19-1.瘴気の行方
「再現した<楔>と左腕の具合はいかがかしら?」
「あぁ、特に問題はない。…平常時ならばだが…」
お茶を振舞う凛とした犬頭の<コボルド族>の女性に、赤い襟巻きで首と顔の半分は覆う男が<楔>の埋まった漆黒の左腕を覗かせて言う。
「いやぁ、でも昨日の任務で赤さんが魔法を使った時にはびっくりしましたよッ!エフィムと3人で聖堂に入った時以来でしたね。あんな腕になったのは。」
そう言って笑いながら話すのは、赤髪を片側で結わえる女。
3人は談笑しているが、だがその話の内容はいささか穏やかではない。
「以来って…要するに私がこの<楔>を手渡した当日じゃなくって、エイミ?」
その言葉にギクリとエイミと呼ばれる赤髪の女は肩を揺らす。
「まぁまぁ、いいじゃないですかシータ。成果は出てるんです!見様見真似だけで再現できるなんて凄いものですよッ!多分ッ!」
慌てるエイミにどこか諦めの溜息をつきコボルド族の女性、シータは席に着くと自分の分のお茶を一口飲む。
「…俺個人としても、完全に安定化してしまうのはまだいいかな…って。」
男が左腕を捻りながらそう呟くと、前に座る2人は視線を向けてくるので、咳払いで誤魔化した。
「…それで、御二方はこんなところで油を売っていていいのかしら?」
シータの言葉に男は肩をすくめるとエイミの方を向き、予定について確認をする。
「あぁ、それならここに今日の任務に関わる方、<協力者>が訪れると依頼を受けた日に学院長から言われましたので。実はこの人の<楔>に関してはむしろついでだったんです。」
「私の研究室は何時、待合室になったのかしら…?学院長にも困ったものね…」
「シータのお知り合いという事ではないです?」
呆れるシータに対しエイミが質問すると、シータは少し考えるような仕草を見せる。
「知り合い?他の研究員とかかしら?でも、それなら直接部屋に向かってもらえば済む話ね?」
首を傾げるシータはエイミに詰め寄るように問いかけるも、彼女がその答えを持ち合わせているわけでもなし。
―――コンコンッ…
そんな話をしていると部屋にノック音が響き渡る。
「何。頭を捻らなくても勝手に答えがやってくるんだ。座して待つが正解じゃないか?」
男の皮肉めいた軽口にシータは顔をしかめだしたので、それを見てエイミが代わって扉へ応対にむかった。
そして、中へ入ってきた人物にシータは目を見開く事になる。
「…えぇっと。ここはシータの研究室と聞いたのですが…?」
「に、兄様!?」
驚くシータ、赤い襟巻きの男も来客の顔を見て驚きの声をあげた。
「…ハンス!?お~、ハンスじゃないか!」
部屋に通された、シータと同じコボルド族の青年に男が声をかけると、彼は珍しくも嬉しそうな表情を浮かべる。
「ははは、これは驚いた。まさか、ここでキミと会えるとは思ってみなかったよ。」
シータと男は来客に対し互いが既知である事に顔を見合わせていた。
「久しぶりだねシータ。それにグランも、あの鉱山以来だね。」
ハンスは穏やかに微笑み、2人へ挨拶を交わすとエイミが割って入るように尋ねる。
「えーと、2人ともこの方をご存知…?」
応対しながらも困惑するエイミに対し、ハンスと名乗るコボルド族の青年は笑顔で自己紹介を行う。
「手紙で伺っていますよ、貴方がエイミさん?ボクは<ハンス=ラウディス>。何時もシータがお世話になっています。彼女の兄になります。」
そう言って礼儀正しく頭を下げるハンスに、エイミは彼の苗名を効いて慌てて応える。
グランは席を立ち上がるとハンスを座らせ、自分も含めて4人が囲う形をとった。
「えーっと、つまりはシータのお兄さん、ハンスさんが今回の任務の<協力者>と言う事でよろしいでしょうか?」
「うん、ここの学院長から調査の依頼が来てね。近くに居たボクがその担当になったというワケさ。しかし、まさかキミがこの<魔法都・レテシア>に居るなんてね。」
そう言ってエイミへ笑うハンスはグランと握手を交わし、互いの再会を喜んだ。
「こっちも雇い主に振り回されてるって事さ。じゃあ、お前はあの鉱山から出張ってきたのか?」
「あはは…。結局あそこはしばらく休業になってね…。つまり、ボクはクビ。でもまぁ、ボクは元々<龍天楼>からの派遣なんだ。だから今回の仕事は<龍天楼>直の出向さ。」
「…<龍天楼>?」
苦笑しながら答えるハンスにグランは聞き覚えの無い単語に首を傾げる。
「<賢者の庵>を知りませんか?<龍天楼>は<龍穴>、<龍心堂>の調査、管理を行う<賢者の庵>の一組織なんですよ。」
「<賢者の庵>…?あぁ、昔会った事があるな、自分を賢者だ才女だなんかやけに自慢してたヤツが。そいつの所属が確か…<ソレ>だ。まぁ、名前しかしらないが…」
続く、新たな単語に記憶の底を掘り起こしていくかのように語るグランに、ハンスは感嘆の声をあげた。
「へぇ、凄いじゃないか、<賢者様>に出会えてるなんて。ボクだってまだ顔を見た事もないよ。」
「いやぁ、しばらく同行してたが、ただそそっかしいヤツだったけどなぁ…。ん?ハンス、お前は会えてないのか?」
「<賢者の庵>の賢者達は<深淵の森・ロシュロリア>の最奥、<世界樹>の根元に居を構え、滅多に外へ出てこないんだよ。」
「…ふーむ。そんなにスゴイ奴とは思えないがな。」
「それが本当なら、キミは<賢者様>の<卵>に出会えたのかもね。それなら尚更貴重な事だよ。」
腕を組みながら考える素ぶりを見せるグランに、ハンスは茶を口にしながらクスリと笑いながら告げた。
「こーら、話が脱線してるわよ。<龍天楼>は兄様をここへ雑談させに来たワケじゃないんでしょう?」
「あぁ、そ、そうだね、ごめん、ごめん。相変わらずシータはしっかりしていてくれて助かるよ。それじゃあ2人共、学院長の元へ案内してくれるかい?」
手を叩くシータにハッとした表情を浮かべたハンスは頭を掻きながら謝り席を立ち、エイミ、グランの両名に案内を頼んだ。
―――
「…やっと参ったにござるな。エイミ殿、赤法師殿。」
学院長室の前、本がずらりと壁一面に並び納められている部屋に訪れると、そこにはグランの見知った面々が並ぶ。
その中でも一際この部屋には似つかわしくない、異国風貌、長身痩躯、長い髪を後ろで結わえ、額には2本の角を生やす顔立ちは小ざっぱりの<ゴブリン族>の優男が声をかける。
「何だ、お前達も来てたのか?」
グランが手を軽くあげ、優男に挨拶を返し、他に並ぶ面々の顔を覗く。
異国風貌の男ソウシロウ、少年剣士のユート、そして背腰から蒼黒の翼を見せる<バルログ族>の少女魔術師フラナ。
「…フン。」
「…ご、ご無沙汰してます。」
エイミの暮らす宿舎で寝食を共にしている3人がそこに揃っており、あとの2人も続けて挨拶を交わす。
「…アレ、<ナナリナ>は…居ないんだな。」
「ナナリナ殿は今朝方に涙目になりながら出かけていったでござるよ。」
身構える3人を何度と見渡すグランの言葉にソウシロウが答え、他2人、更にエイミまでもが何やら強い視線を向けてくる。
「な、何があった…」
「既に先約があったにようでござる。今日、赤法師殿と組むと知って非常に残念がっていたでござるよ。」
「後日フォローしてやれよ、赤マント。ただでさえ顔を付き合わせる事減ってんだしよ。」
ソウシロウに続き、ユートは呆れたように呟きながら肩を落とし、フラナ、エイミからも無言の圧を受ける。
「俺は別にお前らの…。…ぐ、わかった、考えておくよ。それより仕事だ仕事、そっちを進めさせてくれ。」
気まずい空気を振り払うようにグランは話を切り替え、エイミに奥へ通れるようドアを開けるよう促す。
それに対しエイミはやれやれとばかりに肩をすくめ、学院長室の扉の前へ立った、そのときであった。
―――ガチャリ…
以前ならエイミが扉に向かって伺いをたてなければ開かなかったであろう扉が、ゆっくりと、音を立てずに開いたのだ。
そして、扉の奥からは1人の女、メイド服に身を包んだ、それまでに姿を見た覚えの無い者が現れる。
「「あーッッ!!」」
だが、その顔にグランとエイミには覚えがあり、同時に声をあげた。
それは以前、聖堂の地下に現れた<暗黒邪教徒>と呼ばれる組織を自称する<女暗殺者>。
「…げェっ!?」
扉を開けた刹那、<女暗殺者>の顔は不貞腐れたものが瞬時に驚きと焦りへと色変わった。
「何で<お前>がッ!!」
エイミは咄嗟に拳を構え、グランも腰の剣を引き抜くと瞬時に周囲は緊迫した雰囲気に包まれる。
「ま、待て!待て!アタイは今、戦いようが…」
慌てて両手を上げ、戦闘の意志が無い事をアピールする<女暗殺者>だが、エイミの目には既に攻撃態勢に入っているように見えた。
「…<ステビア>、何をしているのです。皆さんを早く中に通しなさい。」
「学院長!?無事なのですかッ!?」
<女暗殺者>の背後から聞こえる声に、エイミは強引に部屋へと入り込み、声の主の安否を確認する。
すると、部屋の中央の机に一人の老女、紛れもない学院長が書面に向かってペンを走らせていた。
「…無事とは?私の事ですか、エイミ先生?そうですね、少し机に向かいすぎて肩がこったかしら?」
学院長の嫌味な言葉、平然とした態度にエイミは無事を確信するとその場でへなへなと力無く座り込む。
「そして、何をしているのです、<ステビア>。」
「か、かしこまりッ!し、仕事の邪魔だ、セクハラの黒腕男!その赤い剣を早くどけろぉッ!」
そして<ステビア>と呼ばれる<女暗殺者>はどういう経緯か、学院長と主従関係になっているらしく、グランは睨みを利かせたまま剣を仕舞う。
静かな言葉なれど、どこか強制力のある学院長の声にステビアは震えながらも声をあげ、部屋の外で状況を伺っていた者達を招いた。
部屋には計7名が揃い、一通り見渡した後、学院長は微笑を浮かべる。
「ようこそ、いらっしゃいました、<龍天楼>の学士様。私めがここの学院長を勤めさせて頂いております、<アイメイ=セイム=ルコルティア>と申します。」
「お初にお目にかかります。<龍天楼>、<ハンス=ラウディス>、ここに参上致しました。証の書簡はここに。」
恭しく頭を下げる学院長に対し、ハンスも深々と礼を返すと懐から書簡を取り出す。
「ステビア。」
「かかか、かしこまりッ!」
学院長が一言発し、それを受けたステビアはビクリと体を震わせ、怯えた表情を見せるとハンスから書簡を恐る恐る受け取り、身体をギクシャクさせながら学院長へと持って行く。
『しかし、なんなのですかね…あの女暗殺者さんは。』
『…あの姿なら開口一番に大笑いしてやるべきだったな…失敗したぜ。』
ステビアの様子を警戒しつつ、エイミとグランは小声で話し学院長の様子を伺っていた。




