21-2.竜の血
男が1人、暗闇の中で嘆く。
愛するものの苦悶、叫びを受け、その男はただ涙を流すしかできなかった。
「おぉ、おぉッ!23号!31号!…あぁ、35号までッ!それだけではない!まだ実っていないオレの愛すらも、家族が散って逝くッ!!」
文字通りの心血の愛を注いだ<家族>が次々と散っていく様を嘆き、悲しみ、憎み、そして怒る男。
だが、男自身にできる事は少ない。
目も足も、男の自由は利かず、ただ<家族>が消えていくのを<観て>いる事しかできない。
そして、また<家族>が消えた。
「力、力、力!もっと、もっと血だ!<力>が必要だ!魔力ではダメなのか!?オレが分け与える黒き霧だけではダメなのか!?」
男の問い掛けに、暗闇は静寂だけを持って答る。
「もっと別の、ここ一帯にうごめく魔物でもない、<力>は無いのか!そう憎い、憎い<あの竜>、<赤き竜>のような!」
男の憎しみの感情に呼応し、まるで男に力を貸すかのように男の中の闇がざわめき始める。
「…探せ!探すのだ!オレの愛よ、家族よ!<あの竜>へ復讐を果たすにはまだ<力>が必要なのだ!」
男は、暗闇へ問いかけ、願い叫ぶ。
その願いに応えるように、闇の中で白い影がゆらりと揺らめき駆けてゆくのを男は感じ取った。
「おぉ、感じる!<力>だ、ヤツと同じ<竜>を感じる!これは<得られる力>、今まで得てきたものとは<異なる力>、だがヤツと<同じ力>!求めねば!欲せねば!」
そして、歓喜に打ち震える男は、<力>へと<家族>を向けた。
―――
遺跡内の第一層では、既に中央付近で作戦本部の陣が設けられ、実行に移っていた。
シータ、エイミの進言は直ぐに受け入れられたようで、戦闘はできうる限り<赤い巨大蛾>の駆除を優先にと伝令が走り出す。
既に戦果は上がりだしており、<巨大蛾>の羽は作戦本部に集められ、その中からは<赤い羽>も見受けられていた。
そして、一行は作戦の確認事項をすると本部の天幕から出る。
「…さて、もう始まってるみたいだが、俺達はこれからどうする?」
グランがソウシロウ達に問うと、ソウシロウ、ユート、フラナは互いの顔を見合わせ同時に首を横に振る。
「<達>じゃねーよ。アンタ以外はもう分担が決まってるんだよ。」
「な、なんだよそれ。」
「…ユートくんの言う通り、この殲滅作戦は範囲が広いですからッ!基本3人1組として既に配置も決定していますッ!」
「拙者はユート殿とフラナ殿に。エイミ殿は他の学院生徒に同行でござる。」
天幕から出てきながら説明を口上しながらくるエイミに、ソウシロウは捕捉を入れつつ答えた。
「…じゃあ、俺はどうするのですかね、エイミ先生?」
「自由ですッ。」
「ふーん、自由ね。…自由!?この広い中を1人で!?」
「えぇ、赤さんは適当に回って遭遇したのを駆除していただければ。あ、もちろんサボりは無しですよッ!」
しれっと答えるエイミにグランは思わず声を荒げるも、彼女は全く動じずに返す。
「…いや、いやいや、せめて、何か、こう、理由が欲しいのだが…?」
食い下がるグランだったが、エイミは腕を組んで思考を巡らせると首を傾げながら答える。
しかし、それは彼女には作戦の指揮権、決定権は無いのだから必然的に学院としての学院長の意向の予測に過ぎない。
「不死身(救援、救助が無くても帰って来る)…だからじゃないですか?」
「不死身(に剣と術、単身で一班分の働きはする)…なら致し方ないでござる。」
「不死身(なんて事情を知らないヤツにみせるものじゃない)…じゃ、しょーがねーだろ。」
続けざまにソウシロウ、ユートも同意の声を上げ、最後にフラナも小さくコクコクと肯定の意を示した。
もちろん、グランは納得などしていない事、それが赤い襟巻きごしから覗かせる。
「後はそうですね…」
「「「…<赤い>!!」」」
3人が声を揃えてはグランを指す。
「<赤さ>はどうでもよ…」
更に反論しようとするが、グランの視界には赤く染まった<巨大蛾>の羽が入り、自身の襟巻きと見比べては言葉を飲み込んだ。
確かに、学院長の部屋に訪れた際の周囲の反応を思い出すと、否定できる材料がない事に気付く。
「…くはないのか。」
グラン以外の4人はコクコクと肯定の意を示す。
「で、ですが。学院長先生の事です、赤マントさんへの考えや信頼が何かあると思います。」
「…俺と言うより、俺のボス、<ビルキース>へ、だろうけどな。」
そうして、フォローするフラナの言葉に、グランは肩をすくめるが、現状を胸に仕舞い込んだ。
「まぁまぁ、そう腐らないでくださいッ!赤さんにはきっと後からナナリナが合流してくれますからッ。」
コンパスを取り出し掲げ、エイミは笑顔を見せる。
「ウム、我ら例え離れ離れでも、志は共にあり!という感じでござるな。」
そして、続けてからかい気味にソウシロウ、ユート、フラナもコンパスを出し、グランは呆れて溜息をつくも、自身のコンパスを出して互いの針を合わせた。
―――
薄暗い遺跡の一角で赤い一閃が煌き、<巨大蛾>の頭部が断たれる。
ドブ色の液を噴き、垂れ流してはその羽は地面へと落ち、遺跡内の風がその天の穴へ向って吹き流れ、赤いマントと襟巻きをなびく。
手に握る赤い剣を振り拭い、赤マントの男グランは<巨大蛾>の骸をただ見据えていた。
「…」
グランの手には既に数枚、丸め束ねた<巨大蛾>の羽の一部が収まっており、それまで収めてきた通りに羽を剣で引き裂くと束の内にまとめる。
「これはキリがないな…やはり<赤い>のだけ狙うに限るか。」
背嚢に羽を押し込みながら、その嵩張り具合を確かめ、ぼやくと足を進めてゆく。
グランは<自由>な活動制限活かし、余り人手が回らない場所、遺跡の最端、外縁を回りつつ遭遇した<巨大蛾>を屠っていた。
しかし、その狙いはアタリでもありハズレにも等しく、遭遇するのは<赤い羽>ではない、ただの<巨大蛾>ばかり。
そして、遺跡廃墟の壁と岩盤を両端に見据え歩きつつ、グランを思考を巡らせ始める。
「もっと内側を回るか?…いや、殲滅作戦である以上は駆除すべきではあるか…。違うな、俺達が<赤い>ヤツを標的にしたんだ、余計な事は…」
頭を悩ませてはいたが、グランは以前まではこうやって1人で各地を回っていた時を懐かしくも感じていた。
周囲の空気、足元に広がる地面一帯の感触、緊張感で張り詰める肌、これらを独り占めした気分で酔いしれるのも久しい。
…
―――グゥゥ…
だが、それは<酔い醒まし>を喰らって中断され、これもかつての旅の醍醐味ではあったかと虚しくグランは苦笑をこぼす。
その身は不死身の肉体なれど、腹は減り、気力も疲労も限りはある。
「…まぁ、これで一旦戻る言い訳はできたか。」
そう呟いてはグランはコンパスを取り出し、事前に同期させておいた作戦本部の陣の方角へと針を合わせて向かう。
建ち並ぶ廃墟の道を抜け、背にした岩盤はもはや見上げ天井との狭間に暗闇の中だ。
道幅は広いが、崩れかけた壁には植物が這い、剥がれ落ちた石片が散らばっている。
そんな中、不意に視界の端で何かを捉える。
視線を向けるとそこには、それが手を振ってこちらへ駆けてくるのが見えた。
「ダーーァーーリーーン~~♥」
聞き慣れた声と共に駆けて来るのは青い髪を揺らしながら満面の笑顔を見せるナナリナ。
グランは顔色は変えず、右足を前へ出すと少し腰を落し、<何時もの事>に身構え、備えた。
…
「どうしたの?」
「…え?うん…アレ?」
しかし、飛びついては来ない彼女にグランは拍子抜けしつつ、ナナリナはグランの顔を覗き込むようにし首を傾げる。
青く長い髪、頭部の両端の角、揺れる尻尾、鱗模様が見える一部露出した肌に背負った大弩。
そんな普段通りの姿ではあるが、一点、普段が持ち合わせていないバスケットを提げている事に気付き、構えを解くとグランは軽く息を吐いた。
「あー、えー、おはよう?」
「もう、お昼過ぎ。」
半歩身を引き、頬を掻きながら、改めて挨拶を交わすグランにナナリナはバスケットを持ち上げてクスクスと返す。
その中からは、食欲を刺激する香ばしい匂いが漂いグランは思わず生唾を飲み込む。
―――
適当な廃墟の屋上に登り、2人は適当な瓦礫に腰を掛けた。
座る際グランは辺りを見回し、とりあえずの警戒を済ませ、ナナリナから手渡されたバスケットを開く。
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?パンズで挟まれたモノ
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食事とあらば、何だかんだで期待で胸が小躍りするグランだったが、中身を確認した途端に言葉を失う。
確かにサンドイッチ、いや、丸くいそのパンズでは<ハンバーガー>というものではあるのだろうが問題は別だった。
主役の具材は切り口の赤身からして間違いなく肉なのだが、どうも揚げてあるようでそれもまだわかる。
カツレツの衣は鮮明かつ濃い緑色をしているのだ。
さらにパンズを少しめくってみれば、紫色のソースが光沢を覗かせている。
幸い匂いからしてチーズだけは一般的のものだが、その認識、常識が破壊される色彩にグランは固った。
そして、恐る恐るナナリナに目を向けると、彼女は目を輝かせては微笑みで口を付けるのを待っている。
「ナナリナさん…コレは一体?」
「私、お手製のハンバーガーよ。」
「…ワッツイズディース?」
「ハン、バー、ガー。」
つい、古アールヴ語で聞き返しみるグランではあったが、ナナリナはニコニコと同じ答えが返す。
その様子に覚悟を決めねばならぬと悟ると、姿勢を正しグランは齧り付いた。
―――うンまァ~~~ァい!?
瞬間、舌の上で砕ける衣の食感は心地よく、鼻を抜ける香りは甘酸っぱい。
噛めばジュワッと溢れる肉汁、それを包み込み旨味を引き上げる濃厚なソース。
咀む度に溢れ出る味覚と食欲を表す唾液の洪水は、飲み込んだ後にも続く。
見た目だけでなく、その味にも常識が破壊されたグランの赤い瞳は丸くなり爛々と灯る。
「…ナナリナさん…コレは一体?」
「だから、私、お手製のハンバーガーよ。」
ナナリナは予想以上の反応に複雑な感情を苦笑いで答える。
この<緑のカツレツ>と<紫のソース>は自分の故郷の料理を再現したものだとナナリナは語った。
なんでも両方共に高温に反応し変色する食材を使ったものだそうで、彼女が故郷を離れて以来、このレテシアの市場で久しく見かけたという。
間接的に故郷を語るナナリナの表情は何処か寂しさを浮かべ、遠くを眺めている。
グランはそれを見て、租借し切れてないハンバーガーと同時に息を呑み込んだ。




