21-8.竜の血
赤い爪の先端が<赤青の超巨大蛾>の首元を捕らえ、爪はその肉体に沈み、裂き、血と体液が噴き上げる。
もう一方の新たに出現した腕は<赤き竜>の頭部に突き刺さる口吻を掴み取り、音を立てて力任せにねじ切った。
<赤青の超巨大蛾>は抵抗せんと両羽を広げ、鱗粉を撒き散らそうとするも、残る既存の2本腕がそれを許さず、掴んで離さない。
<赤き竜>の腕を捕らえていたはずの<巨大蛾>は既に床に叩きつけられ、無残な姿が前腕にこびりついている。
「勝ち…勝ったはず、勝ったはずだ!こんな、こんな事がッ!」
長笛を持つ手を震わせながら<青い衣の男>は叫ぶ。
しかし正面、<赤き竜>のひび割れた深紅の面、その奥で爛々と灯る眼光、下部が開き、並ぶ白い歯を目の当たりにすると、彼は思わず這うように後退った。
「ヒィッ!!嫌だッ!あんな死に方はッ!兄弟達の様な死に方は!!もう暗闇の中に戻る事だけはぁッ!!これでは俺だけ2度も殺されたようなものじゃないかッ!!」
だが、彼の退路は塞がれていた。
手持ちの長笛を投げ捨て、<赤青の超巨大蛾>の頭上を後退したところでそこは遺跡の風が冷たく吹き通るだけ。
それに気付いた時、男の手は噴き上げた体液に囚われその先へ誘われる。
そして、カランと床を叩く音がした間もなく、<青い衣の男>は赤い血を滲み垂れ流す肉塊へと成り果てた。
…
もはや磔にされたように<赤青の超巨大蛾>は<赤き竜>によって、その巨躯を支えられ持ち上げられる。
見るからに勝敗は決したが<赤き竜>の眼光は灯り続け、新たに生えた黒い2本の腕で<赤青の超巨大蛾>の胴体を左右から挟むと、頭部からおもむろに貪り始めた。
歯を突き立て、喰らいつき、引きちぎっては飲み込んでいく。
もう2本の腕で空中に張りつけられた羽が残虐に喰い消されていく胴体と対照的に鮮明かつ美しく煌めいている。
だが、それも繋がっていた胴体が失われるとだらりと垂れ下り、<赤き竜>は胴体を最後まで喉に通すとその羽も残さずに喰らいだす。
やがて、最後の一欠片を飲み込んだ後に<赤き竜>から眼光が消え、4本の腕からも戦闘の意思が無くなっていた。
―――
その状況をただ黙し、静観するしかなかった一行であったがビルキースは危険性が無くなったと踏むと、<赤き竜>の元へとすぐさま駆け寄る。
「ビ、ビルキースさん!まだ危険ですよ!?」
慌てて止めようとするハンスの声など聞こえぬように彼女は進み、セバスもそれに続いていった。
残りも顔を見合わせ互いの判断を仰ぐようにしていたが、意外にも逸早く足を動かしたのはユート。
それに続くように皆は頷くとビルキースの後を追う事にした。
…
道行きの過程、遺跡内の廃墟は熾烈な戦闘の影響か瓦礫や土埃が散乱し、もはや残っていた歴史的な風体も消え、ただ荒れた焼け跡が広がる。
<赤き竜>の足元にビルキース達は辿り着くと、更なる惨状に息を飲む事になった。
壁、床には飛び散った鮮血の跡、引き裂かれた、潰された、焼け焦げ炭となった<巨大蛾>達の死骸。
そして、その中心、見上げた先の<赤き竜>は先程まで死闘を繰り広げていたとは思えぬほど、沈黙を保ちながらそこに佇んでいた。
それは、まるで巨大な彫像のように静かであり<生命>を感じさせない姿に、一同は思わず歩みを止めてしまう。
ビルキースは自身の狙いである<竜核>の在処を探そうと、視線を巡らせた。
それはすぐに見つかり、<赤き竜>の胸部中央にある縦に伸びた亀裂、そこから覗かせる輝く珠が彼女の目に入り彼女は安堵の表情を浮かべる。
「こ、これが本当にナナリナさん…?」
フラナはナナリナを指示すはずの針が向くコンパスを握りしめたまま、目前の光景に声を失う。
「…終ったなら、せめてナナリナさんだけは解放しろよ、赤マント!」
それを見たユートは<赤き竜>の足の側まで臆せずに近寄ると、そう大声で叫んではその足へと蹴りを見舞う。
だが、己の蹴りの衝撃が跳ね返り、鈍いがユートの全身を包むように伝わっていっただけで<赤き竜>は身動き一つせず、眼光すら灯る事はない。
…かにみえた。
ユートが足をさすりながら見上げると、ひび割れたくちばし、深紅の面がぐらついている。
それに気が付き、誰かに声をかけんとしたとき、仮面は床へと落下しては音を立てて砕け散った。
「オ、オレのせいじゃないぞ!?」
その場の全員が驚愕する中で、思わず口から出た言い訳を吐きつつ、その素顔を目にする。
体表の一部分は高熱の硝子、飴のように伸びては溶けていき、その下の体幹を成す肉体は光を放ちながら散っていく。
まるで<分離>するかのように<赤き竜>の身体は崩れ消え、床に広がる飴のような残存物の泥から2人の人影が姿を現した。
「…ナナリナさん!?」
「…赤法師殿!!」
フラナとソウシロウは互いに呼び合った方へ走り出すと、その人影をすくい上げるように抱え起こす。
「…ソ、ソウシロウ…居るのか…ナナ、ナナリナを…俺より…」
途切れ途切れに言葉を紡ぎ、泥と赤いマントの中から弱々しく手を伸ばすのは紛れもなくグラン。
腕を泥の中に入れてはまさぐり、ナナリナを探ろうとしている。
「心配しないでグラン。そっちはエイミさんが手当てに…」
「ダメだ…、血が…血がそもそも…アイツに…。……ハンス!?…お前も居るって事は、居るのかビルキースも!?」
その手を掴んで安心させようとするハンスの手をグランは指が食い込む程に握り返し叫ぶ。
「フン、無様な醜態だな。<竜核>を確認する。お前達、そのままそいつの首元、胸元を見せろ。」
泥を踏み鳴らし、ビルキースはグランの元へと歩み寄ってくると、その姿を眺めるなり鼻で笑いなが有無を言わさず上着を脱がすように命令をだす。
「ビルキース殿!」
「…貴女という人はッ。……ゴメンよ…グラン。」
その言葉に怒りを見せるハンスとソウシロウであったが、僅かの間ビルキースと行動を共にし、その性格と判断力を理解してしまったハンスはその感情を押し殺し、指示に従う。
「…これで、満足ですか?」
(…フム。輝きは失せているが、変色もせずに未だヤツの胸元に露出している…。一時的にとはいえあの娘の影響で<覚者>を共有したのが原因か?)
ビルキースは<竜核>の状態を目で確かめ、内心では疑問を抱きながらも納得すると、再び口を開く。
「…それで、何だ?」
「た、頼む、ビルキース!助けてくれ、ナナリナを、強い回復の魔導具でも薬でもいい!アンタなら治せるだろ!?」
「…随分と都合のいい。それに、<助けてくれ>ときたか?」
必死の形相で懇願するグランの言葉に、彼女は嘲るように鼻で笑い、冷たく言い放つ。
そして、グランに近付くと額目掛けてかかとを突き出し踏み付けると、左右に捻りつけながら体重をかけていく。
「ビルキースさん!!」
「これは私とコイツの関係性の問題だ。部外者のキミ達は黙っていてもらおうか。」
ハンスの叫び声にも耳を貸さずにビルキースは続ける。
「確認するぞ、グラン。キサマは私の<所有物>であって、私に嘆願できる<客>でもなければ<身内>でもない。そうだな?」
「…」
額にかかとの、踏みにじる力を強くしながらビルキースはグランへの尋問を淡々と進め、それに対しグランは沈黙し、甘んじて痛みに堪えているようであった。
「それでも私は条件付とはいえキサマの行動を拘束や監禁してはいない。尚且つ私の<右腕>に今まで訓練を受けて<女1人守れなかった、助けてくれ>だと?」
そこで一度、彼女は口を閉ざすとさらに力を込め、その顔面に蹴りを入れた。
流石に周囲、ユートすらもビルキースの行動に表情に怒りを滲ませだす。
「<竜核>は今、見えているんだろ?それを、それを今取り出してくれてもいい。」
蹴られ、転がされたままの状態で、しかしなおもグランは声を絞り出すように、ビルキースへと言葉を繋げる。
「だから、ナナリナを…助け、助けて、下さい。お願いします。…お願いします。」
そして、身体を起こすも再び沼の中に頭を突っ込むような形で頭を下げ、再度頼み込んだ。
「フン。頼み方だけ正して、出せる交渉条件が<私のモノ>ときたか。キサマはとことん成長せんな。」
その様子を見て、ビルキースは溜息をつくと、後方に控えていたセバスの方へ声を張り上げて呼びかけた。
「…セバス!その娘の容態は?」
「外傷は塞がりつつありますが、大量の失血によって非常に危険です。それと瘴気汚染の問題もありますね。」
その問いかけにセバスはナナリナを抱え直し、顔色を伺う。
ナナリナの顔色は青白く、唇は紫色になりつつあり、呼吸もとても弱い。
「施術する場所は?」
「簡易ながら、既にあちらに。」
そう言うと、まだ状態の良い廃屋の一角を指差し、ビルキースは頷いた。
「いいだろう。あの娘のこの場の一命は取りとめ保障してやる。…そして悪運が巡ったな。キサマからそれを身体から引き抜けばあの娘は助からん。」
ビルキースはそう吐き捨てると、ナナリナを抱えたセバスの方へと向っていく。
「……え?」
「だが、きっちり対価は払わせるぞ?…そこの赤髪の女。<真聖魔法>の手心があるな?お前もその娘を助けたければ一緒に来い。」
「え?あ、は、ハハ、ハイ!!」
その行動を見て、ハンスとソウシロウは互いに顔を見合わせては互いに安堵した笑みを浮かべ、グランを2人で肩に担ぐと、ビルキースの後を追うように歩き出した。
―――
高さを揃え、布を敷いただけの瓦礫の寝台にグランとナナリナは寝かせられると、ビルキースは鞄から様々な機器をとりだし広げる。
「一体何をどうするのですか?」
「コイツの腕と<竜核>を用い、強引にこの娘の代替血液を作って送る。コイツ自身が彼女の本来の<竜核>と成るワケだ。」
ハンスの問いに答えながらもビルキースは手を休める事なく準備を進め、グランの左腕には次々と管が通されてった。
そして、ナナリナの首元に機械をあてがうと、グランから伸びる管を接続していく。
その光景をただ眺める事しかできない一行。
「で、でしたら、わ、私は何をすればいいのでしょうかッ!?」
「私は<コレ>で瘴気の汚染部を焼き続ける。内臓の汚染は処置はできんが以上の侵食は防げるだろう。お前は回復の魔法をかけ続けろ。」
ビルキースは焼きゴテのような器具を取り出し起動させるとそれは赤熱を帯び、白い煙を上げる。
「ががが、がんばりますッ!」
それを見てエイミは慌てて、両手をかざし、詠唱を始めだし準備をし始めた。
「ボクにも手伝わせてくださいッ!」
「<龍天楼>がクビを突っ込むのか?」
そこにハンスは名乗りをあげるが、その申し出にビルキースは鋭い視線を向けて睨む。
しかし、そんな事で怯んではいられないと、瞳に決意の色を浮かばせてハンスは言葉を続ける。
「…<組織>の前にボク自身の判断としてお願いします。」
「…いいだろう、そっちと交互に担当しろ。」
それだけを言うと、ハンスからセバスに視線を移し、セバスの頷きと共にビルキースは改めて器具を手する。
「それでは始める。集中を切らすなよ。」
そして、ナナリナへの施術が始まった。
…
それから、グランの視覚、聴覚はぼやけ、混濁したまま時間が流れ続ていた。
その中で左腕へ何かが流れ込み、じりじりと中で刺激が走った後に流れ出ていく事を感じ、何かを焼くような匂いに魔法の詠唱らしき言葉が繰り替えされる。
わずかに動かせる首と目で捉えられるのは隣で横たわる青く広がる流線的なナナリナの髪。
意識の中で声にならない声で彼女の名前を呼びながら、グランは己の身体を動かす事はできず、そのまま時間が過ぎていった。
―――
「……!?」
意識が何時途切れ、何時戻ったのか、視界は見知らぬ部屋、廃屋ではない場所に移り変わる。
グランは急ぎ身体を起こし、部屋の出口らしき扉へ向って外へ出ると、そこは見知った場所、エイミの宿舎のリビングルームであった。
それと同時にエイミが玄関口の通路から姿を現し、グランの姿に驚く。
「あ、赤さん!目が覚め…」
「エイミ、ナナリナは!ナナリナはどうなった!?」
エイミが言葉を最後まで言い終わらぬ内に、グランは叫びながら詰め寄り両肩を掴む。
それに気圧されてか、エイミの視線は2階のナナリナの部屋を向いてしまい、グランはそれを見て、階段を駆け上がっていく。
「だ、ダメですッ!今、面会は…」
制止の声も聞かずにグランは2階へと上がり、エイミも仕方なく後を追う。
そして、グランはノックもせずに勢いよくドアを開けると、そこにはベッドの上で窓の外を眺めていたナナリナがこちらへと振り向く。
「グ、グランさん!?今は…その…」
ベッドの隣にはエフィムが看病をしていたようで、突如入室してきたグランを制止させようとした。
だが、グランは制止をお構い無しにずかずかと進み、ベッドへ辿り着くと腰を下げてナナリナの手を強く握った。
「…よかった。…生きて、生きてるんだな。」
「ふふ、ゴメンなさい、何だか色々な人に心配かけちゃったみたいで…。でも、ほら、もう大丈夫!」
アレだけの重傷を負い、病み上がりながらも彼女は何時もの、グランの今までに見てきた顔で笑い、空いた腕で力こぶを作る仕草を見せる。
だが、それが不思議なくらいに側のエイミとエフィムは表情に暗い影をみせていた。
「えーっと…」
そして、ナナリナはまだ手を強く握り続けるグランに困った表情を見せる。
窓から吹きつける風と共に、何かの違和感がグランの背筋をビリビリと刺激しだす。
…
―――…それで、アナタはだあれ?




