18-4.鎮まれ我が…
3人、加えて1体はとりあえずの食事を終えると目的の聖堂へと到着し、その門前で概観を覗き見ていた。
「思うよりも大分、小さいな…。もっとエッジの利いた高い尖塔がバーンとあるのかと」
「何人か信奉者見習いが手伝いにくるとはいえ、ほぼ1人で管理するのですよ?」
「この街では観光資源として目的にされていませんからね。」
グランの感想にエイミは呆れ気味に返し、エフィムは苦笑気味に答える。
「ふーむ、あくまでこの街の主役は魔法学院か。」
眉間を歪めるグランの呟きに2人は軽く笑い合うと、そのまま正門へと歩を進めるが、2人は避けて脇から裏手へと向い、グランはそれを追う。
3人が正門の裏手に回ると、そこには正面の扉と同じく、古めかしい意匠が施された金属の重い、ただし小さく扉。
そこへエフィムが胸元から首飾りを取り出し、扉へと掲げると、見た目の堅牢、重鎮さとは思えぬ扉が静かに滑らかに開かれていく。
中に入ると玄関口は狭く、また奥に同様の扉が見え、それは隔離された空間である事がうかがえる。
エフィムが再び首飾りを掲げると、今度は開いた扉が静かに、だが手早く閉じ、新たな扉の前には魔方陣が浮かんだ。
魔方陣に触れ、エフィムは陣を組み替えていくと、部屋全体に振動が走り、動き出すのがわかる。
「…昇降機か。」
「はい。建物は聖堂としては小さいものかもしれませんが、設備に関しては大聖堂と呼ばれる場所と変わらないと聞きますよ。」
グランは「フム。」と感心したように相槌を打ち、部屋が止まるのを待つ。
…
しばらくの後、部屋の微振動が止まり、魔方陣の現れた方の扉が開くと、壁には等間隔で灯りがならぶ、広い廊下が伸びている。
「この奥の大部屋に<聖伏の柱>が設置されています。」
「腕の具合はどうです?」
エフィムが扉の脇から魔力トーチを取り出して灯りを点け、エイミは心配げにグランの調子を尋ねた。
「ま、可も無く不可も無く…か?」
グランは左腕を灯りに掲げその変化を確かめながら答える。
早朝に比べれば、学院長の貼り付けた札の効果以後のものは見受けられない。
「とりあえずは<聖伏の柱>とやらが腕に作用するか試す猶予はあるみたいだな。」
その言葉に2人もとりあえずは安堵の表情を浮かべ、3人はそのまま奥の部屋へと進む。
2身程ある高い扉を開けると、そこは大きな円形のホールとなっており、そのまま正面には1本の柱が見えた。
「あれが<聖伏の柱>ですねッ。」
「へぇ、複雑な意匠が装飾が施されているワケじゃないんだな。意外だ。」
薄暗い円形のホールの最奥に立つ天井とは繋がっていない<柱>を指差しながら言うエイミに、グランは率直な感想を告げる。
質素な祭壇から伸びる<それ>は、むしろその無垢さ真直ぐなところに神秘性や<聖伏>と名の付くだけの緊迫感が漂う。
「しかし、いざ解決してしまうと、どのように<爆ぜる>のか、わからないのも残念なきがしますねッ。」
「あのなぁ…」
物騒な事を言うエイミにグランは冷めた目を向けるが、彼女の視線はホール全体を眺めていた。
そして、エフィムが持って来たトーチを入り口脇に設置すると部屋全体に光が満ちて明るくなってゆく。
その時、エイミが部屋が明るくなる過程に違和感、影の在り方がおかしい事に気が付くと拳を構えた。
「そこに居るのは誰ですッ!?」
そう、エイミの叫びと同時に一行はその視線の先へ向くと、柱の影から一瞬、光が瞬く。
瞬きから放たれたのは2本の暗器。
1本はエイミが拳で払い、残るをグランが剣を鞘ごと腰から引き抜きそれを弾いた。
その射線から狙いは2本共にエフィムだと判断すると、2人は同時に柱から彼女を遮るように立つ。
―――フフフ、フクククッ!フハハハッ!
突如として響く笑い声に3人は警戒を強め、柱の影からは黒いマントとフードで覆われた人影が姿を現した。
「やっと、聖堂の管理官の代わりが来たようだね、待ちわびたよ!」
笑い声の主がそう告げるとその身に着けた黒衣を掴み取り、投げ捨てるように脱ぎ去る。
それは身体のラインを浮き立たせるような装束だが、その体躯の輪郭だけみれば年端もいかぬ少女のような細身の女。
「…見た通りの<女暗殺者>といったところですか。」
エイミが構え、警戒を強めながら呟く。
爛々と輝く眼光に欠け月のように笑う口元を見せながら、その<女暗殺者>は悠然とした歩みで柱より前へと出る。
「フクク、冥土の土産に教えてやろう。アタイは<暗黒邪教徒>が1人!前の管理官がここを留守にする直前に忍び込み、そこの女を殺しては成りすまし、この聖堂を我らが手中に収め、新たなる拠点とするのだ!」
…
沈黙が流れる。
誰も何も言わず、3人はただ黙って何所か恍惚に浸っている<女暗殺者>をただ見ているだけだった。
「フクク、そうだろう、そうだろう、怖かろう、恐ろしかろう。恐怖に慄き声も出まい。」
だが、次第にその空気に耐えられなくなったか、グランが表情を引きつらせながら口を開く。
「えーっと、エフィムさん。<アレ>はサプライズ用の道化師か何かで?」
そう言ってグランは困惑した顔を背後のエフィムに向けるが、エフィムは首を横に振る。
「…う~ん、殺気は間違いなく感じ取れるのですが。…本当に<暗殺者>ならば、あぁもぺらぺらと正体と目的を明かしますかねッ?」
拳を構えたままだがエイミは相手の言動に釈然としない様子に首を傾げだす。
「そもそも、<暗黒邪教徒>って何よ。」
「大陸西部では古く有名な裏組織ってヤツですよ?大抵の都市、特に下水道を根城にしていて、何時も怪しげな事件を起こしてるという連中です。」
「いままで大陸西部を巡ってたが、全ッ然ッ、知らんな。」
エイミの説明に心底興味なさげな仕草を露骨に表らしながらグランはに答え、そんな彼にエイミは呆れた顔を向ける。
「…まぁ、口は災い、噂をすればなんとやら、ですかねッ。しかし、前の管理官から何時引き継ぎをしたのです?」
「引継ぎに関してはこの街ではない場所で4日前の別の聖堂で。私がここに来たのは昨日ですから…」
エフィムは指を折りながら時系列を整理しながら答えると、そこで彼女は思い出す。
「侵入される心当たりは?」
「い、いえ、全く。そもそも、この首飾りが無ければまず昇降機と裏口は使えませんので…」
「…え。じゃあ<アレ>は4日以上前からここに閉じ込められていたって事か?」
―――ぐ~ぎゅるるるる…
3人の会話の途中で盛大に腹が鳴る音が響き、必然として発信先へと自ずと注目が移る。
それは言わずもがな目先の<女暗殺者>であった。
…
「「「…可哀想。」」」
3人は孤独と空腹の時間を想像し、もはや哀れみの視線と言葉を漏らす。
「途中から無視しだしたうえに勝手に哀れむな!入ってきて、さっきから肉の脂と香辛料の匂いを漂わせ喋りやがって!ちくしょう、すぐに殺してやるッ!」
<女暗殺者>の目に飢え、怒り、殺意が混じり合った激しい炎が灯る。
「何か食べ物与えたら大人しくなるんじゃないか?」
「そんな都合よく持っていたら買い食いなんてしませんよ。」
「それもそうだな!」
「コロスッ!!」
2人の挑発に激昂する<女暗殺者>は腰から短剣を取り出すと、逆手に握りしめたまま、ゆらりと近付いてくる。
その動きは感情の揺さぶりで鈍るものではなかった。
認識をぼかすその足運びはエイミをするりと抜け、その凶刃がエフィムの胸元と振り下ろされる。
飛び散る鮮血。
だがそれはエフィムの胸元から噴き上げたものではなく、グランの左腕で防がれた結果であった。
「しまった…ッ!小手をしていないのに!」
鋭く伸びた一閃がグランの左腕に巻かれる包帯が割け、血が噴出だす。
「チッ、防いだか!だが、アタイの刃には猛毒が仕込まれているのサ!キサマは毒にのた打ち回ってくたばるがいいッ!」
一撃を入れると反射的に後退し、<女暗殺者>は怒りながらも口元は余裕の笑みを見せ舌なめずりをする。
「う、うぐおぉぉぉォォォッッ!!俺の、腕がァッッ!」
グランは声にならない叫びを上げ、膝をつく。
左腕は傷を受けた場所から泡立つように膨れ上がり、見る間に腕の形が崩れていく。
「…え、何それ、アタイの知る毒じゃない、怖い。」
その様子を見た<女暗殺者>は先ほどまでの感情の乱れが瞬時に吹き飛び恐怖した。
「…エフィム!<聖伏の柱>を今すぐに!」
「そ、そうなると<触媒>と<術者>を柱に触れるくらい、より近付けないと…で、でも…」
その瞬間、時間の猶予が無くなった事を察知しエイミが叫ぶと、エフィムはその先の<障害>を見て慌てて答える。
と、同時に<女暗殺者>もイレギュラーなものを目撃し狼狽していた自身を帰す。
「と、ともかく、もう男は戦えないよ!次こそアンタの命、頂く!!」
そう言って、<女暗殺者>は再度、短剣を指し向けてエフィムに襲い掛かる。
だが、今度はエフィムの前に構えたエイミが抜かれずに立ちはだかる。
―――<ヴァルナ・ウィヤッド>!!
エイミの両手から放たれたのは水の闘気の奔流が放たれ、<女暗殺者>を吹き飛ばす。
「ぬガアあッッ!」
「…ぐぬっ、クソッ。エイミッ!そのまま柱へ押し付けろッ!」
「はああああッッ!!」
グランは変異してゆく左腕から楔を引き千切るように抜き出すと足に埋め、エイミの放つ奔流へと体当たりで追撃をする。
「は、離せッ!」
「…エフィムさんッッ!!」
そして、<女暗殺者>を正面から羽交い絞めにしながら柱へと向かって突撃を続け、グランはエフィムへと起動の催促を叫ぶ。
「…エイミ!そのままでお願いっ!」
「エフィムッ!?」
エフィムに決意の表情が示されると、彼女も奔流に向かって突進。
それに乗ると加速し強引にグランへと覆いかぶさった。
「うくッ!」
「エフィムさんっ!?」
そうして暗殺者、エフィム、グラン3人はエイミの放つ闘気の奔流を浴び、<聖伏の柱>へと吹き飛ばされ、叩き着けられる。
「ぐエっッ!?」
柱へと背中を強打し、続くずぶ濡れとなったグラン、エフィムの質量に押し潰された<女暗殺者>から蛙のような悲鳴が上がった。
そして、グランは柱へと掴みかかり、<女暗殺者>が抜け出せないように抑えつける。
「き、起動をッ!」
グランは崩れ膨らむ腕に込めらるだけの力を込めて叫び、慣れぬ事の連続に意識が定まらない背中のエフィムへ喝を入れる。
その言葉に我に帰り、エフィムは左腕でグランとの身体をより密着させ、右手で胸元の首飾りを引きちぎると叫んだ。
「セント、ルナル、イフ、クルクスッ!<聖伏の柱>よ!汝の役目を果たせっ!」
―――ドクン……
<聖伏の柱>がエフィムの言葉に反応し、脈動するように光り輝き出し、柱からのまばゆい光と重圧が3人を包み込んでいく。
「エフィムッ!」
闘気を搾り出しきり、光と重圧へ飛び込む事へ躊躇するエイミはただエフィムの名を叫ぶ。
「ぐおおぉォッ!?ぬアァぁッッッッ!!!?」
だが、グランの左腕はより、その形を崩し、膨張させては左腕ならず、その半身、さらには<女暗殺者>までも飲み込みだしていた。
「ひぃィィッ!」
膨れ上がる黒い肉塊が眼前に迫りくる恐怖に<女暗殺者>の口から情けない声が出る。
「そんな、まさか逆に<聖伏の柱>から魔力を吸い上げているというんですかッ!?でも私の術じゃこれ以上の事は…」
エフィムはグランの腕の中で呟きながら、首飾りに力を込めるが、それ以上の変化は起きない。
「ンギギ…、続けろ、…続けてッてくれ!!それ以上の振り絞る力が必要なら…!使い魔!彼女にお前の力を使え!」
グランはフラナの使い魔、ヨポへ命令を出す。
すると、グランの意図を理解したのかヨポは姿を現すとエフィムの頭上へと飛び乗り、両足を揃え、両手を広げる。
「YoPoPoPoPo!!」
ヨポの体から溢れ出る光がエフィムの全身を包み首飾りを通し、<聖伏の柱>が呼応すると更に光と重圧が増していく。
エフィムは目を閉じ、必死に耐えていた。
「…ここまで来たら<魔力酔い>も減ったくれもねぇさなッ!グライ、<アースシールド>!!」
グランの瞳が赤々と爛々と灯り、エフィムだけの周囲にヨポの力で詠唱を省いた魔法の障壁が展開され、より強くなる光と重圧からエフィムを守る。
「うびゃあッ!!あばばば!!あぼぼぼ!!」
一方、押さえつけられている<女暗殺者>は光と重圧、グランの左腕から溢れる魔力を浴びて、奇怪な叫びを上げ手足をバタつかせては暴れだす。
それを飲み込みだしていたグランの左腕は弾け溶けだすよう泡を立て、徐々にしぼみ消えてゆくと周囲を包んでいた光と重圧共に収まっていった。
そして、エフィム達3人は柱の前でへばり倒れる。
<女暗殺者>は白目を剥き、泡を吹かせて<魔力酔い>を起こし気絶している。
エフィムは尻餅を着き、グランはそんな彼女の腕に抱えられるよう、仰向けに倒れた。
グランの視界が定まると己の左腕をあげて眺める。
そこには先程まで存在していた黒い肉塊ではなくなっており、干乾びて半ばミイラ化したような漆黒の手が残っていた。
それを見てグランは安堵、満身創痍、呆れ果てた顔で長い溜息を吐きだす。
左腕を視界からどけるとエフィムの顔が覗き込み、彼女も同様に満身創痍ながらも微笑んでいるように見えた。
2人は互いの無事を確認し合うと笑い合う。
「大丈夫ですか!2人とも!」
エイミが髪を結わえた紐を解きながら、赤い髪を揺らし、2人の傍へと駆け寄って来る。
そして、まずは意識が定まらぬ<女暗殺者>の両腕を拘束すると肩に担ぎ上げ、次にエフィムへと手を貸し起こす。
「すっかりびしょ濡れですね!私の闘気のせいとはいえ、エフィムが無茶をするからですよ!」
「す、すみません…、つい無我夢中で…」
エフィムは眼鏡を直し立ち上がりながらも、叱られしゅんとする。
全身に水の精を浴び、ずぶ濡れとなったエフィムの全身からは水が滴り落ち、衣服は身体に張り付き透けて見えるほどになっていた。
室内の明かりが彼女の濡れ姿を照らしだし、その艶かしい柔らかい曲線的な身体に思わず同性ながらもエイミは頬を染めてしまう。
そして反射的にエフィムの頭上で垂れ下るヨポを掴みあげると、エフィムを見上げ、見惚れているグランの顔へ押し付けた。
「さぁ、このままだと風邪をひいてしまいますッ!まずは着替えてしまいましょう!」
エイミに促され、エフィムは小さく返事をすると、ヨポを顔面に押し付けられたままのグランの左腕を手にする。
干乾びた左腕にエフィムのしっとりとした柔らかい指先の感触が走り、ズレ落ちるヨポから彼女の濡れた胸元が視界に入った。
グランは先程までその彼女の全身を受けていた事を思い出すとエフィムから手を放し、座り込んだままで居る。
「…どうかしました?」
「…あ、いや何でも、2人は、先に行っててくれ。」
そう言うとエフィムはエイミへ不思議そうな顔を向けて外へと向かって歩き出す。
「あ、あの身体の具合が悪いのでしたら私はここに残っても…」
「い、いいですからッ!少し休めば大丈夫!!ホントに!」
だが、心配なのか再び声をかけるエフィムだったが、グランは咄嗟に後ろを向いてヨポを突き返しながら追い払おうとする。
ヨポを両手で抱き取り、エフィムは残念そうな顔をして今度こそ外へと向かっていく。
「…あー…。ハイハイ、わかります、わかります。エフィムのは<豊満>ですもんね。」
そして、何かを察し、何かを見比べながら、エイミは冷めた視線と表情を浮かべてはエフィムの背を押してその場を後にするのだった。
「…???」




