21-4.竜の血
違和感は悪寒と成り、冒険者として幾度となく感じた危機の予兆がグランの全身を包む。
即座、今度は左腕の小手を開くと、埋め込まれた楔を抜き取り脚へと埋め直し、その場で踏み込むと、大きく跳躍した。
痺れるような痛みと熱を帯び、全身がチリチリと焦げる。
体内を巡る魔力の枯渇を感じ取りながらも、グランは構わず廃墟の屋根を次々と飛び移っていく。
―――
「おぉおぉぉッ!なんて事だ!俺の愛が一度に!しかもたった1人の男に消し去られるとはッ!」
暗闇の中で男は嘆き、<家族>が炭化してゆく痛みと苦しみを感じ取りながら、悲痛な声を上げ続ける。
「そうか、苦しいか、痛いか、我が至高の愛よ、8号よ。お前も家族の無念を感じ取れるのか。」
男は傍らの<何か>に頬ずりをするように顔を擦らせ、涙を流す。
「だが、堪えろ、耐えるのだ。家族を失っても、既にお前には家族の力を、血が受け継がれている。」
流れる涙を感じ取り、男の傍らの物が延びて慰めるよう首元に絡みつく。
「強くなろう、俺も、お前も。きっとこれは試練だ、この閉じた世界を抜け出す為の。そしてそして、試練を越え、世界を越え、あの忌まわしき、<赤き竜>を殺そう、殺すのだッ!!」
男は棒を手にして立ち上がり、両手を広げると再び追っていた<力>、白い影を視る。
それは鮮明に男の瞳の中へ映し出されると、次第に形を成して、青く長い髪、尻尾を揺らしながら駆ける1人の女の姿となった。
―――
ガラガラと廃材と瓦礫が転がり落ちる音が響き、グランは飛び移りに失敗して頭から着地していた。
「く、くっそ…」
そして、身体を揺らし、瓦礫を弾き飛ばしながらその反動で立ち上がると、周囲とコンパスを見渡す。
相変わらずの遺跡の廃墟が広がり、ナナリナを示す針はブレが起きてはいるものの一定方向を指し示し続けている。
「…まだ移動し続けているとみていいな。」
だが、予断を許さない状況に変わりはない。
上空を旋回していた<巨大蛾>も何時の間にか姿を消しており、グランは壁に寄り掛かりながらも足を進めていく。
「う、うわぁッ!あ、<赤いの>ッ!!」
道幅が広い通路に出た途端、前方で聞きなれぬ驚きの声が上がる。
「落ち着け、赤いが<巨大蛾>ではない、ヒトだ。ほら、学院長室で最後に入ってきたヤツ。」
どうやら、学院の教諭と冒険者が組んだ班のようで、3人は傷の手当と休息を取っている様だ。
グランは適当に会釈をするとそのままコンパスの向く先へ向おうとする。
「あ、待ってくれ。キミも1人でこの先に進むのだったら、青い髪の、ドラグネスの女性に協力してやってくれないか。」
服装から察するに学院の教諭でこの班のリーダーである男がグランを呼び止めた。
「…」
無言のまま立ち止まり、教諭の方を見る。
その目、赤く爛々と灯るグランの瞳は鋭く威圧的だったか、教諭は少したじろぐも構わず言葉を続けだす。
「こ、怖い顔をしないでくれ。彼女は1人だけじゃなく、私達に回復薬まで分けてくれたんだ。あのままでは危険だ。キミにも用事はあるだろうが助けてあげてほしい。」
教諭の言葉に他の2人も同意するよう首を縦に振る。
「…何故止めなかった?」
「と、止めたとも!だけど、彼女が大丈夫だと、急いでると止まらずに行ってしまったんだ!」
先の落ち着きの無い冒険者が慌てて言葉を返すがグランは目を細め3人から視線を外し長い一息を入れる。
どうやら、道中早速お節介を焼いていたらしく、グランは後頭部の髪をくしゃりと掻き毟った。
そして、「わかった。」とだけ3人に告げ、身を屈め大きく跳躍してその場を後にした。
―――
その後もコンパスを頼りに進み続け、ナナリナを追う。
グランは跳躍の度に周囲、<巨大蛾>の姿を警戒するが、その姿は見えぬまま。
見えぬままにグランの視界は天地逆様となって天の方へと到達した。
「…またかよ…ッ。」
「ひィッ…!」
またも足を滑らせ転落した現状を把握し、起き上がろうとしたその時、物陰に潜んでいたらしい女の脅える悲鳴が聞こえる。
身体の上下を返し見上げると、そこには腰を抜かし怯える白衣姿の女の姿、手にはナイフを構え、目は恐怖に満ち溢れていた。
「ヒ、ヒト!?蛾じゃなく…、<赤い>、けど…」
「…」
グランは立ち上がり、女を見下ろすと女は尻餅をつきながらも後退り、震えた手でナイフをより突き出して構える。
その様子に埃を払いながらグランは眉間を寄せ、溜息を吐いた。
白衣の下はここ魔法学院で寝泊りをするようになって、飽きるほど見てきた制服つまりは女子生徒だ。
「あ、あの…」
「あっちに真直ぐ行けば他の冒険者をつれた教諭が居る。他の魔物も見当たらないから、不安なら合流しろ。」
アゴで先の班の居る方向を指し示すと、グランは女子生徒に背を向けた。
「ハ、ハイ。さっきナナ様からもそう伺っています。」
<ナナ様>、ナナリナの追っかけをしている女子生徒達の呼び名にグランは振り向く。
「あいつ、キミも助けたのか?」
女子生徒は小さく首を縦に振る。
「あの、もしかして貴方がナナ様の言うダーリンさんですか?」
<ダーリン>という言葉にグランは更に表情を険しくするが、時間の惜しさに首を縦に振った。
「で、でしたら、ナナ様を急いで追いかけてください!」
しがみつく様にグランへ詰め寄りナナリナへの助けを求める女子生徒だが、その視線はグランの背後を気にしているようだった。
視線に沿って振り返ると<巨大蛾>の骸が転がっており、そこには2本の矢が突き刺さっている。
矢の形状から、ナナリナの大弩によるものであろうことは容易に想像できた。
「そ、それで私を庇って怪我を…。なのに…」
そう涙を浮かべ、女子生徒は回復薬の瓶を握り締めながらそれを差し出している。
大方、先の班と同様に彼女にも自身の回復薬を譲ったのだろうと推測ができた。
「…ったく。誰が助けを必要として、誰が助けに言ってるのかわからんな。」
また溜息を吐くと、女子生徒の回復薬を掴み取る。
「俺も用事がある、心配せず安全な場所に逃げな。」
そうして女子生徒が先の班へと走り去る姿を見送ると、再び身を屈めて跳躍の姿勢をとった。
次の瞬間、埃塗れの石畳がグランの目に映り暗転する。
めり込んだ顔面を引き剥がし、顔を上げて埃を払うと再度跳躍の姿勢をとるも、またも石畳に顔面をめり込ませるだけとなった。
踏み込む足には力は流れず、その身を支える手足も痺れて感覚がなくなり、まるで宙に浮いた錯覚すら覚える。
体内を巡る魔力の枯渇が深刻さを増していた。
例え不死身の肉体でも動かす為の力が無ければ意味がない。
グランはゆっくりと立ち上がると、腰の剣を杖代わりに寄り掛かり足を進め出す。
以前に剣の柄を僅かでも長くした事が今ほど良案だったと思ったことはない。
剣の柄に体重を預け胸の中央、ありもしない心臓に拳を数度入れては、大きく深呼吸を繰り返した。
「<竜核>さんとやらよ。悪いが気合をみせてくれよ…!」
そう呟き、自らを鼓舞するとグランは再びコンパスが指し示す方へと向う。
―――
呼吸を乱し、剣に、壁にと寄り掛かりながら進んだ先はやがて開けた空間へと繋がっていた。
周囲は矢を受け絶命している<巨大蛾>の骸が数体転がっているがナナリナの姿は見えない。
「…健脚過ぎるだろ…何処まで助けを呼びに行ったんだ。」
グランはその場に座り込み、壁にもたれかかる。
どれだけの距離を移動したのか、経過した時間は、助けを呼びに行ったのであればとうに戻っていてもおかしくはない程。
だが、遂にナナリナを指し示すコンパスの針に変化が現れた。
示す先端はぶれが大きくなり、左右に激しく揺れだす。
それは彼女のが近い事である証拠、しかして同時に彼女の激しい行動も示唆している。
近くで戦闘を行われている可能性にグランは重い腰を上げ、立ち上がり息を整え、鞘から剣を抜いて先の通路へと侵入していく。
ただでさえ重い身体に緊張感が加わり、一層重くなる。
そして、角を曲がった先に、グランの視界にその光景は飛び込んできた。
「…ダーリン!?」
そこに居たのは<巨大蛾>の返り血に濡れた姿で大弩を構えるナナリナの姿。
立っているのがやっとのグランに矢を向けている事にナナリナは理解するや、咄嗟にベルトを外し大弩を放りだす。
そして、駆け寄ると崩れるグランを抱き抱えて座り込んだ。
「よかった…無事で…」
「…全身ボロボロのヘナヘナで無事ではないんだがな。それに、それはこっちの台詞だってーの…」
グランの皮肉にナナリナは頬を膨らませるも、2人は安堵と疲労の表情を浮かべ、互いに笑みを浮かべ合う。
「ともかく、何処かに隠れ、しばらく身を潜めるぞ。」
「…何で?」
グランの提案に不思議そうな表情を見せるナナリナ。
「理由を明確にできるわけじゃないが、<巨大蛾>達はどうもお前を狙っているみたいなんだ…」
ますます眉を潜め首を傾げるナナリナだが、そんな冗談を言うために自分をわざわざ探しに来たわけではない事は察しがついた。
「でも、もうそれは倒しちゃったんじゃない?」
しかし、周辺には無数の<巨大蛾>の骸が彼女の矢を受けて転がっている。
この数を見れば彼女が既に<それら>の迎撃を済ませてもおかしくはなく、彼女の疑問は事実そのつもりであった。
だが、グランもナナリナを追う<巨大蛾>を注視し続けられてはおらず、確信は持てない故か違和感も拭えていない。
とにかく、今は少しでも安全な場所に身を移すべきと考え、ナナリナもグランの疲労と無事だった事に安堵してそれ以上追及する事はなかった。
「…しかし、まぁ、随分と<遠く>まで助けを呼びに行ったな。」
「ソウシロウかエイミならすぐに助けに向ってくれると思って…」
確かに、2人の足の速さで考えればこれまでの距離もそう時間の掛かるものではないだろう。
納得すると同時に<奥の手>の1つを使ってまでの脚力でナナリナにすら追いつけなかった自身に自嘲気味な苦笑いを浮かべた。
「…それで、お前も生徒を庇って、怪我したんだな。大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫。」
そう、2人は互いに支えあいながらゆっくりと立ち上がるが動ける。
「ははっ。あー、飯食ったばかりだってのに、もう腹ペコだ。また今度、アレ作ってくれよ。」
「うん。」
「俺とお前、合わせて随分倒したんだ。後は他の連中にまかせて休みながら戻ろう。それこそソウシロウやエイミに任せてよ。」
「うん。」
「…休めそうな場所に着いたら…少し眠らせてくれないか…」
「うん。大丈夫。」
「…悪いな。…それで、この一件が終ったら、まずは自由に回ろうぜ、探し物とか無しでさ。」
「…」
絶え絶えしい意識の中、グランは気を保つためにナナリナに言葉を投げかけていく。
ナナリナもそれに対して、短く、しっかりと返事をする。
…
「…ナナリナ…?」
だが、彼女からの相槌が途絶えたとき、グランの腹部には背中から貫ぬく、何か異物の感触が走った。
異物は脈打ち、その中を熱いものが流れていくのが体内から伝わってくる。
グランは腹に手を当て、異物が何なのかを探ると、それは間違いなく自分を貫き、更にその先へと伸びていく。
そう、その先、ナナリナへと。




