ許容範囲だろう。何より感知できねば話にならん。」
「…貴女はまるで彼に<龍心堂>の<炉>と成るのを期待しているかのようだ。」
そう呟いたハンスは苦虫を噛み潰すかのような表情を見せた。
「あぁ、その通りだ。私はその為に<竜核>を必要としている。肉体が不滅<程度>の生半可な魔法戦士を人材として求めているわけではない。」
まるでグラン自身は鼻で笑う台詞にハンスは言葉を失う。
ビルキース、彼女が求めているのはあくまで道具、機能でありそこに感情や人間性といったものが見えない。
だというに、グランは彼なりに彼女への命を受け、従い、活動してきている。
文字通り、<身を削りながら>。
ハンスは僅かとはいえ、これまでの彼の行動を思い返し、複雑な心境となっていた。
「…それ程の魔力の源泉足るものに、アナタは何を得ようとするのですか?」
「……<船>の<動力>!」
今まで常に厳しい目の表情が当たり前だった中、僅かに口角をあげると、とても嬉々とした、夢を語る少年のような笑みを浮かべて彼女は答えた。
…
「…お嬢様、1層への道が見つかりました。」
何時の間にか姿を消していたセバスが戻ってきた。
「お嬢様は止めろと言っている。それで、転移にはどれくらいかかる。」
「失礼を。支度は既に終えております。後は向っていただければ。」
その問いにビルキースは満足気に頷くと再びハンスと向き直る。
表情はさっきまでの無邪気なものは消え、眼光は鋭いものに戻っていた。
「さて、キミは随分とアイツの肩を持つな。だが、この先ではそのグランに命を奪われかねないが、それでも来るか?」
「言葉に出た<竜モドキ>…ですか…」
「以前<龍心堂>で変貌した姿とは比べ物にならない。そして、その姿をとった。つまりは今、ヤツは<上級悪魔>以上の敵と対峙している事になる。」
ビルキースの眼差しは真剣そのもので、嘘偽りなく、この先の危険性を告げている事がわかる。
ハンスは唾を飲み込み、喉を鳴らすが、目を逸らす事はせずに頷く。
それを見届けるとビルキースは再びセバスへと振り返り、転移門へと促す。
―――
1層へと戻った3人は転移門の備わった建物から出ると、辺りを伺う。
周辺には黒焦げた塊とその痕跡が散らばり、漂う冷たい空気に混じり、灰の臭いと苛烈な熱気が混ざりあって漂っている。
「…」
直後の遭遇はかろうじて回避できたものの、その光景に、ハンスは無言のまま立ち尽くしていた。
「近くには居るはずだ。警戒は怠るな。」
ビルキースは羽織るコートの下から銃を抜き、ハンスとセバスの2人に注意を促す。
その瞬間であった。
ビルキースの背後、セバス、ハンスの正面からは突如として風と土煙が吹いては舞い上がり、巨大な蛾の羽の影がその中から伺える。
3人は咄嗟に身構えるも影は黙したまま、土煙が晴れていく。
そこには、真っ二つに裂かれた<巨大蛾>が横たわっており、切断面は焼け爛れ、所々で肉片が炭化している。
そして、<巨大蛾>の飛んできたその先から巨大な<人影>が歩いてくる。
土煙、暗闇、その中からまずは金色に輝く両目、胸元には白く輝く一点が、次に赤く煌く四肢とその指先を示す爪と装甲が徐々に露になり、やがて全身を現した。
頭部は角と一体を成した赤い仮面、またクチバシの様なものに覆われ、顔全体を覆うような形状となっている。
しかして、全体重を一歩一歩に込めて踏み鳴らす巨獣のような荒々しい歩みはみせず、その動きは威風堂々。
肩で遺跡内の風を切り、尾を揺らし、のしのしとずかずかと、<人影>にとって遺跡内の狭い道幅を闊歩してみせる。
それは紛れもなく<獣>ではなく<人>の歩み。
ハンスは始めて目にするその<異形>、<竜モドキ>を前にただ圧倒され、言葉を失い、呆然と眺める事しかできなかった。
だが、その傍らに立つビルキースとセバスは気圧される事こそなかったが、以前とは知る姿の変わりように驚愕を隠しきれない。
体躯、全長は6身を優に超え、その漆黒の筋骨隆々な肉体のシルエットも然る事ながら、要所要所には赤黒く光る装甲、鱗が覆われている。
以前よりも明らかに強靭かつ頑強となった肉体は、まさに<竜>を彷彿させるものだった。
「…<アレ>がグランだと言うのですか…?」
3人はこちらへ近付く<竜モドキ>を徐々に見上げながら、その変貌ぶりに唖然とするしかなかった。
だが、すれ違いざまに<竜モドキ>は一時その面を3人へ向けるも、興味を示さずに上空へと向ける。
その先、そこには巨大な蛾の姿、それは他の<巨大蛾>とは比べ物にならない程の大きさ、更には赤と青との禍々しい色合いを放っていた。
―――
「フヒヒッ!ヒハハハッ!見えるッ!見えるぞ!!新たな力を宿した8号を通し、目が鮮明に見えるッ!!」
<赤青の超巨大蛾>の頭部に座る<青い衣の男>は歓喜の声をあげていた。
「そして、再び目に映したものが、よりにも、よりにもッ!コイツらとはッ!<神>は居たのかッ!そしてェッ、俺を、<導いて>くれたァァァッ!」
男は狂喜乱舞に、その喜びを表すかのように大きく両腕を広げ、天に向かって雄々しく吠える。
「姿形が多少なりと変わっているが間違いない、ヤツ、あの時の<赤き竜>ッ!そして、そしてェッ!ビルキース=パダハラムゥゥゥアァァァッッ!!」
枯れた男の目は狂気に染まり、憎悪に満ちた表情をより色濃く浮かべると、ビルキースの名を叫んだ。
「転機よッ!好機よッ!今こそ、今こそが兄弟達の、家族の怨讐、俺の復讐を果たす時ではないかッッ!」
そうして、再び長笛に口を付けると、今度は長く息を吹き込み、高らかに吹き鳴らす。
「行けッッ!我が<愛>!俺の新しい<家族>達よッ!お前らの力を見せてくれェッ!そして<ヤツ>の血を根こそぎ吸い尽くしてやるッ!」
暗闇の中から<巨大蛾>が無数に姿を現わすと<赤き竜>へ向い、男を乗せた<赤青の巨大蛾>は宙へと羽ばたき舞い上がる。
―――
見えない、いや、視界として認識できるのは黒い地に白線の陰影で辛うじて<何か>がわかる程度。
しかしながら、<敵>だけは鮮明に感知ができる。
上空に佇む巨大で禍々しく描写される靄、それが伸縮する度に現れ、向ってくる別の靄、それらが<敵>。
1つ、また1つと右手で、左手で、尾で、それらを潰し、貫き、引き裂き、叩きつけ、破壊し迎撃ていく。
それらを続けているうちに何か新しい3つの靄が足元で認識できるが、こちらを見ているだけで動こうとはしないので無視をする。
しかし、上空の<巨大な靄>を認識する度に滾々、沸々と胸の奥から溢れる<衝動>が湧き上がる。
それを発散すべく、この鬱憤をぶつけるべく、眼前に現れる<敵>を次々と屠り続けていく。
だが、また見上げる度に、<巨大な靄>を認識する度に<衝動>は沸き、高熱の泥、マグマとなって胸の奥を焼き焦がす。
胸の奥に抱く弱々しくなる1つの光がその度に小さくなっていき、消えゆく事への恐怖心だけが増幅していく。
<赤き竜>は全身から火を噴き、飛び上がり、迫る<巨大蛾>の群れへと突進し、激突する。
―――
―――殺してやるッ…!
<赤青の超巨大蛾>は呼び寄せた<巨大蛾>と共に鱗粉を振りまきながら<赤き竜>へと襲い掛かった。
―――
―――殺してやるッ…!
<赤き竜>の下半分の仮面が開き、白く羅列する歯を剥き出しにして大口を開けると周辺の空気が熱く煮えたぎり始める。
―――
――――――喰い殺してやるッッッ……!!
―――




