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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
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21-3.竜の血

 つかえる喉に水を流し込み、グランは咳払いをすると改めて彼女へ向き直る。

「…そ、そういえば、ここを出たらその<故郷>探しをするんだったな。」

ナナリナは膝を抱え、グランの方を向かずに小さくコクリと首肯した。

「何かアテくらいはあるのか…?と、いうより、そもそもなんで故郷を<探す>のかをだな…」

そこまで言うと、ナナリナはグランの方へ顔を向ける。


「…聞きたい?」

「…喋りたいならな。情報としては欲しいが、俺自身は故郷だ何だと語れる身の上でもないからよ。」

彼女の問いに、グランは視線を逸らし、肩をすくめて応えた。

それを聞いてナナリナは少し困ったような笑顔を見せると、また死線が遠くへ移る。

グランはそんな彼女を横目に、手にしたハンバーガーを口に運んだ。


「雲海に覆われた村、雲が足元より下にあるのが普通の土地。それが私の故郷なの。」

天上の大穴は遠く、真下でもない、故に青空は見えず、ただ大穴から降り注ぐ淡い光だけを見上げてナナリナはポツリ、ポツリと自身の故郷を語り始めた。

住人がドラグネス族ばかりの小さな村、それが自分の生まれ育った場所だという。

行商人や旅人の往来はあったが当時は今ほど交流はなく閉鎖的で、の周囲は森と山、そして雲海の見渡せる断崖に囲まれた自然豊かな環境だったらしい。


だが、ナナリナも若者の例に漏れず、外の世界への刺激と憧れを抱き、いつか旅をしてみたいという夢を抱いた。

「もう、3年近く前になるのね…。私ね、父さんと一緒に狩りに出かけて、その時に崖へ落ちちゃったの。」

父と共に、一人前となった事を証明しに挑んだ狩りの最中、運悪く足場が崩れ、ナナリナは落下してしまう。

その最中で気を失い、目覚めると見知らぬ小屋のベッドの上だったらしい。

そして、しばらく介抱してくれた小屋の老婆の下、その土地のハンターとして暮らし始め、今に至るとの事だった。


「ダーリンと出会ったのはおばーちゃんから離れて、まだ2週間程度だったのよ?」

思い出しながらクスクスと笑うナナリナ。

「じゃあ、山の上にお前の故郷があるのか?それなら直ぐにでも…」

「…無いの。」

グランの言葉にナナリナは首を横に振る。


確かにその話を聞く限り集落なりがあれば、そこからの情報で簡単に見つかる筈。

「雲を纏い続ける山が、あの雲海を下から覗き込めるような場所が落ちた周辺では見つからなかったの。」

それだけではない、周辺の人里で故郷の村を往来した者、村の名前すら知るものを見かける事はなかった。

ナナリナは空を向き、グランはその方角を仰ぎ見る。

しかし、そこは先も見た通り、遥か頭上でも見渡せぬ程に広がる暗灰色の岩の天蓋。


…


それ以上、ナナリナからの言葉は続かず、グランも無言のまま食事を続ける。

文字通りの雲を掴むような話。

大陸西部に年中雲がかかり続けるような山脈は無い。

南の山脈は雪化粧が有名で、言うなればその景色は晴れる必要性があり、さらに雪の下は木々の茂らない岩の肌。

そして東の山岳地帯も差しては変わらない。

それはつまり、彼女の故郷はここ近辺、下手をすれば大陸西部に見た事が無い景色だという事を物語っている。

嘘か誠か、だが、今のナナリナが冗談を言うようには見えず、かつ運良く風や水に受け流されたかという線も薄い。


ならば、転落の際に<魔法や異能>で転移が発生したのか?

まさか、流石に空想が過ぎるとグランは包み紙を丸めてバスケットへ放る。

「…」

だが、紙くずがハネ、口の中ものが喉を通るとき、グランは<まさか>を否定しなければいけなかった。

不死性の身体、あるべき場所に無い心臓、その代用品の眠る<竜核>、何よりそれらを異常として<理解している>自身。

己が<まさか>の塊であるのに、他を否定するなどできようか、グランは自嘲の笑みを浮かべる。


「ま、<約束>しちまったからな。前途が多難、結構、結構。そういうのを解き明かしてこそ、冒険者冥利に尽きるってものか。」

グランは水筒を口にして一息を入れ、赤い襟巻きで越しながらも自嘲の顔のままにニヤリと笑う。

「…信じてくれるの?」

「信じる信じないじゃなく、お前もなったんだろ?冒険者に。だったら、見つけてやろうぜ。」

ナナリナは目を丸くして驚き、それから湧き出す嬉しさと可笑しさが入り混じった笑顔でグランへと飛びつき、2人は床へと倒れ込む。


…


またも沈黙は続く、だが、それは決して嫌なものでない。

髪の匂い、身体の感触、体温、鼓動とナナリナの柔らかなものが伝わる中、グランは上空を見上げながら大きく息を吸い込んだ。

「…」

視線の先は青い空でもなく、ナナリナの探す広がる雲でもなく、一面の岩盤は変わらない。

「…」

彼女からの伝わってくるものが、時と共に鮮明に成るほど、グランの中で<まさか>の以前の確たるものが邪な考えと共に沸々と湧き上がってくる。

そして、空いた両手の指がわきわきと蠢き、ナナリナの肩へ背中へと向っていく。


しかし、<越えられる一線>に何か核心めいたせいか、思考は不思議と冷静で風も吹かぬ水面が如し。

だからなのか、理性のある制限時間を設け、意図してシラフを脱せんときっかけを作った。

そして、それまでに冷静な自分で彼女との向き合い方を考えようと、グランは静かに視界を閉じた。

あぁ、手よ、早く彼女の肩を掴んでしまえ。


…


ただ時が経つのを待つだけだと理解すると、グランは再び視界を開く。

視線の先は青い空でもなく、ナナリナの探す広がる雲でもない。

一面には<赤い羽>が広がっていた。

「…ッ!」

グランは咄嗟に肩を掴むとナナリナを投げるように突き飛ばす。


無音の風圧がまさしく舞い降りると、バスケットを吹き飛ばし、次の瞬間には激痛がグランの右腕を貫く。

「…すぐにここを離れろッ!」

痛みに表情を歪めながらも、ナナリナに怒鳴るように声を張り上げる。

ナナリナは急ぎ大弩を手にし、その口を向けるも、上空からは更にもう1匹の<赤い巨大蛾>が降り立つ。

そして、新たな風圧がナナリナの横から吹きあがった。


3匹の<赤い巨大蛾>が触角を揺らしながらグランを覗き込み、ナナリナもまたグランへと視線を向けた。

僅かに覗く赤い爛々とした瞳からは救援を望むものでなく、<離れろ>という先の叫びが復唱されている。

「待ってて…。すぐに助けをッ!」

声を震わせながら、ナナリナはグランの意を汲み取ると大弩を構えたままその場を飛び降りた。

グランはそれを確認すると、腰から1枚の札を引き、声に出す。


「イグニ、<エクスプロード>。」

直後にグランは己を巻き込んで、爆炎の魔法を放った。

眩い光、轟音、熱波が周囲を覆いつくし、3匹の<赤い巨大蛾>と共に飲み込む。

廃屋は崩れ、周囲の草木は燃え上がると、その場は煙が立ち登る積み上げられた瓦礫へと変貌した。


身体中から白煙を上げて赤いマントが瓦礫と焼け焦げた<巨大蛾>の羽を押し退けて立ち上がる。

近くに居たもう1匹は瓦礫に埋まったまま沈黙していたが、残る1は瓦礫を払い、ボロボロの羽を動かし戦闘の姿勢を示す。

「…イグニ、<ファイヤーボール>。」

再びグランが札を1枚腰から引き抜くと魔法を放つ。

現れた火炎弾は<赤い巨大蛾>へ一直線に飛び、直撃と共に爆発を起こす。

しかし、それでもまだ動けるのか、黒焦げた羽は未だ広がっている。


「…イグニ、<ファイヤーボール>。」

続けざま、赤い剣と新たな札を引き抜き、向けて魔法を放つ。

赤い剣、火の魔剣である<ファイアブランド>はそれに呼応するように輝くと、刀身その切っ先より火炎球を飛ばす。

初弾よりも膨れ上がった火炎弾は<赤い巨大蛾>を飲み込み、さらに後方も燃やす程の火力を見せ付ける。


「…イグニッ!、<ファイヤーボール>ッ!!」

赤い瞳を爛々と灯し、切っ先を向けにじり寄りながら更に次の札を引き抜くと魔法を放つ。

火炎弾が着弾すると火柱が噴き上がり、魔力の炎が掻き消えると<赤い巨大蛾>は炭となって崩れていく。

それを見届けると、グランは急激な魔力消費で膝を落とし、剣を突き立てて身体を支え荒い息を吐いた。


そして、急ぎ右腕の革小手を外す。

不死身の身体なれど、瘴気の汚染は受けないとは考え難い。

だが、不死身の身体が故に、汚染部をすみやかに抉り取れば後は勝手に傷を塞いでくれる。

しかし、その焦りは無駄に終わった。

既に傷は塞がり、小手の中から見せるのは左腕とも違う普通の肌。

汚染されていない、つまりは血を吸い上げられておらず、<巨大蛾>の口吻はただグランの腕を貫いただけであった。

その異常の無さが、むしろ胸の奥底から違和感が沸きだしざわつかせ、グランは急ぎ小手を嵌めて辺りを見回すも、そこにはただの焼け焦げた瓦礫となった廃墟跡だけ。


とりあえず、グランはコンパスを取り出し、ナナリナの方角を確かめようとする最中、思わず天井を見上げた。

それまでに上空で姿を見せなかった<巨大蛾>達が空を旋回して集っていくのが見え、身を潜め、構える。

1、2、3。

集った10数匹、その中から3匹が一点に集ると何処かへと向って羽ばたく。

1、2、3。

また新たな3匹が同じように集り、先と同じ方角へ向って羽ばたいてゆく。

その行動は何処か野生生物というより、意図したものがまるで何かに向わせているように思える。


ともかくこちらを襲う気配がないとわかるや、ナナリナの方角を確かめにグランはコンパスを覗く。

そして、指し示す針の方角は<巨大蛾>の飛び立つ方角と一致していた。


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