20-3.伴に通じれば
ナナリナはムスッとした顔して男の背中、赤いマントを眺めていた。
宿舎での簡単な支度済ませた後、学院の外へ出た2人が向かったのは聖堂。
そして、その聖堂でナナリナには知らぬ、だが男、グランとは親しげな長い金髪を編んで結わえた眼鏡の女性信奉者と対面する。
女性はエフィムとナナリナに名乗り、初対面の挨拶を済ませると既に顔馴染みのようであったグランを地下へと案内しだした。
昇降機で地下へ降り、その奥の広い部屋へと通されると、そこは奥に1本の柱が立っているだけの部屋。
部屋に入るや、グランは抱きつくナナリナへ代わりに所持していた彼女の大弩押しつけて引き離し、エフィムと共に柱へと向っていった。
そして、互いに頷くだけで手を取り合い、空いた片手を柱へと向ける。
すると、柱から耳鳴り、地鳴りのような音が響き出しすと、部屋全体を震わせる振動へと変わっていく。
それがしばらく続いた後に再び部屋は静寂を取り戻していた。
「腕の調子は如何ですか?」
「流石に以前みたいな異常さでもみえないと実感がない…ですかね…」
エフィムの問いにグランは自分の左腕を動かし、余る右腕で後頭部の髪をくしゃりと掻き、見つめながら答える。
2人が言葉を発した事に何かが終ったと察し、ナナリナは不満気な顔を露骨に見せながら2人の傍へと近付く。
そして、取り合った手を引き剥がグランの腕を両手で掴んだ。
「えーっと…、ナナリナ…さん。」
「はい。ダーリンとはこういう<仲>のナナリナですけど。」
エフィムが苦笑いを浮かべ、探るようにナナリナへ声を掛けると、彼女は笑顔を見せ付けるように答える。
「違う。断じて、違います。」
それを聞いて、グランはナナリナの頭頂部に手刀を振り下ろしては否定を告げた。
その様子にクスリと笑うエフィム。
「ふふふ、エイミから聞いていた通り、本当に仲が良いみたいですね。」
エフィムの笑顔は大人びて、何処か上品さが感じられる。
ナナリナは何処か適わないという気持ちが芽生え、自然とグランの腕を離していた。
「あー、えーっとそれでエフィムさん…丁度昼頃ですし、時間があればどうです?以前に約束していた食事とか。」
照れ隠しなのか、グランは頭を掻きながら話を切り替えようと提案を出す。
チラリ、ナナリナの方に目を向けると、彼女は口を尖らせつつも話へ割り込む気配は無い。
「そうですね。エイミもシータもしばらくは教務に忙しい時期でしょうから、皆揃ってとゆっくり食事をする機会は暫く無さそうですしね。」
エフィムは少し寂しそうな顔を浮かべながら、首を縦に振り、その返事にグランは襟巻き越しからでも分かる程、緩んだ表情を覗かせた。
―――
聖堂を後にし、昼食を目的に大通りへと3人は足を運ぶ。
通りは時間に相応しい賑わいをみせ、3人はその喧騒の中を歩くのは困難とみて適当な食堂を見つけて中へ入る事となった。
客達の会話や食器の鳴る音などが響き渡り、静かながら陽気な音楽が耳を撫でる中を店内に案内されてテーブルへ着く。
メニュー表を手に取り、それを眺める2人。
「…意外と奇をてらった料理は無いんですね。正直、この街に来てからの方がまともな物を食べている気がしますよ。」
グランは書かれている料理の文字を読みながら呟く。
「ど、どのようなのを想像していたんですか?」
「魔法都ですから…研究材料を使ったもの、例えばマンドラゴラのソテーとかオムレツとか…あ、コレは実際ここの外で口にした事はあるんですけどね。ははは。」
グランの答えにエフィムは微笑みながらも眉を困らせる。
「あの、それで本当にいいのですか?この支払いをグランさんにお任せしても…」
「えぇ、いいですとも、いいですとも!ここでも稼ぎはでてますからね!なーに不足がでたらエイミにでも擦り付けますよ!」
自身の胸をドンと叩き、グランはエフィムに力強く答える。
「ホント!?えぇ~じゃあ私はコレとコレと…コレに…うーん、コレもいいかな…?」
グランの言葉を聞いて、ナナリナは嬉々として次々メニューを指差していく。
「待て待て。お前、ついさっきまでぶっ倒れてたんだぞ…良くそんなに食えるな…。それより注文するなら自分の手前のメニュー使えよ。」
「だってぇ、ダーリンが見てるものを見たいじゃない♥」
「お前が手にして、お前がめくっていたら俺が見ている側になるんだがな?」
ナナリナの前に置いてある閉じたメニューを溜息混じりに抜き取り、グランはナナリナへ突きつける。
それをナナリナは口を尖らせメニューを受け取り、店員を呼び止めては次々に注文していった。
―――
「お待たせいたしました。」
ウェイトレスがワゴンを転がしながら現れ、それぞれの前に皿を並べていく。
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近隣の川魚のムニエル
赤茄子ソースのチキンの香草焼き
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昼食には定番中の定番の料理とその付け合せのスープがエフィムとグランの前に並べられた。
そして、他のテーブルとは違うバスケットいっぱいに<積まれた>パンがテーブル中央に置かれる。
それは3人分にしては優に多く、まだテーブルに並ばぬナナリナの注文した品数を暗喩するものであった。
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ありふれたマカロニグラタン
牛すじの煮込みシチュー
大鳥卵のプレーンオムレツ
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早速、所狭しと並べられた料理を前に、上機嫌になるナナリナと料理を覗き込んだ後に彼女を覗き込む2人。
「…残りの注文は後ほどに。」
「はい、はぁ~い。さ、いただきましょう♥」
軽く頭を下げるウェイトレスに笑顔で手を振ると、ナナリナは2人に食事を促し、2人は食欲以外で喉を鳴らした。
―――
食器の音色を響かせて、3人はただただ、食事を進めていく。
食事に誘ったもののグランがエフィムに対し気の利いた話題を振れなかった事もあるが、2人はナナリナの食事に気を取られていた。
料理にナイフを入れフォークを刺し、口に運ぶ。
2人のその動作の間にナナリナは眼前に広がる料理をほぼ皿単位で平らげていく。
「はい、ダーリン、あーん♥」
そして、時折ナナリナは自分が食べさせたいと思える料理を見つけると、己の手にあるものを口元へと差し出してくる。
グランはその都度、拒否を示すのだが、結局は押し切られ口に入れる。
「はい、エフィムも、あーん。」
エフィムもまた、最初は遠慮気味に断ろうとするものの、最終的には受け入れ、口を開けてしまっていた。
だが、それが繰り返される内、エフィムは自分の皿の料理がまだ半分も進んでない事に気付き、拒否を示そうとする。
「す、すみません。自分の料理が食べきれなくなってしまうので…」
「…ダメよ。エフィムもいっぱい食べれるようにならなきゃ。女の子も体力第一よ!」
「お前に関しては、何故に今日に限ってそんなに食うんだよ…」
―――
何時しか2人の皿は空となり、グランとエフィムは茶を飲みながら一息ついた。
一方でナナリナは皿の塔を築き上げ、バスケットのパンをも空にしつつある常態でいる。
それからも会話という会話は殆ど無く、グランはこのまま食事が終る事に焦りを感じ始めていた。
茶をすすりながらチラリ、エフィムの方を見て会話の切り口を探す。
「ねぇ、ところで…」
ナナリナが今の皿の最後のひと切れを口に入れ、飲み込むと、改まった様子でエフィムへ話し掛けた。
「エフィムには好きな人とか居ないの?」
―――ブフーーッ!
グランは思わず飲んでいた茶を詰まらせては吹き出し、ナナリナの突然の質問に驚きを隠せなかった。
「…え?…え?……えぇっ!?」
エフィムは顔を真っ赤にして俯くと、消え入りそうな声で呟く。
「どうなの?どうなの?」
ナナリナは目を輝かせ、椅子を引き摺り、近付けながらエフィムに迫る。
エフィムは更に赤く染まる顔で、ナナリナの顔を見つめ返すと、絞り出すような声を出す。
「…あ、いえ、その、親が決めた婚約者というの…でしたら…」
「婚約者!?ステキじゃない!どんな人?どんな人?」
そこまで言うと、エフィムはまた黙り込んでしまい、グランは<婚約者>という単語を耳にした事で固まってしまう。
「その、あの、まだ顔を合わせたことも少なくて…ですね…」
エフィムは恥ずかしさで俯きながらも、2人の反応が気になる様子を見せる。
―――ゴーン、ゴーン、ゴーン…
そんな中、街の何処からか刻を知らせる鐘が響いた。
鐘の音でエフィムはハッと我に帰り、慌てて立ち上がると、2人へと深々と頭を下げた。
「すす、す、すみません!聖堂に戻って午後予定の礼拝の支度がありますので、お先に失礼しますね!」
グランは無理に引き止める事はせず、ただ頷く。
エフィムはその頷きを確認するとペコペコと頭を下げ、慌てながら小走りで大聖堂へと向かって行った。
グランは彼女の背中を眺め、大きく溜息を吐きながら席へ戻る。
「ごちそうさま♥」
そして、更に積まれた皿の塔と満足気なナナリナが視界に入り、再度大きな溜息をつく。
―――
レジスターが軽快な音を立て、会計を告げる。
財布は軽く、気は重く、グランは食堂を後にして次の目的地へと向う。
隣は元気、上機嫌となったナナリナが足軽くついてくる。
腕にしがみついて来ないのは彼女なりの学習なのか、それまでは機嫌の問題に過ぎなかったのか、グランには判断がつかなかった。
「ダーリン、次は何所へ行くの?」
「雑貨屋だよ。装備や消耗品の補充が出来る店のな。お前もその大弩を診るつもりなんだろ?」
グランは先程までの重い気分を振り払うように、笑みで振り向くナナリナを追い抜き歩き出す。
「お金…使いすぎちゃった…?」
「あぁ、見事に貨幣は素寒貧だぜ。ま、予めエイミには紙幣払いもできる店を教えてもらっているから、大丈夫だけどもな。」
財布から銅貨を2枚振り出し、ヒラヒラと揺らしながらグランが答えるとナナリナは流石にその現実からは目を逸らしていた。
―――
裏路地に足を踏み入れ進み、その雑貨屋へと辿り着く。
メモに記された番地、その木造の建物は、周囲概観との違和感は無いが、店を示す看板は無く一見すると民家のように思えた。
だが、ドアノブに<開店>の札が無造作に掛かってるのでこの先が店だというのは理解できる。
グランは少々不安に駆られながらもドアノブをゆっくりと回す。
扉の蝶番を軋ませて、2人は店内へと足を踏み入れる。
店内は埃こそ払われているものの、商品の陳列は統一、均一性を見出せない乱雑さだ。
そして、侵入者の音を聞き取ったか、カウンター奥の部屋から1人のドワーフがヒゲを掻きながら出てくる。
「客か、何が入用で?」
「…おやっさん!?おやっさんじゃないか!何時からこの街に!?」
グランはその人物に心当たりがあった。
「誰だ貴様は。オレはお前のような歩く赤い雑巾に知り合いはいねぇぞ。」
だが、ドワーフは眉間にシワを寄せ、不機嫌さを隠そうともせずに言い放つ。
「おやっさぁん。そりゃぁ、3ヶ月近く顔を見せなかったのはありますけども…」
「知らん。大方別のドワーフだろ、悪かったな、オレ達はヒゲ面ばかり判別がつかなくて。」
そう言って彼は鼻を鳴らすと奥へ戻る素振りを見せる。
「それは、まぁ、何時もとはヒゲが違う感じですけど。いじわるしないでくださいよ、ゼルゴのおやっさん。もしかして、ミウルもこの街に?」
グランの一言に店主の背中からは張り詰めた空気が広がりだした。
「…ゼルゴ?」
「ミウル?」
「…ん??」




