20-2.伴に通じれば
ハンスはそう言ってグランを真っ直ぐに見据える。
その表情は常に何処か柔らかい普段の彼からは想像できない程に締まっており、冗談ではない事が容易に見て取れ、グランは言葉を詰まらせる。
それは当然の反応であり、ハンスもそれを承知の上での問いかけだった。
「…お前、俺の大雑把な現状くらいはわかってるよな?」
「うん。キミがビルキース女史の<専属冒険者>というのを踏まえた上での提案だよ。」
グランの質問に対しハンスは迷いなく答え、その意思の強さを受け取ったグランは頭を掻いては考え込んだ。
「だったら、アイツが首を縦に振らない事くらいは…」
「うん。もう、彼女にも提案は出してる。この後、再び地下遺跡の探索に出た彼女と合流して、出す条件を呑んでみるつもりだ。」
ハンスは表情を変えずに淡々と答える様に、グランは更に頭を抱える。
「待て待て待て、俺の都合を無視して話を進めるな!というか何で俺は置き去り!?それで何でお前は合流できんの!?」
「それは…キミの身体が修復しきれてなかったからで…。あと、ボクは元々彼女の探索に同行するつもりだったんだ…」
捲し立てるように話すグランにハンスは頬を指で掻きたじろぎながら返答する。
「ビルキース女史から手渡された転移門での合流方法は1人分しかないんだ。キミが行くかい?」
「そいつはアイツがお前さんに渡したもんだろ。俺が行ったら即座に追い返されるわ。クソッ、また待ち惚けかよ。」
頭をガシガシと掻いては苛立ちを見せるグランにハンスは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
「それでなんだけど…」
そして、ハンスは少しの間を開けて話を続けようとすると、突然1人の人影が開いた扉をノックして入って来た。
「誰か居るの?ここは許可のない者は立ち入り禁止…、あら、兄様。」
入って来たのはハンスの妹のシータで、彼女はハンスとグランの姿を一通り目にすると事態を察し、呆れた顔をする。
「あ、ご、ごめんよ。もう用事は…」
だが、謝るハンスにシータの視線は向いておらず、それは部屋の奥の装置の方だった。
どうどう部屋に踏み入れるシータに、ハンスとグランも釣られて顔を向ける。
そこには台に項垂れ、力無く椅子に座るナナリナの姿があった。
「ナナリナ!?」
彼女の名を叫ぶグランを掃き除け、シータはナナリナに近付き、彼女の肩に手を当てながら声をかける。
ナナリナの呼吸は荒く、表情を苦痛で歪ませ、額からは汗を流しているが体温が冷たい。
「ともかく、ちゃんと休ませる場所に移しましょう。エイミの宿舎なら一番近いわ。」
それにグランは頷くと即座にナナリナを抱き上げては部屋を出ようとした矢先であった。
「エーッ、ナナ様!?ナナ様どこ~?」
グランの行く手を阻んだのは女子生徒。
先の2人とは違う別の生徒が、入り口手前で中をキョロキョロと見渡しながら覗き込んでいた。
そして、彼女達の目の前に姿を現すのは項垂れた状態で抱えられた想い人のナナリナを抱かかえる赤い姿。
勇む女子生徒は正面に立ち、連れ去ろうとする赤マントの男へ喰い掛かり気味になる。
だが、赤い襟巻きと黒髪の奥から覗かせる、赤く爛々と灯るものは冷やかで鋭い。
「どいてもらえる。」
その一言に女子生徒は怯んで道を空けてしまい、その隙にグランは廊下へと駆け出し、吹き抜け部を飛び降りる。
「ちょ、ちょっと安静にして運びなさい!」
シータは慌ててグランを追い、吹き抜け部を覗き込みながら叱咤するが、既に彼の姿はなかった。
「兄様!私は彼を追いますので、部屋の利用が済んだのでしたら後の手続きはきっちりお願いしますね!」
「わ、わかったよ。」
「それと、アナタ達!彼女は仮にも学院の部外者です!揃いも揃って、連日追い回して、周囲から苦情が無いと思って!?学院の生徒として恥じなさいな!」
シータは振り返っては怒号を上げ、妹に気圧されたハンスは素直に返事をする他無かった。
そして、生徒の反応を見ずシータは周囲に集りつつあった野次馬達に一睨みし、すぐにグランの後を追って走り去って行く。
残された3人は唖然としてその後ろ姿を眺めるだけであった。
「…はは、どっちにもボクはフラれちゃったかな。」
―――
「ま、待ちなさいッ!」
息を切らし、シータが宿舎前の扉まで辿り着くと、グランはナナリナを抱えて立ち往生していた。
「…まったく、蹴破って入ろうとしてないでしょうね?緊急時でもあるまいし。」
「緊急時…、そうか、そうだな…、今がその時か…、ヨシッ…」
意を決したかのようにグランは呟くと扉から若干の距離を置き、腰を落として身構える。
だが、嫌な予感がしたシータが咄嗟にグランのと扉の間に割って入り、両腕を広げては遮った。
「こら、こら、こら、こら、こらッ!<ヨシッ>!じゃないッ!私が居るでしょう、わ、た、し、が!?鍵は常備してるわよ、もう!」
そう言って呆れながら、怒鳴りながら、シータは鍵を取り出し、それをグランに見せつけた後に扉を開け、アゴで中へ促す。
グランはナナリナを抱え直し、渋々ながらも中へ入り、吹き抜けのリビング中央にあるソファーへと彼女を寝かせる。
彼女の表情は依然として苦しそうで、意識は未だ混濁、ナナリナは小さく吐息を漏らしながら身を捩っていた。
「ついて来て正解だったわね。アナタじゃ薬の場所もわからないだろうから。」
シータは手慣れた様子で部屋内の棚から薬瓶をいくつか取り出し、テーブルに広げた後にナナリナの身体を診始め、グランはその様子黙して見つめる。
ナナリナの容態を診察し終えると、シータは大きく溜め息をつく。
「…過労による貧血ね。エイミから彼女の事は耳にしてたけど、ちょっと根を詰めすぎね。」
シータは薬を煎じながらグランへと向き直る。
赤マントの男はただ黙っているだけ。
シータの視線へは視線で返すも、睨むという程には強くなく、シータの意図を問うような眼差しであった。
「そんなに心配なら、こんな事態になる前にアナタがもっと気を掛けるべきだったんじゃなくて?」
「…コイツは俺が始めて顔を合わせたときから世話焼き癖を持ってたよ。それにガキじゃあるまいし、元ハンターなら自己管理は尚更だろ。」
「それでもアナタだってこの学院で任務を受けられるのだから、都合をつけて連れてあげればよかったじゃない。」
「…お宅の<相棒>の世話を託されたのはお宅の口からなんだが?」
その一言にシータは何も言い返せず、バツ悪そうに顔を背ける。
そうこうし、シータは薬湯を作り終えると吸い飲みに移してはそれをナナリナの口に当て、ゆっくりと流し込んでいく。
すると、ナナリナの喉は少しずつではあるが、動き、やがては薬を呑み込みだす。
「…手馴れてるな。」
「それはもちろん、エイミの看護なんて何度もしてきましたから。何ならアナタが変わる?王子様の口付けの方が目覚めも早いんじゃなくて?」
「冗談ッ!」
グランは苦虫を噛み潰したかのような表情で即答するも、ナナリナの和らぎつつある表情、安定する呼吸を見て肩で大きく安堵の息をついた。
その様子にシータはくすくすと口元を手で隠すように笑う。
「さ、あとは直に目が覚めるのを待つだけでしょう。私は仕事に戻るから、鍵、預けておくわ。」
そう言うと、シータは立ち上がりごしにグランへと鍵を放り投げ、玄関へと向いだす。
「2人きりだからって変な事してちゃダメよ。」
「せんわい!!」
挑発気味に一言残してはグランの怒号を背中に受け、シータは長い髪と尻尾を揺らしながら部屋を出て行った。
パタンと扉の閉まる音が響いた瞬間、一気に静けさが部屋を包み込む。
ナナリナの静かな寝息が耳に入るようになり、グランは彼女の寝ているソファーの横に立ち、見下ろした。
波打った長く青い髪、流線を画く体躯に素肌がより一層白く映り、まるで陶器の工芸品が如く印象を受ける。
何時もはニコニコとした笑顔を浮かべる表情も今は力無く、瞼を閉じては小さな吐息を漏らしていた。
「…文字通りの<目の毒>だな。」
その唇にグランは思わず唾を飲み込み、頭を振って邪念を払う。
己の着ていた赤いマントを外し、それを彼女の身体に掛けようと手を伸ばすしたところ、寸前に彼女の右手がピクリと動く。
そして、目尻が少し開き、紫色の瞳を覗かせ、彼女は上半身を起していく。
「…おはよう。ダーリン。」
寝惚けているのか、ただ寝起きからの素直な感想なのかはわからないが、ナナリナは頬を紅潮させながら微笑み、グランはただ眉を歪め溜息を吐くだけだった。
「お前は午前中に何回<おはよう>を言うつもりなんだよ。まったく。」
赤いマントを羽織直しながら、まだ表情がふやけたままのナナリナを見てグランは咳払いをする。
「ったく、体調が悪いなら初めから言えよ。さて、俺は外に幾つか用事を済ませるから、お前はゆっくり休んでな。」
「ダメッ!おとーさん!ナナも一緒に行くのッ!」
ナナリナは突如として大きな声を上げ、グランの左手を掴み引き止めるように立ち上がった。
「なんだ?今度は父親扱い…」
立ち上がり、抱きつこうとするナナリナであるが、よろめいてしまう。
その膝の力の抜けるのを感じ取って、咄嵯にグランはナナリナを抱きかかえるように支える。
「ご、ごめん…なさい…」
腕の中で申し訳無さそうにするナナリナを見て、グランはまたも溜息をつく。
見下ろすナナリナの目には涙が浮かびだしており、それが大粒の涙となってボロボロと零れだした。
グランは観念したようにナナリナの顔から視線を外す。
「…あー、しょうがねぇな!具合が悪くなったら遠慮なく俺を支えにしていいから、行くぞ。」
「これからずっと…!?」
「調子に乗るな。」
露骨に嬉々しだすナナリナの声に向ってグランは手の平を垂直に振り下ろした。
「きゃうッ!」と鳴き声をあげるナナリナにほくそ笑みながらグランは外へと向かう。
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