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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
69/246

16-1.怪人現る!魔法学院を襲う赤マント

 「…これも、…これもか、著者に関係なく、世に言われる上級魔術書ってのは何故に<古アールヴ語>と<ノーム詩>が混ざり合って来るんだ。読ませる気あんのか。」

赤い襟巻き、赤いマントに身を包んだ男が1人、長い脚立の上に座り込み、適当に本を抜き取ってはめくり、悪態をついている。

「えぇい!役に立たん!くそっ、暇潰しには困らないと思ったんだがな…」

手にした本を勢い良く閉じ、それを抜き出した他の本が壁一面に敷き詰められる部屋を見渡して、赤マントの男はあくびめいた溜息を吐いた。


<魔法都・レテシア>。

魔法の探求に無縁な一般人からすれば幻の都とまで言われる都市。

なんでも、そこへ行けば誰でも大賢者への道が開かれるとか、太古の遺跡があるとか、失われた秘術が眠っているとか。

男が受け取った手紙、それに案内された場所はそんな噂の魔法都の中央、中心、中枢を統べる魔法学院だ。

大層な噂話だけは部外者のこの男も耳にしており、仕事の縁でこうして足を踏み入れたとはいえ、男にも何かしらの期待を胸に抱いてしまっていた。

「この読めない本の数々は誰かの大賢者の道標にでもなるのかね。ふぁ…、しかし、まずいな…これじゃ転寝でもしちまいそうだ。」

再び大きな欠伸、背伸びをし、男の抱く幻想は待合で過ぎてゆく時間と共に現実へと引き戻されていく。



その直後であった。

鋭い空を切る音の後、男が腰掛けていた脚立が音も抵抗なく消え去る。

一瞬の出来事、放り出された空中では受け身すら取れず、男は床へと叩きつけられた。

衝撃と痛みに目を白黒させながら、自分が何が起きたのか理解しようと辺りを見回すと、そこには見覚えのない女が立っている。

赤く長い髪を横で束ねた女。

魔法学院と呼ばれるだけあるのか、丈が若干短いなれどローブを身に纏っている。


「イチチチ、なんだ、なんだ?随分な歓迎…」

そう言いかけて、男は言葉を止めた。

女はその姿でありながら、徒手空拳、格闘の構えを取っていたからだ。

(…は?体術?ここ、魔法分野の学院だよな…?いや、それより…)

疑問符を浮かべる男の目の前で、女がゆらりと揺れたかと思った矢先。


―――タンッ!


僅かに床を蹴った音を捉えたとき、女の姿は既になく。

反射的に回避行動を取るものの、次に目で捉えた女は既に蹴りを繰り出し、それを許さない。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと、ま…」

男は慌てて防御姿勢を取るが、その蹴りの威力に押され後方へ吹き飛ばされた。

そして、壁に激突すると、今度は壁から吐き出された頭上から降ってきた本の崩落に直撃される。


「…ハデにやったわね。それで?」

「物理的な手応えはあり!悪霊や亡霊の類じゃないとは、思いますよッ!」

「アナタの拳に物体とか幽体とか関係あるのかしら…?」

もう1人、<コボルド族>の女が男に奇襲を仕掛けてきた格闘女の後ろから声をかけて現れた。

毛並み毛艶の良い、髪と尻尾をなびかせ、凛々とした足取りで格闘女の横に並び立つ。

2人は種族の違いがあれ、その服装は似通っており、同じ学院に属した者だというのがどことなく伺える。


「フフ~ン♪ともかく、これでトドメを刺せば怪事件は見事解決。生徒達の不安も消え去り、私は大手柄。学院長に褒めに褒られ良い事尽くめですねッ!」

「あんまりハデに暴れると、お手柄の前にお小言処か減俸ものよ。気をつけなさいな。」

格闘女にコボルドの女が小言を言うと、2人とも互いに目配せをするとクスリと笑う。

「なーに、奇襲は上々!それより、これから相手が本気出すようなら、サポート頼みまっすよッ!!」

「…ハイハイ。まぁ、何時もの感じね。」

2人の女は視線を本に埋もれた男の方に移し、軽口を叩き合いつつ身構えだす。


「ふんぬらばッ!」

自身に覆いかぶさる本の山を跳ね除け、赤マントの男は立ち上がりざまに腰に差した剣を鞘ごと引き抜く。

「…罠か、試しか知らないが…おたくら、つまりは、<やる気>って事だよなァッ!?」

男の怒りが声に乗って部屋を震わせる。

だが、女達はその問いには答えず同時に左右に分かれると、挟み撃つ位置に陣取った。

「…アイツ、言葉を発してるわよ。少しは情報を引き出してみたら?」

「えー、そんなのとっちめた後で、煮るなり、焼くなり、で、いいじゃないですかッ。」

格闘女は余裕どころか面倒臭そうにし、コボルドの女もそれに同意するように肩をすくめて見せる。


「…」

女2人の言葉の後に、赤マントの男から表情が消え、奥の目が赤く爛々に灯りだした。

「来るわよ!!」

コボルドの女の警告と同時、2人は先手をと一斉に動く。

男は格闘女の蹴りかわし、反撃に鞘に収まった剣で突きを繰り出したが、それは虚しく空を切った。

瞬間、コボルドの女の長棒の振り下ろしが男を襲う。

それを剣で受け止め流し、コボルドの女を跳ね飛ばす。

だが、それが隙となった。

格闘女を目で追い、それを捉えたとき、女の姿勢は身を屈めた低い構え。

そこから繰り出されるであろう拳の一撃は、既に必殺足りえる気迫を放っている。


(…まずいッ!?)

本能的な危機を感じ取り、冷静さを取り戻して男は後方へ逃れるが、反応に身体が追いつかない。

男の目には格闘女の無我の境地、虚ろを見貫く瞳が映る。


―――おやめなさいッ!


床が高く鳴り、低く響き渡る。

女から繰り出された拳は男の顔面手前寸での所で停止し、余波で髪や頬をなびかせる。

「が、がががが、学院長ッ!!いや、学院長、危ないですってッ!怪人!噂の怪人が現れたんですよ!?」

格闘女の目線は既に男から外れ、そこには身形の整った老女、<学院長>と呼ばれた女性が立ち、この格闘女の攻撃を制止させたのだった。


「この方は私の客人です。そもそも、件の怪人が昼間から現れているのでしたら学園内の守衛に感づかれているのでは?」

その女性からは落ち着いた口調ながらも、有無を言わせない迫力があり、2人の女は思わず一歩下がる。

それ故に格闘女は納得いかなさそうな顔をしつつも引き下がり、コボルドの女も長棒を下げた。

「いえいえいえ、でも、学院長!相手は神出鬼没の怪人ですよッ!?しかも、ホラ、見てください!赤いですし!マント姿ですし!コレは間違いありませんってッ!」

しかし、格闘女は興奮気味に捲したてるも、その女性は冷静そのもので、額を手で押さえ、溜息をつく。

「…シータ先生。貴女が一緒に居ながらどうしたのです。」

「いえ、私は息巻いて何かを追うエイミ…、先生に呼ばれてついて来ただけですので…詳しい事は。」

「あーッ、ずるい~!得物を背中に隠して言い訳するなーっ!」

<シータ>と呼ばれたコボルドの女は目を泳がせ、冷静に弁明するも、格闘女はそれを許さず、今度はコボルドの女に飛びかかっていった。

その様子に呆れたのか、学院長はまたも溜息をつき、2人から目を外し、赤マントの男へ目を向ける。

男は未だ何が起こったか理解できないようで、キョトンとした顔を浮かべていた。


「おケガはございません?貴方がビルキースの言っていた方ですね。」

「え、あー、身体は、まぁ人一倍頑丈みたいなものなので…。そして、ハイ、そうですが…」

「…ふぅ、それは何より。当学院の教諭達が失礼しました。ここでケガでもさせたら、とうとう<あのコ>にどやされる処でしたわ。」

学院長が丁寧に頭を下げると、男は慌てて手を振った。

「いやいや、よして下さいよ。止めてくれなかったら俺がここに迷惑を掛けるところでしたんで。」

そう言って赤マントの男が苦笑いをし、学院長も笑顔を返すと、奥の扉へと案内をしてくれた。


―――


奥の部屋に入ると、学院長が先に席につき、その対面に男が座る。

男は目の前に置かれたお茶を口に含み、喉を潤すと、ようやく落ち着けたとばかりに安堵の表情を見せた。

<学院長>と呼ばれた老女は凛とした姿勢で真っ直ぐに男を見据え、男もまた背筋を伸ばして話を切り出す機会を伺っていた。

「私が当魔法学院の学院長をしております、<アイメイ=セイム=ルコルティア>と申します。そして貴方は<あのコ>、ビルキース=パダハラム専属の冒険者、グランさんで間違いありませんね?」

学院長が自己紹介と共に男に問いかけると、男は懐から一通の手紙を差し出し、深くうなずく。

簡単な自己紹介を済ませると部屋にどことなく緊張感が漂い、重苦しい空気が漂う。


「あー、あのー、まずは1つ疑問を解決してもいいでしょうか?」

「なんでしょう?」

緊張を飲み込むように喉をならした男の問い掛けに対し、学院長が凛として応える。

そして、赤マントの男、グランは視線を入り口の方へ向けた。

そこには水が波々と入ったバケツを広げた両手、そして頭上に乗せた<エイミ>と呼ばれた格闘女の姿があった。

「…教諭。…つまりは先生?アレが…?」

エイミを指を指し、学院長に問いかける男。

「えぇ、恥ずかしい話ですが。彼女は紛れもなく当学院の教諭ですわ。まだまだ学生気分が抜けない困った子ですが。」

学院長は気持ちが既に切り替わっていたのか、溜息ひとつとして漏らさず、毅然とした態度のまま答える。

しかし、そんな学院長とは対照的に、男は眉間にシワを寄せ、怪しげな目線をエイミに向けた。

「学院長~、せめて、せめてェ、もっとトレーニングになる罰を与えてくださぁいッ。これじゃあ、ただ退屈なだけでぇすッ!」

「…」

エイミは涙声になりつつ懇願するが、学院長は無慈悲にも首を横に振るだけである。


「…それで、貴方が聞きたい事は、<あのコ>、ビルキースの事ですね?」

エイミの言葉をそのまま無視し、学院長が話を戻すと、赤マントの男は小さくうなずく。

「差出時の手紙にはビルキース。あー、いえ、俺のボスは此処に来れば分かると書いてましたが…。今は何処に居るか、存じませんか?」

「…残念ながら、今この学院に彼女はおりません。ですが、彼女が貴方への手紙を私に託した際、再びここへ戻ってくると、聞かされています。」

「…じゃあ、今の所在は…」

そうなるとビルキースは既に10日以上はこの学院を離れ、どこかへ行っている事になり足取りが掴めなくなる。

男は後ろ髪をくしゃりと掻き、困り顔を見せるも、学院長は言葉を続けた。


「…検討は付きます。しかし、それ以上を言葉にするには貴方がここ、<魔法都・レテシア>の利益になるかを判断した上でなければなりません。」

学院長がそう言うと、グランは目を細め思考を巡らせる。

「…俺を何かに巻き込もうってので?…いや、こんな事を考えるヤツは…」

「えぇ、貴方の想像通り、<あのコ>の仕業。私はそれを許可したに過ぎないわ。」

学院長がそう告げながら男が出した手紙を指差し、当人は思わず息を飲んだ。


「くそッ。…それで、アイツ、ビルキースは俺に此処で何をさせたがっているんです?」

「…そうですね、貴方が協力をしていただけるというなら…案内人になれそうな人手が丁度できたとこですわね。エイミ先生。」

「ハ、ハイ!?なんでしょうッ!?」

突然呼ばれ、ビクリと反応するエイミに学院長が向かって話を続ける。


「先生には以後、この方を貴女の<任務>に同行させてあげて下さい。それでまず現地の<外側>を見て頂きましょう。」

学院長は淡々と告げるも、エイミは驚きの声を上げた。

「えぇ~、幾らビルキースさんのお知り合いだからって…それはいいのですかッ?」

エイミは不安げに赤マントの男へ目線を送ると、男は両手と頭にバケツを乗っけたままのエイミと同じ視線を送り返す。

「あのコは昔から考えなしの行動はして来なかったわ。ならば、彼の実力もきっと折り紙付きよ。送り込むだけの理由があるはずだわ。」

「…むー。…わかりましたッ。じゃあ案内役は承ります…」

エイミは納得いかない表情を浮かべつつも、渋々と承諾する。

「とりあえずは話はここまで。まずは彼女に着いていってくださいな。」

そして、学院長の強い眼差しに赤マントの男は今はただうなずいて席を立った。


―――


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