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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
96/250

21-5.竜の血

 背後から感じる気配。

それは今日、幾度と対峙しては屠った気配。

ナナリナと自分を繋ぐ支え、それが首に掛かる彼女の腕でなく、自分の身体を貫く<異物>だと理解する。

異物を掴み、ナナリナをまたも突き飛ばすと彼女の身体が異物から抜け落ち、腹部から赤い曲線を画いてはそのまま後方へと倒れ込む。


異物の正体は<巨大蛾>の口吻。

右手を貫いた時のものと同様、その先端は鋭い刃物の様に尖った艶やかな管。

その切っ先が自分とナナリナの腹部を容易く貫通していた。

獲物が突如消えたのか、蠢く口吻を両手で掴むとグランは躊躇無く引きちぎり、身体を貫くそれを抜く。

そして、倒れ、床を血で滴らせだすナナリナに駆け寄るのを耐え、グランは腰から札を取り振り向いて<巨大蛾>と対面する。


グランの目に映った<巨大蛾>は異彩を放っていた。

その巨大な羽は周囲の廃墟に紛れる様なものと、それまでに見てきた<巨大蛾>の羽の色が混在し、更に吸い上げた血で徐々に根元から赤く変色していく。

<瘴気>による魔性のものでもなく、<異能>により操られた統率によるものでもなく、<巨大蛾>はもとより自らの色を変化させ、周囲と擬態する<生態>。

そもそもの警戒の仕方が間違っていた。

グランはその事を後悔するが、今は<巨大蛾>を排除しなければナナリナの治療もままならない。


だが、魔力の枯渇した身体では満足な剣戟の一撃を繰り出す事も出来ず、加えて目の前の<巨大蛾>は焦りからか今までより巨大に感じる。

勢い良く、詠唱を省く札抜いても使える魔法が果たしてあるのか、勝機を見出す事が出来ない現状に、グランの額に脂汗が流れる。

しかし、鼓動に煽られる事の無い<焦り>はグランの思考を鮮明かつ冷静なものに変えていた。

それが先日、龍心堂においての<上級悪魔>との一戦、あの時、自分はどうやって窮地を脱し、勝利を掴んだかの際を呼び覚ます。


<巨大蛾>の4枚の羽が大きく広げられ、ナナリナから吸い上げた血で染まった赤々しさを見せ付けてくる。

グランによってちぎられた口吻は再生を始めており、徐々にではあるが、元の状態を取り戻しつつあった。

その僅かな時間にグランは1つの手を試す事に決める。

身体を支えていた剣の切っ先を左腕に向けると貫き、左腕をまるで砲身の如く構えた。


「…」

満身創痍なるも、赤い瞳は爛々と灯る。

以前の様に今は<火の魔法>を使える状態ではない。

龍心堂から膨大な魔力を浴び受けてる状態でもない。

それでもこの<手段>に<最後っ屁>の可能性を見出す。


グランが力を込め出したのを感じたか<巨大蛾>は再生したての口吻を巻き撓らせ、突き伸ばす。

その際、<巨大蛾>自身が口吻を伸ばすため、全身までも伸ばしたその刹那を狙い、グランは左腕から<フォース>を放った。

指先に挟まれた札が強い光を放って散ると、左腕の中で圧縮された残る僅かの<魔力の拳>は<魔力の貫手>と変化して射出される。

そして、互いの攻撃は交差し、結果はすぐに出た。

口吻の槍はグランの頬を掠めただけであったが、<巨大蛾>の頭部は左右に割れ、身体は力なく横へと崩れ落ちる。

しかし、それはグランも同じであった。


…


されどもグランは手応えと勝利を確信し、ナナリナの元へ身体を這って運び、彼女を膝に抱きくと急ぎ胸当て、上着、肌着を工作ナイフで剥ぎ取る。

一挙一動がグランにとっては乾いた布から水を搾り出す様に力を奪われ、視界がぶれていくが決して止めなかった。

ナナリナの露になった傷口と汚染、それを塞ぐよう、グランは襟巻きの一部を切り取ると回復薬の半分を染みさせ、それを彼女の腹部に押し付ける。

残りを彼女の口に含ませ、飲み込ませるが、意識を失ったままのナナリナは喉を動かさず、殆どが口から零れ落ちていく。


「薬、薬だ。薬が足りない…」

しかし、彼女のベルトとそのポーチ残っているものは矢弾とそれに関する品々程度。

「無い。無い。無い。無い。クソッ、こんな時に、こんな時に。」

自分のベルトの内からも取り出そうとするグランであったが、そこには何も無い。

遠出する際の背嚢は学院の中、そもそもグランにとって<回復薬>というのは自身がビルキースに解剖された後、装備を再支給された際の半ば強引に渡されるもの。

だが、それは既にこの<魔法都・レテシア>に入る前に使い切ってしまっている。


「…ダー…リン…」

僅かにでも効果がでたのか、ナナリナの声に顔を上げるグラン。

ナナリナはゆっくりと目を開くが、虚ろで紫の瞳はくすみ、焦点も定まっていない。

グランはナナリナの顔を覗き、名を繰り返し呼び続けるも、彼女は虚ろの目で笑顔をこちらに向けるが、口からは弱い呼吸のみで返事は無かった。

どうすれば、何ができるのか眉間を歪ませ悔いと焦燥に駆られるグランだったが、ふと、彼女の下に小瓶を見つける。

彼女の着るものを剥いだ際に零れ落ちたのか、それはそれまでに見ない陶器の器。


グランは即座に拾い上げ、ラベルを確かめるが、そこには手描きでハートの印が刻まれているだけで何も書かれていない。

「ナナリナ!こいつは薬なのか!?飲めるのか!?」

彼女はその問いに弱々しく頷くが、声を出す力はもう残っていない。

グランは確信を得られないも猶予の無さを悟ると意を決し、赤い襟巻きをめくり、中身を口に含むと彼女の口へ押し込む。

そして、彼女の喉が動き、薬を飲み込んだ事を確認出来た。


…


グランはナナリナを自身のマントに包み、抱きしめ、少しでも暖めようと努める。

後は薬の効果が現れてくれる事を願うだけ。


「…エヘヘ…ズルしちゃった。」

しばらくの後、腕の中から聞こえた言葉へグランは向くと、そこには少し悪戯な笑みを浮かべるナナリナの顔があった。

何処か弱々しくはあるが目は輝きを取り戻し、先程までと違いしっかりした口調でいる。

「…ナナリナ!」

思わず叫び、グランは強く抱きしめるが、彼女は首を横に振りながらそれを止めてしまう。

違和感。


「…薬が効いたんだろ…?」

「えぇ、効果はバツグン!恋のパワー?愛の奇跡?そんな感じで元気になっちゃったかな?」

「何こんな時に冗談を…」

「…フフ、ホント。」


…


「それね、<惚れ薬>なんですって。もう、ダーリンに飲ませたかったのに、私が飲んじゃったから、結局は惚れ直しただけになっちゃった。」

ナナリナは少し頬をむくれさせ、笑いながらも残念そうに話す。

だが、その表情にはどこか満足気なものを感じられた。

違和感。


ナナリナの瞳の色が紫ではなく今は真紅に染まっていた。

「…お前…」

「…でも、やっぱり気力だけじゃダメみたいね。」

笑う彼女の身体は一向に温もりを取り戻さず、ただ冷たくなっていき、更に血色が褪せていく。

目尻には大粒の涙が浮かんでくるが、瞳に潤わず、先ほどの輝きも徐々に消える。

生気が失われているのだ。


「待て…ダメだ。やめろ。」

互いの赤い目の視線が重なる中、グランはその変化を悟り、再びナナリナを抱きしめるが、またも彼女はグランの胸に手を当てて離させる。

そして、そして、何かを言いかける度、彼女は下唇を噛締めて堪えていた。

それでも、震える口元から遂には声が漏れ出してくる。

「…ごめんね。こんな女だったけど、それでも、それでも、私を<忘れないで>。」

ナナリナの瞳から一筋の光が頬を伝い、彼女は微笑んで唇を重ねるが、直後、激しい咳の発作に見舞われ、口から鮮血を吐き出す。


…


視界がたわみ、歪み、揺れていく。

「…だから、もういいって、そういう悪ふざけはよせよ…ナナリナ。」

ナナリナの身体はもはや床の石畳と同じ冷たさになっていた。

頬に浴びた彼女の吐血だけがまだ帯びた熱を感じる。

「そうか、そうだ、血があればいいんだな。なら、あの<巨大蛾>から取り戻してやるよ。だから目を開けろって、寝るなって。」

グランはナナリナを抱きかかえて立ち上がった。

その顔と青い髪を撫でるが、彼女のまぶたは開く事はなかく、胸元に置かれた手を取ると、その手は力なく落ちていく。

彼女の尻尾もただ、ぶら下がるように垂れるだけだった。


…


―――ンまァァァ~~~ァアイッッ!


放心に囚われ、呆然と立ち尽くす中、突如、背後からは風圧と衝撃を伴い、耳障りな奇声が響く。

グランが振り返るとそこには頭部が割られた<巨大蛾>の骸の上に乗る、より今までよりも巨大、<赤き超巨大蛾>の姿があった。

その頭部には全身に埃塗れの青い衣をまとった人物が何やら杖を携え座している。

そして、<赤き超巨大蛾>は口吻を<巨大蛾>に突き刺し、中身を吸い上げるように動かしていた。


「フゥゥゥ~ッ。感じる、8号、お前を通して感じるぞ。<家族>がまた犠牲になったのは哀しい事だが、あぁ、美味いッ!<竜人>のものとはいえ、これが<竜の血>の味。」

青い衣の人物は天を仰ぐように両手を広げ、歓喜の声を上げだす。

「だが、それだけではないな。何か<特別>なものを感じる。そう、俺の家族へ与えた愛のような…<特別>なものだ。」

声からするとそれは男でグランへと向き直ると<彼>は笑みを浮かべているのが青い衣の下からでも伝わる。


「フクククッ。久しいなこの感じは、お前の羽に輝きを得て以来か。みなぎる、もっと、もっとだ。我慢ができない。この渇望感を満たしたい。」

<赤き超巨大蛾>は口吻を<巨大蛾>から抜き取るとそれは砂の様に崩れていく。

「…男、キサマも<竜人>のようだな。血の匂いでわかるぞ。<男の血>ではあるが、キサマのも頂くとしよう。」

杖らしきもの端を口元に運ぶと、指を杖の上で躍らせだす。

杖は笛なのだろうか、だが、音色は聞こえないも確かに感じる振動圧が周囲に響き渡る。

その途端、<赤き超巨大蛾>の身体に異変が生じ、その身体は膨脹を始め、赤い巨大な羽は端からは青く広がっていく。


口吻を激しく動かし、興奮を見せる<赤青の超巨大蛾>を諌めながら、<青い衣の男>は笑いながら2人へ視線を向けてくる。

「おぉ、8号、案ずるな。なぁに、<女>の方はまだわずかだが<余り>がある。マズければ<ソレ>で<口直し>をすればいいのだ。」

獲物、餌、食する対象としての視線と言葉、それがグランの身体、奥深くにあるものが炊きつけ、燃え上がりだす。


赤い瞳がこれまで以上に爛々と灯り、熱く、焦がしていく。

そして、激しくなびく赤いマントの左半身から炎が噴き上がると、それは2人を包み込んだ。


―――


―――ビーーーーーーッッッ!!


足音が響くだけの遺跡の奥地で、けたたましく鳴り出す警報音。

「…戻るぞ、お前達。」

「どういう事です、ビルキースさん?それに、その音は?」

足を止める3人の内、コボルド族の青年ハンスが2人を制止する女へと疑問を投げかけた。

「…正直期待はしていなかったのだがな、フフッ、今度こそ回収してやる。」

ビルキースと呼ばれた女は、腰まで伸びた波打つ金色の髪と豊満な胸を揺らし、警報の音を止めながらハンスへは振り向かずに答える。

「ヤツの<竜核(ドラゴンハート)>が目覚めた。ともかく戻るぞ、1層への最短ルートを探せ!」

その顔には狂気にも似た喜悦の色を滲ませ、彼女は来た道を戻り出し、残る2人はそれを追う。


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