20-1.伴に通じれば
崖下に広がる雲海を眺め、1人の娘とその父が語り合う。
2人は竜人、<ドラグネス族>の親子で、竜頭の父に対し娘はまだヒューネスの子供と大差のない容姿。
娘は幼く、父のかく胡坐の上を陣取り、興味深そうに眼下の景色を眺めている。
父は娘の頭を撫で、まだ生えたばかりの柔らかい角を弄りながら微笑むと、その視線を遥か先へと向けた。
そこは雲海の中を泳ぐ魚群のように、無数の小さな飛竜達が飛び交っている。
「かくしゃさま?」
「そう、<覚者>。俺達<ドラグネス族>は本来、神の兵であり、世界を守る竜だったんだ。だが、今その力は眠りに付かされている。」
父は優しく諭すように話すも、娘はその言葉の意味がよく解らず、首を傾げた。
「おとーさんも、せかいをまもる、かくしゃさまなの?おかーさんも?ナナにもなれる?」
その問いに父は大きく笑い、また娘の青い髪をくしゃくしゃと強く撫でた。
「あぁ、そうとも、竜は何であれ戦いこそが本分だからな!それが義のある戦いならば尚更だ!」
嬉しそうな父とは反対に、娘はどこか悲し気に俯いた。
「でも、いたくてこわいのはナナはいやだよ。」
そんな娘の様子に、父は苦笑し、少し困った様子を見せた。
「だが、男も女も関係ない俺達は強くあらねばならない。大人になれば家族を皆を守れないようではいけない。俺も母さんもそうしてきたんだ。」
そう言っては、父は娘を肩に乗せて立ち上がると崖の縁に立ち、隙間から海と大地が顔を覗かせる雲海を覗き込む。
「じゃあ、じゃあ、ナナはおムコさんをもらって、おムコさんがかくしゃさまになってもらう!そしたらみんなをおムコさんがまもってくれるよ!」
「お、おおお、お前を嫁にやるのなら、俺がお前の分までお前も、母さんも皆も守る!」
娘の発言に父は慌てふためきながらも力強く言い切った。
「ダメだよ!おとーさんもいたいのこわいのはナナはいやだもん!」
そんな父に娘は顔へ向かって抱きつき、笑って頬ずりする。
―――
「あ、あのぉ、青い髪のドラグネスの女性、アナタと同じ冒険者の方を見ませんでした…?」
「ナナ様がここを通ったと思うんですけどォ~、どっちへ向かったかわかりません~?」
ここ魔法学院の2人の女子生徒が赤いマント、赤い襟巻きに身を包んだ黒い短髪の男に話しかける。
男は2人に気付くとただマントから腕を出し、廊下の奥を指をさした。
ただ、それだけ、他に何も語らぬ男に戸惑いつつ、2人は頭を下げては奥へと向かっていく。
(ねー、ねー、あの赤マントの人、あの人って噂の<怪人>じゃないのぉ?何か、気味悪い~。)
(でもぉ~アレの正体って蛾の魔物だってエミせんが言ってたわよぉ~。まぁでも、わかる~。)
そう2人の女子生徒は早歩きでちらりと振り返り、小声で囁き合い、すぐに前を向いて走り去る。
「聞こえてるっての。ったくガキんちょどもは…」
その足音が遠ざかると、男がふぅっと息を吐き、手を下ろした。
「おい、ナナリナ。…ナナリナ!もうお前のファンは何処かへ行ったぞ、さっさと俺のマントの中から出てくれよ。」
聞き覚えのある声に我に帰り、ナナリナは自分の全身を覆う布、男の赤いマントの中から顔を覗かせた。
「おはよう、ダーリン♥」
「お前、俺のマントの中で寝てたのかよ。」
男の呆れ果てた顔を見て、ナナリナは男の羽織る赤いマントから身体をだして笑顔を見せると、男はそのまま手を差し伸べる。
その手を掴んで、立ち上がったナナリナは、 そのまま男の腕を抱き締めるように組んだ。
男は何か諦めたような溜息をついて、特に振り払う事はせずに自分の進む方に歩き出す。
「最近は人気者になって大忙しみたいじゃないか。」
男の皮肉めいた言葉に、ナナリナは口を尖らせ、 腕を組んだまま胸を押し付ける。
「妬いちゃう?」
「妬かんわ。他のが来てもやっかいだ、さっさと場所を移るぞ。」
ナナリナの問いに男は素っ気なく答えると、彼女はつまらなさそうな表情で離れて男の後について行く。
…
曲がり角に差し掛かるたび、男は壁に背を当て、辺りの様子を伺いながら進んでいた。
「…やれやれ、なんで俺がわざわざ潜入めいた事をして、学園の外に向かわねばならんのだ。」
「ダーリン、ごめんネ。でも、悪いコ達ではないから…」
愚痴る男だが、ナナリナは手を合わせて男へと素直に謝り、申し訳無さそうにする。
男は頭を掻きながら、仕方ないといった様子を見せ、黙って手草でナナリナを導く。
「下手こいて、間接的に嬢ちゃんの評判を落すワケにもいかんしな…。まぁ、堪えてやるさ。」
「…うわっ、って、グラン!」
2人が角を曲がった所で、2人は前方から来た人物と鉢合わせた。
そこには男が知り見慣れた<コボルド族>の青年が脇に資料を抱えて立っている。
「…おっと、おぉ、ハンスか。」
共に驚きの声を上げ、お互いの無事を確認し合う2人、ハンスは手にしていた書類を慌てて抱え直し、笑顔を向けた。
「…それで、そこの彼女は?」
「あー、コイツはナナリナ。少し話にでてきただろ?」
ハンスが尋ねると、ナナリナはグランの腕に抱きつき、見せつけるように微笑む。
「ダーリンの、こういう者です。」
「…え?ダーリン…って、キミの…そういう…?」
「違う。断じて、違う。」
ハンスが目を丸くしていると、男は即座に否定し、そしてナナリナも腕組みを解く。
「でも、良かった…。その様子だと、手足は無事治ったんだね。」
何処か心配げに微笑むハンスをグラン見ると左腕を赤いマントから出してはぐるぐると回してみせ答える。
「へっ、心配しすぎだっての。それに言っただろ、俺にあの程度は日常茶飯事だってな。」
「他から見ると気が気でいられないよ…」
グランの言葉にハンスは苦笑いを浮かべ、そして視線を落とすと、 その先にある彼の左腕に巻かれた包帯を見た。
「あぁ、あの後、俺をお前が学院まで運んでくれたんだって?悪かったな、ありがとうよ。」
グランはそうして右手を差し出すと、ハンスは「約束だった。」と、その手を握り返す。
その横ではナナリナが面白くなさそうな表情をしており、2人が交わす握手に手をかけると強引に引き離してしまった。
「ダーリン!手足がってどういう事?数日の間、顔も見せてくれなかったのはそういうコト!?」
ナナリナは2人を遮っては声を上げた事にグランはその理由に気付き、咄嗟に自らの口元を抑えるが時既に遅し。
彼女は怒りと悲しみが入り混じった複雑なモノを表情に帯びてグランへと詰め寄る。
その勢いに後退りするグランは何とか誤魔化そうとするも、ナナリナ追求の姿勢は圧を増すばかりであった。
ハンスもナナリナを宥めようとするが勝手を知らぬ人物を言葉で制するのは至難の業である。
その時、グランの視界には先の女子生徒2人が映る。
「えぇい、ややこしいな!まずは、ともかくだ、隠れろ!」
ナナリナの両肩を掴み、周囲を見渡すグランにハンスは手前の部屋の扉を開け、2人を招く。
グランは彼女を部屋の中へ自らと共に押し込んで、ハンスもそれに続いた。
入り口脇に身を潜めるとグランはナナリナの口を押さえ、声を出させぬよう抑え外の様子を伺う。
廊下の女子生徒が談笑しながら別の方角へ歩いていくのを見ると、安堵したように息を吐いてナナリナへの拘束を解く。
「聞いてない。フラナちゃんもユートくんも、ソウシロウやエイミからだって教えてもらってない…。」
不満そうに呟くナナリナの後姿、ハンスからの視線にグランは面倒臭そうに頭を掻いた。
「…あぁ、そうか。アイツらは中には入って来なかったもんな…。悪い、ハンス説明してやってくれないか?」
グランは自身は戦いで手一杯だった為、事を理解し切れてない故、どうにかその場に居たハンスへと頼む。
…
ナナリナを何所か適当な所へ腰掛けさせ、ハンスはゆっくりと、グランに相の手を加えさせて先日向った<龍心堂>での出来事を彼女に話し始めた。
最初は不服そうな表情で聞いていたナナリナだが、次第に落ち着きを取り戻し、最後には真剣な眼差しで耳を傾けていた。
全てを聞き終えるとナナリナは深く息を吐き出す。
「…って事があったワケだ。ははは、ほら、状況的にはお前と初めてあった時の<飛竜>との戦闘と大差ないだろ?」
グランは彼女の反応を見て、少し冗談めいた調子で笑いながら話すが、 ナナリナの目からは涙が零れ落ち、太腿を塗らす。
グランは「何故?」という顔をハンスに向けるが、彼は静かに首を横に振って答えるだけだった。
ハンスもまた、ナナリナと近い気持ちを抱いていた故、ポケットからハンカチを取り出し、ナナリナに差し出し目元に当てる。
「グラン。キミはもう少し自分の事を大事にするべきだよ…」
「俺は自分でもどうにかできる<貧乏くじ>を逢えて引いてるだけだぜ?きっちり周囲に見返りを求めた上でな。」
グランは皮肉を込めた苦笑いを浮かべ、一朝一夕で変わらぬこの男の様子にハンスは呆れたように溜息を漏らす。
「しかし、何の部屋だ?此処は。」
ぐるりと部屋の周囲を見渡すと、奥の設置されたテーブルと奇妙な装置が目に付く。
他は綺麗ながらも生活感を感じさせない程に整頓され、本棚には背表紙が同一の書物がずらりと並べられていた。
「ここは<対話の間>。遠方との会話をする<魔導器>が設置されている部屋さ。学院長に許可を得て使わせてもらっていたんだ。」
「遠方…あぁ、お前さんの属する<龍天楼>とかいうのに話を入れてたのか。」
グランは端末の装置を覗き込みながら、ハンスの言葉に納得したように頷く。
「そういうことだね。お陰で同じ話を立て続けに2度もする事になってしまったよ、キミのいう<貧乏くじ>かな。」
そして、ハンスにしては珍しく嫌味な軽口を叩くが、グランはそれに対しバツ悪く眉を歪める。
「でも、よかった。丁度キミに話があったんだ。」
「…なんだよ、改まって。」
ハンスは気を取り直したかのように表情を引き締め、言葉を続け、グランはそれに身構える。
それは彼の立場を姿勢で明確にしたもの言いで、グランには予想もしない内容であった。
「グラン。ボクと一緒に<龍天楼>に来る気はないかい?」




