19-2.瘴気の行方
渡された書簡を手にし、学院長は静かに目を通し始める。
「確かに、<龍天楼>からのもので間違いありませんね。それではハンスさん、貴方に我が街の<龍心堂>の調査を正式に依頼させていただきます。」
「了解しました。<龍天楼>の名を預かる1人として、必ずや期待に応えて見せましょう。それで、調査の範囲関してはどれ程を?」
「それにはまず、<対象>となるものがあります。」
学院長は机脇の引出しから小箱を取り出しては席を立ち、正面の応接用のテーブルへハンスを座るよう促す。
「これは…<瘴気石>。しかもかなりの純度…ですね。」
小箱の中から姿を見せたのはシリンダー瓶に封じ込められた黒い石。
黒く濁ったものではあるが、その質は明らかに高く、ハンスが見た今まで見た中で最も高純度のものであった。
その判別は石の光に照らされると現れる、虹のような輝きでハンスは筆状の照明器具を取り出すと、<瘴気石>を照らしてはとりあえずの分析を行う。
「別に<瘴気石>自体は珍しいものでは無いのでは?」
ハンスの後ろに立ちながら、石を眺めるグランは学院長に疑問を投げかける。
「<これ>は、ある人物から数日前に送り届けられたものです。」
「ある人物…?ですか。」
学院長は一度頷くと、聞き返すハンスではなく、グランに視線を向けて言葉を続けだす。
「<ビルキース=パダハラム>。グラン、貴方の主です。」
その名前を聞き、ハンスの後ろで控えていたグランの顔色が変わった。
「それじゃあ俺のボス、<アイツ>はこの街に居続けていたって事ですかい!?」
「えぇ。正確にはこの街の地下遺跡、<リトル・グランロード>の更に奥深くへ探索を進めているはずです。」
グランの姿勢は喰い掛かり気味になり、学院長の言葉を聞くと、グランは更に眉間にシワを寄せ、拳を強く握りしめる。
「…話を戻してもよろしいかしら?」
「が、学院長!」
学院長が問いかけると、グランは姿勢を正し、怒りを堪えるように歯を食いしばる。
流石のエイミも学院長に対し、強く抗議の声を上げるも、学院長は無言のままエイミへその瞳を見つめ返す。
「…グラン。」
「…チッ。」
ハンスは自分の後ろから、わなわなと怒りを滲ませる方へ振り返り、諌めるように名前を呼ぶ。
すると、舌打ちしながらもグランは黙り込み、それ以上は何も言わなくなった。
「フフフ。そういうところが<あのコ>の気に入ったところかもしれませんね。」
「ケッ、玩具にしてろ。」
やり取りを見て学院長は小さく笑うと、後ろ髪をくしゃりと掻きグランは悪態をつき腕を組む。
「…それで、名は噂には聞いていますが、何故ビルキース女史がこの石をわざわざ貴方に?」
ハンスはグランの態度を気にしながらも、学院長に質問をする。
発見は数日前、任務中の学院の別教諭が遺跡の踏破エリア内、その巡回任務の最中に見つけたものだという。
添付して手紙に残された日付はそこから更に前で、学院長へ差出人と学院身内で使われる合言葉が記されていた為、すぐに送り主の検討がついた。
「筆跡は間違いなく、ビルキースのものでした。」
「ならば、この<瘴気石>の意味するものは<龍心堂>の<瘴気汚染>…ですか…」
「おそらくは…」
ハンスは手紙からのごく僅かな情報で推測を立て学院長はそれに頷く。
エイミは2人の会話に首を傾げ、頭の上に疑問符を浮かべ口を開く。
「ムムッ?でも遺跡内は普段から魔物が徘徊していますし、<瘴気石>だけに関しても珍しくはありません。それが何故<龍心堂>の調査に繋がるんです?」
確かに魔物、厳密に言えば<瘴気を取り込んで変異を遂げた動植物>達は遺跡内で頻繁に出現する。
魔力、その流れの<濃い>土地は必然的に<瘴気>の発生も確認ができ、<魔法都>と呼ばれるこの地ならば尚の事であった。
ならば<瘴気石>など、そこらに転がっているものではないのか、そうエイミは頭を捻る。
「…問題点はその<純度>という事ですか?」
シータがアゴに手を添えながら、2人の代わりにエイミへと答えと追及を合わせ、学院長は頷いて見せる。
だが、エイミとグランはまだ<異常>が見出せず、互いに顔を合わせては表情を曇らせた。
「その<瘴気石>が本当に高純度なら魔物のご馳走じゃねーか。だったら<食われていない>事が問題じゃねーの。」
後頭部に手を回し退屈そうにしていたユートから、言葉が発せられ注目が向く。
「そう、魔物が常時徘徊してるという事は<瘴気>に対し何らかの<循環>が機能している証にもなるんだ。」
「つまりは、遺跡内で魔物にも摂取されず、<循環>から外れ高純度に結晶化するほどに<瘴気>が淀み続ける場所がある、と。」
ハンスの説明を補足するように、シータは淡々と答える。
「そして、その<瘴気>が<龍心堂>の繋がってる<龍脈>に関わっていれば…。事態は最悪の方向へ転ぶ事になります。」
学院長が話を進めエイミへと視線を向けると、エイミはそこでハッとし、ようやく事態を把握した。
「瘴気に汚染されれば、この都の魔力系機能が全停止してしまう!?」
その言葉に学院長は静かに首肯し、ステビア以外の全員の顔色に険しく現れる。
「更に兆候の1つの材料として今までにこの遺跡に現れなかった<魔物>の存在です。シータ先生、貴女はもう察しが付きますね?」
「えぇ、<赤マントの怪人>ですね。」
「怪人?赤マントの?」
学院長の言葉を引き継ぎ、シータはアゴに手を当て思考を巡らせ、単語を口にする。
その単語を聞き、ハンスは何の話をしているのかわからず、グランの方を見て首を傾げ、グランは眉を潜め掻い摘んで説明する。
この学院では今<怪人騒ぎ>が起き、その正体が魔物であった事を。
「調査の結果 あの魔物、<巨大蛾>の元はたしかにこの遺跡内に長年生息する<蛾>でした。僅かに採取できた死骸からも<瘴気>の反応が検出されています。」
「そして、<巨大蛾>の被害者に残った毒からも、そして<コレ>からも、同じ反応が出ましたね?」
学院長は小箱に触れながたシータに尋ね、シータはその言葉を肯定する。
「え、それって…」
シータがその<被害者>の1人である事に、エイミはすぐさま口に出そうとするもシータは首を振って制止させた。
「…だが<瘴気>の影響で<魔物化>はするものなんだろ?」
「今になってよ。今になって遺跡内に<長年生息していた>生物が<魔物化>して更には<繁殖>しだした事になるの。」
呆れたような溜息を付き、グランは平静な素振りでシータへと尋ね、彼女はバツ悪くも答える。
「そして、もう1つが今までに機能していなかった遺跡内の、休眠していた小さな<転移門>の幾つが出口側として起動しだした事です。」
「…<龍脈>の変調、もしくは細分拡張による何らかの流入…?まさか、作為的なものが…?でも…」
ハンスは周囲からの情報を耳にしながら、シリンダー瓶を覗き込みつつ、照明器具で机に何度と鳴らしては、ぶつくさと考え込むように独り言を漏らしだす。
「…ご考えは纏まりましたか?」
「え、えぇ、ここでは答えが出せるものではないようです。準備が出来次第にすぐにでも<龍心堂>へと向かうとしましょう。それで彼らがボクの護衛に?」
学院長は一先ず考えがまとまった様子のハンスへ声を掛けると、彼は慌てて顔を上げ、護衛、後ろのグラン達について尋ねる。
「はい。エイミ先生、貴女が信頼し、選抜しえたのはこの場に迎え入れた方々でよろしいですね?」
「え?あ、は、はいッ!彼らはこの学院に来て日は浅いですが、実力、信用共に問題無いと私は判断しますッ!」
学院長の確認にエイミは背筋を伸ばし、緊張気味に返答をする。
「そして、グランさん。貴方には<あのコ>の為に振り回してばかりで申し訳ありませんが、彼らに、私に協力しては頂けませんか。」
「……よしてくださいや。俺に頭を下げるのは振り回してる、その<当人>からしてもらいませんとね。」
学院長は椅子より立ち上がり、深々とグランに対して頭を垂れてお願いをし、そんな姿を見たグランは両手を広げおどけてみせる。
「ま、今回は<顔見知り>の顔を立てておく事で収めておきますよ。それに、話を聞いた以上、拒否権なんて無いようなものでしょう?」
そう皮肉めいた言い回しからグランはハンスへと視線を向けると、彼はニタニタと笑いかけた。
その反応に、グランは頬を掻きながら照れ隠しのように視線を外す。
「それではステビア、エイミ先生達を外へ、ハンスさんとの正式な契約が終るまで、貴女も暫らくは外に居るように。」
学院長はステビアへと指示を出し、ステビアは無言のままに小刻みに頷き、ハンスを除いた一行は退室し、再び壁一面に本が並ぶ部屋に戻る。
そして、一行は円を組み互いを見合わせると大きく息を吐きだして脱力する。
「さて、兄様は私が案内するから、アナタ達は準備を済ませてきたらどう?」
「…それよりシータ、ハンスさんに傷の事を言わなくていいんですか?」
エイミはシータの身体の事を心配すると呆れた表情を浮かべてシータは溜息を付く。
「いいの。兄様は妹達の事となると心配性って以上に過保護気味になるのだから…。そ、れ、よ、り!」
シータは語気を強め、エイミの胸元に指をたてては眼光鋭く睨みつけ、ずいと迫り寄る。
「アナタ、<龍心堂>に行くのよ?この学院だけでなく、<魔法都・レテシア>の代表として<龍天楼>に同行するの!」
「…イィッ!?も、もしかして、何か<大役>だったりしますかッ?」
シータの言葉の強さからエイミは何かに察しては驚き、目を大きく開けては他の面々へ動揺しながら視線を送る。
「フム。となると、拙者らも何やら責任重大の任に就いてしまったようでござるな。」
「ま、手付きの<龍心堂>なんてそれこそ一般の冒険者じゃ入れねぇだろうしな。そういうオレも実感わかないけど。」
「エ、エエ、エエエイ、エイミ先生、わ、私なんかが同行しても、本当に良いのでしょうか?」
ソウシロウ、ユート、フラナ、が順々に口を開き、三者三様に戸惑いを見せる。
エイミは3人の言葉を聞いてようやく自分が今置かれている立場を理解したのか、青ざめた顔をしてあわあわとしだす。
「ア、アハハハ、大丈夫、大丈夫、どど、どーんとこのエミせんに任せてください!」
虚勢を張るようにエイミはドンと自身の胸を叩き、不安げな表情そのままに高らかに笑う。
「…目が笑ってないな。」
「はぁ…、悪いけど任せていいかしら…?」
頭を抱えながらシータはグランへエイミを頼むと、男は肩をすくめて返答する。
そして、各自はぎこちないままに準備へと向かっていった。
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