21-7.竜の血
雄叫びの聞こえぬ<赤き竜>の咆哮が火の精が振るわせ、ビルキース達の肌をチリチリと焼く。
その瞬間、轟音と熱風、爆炎が遺跡内に響き渡り、一瞬の間を置いて、大地を揺るがす程の振動が伝わった。
3人が咄嗟に身構えた瞬間には視界は塗りつぶされ、衝撃が身体を打ち付け貫いていく。
「か、かかか、か、かん!間一髪!で、したッ!」
しかし、両足で立っていられている事に気が付くと、3人は恐る恐る目を開く。
すると、目の前には赤い髪を片側で結わえた、ここ魔法学院の女教諭、エイミが両手を前に突き出している姿が見えた。
彼女の前に薄い膜の様なものが張られ、熱風の直撃を防いだようだ。
「…次が来るぞッ!もう一度<張れ>ッ!」
「あ、あわわわわッ!エエエエ、エルド!<エンクロージャ>ッッ!」
「YoPopopo!!」
再びエイミが何かを握っていた両手を突き出すと同時に、先程と同様に薄い膜がハンス達を包み込む。
しかし、魔法の膜を貫いて熱風と衝撃が襲い掛かり、その勢いに負けて4人はそのまま後ろへと倒れてしまう。
「…咆哮、<ハウリング>の余波程度でこの威力か。」
ビルキースはセバスに肩を借りながらも立ち上がり、熱風に揺らぐ視界の中、<赤き竜>の姿を探す。
「YoPo!YoPo!!」
「アタタタッ。フラナちゃんから勝手に引き剥がしたのは謝ります、後でおいしい晶石でもあげますから機嫌を直してくださいッ!」
エイミの手に握っていた何か、フラナの使い魔のヨポが頭部をやや焦げ付かせ、その小さな手足でエイミの頬をぺちぺちと叩き抗議していた。
「…エイミさん!どうしてここに!?」
「いや、何と言いますか、虫の報せ?とでも言いましょうか…。とにかく、爆音が聞こえてから嫌な予感がしましてッ。それにどうしてというならこっちの台詞ですよッ!」
突如現れたエイミに対しハンスは驚きの声をあげるが、彼女の言う通り、本来この遺跡の奥へと進んでいるはずの自分達が逆にこの場所にいるのだから驚くのも無理はない。
「エイミ殿!無事にござるか!?」
質問への答えにハンスは言葉を詰まらせていると、その最中エイミの名を呼びながら誰かが駆け寄って来る。
それはフラナを背負うソウシロウに続き、息を切らしながら走って来たユートであった。
「…これまた随分と苛烈な。」
<巨大蛾>を次々と屠っていく<赤き竜>とそれに対峙する<赤青の超巨大蛾>。
ソウシロウ達もハンス達と同様、突如として現れた2体の怪物同士の戦いに唖然として見ていた。
「…ボケっとしてる場合じゃねぇ!あんなバケモノ同士が争ってるなら尚更にナナリナさんを早く見つけねーと!フラナ、ナナリナさんはどっちの方角に居る!?」
息を整えたユートは焦りの色を隠せず、ソウシロウの背中のフラナに問いかけると彼女は小さく指をさす。
フラナが向けるコンパスの針は確かに<赤き竜>のいる方向を指し示し、その動きと、今まさに繰り広げられている戦いの様子と一致している。
「…赤法師殿の方角もあの<怪物>を指し示しているでござる。」
「あ、赤さんまでも!?まさか、2人ともあの<怪物>に食べられたとでも!?」
「フッ…、<喰われた>か。なるほど、<竜核>がグランとそのもう1人を取り込んだのか。」
ビルキースの言葉に3人は思わず言葉を失う。
「どういう…」
「…<アレ>があの<怪物>がグランなんだ…」
エイミの問い掛けに答えるように、ハンスは<赤き竜>を見据えたままそう告げる。
同時に、巨大な爆風が土煙を舞い上げ、砂粒がパラパラと降り注ぐ。
視界が戻ると数匹の<巨大蛾>の黒焦げた骸が転がり、奥の土煙からは瓦礫を跳ね飛ばす<赤き竜>が姿を現す。
「…そのもう1人は<ドラグネス>か?」
そんな最中でも<赤き竜>から一切視線を逸らさぬまま、ビルキースは後方の誰かに質問を投げる。
「え、えぇ。確かにナナリナは<ドラグネス>ですが…、それが一体?」
「クククッ、そうか、逆か、不可逆。ヤツの今の姿は<竜核>自体がそのドラグネスを介して<覚者>を成立させているのか。」
口元に手を当てて笑う彼女であったが、目は笑っておらず、鋭い眼光は<赤き竜>を捉え続けていた。
一方、当の<赤き竜>は<赤青の超巨大蛾>に対し、徐々に劣勢を強いられていく。
「あーッ、もーッ!ワケわかんねぇッ!それじゃ、あの<怪物>がナナリナさんと赤マントの野郎で、その原因が<竜核>っヤツで<覚者>になったナナリナさんって事か!?」
「言葉だけならそうなりますがッ。ユートくん理解していますか?」
「イチからヒャクまでさっぱりわからねぇッスよッ!!何なんだよそのカクにカクでってのは!」
ビルキース達の会話を横で聞きながらも、ユートは頭を抱えて混乱し苛立ちを募らせていた。
「フム。しかし、<覚者>でござるか…」
「ほう。流石<ヒノモト>の<サブラヒ>には聞き覚えがあるか。」
ビルキースがソウシロウへ声をかけると彼は無言で頷き、その反応に数名は説明を求める視線が向く。
「<覚者>とは覇王の時代到来の際、我々<ヒト>と呼ばれる17の種族が封印した<力>を解放せし者達を指します。」
「例えば、エルフ達の<不老不死>と称される<ハイエルフ>なら耳にした事もあるだろう。」
セバスとビルキースは自分達の知る知識を伝えようと、まずは身近なところから話を始める。
そして、ソウシロウもそれに続く形で自身の知っている限りの事を話し始めた。
「特別な力の正体は存ぜぬが、拙者ら<ゴブリン>には<帝>とその血縁者達にはその様な力を受け継いでいると聞くにござる。」
「では、<ドラグネス>には<竜核>がその<覚者>である証だというのですか?」
「そうだ。まず<竜核>という器官自体がマナ、エーテルの塊である成竜にすらそう備わらんのだ。それをヒト程度の身に宿した時点でその者はヒトの域を超えている。」
「それは何故にでござる?」
エイミ、ソウシロウの疑問にビルキースは淡々と答える。
「単純だ、<竜核>が巡らせる<血の量>がヒトと呼ばれる生物の肉体では小さすぎるのだ。」
「それをヒトの身で耐えられる者がドラグネスの<覚者>。そして古では彼らを<真竜>と呼んでいた記録がございます。」
「し、<真なる竜>ですか…」
彼女の後に補足する形でセバスが付け足し、その場の全員はとりあえずの納得をみせた。
「と、も、か、く!あの赤い馬鹿はいいとして、つまりはナナリナさんが<巨大蛾>の親玉を相手にしてるのは間違いないんだな!?」
ユートは頭を抱えていた手を下ろし、改めて状況を整理する。
理屈の理解ができようと、解決には向わず。
ならば今は目の前の状況に対処する事を考え、行動しなければならないとユートは踏んだ。
「だったらこんな場所で観戦していられるか!助けにいくぜ、フラナ!」
「ダメですッ!!」
そして、ユートはフラナの手を掴み、走り出そうとするも、エイミの制止の声と同時にソウシロウに肩を掴まれてしまう。
ユートはソウシロウの腕を振り解こうとするが、彼も離そうとしない。
「私達が鱗粉をまともに浴びれば、それだけで力を大きく奪われてしまいますッ!」
「それに<アレら>に比べれば拙者らは足元を跳ねる虫と大差ない、<助け>どころか、存在を認識されないのではござらぬか?」
必死の訴えをするエイミと、冷静に諭すソウシロウ。
その2人の言葉に、ユートは唇を強く噛み締める。
「…セバス。お前ならやれるか?」
「以前の様にですか?」
2人の会話を聞き、ビルキースは背後にいるセバスの方へと振り返り問いかけた。
「流石に同時、2体は無茶が過ぎるというもの。片方だけも些か難しい、といったところでしょうか…」
セバスは少し考え込むような仕草を見せた後、ビルキースの問いに答えを返す。
「じゃあ、オレ達は静観する以外無いっていうのかよッ…!」
拳を握りしめ、悔しさを滲ませるユート。
だが、状況は進み続け、その場には再び土煙が吹き、その中からまたも起き上がる<赤き竜>。
その姿は先程よりも更なる疲弊が見受けられ、赤々と煌いていた装甲、鱗は褪せだし、両肩は垂れ下がる。
対する<赤青の超巨大蛾>も土煙を羽ばたきで払うと、適当な廃墟に着地しその巨大な羽を下げた。
「…!?そういえばあれ以降は<咆哮>を放ちませんねッ?」
「あの馬鹿め、敵の鱗粉を吸いすぎたか。」
「だが、相手の疲弊も相応。次の激突が互いに最後の一撃になりそうでござるな。」
ビルキースの言葉通り、両者は互いに距離を詰める為、前傾姿勢になりながら徐々に加速していく。
そして、両者がぶつかり合う直前、2匹の<巨大蛾>が割り込んでくると<赤き竜>のだらりと下がる両腕に食らいつき身体から引き離した。
―――
「フヒヒッ!ヒャハハッ!好機、好機よッ!今、キサマの脳天に我が最高の<愛>を突き立て!尻尾の先まで血と言う血をすすりきってやるッ!!」
<青き衣の男>は長笛を口元に当てると、甲高い音を鳴らす。
<赤青の超巨大蛾>は腕を封じられ、防備がガラ空きになった<赤き竜>に向かって突進し、覆いかぶさった。
叩き付けられた質量にバランスを<赤き竜>は崩し、<赤青の超巨大蛾>はその頭上を取って口吻を伸ばし硬化させる。
「完ッ全ッ勝ッ利ッ!やった、やったぞッ!これからは俺の、俺の新しき家族の時代の幕開けだァァッッ!」
<赤き竜>の頭上、その面を割るように口吻が突き立てられ、ヒビ割れ、貫き食い込んでいく。
―――
何処までも広がる、赤黒い沼にその水面に女の影が浮かび上がった。
女が目覚めると、沼中にたゆたう青い髪を引き上げて女は上半身を起こす。
手には赤く長い襟巻きが握られ、それが当てられていた下の腹部の肌は黒く変色している。
周囲を見渡すと1人の男の白い影が視界に入り、彼女は立ち上がり、そこに向かって歩き出した。
近づくにつれ男の輪郭がはっきりしてくるが、男は女が近寄る気配を感じていないかのように身動き一つしない。
女は前に回り、正面、視線の先へ割り込むように男の顔を覗きこんだ。
男の見知った赤く爛々と激しく灯る両目、そこから涙を流すように炎が零れては足元の泥を僅かに焦がし消えていく。
だが、それでも男は女に気付く様子がなく、ただその先を睨み続けていた。
女は手にしていた赤い襟巻きをそっと男の首にかける。
その両目に嬉しさ、悲しさ、寂しさ、怒り、呆れが混じる苦笑と涙を浮かべ、女は男を静かに強く抱きしめた。
―――
―――OOOooooooooo……!!
<咆哮>はとは違う、聞き取る事のできる雄叫びがあがり、周囲を響かせる。
それと共に<赤き竜>の両肩が膨れ上がると、内側から押し出される様に割け、弾けた。
「4本!?」
「腕!?」
「だとぉッ!?」
中から現れたのは漆黒に染まる腕、そこに赤く燃え上がる線が走る。
血管の様に脈打つと同時に指先に達すると鋭い爪が姿を現し、すぐさまにそれは敵へと掴みかかった。




