21-1.竜の血
<魔法都・レテシア>その魔法学院、さらにその学院長の部屋には学院関係者と一部生徒、それに冒険者が並び立っていた。
そして、並び集う一団の後ろの扉が開かれると、赤いマント、赤い襟巻きに身を包み、なびかせては、ずかすかと男が1人部屋へと歩み入る。
一団の視線は赤マントの男を異物のように見つめているが、男はそんなこと気にも留めず、見知った人物の側へと向う。
『…なぁ、エイミ。なんだか随分と物騒な雰囲気なんだが?』
赤い髪を片側で結わえる1人の女の隣に立つと赤マントの男は小声で話しかける。
『…もう学院長からのお話は終わりですよ?これだけ遅刻もすればそうも見られますよッ。』
エイミと呼ばれた女性は、少し怒った口調で呆れたように言う。
『…いや、時間通りに来たはずなんだがな?』
赤マントの男がその言葉に首を傾げると、学院長は杖の石突を鳴らす。
「それでは、皆さんの健闘を期待します。重大な任務となりますが、くれぐれも無理だけはしないように。」
その言葉で学院長の話が終わると、一団の学院に属す者は姿勢を正し、敬礼した後に部屋を後にしていった。
部屋に残ったのは赤マントの男が見知る何時もの面々。
一行は遅れてきた男の事もあり、部屋を退出せず足を止めており、その原因へ視線を向けている。
男はバツ悪そうにし、後頭部をくしゃりと掻くと改めて学院長の方へ向き直った。
「あー、俺、大遅刻しちゃいました…?」
学院長は首を横に振り、男に否を伝え、その様子に男は安堵の息を吐く。
「いいえ、お呼びした通りですわ。グランさん。」
そして、男に近付くと何やら札、券のような物を渡され、グランと呼ばれた赤マントの男はその紙切れを不思議そうな表情を浮かべみつめる。
「…ところで<あのコ>曰く、これで貴方の力を正式に借り受けられるそうですがよろしいかしら?」
「…子供のおてつだい券かよ!?」
券には<助力しろ>と雑かつ命令調に書かれており、グランは思わず突っ込みを入れてしまう。
だが、文字、横のサインの筆跡は間違いなく男の雇い主<ビルキース>のものであり、渋々とそれを受け取る。
「肝心のボス…はこの調子じゃ連絡すらしないできてない状態か…」
「えぇ。そして、この券を使われた後しばらくは貴方は<自由>にしていいとも伺っております。」
「しばらくの自由ね…」
男は自身の雇い主の意図を探ろうと複雑な表情を浮かべるが、それ以前に行動を見透かされたと感じ、直ぐに諦めたのか溜息をつく。
「それではエイミ先生、彼を頼みます。私は遺跡に降り、現場の指揮を執るための準備に入りますので。」
学院長がそういうと、エイミと呼ばれた女性は再び敬礼の姿勢をとり、学院長の退室を見送った。
「…どゆこと?」
先程までとは打って変わり、グランは困惑気味にエイミを見る。
「あの<巨大蛾>の<殲滅作戦>をこれから行うのですよッ。その為に学院は休校、任務に当たれる者は教諭、生徒、冒険者に関わらず召集されたのですッ。」
エイミは腰に手を当て、指先を男に向けてはいかにも怒っていますという雰囲気を出しながら答える。
「また随分と急だな、犠牲者はこれまでにも出ていたというに。」
グランは腕を組みこの部屋までの道中の静けさに納得しつつ、エイミを見据える。
「…先の一件で居住区内に被害が出たのは当事者のアナタは知ってるわよね?それで<魔法都元老院>が動いてしまったのよ。」
「あぁ、アレか。」とグランは思い当たると同時に面倒臭さげな表情を浮かべると頭を掻いた。
「それで<元老院師団>が動き出す前に、事態の収拾、遺跡内の危険因子は遺跡内とこの学院で管理できると示す必要がでてしまったの。」
脇から現れ、口を出したのはエイミの同僚である<コボルド族>の女教諭シータ。
「<魔法都元老院>ってのは?この学院以外にも街を主導している組織か?」
「この街の行政機関よ。この学院はあくまで遺跡と学院が管轄で、街の行政、運営に関してはそちらが取り仕切っているわ。」
聞き慣れぬ単語に疑問を持ったグランが問い掛けると、続けてシータが答えだす。
そして、<元老院師団>は元老院直属の執政部隊で、今回のような都市に関わる問題に対して動く集団でありその権限はとても強いと加える。
政治的な背景を耳にして、グランは言葉にせずも所詮ここもヒトの住む都かと、肩をすくめる。
「確か遺跡とこの街を繋ぐ、あの大穴の周囲は<幻惑の仕掛け>によって街には到達できないと聞き及んだにござるが。」
今度は残った一行の1人、異国風貌な優男の<ゴブリン族>の剣士、ソウシロウがシータの言葉に続く。
「そもそもよ、<赤マントの怪人>が街に現れないのなら学院にだって現れないんじゃねぇか?何で今更<街>で騒ぎ出すんだよ。」
更に少年の冒険者剣士、ユートが加わり疑問を口にした。
「えぇそうよ、まずどうして<学院側>に現れたのか、実はこれまで正体よりも原因を絞り込んでいたの。」
「騒ぎになった当初は<転移門>から紛れ込んだ憶測でしたねッ。」
エイミとシータは<赤マントの怪人>の騒動が起った当初を語る。
「だがそれは<巨大蛾>として紛れての転移は不可能、例え元来の小さな蛾だとしても学院内で<巨大蛾>に成り得る為の<瘴気>が無いわ。」
「じゃあ、単に幻惑が破られたって事か?」
「それも腑に落ちないのよ。幻惑が破られたのならもっと一度に多数の<巨大蛾>が現れているはずよ。」
シータは<巨大蛾>の出現に何かしらの違和感を感じ、殲滅作戦に対しもっと慎重を期すべきと提案しているようだ。
だが、状況は詮索を待ってくれない。
学院側はこれまでの学園側の被害から早急の対応が求められてしまい、その責任を取る形で学院長が前線に立つにまで至っていた。
「あ、あの、幻惑はどのような作用が働いているのですか?」
「方向感覚の喪失に穴からの場合、穴に戻るように誘導ですねッ。なので、幻惑の領域に入って少しでも進めばほぼ元の位置に戻り着くのですッ。」
<バルログ族>の少女魔術師であるフラナが手をあげ、質問を投げかけエイミが答える。
「…仮にアンタならどう破る?」
「突破方?。そうね、複数体の投入だったら、<相対測位>を用いれば他を認識できる範疇次第で1体は幻惑の外に出せる<可能性>は高くなるわ。」
グランはシータに問いかけられ、思案顔を浮かべると思いついた答えを返す。
「それでも<可能性>までか。」
「えぇ、何せ向う目標となるものがまず<見当>つけられないもの。それにその<見当>へ<指揮>できる固体も必要よ。」
しかし、シータの想定は前提条件はまず統率が取れている事であり、<巨大蛾>には経験と報告、元の習性からでも無い。
「フム、虫はヒトが見るものとは違うものが映ると聞くでござるな。だが、目に頼らずとも個々の香りを嗅ぎ取り位置を把握できるとも聞くにござる。」
「そういえば虫って灯りとかに大量に湧くと群がってくるよな。だったら何か学院に目標となるものが光ってるんじゃないか?」
「…香り、…フェロモン、…標となるものか。」
シータは言葉にあがる虫の習性や知識を聞き、様々な要素を繋ぎ合わせる。
「…転移門!龍脈ですよッ!」
そして、ある事に思い当たると、ハッとした表情を見せたのはエイミであった。
シータとエイミが<巨大蛾>に襲われた際、そこはまだ学院が発見すらしていなかった休眠中の転移門だった事を思い出す。
その転移門を覆う建築物には無数の蛾がたかっており、中に潜んでいた<巨大蛾>2体に奇襲を受けた。
傷を受けた脇腹を無意識に撫でながら、シータはその時の事を分析する。
「…あの、既にその<巨大蛾>が<使い魔>にされてる事はないんでしょうか?熟練した者でしたら、使い魔との感覚も共有できるようになると聞きました。」
フラナが肩に乗る自身の使い魔、<ヨポ>を触れながら呟いた。
「<指揮>、<使役者>は居る…か。」
シータは顎に手を当て、目を閉じて更に深く思考を沈ませる。
龍脈に引き寄せられるだけならば、他にも遺跡内に点在し生きてる転移門にも群がっていたはずと。
目的を持ち、集団で障害を攻略し、その正体を隠し行動する、<巨大蛾>の行動には目的はともかく意図的なものが明確になってきた。
「…無くはないわね。<使役者>は遺跡内の蛾に<瘴気>を与え、<巨大蛾>、<使い魔>と成す…」
「でも、数多くの使い魔を使役できるものです?操獣者は複数体を使役しても命令だけで感覚や意識の共有は聞いたことないですねッ。」
シータの考えにエイミは新たな疑問を投げかけるが、グランとソウシロウには何所か心当たりがあるようで、互いに目配せをする。
「「<異能使い>。」」
2人は声を合わせ、同時に答えを出す。
「詳しくは無いけど、そんな簡単に決め付けていいものなの?」
「念頭には置いていいと思うぜ?少なくとも最近の俺には縁があるみたいなんでね。」
「ここへ訪れる直前、かような者を調査してる人物にも出くわしたにござる。」
シータの問い掛けに、グランとソウシロウはお互いの体験談を踏まえ、肯定する。
「へッ、本当に黒幕の<怪人>が居るって事か。」
「ならば、このまま殲滅作戦を決行しても解決はしない線が濃厚になってきたわね…。わかったわ、私は先にこの事を学院長に進言してきます。」
そう言うとシータは、一同を見渡した後、身を返し部屋を出て行った。
「しかし、黒幕が居るとなれば何かしらの手掛りが欲しいでござるな。」
「遺跡と街で遭遇した<巨大蛾>で何か感じた所はなかったのですか?どちらも遭遇したのは赤さんだけなのでッ。」
シータを見送った後、ソウシロウは腕を組み思案顔を浮かべる中、エイミはグランが見たモノを聞こうと質問を投げかける。
問いにグランは後頭部をくしゃりと掻きつつ、眉間にしわを寄せ先日の遭遇を思い出す。
「駆けつけて早々、ナナリナと共に倒しちまったからな…。いや、あるか、羽の色だ。街で襲ってきたのは既に赤かった。」
グランの脳裏には街で悲鳴を聞いた後、ナナリナとその場に駆けつけた状況が浮かばせ声に出す。
まず、<巨大蛾>が<赤マントの怪人>として騒動となったその理由は、その赤く染まっていく羽を見られていたからだ。
エイミもシータが襲われた際、彼女の血を獲て、赤く染まり行く羽を目撃している。
「<巨大蛾>からの襲撃はありましたが直の被害者はそういえば出てませんねッ!」
「…目的はわからぬが、行動が次の段階に進んだと思えるでござるな。」
グランの言葉に、エイミとソウシロウは<巨大蛾>の目的を考察し始めた。
「あ、あの、それでしたら<赤い巨大蛾>を優先的に倒せば、駆除しきれなくても仮定の黒幕の目的は達成されないのではないですか?」
フラナはおずおずと手をあげ、2人の会話に割って入る。
エイミは「おぉっ!」と掌を叩き、ソウシロウも頷く。
「それだけで<魔法都元老院>とやらの御眼鏡にかなうかはわからぬが、黒幕を炙り出す一手になるかもしれぬな。」
「さっすが~、今となっては私と寝食を共にする特待生ですッ!膳は急げ、さぁ、私達も急ぎ学院長に知らせましょうッ!」
エイミはフラナに抱きつき、頭を撫でながら褒め称えると彼女は照れ笑いを見せながら、エイミのされるがままでいた。
「…そういえば、ナナリナはどうした?」
「あぁ、彼女なら街の外で活動する生徒達と顔を合わせた後に遅れてくるそうですよッ。」
エイミがからかう言葉を続けようとするも、グランは「そうか。」と、合点のいった顔をしてそのまま扉の外へと向かっていく。
何か普段と違うグランにエイミは首を傾げる他3人と顔を合わせるも、ともかく、赤いマントの後を追う事にした。
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