16-2.怪人現る!魔法学院を襲う赤マント
2人が学院長の部屋を出ると、<シータ>と呼ばれていたコボルドの女が散らかった部屋の片付けを始めていた。
彼女が扉が開く音に気がつくと、拾った本を胸に抱き、此方を向いて様子を伺っている。
「ごめ~ん、シータ。私が部屋を荒らしたもんなのに、片付けさせちゃって…」
「あなたの行動に乗った時点で覚悟の内よ。何時もの事でもあるしね。」
エイミが申し訳なさそうに声をかけると、シータは再び床に散らばる本を拾い上げながら平静な表情で応えだす。
「…それで、学院長のお小言とお仕置きは済んだのかしら?」
「あはは、それが学院長から新しい仕事を任されまして。この人を<任務>に案内しろって押し付けられてしまいましたッ。なんで多分しばらく、シータとも一緒のときも居ると思うんでッ。」
苦笑いを浮かべるエイミに対し、シータと呼ばれた女はチラリと赤マントの男の方を見やる。
「…そう、それじゃあ仕方ないわね。今後行動を共にするときくらいは仲良くしましょう。」
そう言って鋭い視線を赤マントの男に送ると、彼女は再び床の本を拾い出す。
「そ、それじゃあ、私はこの人の案内をしにいくからッ!そっちはよろしくですッ!」
「エイミ、お待ちなさい。」
「な、なんでしょうッ!?」
笑いながら小走りに立ち去ろうとするエイミにシータが声をかけると、彼女は立ち止まり恐る恐ると振り返り、返事をする。
「…まずバケツ、下ろしなさいな。」
「あ。」
―――
「それで…何処に向かうんだ?バケツ女。」
「のっけから酷い呼び方ですねッ!私には<エイミ=ハウレット>という立派な名前があるんですッ!」
「そうかい。」
男とエイミは魔法学院内の薄暗い廊下を並んで歩く。
廊下は先程まで居た場所とは違い、窓は少なく全体的に薄暗く、灯りが所々にあるだけで少し不気味さを感じさせる。
更には誰もすれ違う事がなく、2人の足音だけが響くだけで、場を知らぬ男からは警戒心すら感じられた。
…
「…いや、そこは名乗り返す番じゃないんですかッ!?」
沈黙と男から発せられるピリピリとした空気に耐えかね、エイミが突っ込みを入れる。
「学院長の話、なんだかんだで聞いてたんだからわかるだろ?」
しかし男は素っ気なく答え、その言葉にエイミは眉間にシワを寄せて頬を膨らませた。
「…グランさん」
「はい、左様でございます。覚えていただけて光栄だね。」
男は肩をすくめて皮肉を返すと、エイミはさらに機嫌を悪くしたように顔をしかめる。
「…えー。ウチのおじいちゃんと同じ名前じゃ呼びにくいじゃないですかぁッ!」
「知るかよ。」
男の返答にますます不満を募らせていくエイミだったが、不意に何かを思い出したかのように口を開く。
「フルネーム、フルネームで教えてくださいよッ!」
「…ない。」
男は短く答えると、再び黙り込む。
それをエイミは逃さず、食いつく様に質問を投げかけた。
「おやおやッ、も~、そんな事で照れちゃうんです?」
「…」
男は一瞬、エイミのからかい染みた言葉に歩みを止めて反応したが、そのまま何も言わずに歩き出す。
そのピリピリとした雰囲気に、エイミは思わず息を飲む。
「え…?」
「アンタの言う立派な名前自体が俺には無いんだよ。そもそも<グラン>だってビルキースが付けたもんだ。それで呼び難いというなら何か勝手に付けてくれ。反応するかは俺が決めるが。」
「…むぅッ。」
男の淡々とした口調にエイミは拗れた表情を覗かせながら眉間にしわを寄せだした。
「…でしたら!<赤>!<赤さん>にしましょうッ!」
「色だけじゃねーか。」
何か閃いたよう、回答するエイミに、男は呆れるような声で言葉を返す。
「だって<赤マント>だったら怪人と同じになっちゃうじゃないですかッ!そうそう、それに今後はまず、その赤いマントをここで脱いでもらいます。」
「…ハァ?」
などと歩みを進めていると、とある扉の前でエイミが立ち止まった。
―――
「どうです?サイズは合いましたか?」
「…前にもこんな作業ツナギを着たな。」
グランは少しダボついたツナギに着替え、腰回りを引っ張りながら呟く。
エイミに通された部屋、それは作業用の更衣室であった。
使用されてた頻度はそう多くなかったのか、それなりに綺麗ではあるが部屋全体はどこか埃っぽい。
背を押され、半ば強引に着替えさせられてやや不機嫌な態度を示すが、一方でエイミはうんうんと頷きながら満足げに微笑みを浮かべている。
「その赤い襟巻きは外さないのですか?」
「あー、これは、無いと何か落ち着かなくて…」
エイミは首を傾げ、グランは首元の赤い襟巻きに手を当てながら答えた。
「…まぁ、いいでしょうッ。でないと<赤さん>って呼べないですし。何より…、その特徴が無いと何処の誰だか解らなくなりそうですからッ!」
「さらっと酷い事言ってない?」
エイミの言葉にグランは襟巻きを指で弄びながらぼやく。
「ともかく。学院、街中に居る場合は件の怪人が解決するまで、その姿で居てくださいねッ!生徒達に変な噂が広がると街中にも広がってしまうのでッ。」
「まぁ確かに、勘違いされていきなり蹴り喰らうワケにもいかんか…」
「トゲのある言い方しますねッ。」
「お互い様では。」
先の失態を蒸し返し、皮肉る男にエイミは目を細めて睨む。
「で、アンタの<任務>とやらに付き合えばいいのか?」
「いえ、私は午後に講義がありますので、それに関しては夕過ぎですねッ。」
「…?」
「まぁ、ついてきてくださいッ!」
そうして疑問符を浮かべながらも、グランは無言のままエイミの後について行く。
―――
尖塔、その見晴らしから見る<ソレ>は街一区画はありそうな巨大な<穴>。
一見まるで奈落の底へと続くような不気味さを感じさせ、通り抜ける風が不気味な低い音を響かせている。
衣服を着替えたグランが再び薄暗い廊下、それに階段を幾度と渡り、辿り着いた場所。
「これは…」
「ご存知ですか?大陸の中央、覇王の眠るという<グランロード>の巨大縦穴。いわばここはその縮小版の遺跡、人呼んで<リトル・グランロード>。正式名称はまぁ別なんですが…」
「…<小さい>んだか、<大きい>んだか。」
「おや、反応薄いですね。同じ<グラン>の名を持つ者として食いつくのかと。」
「まぁ、<そこ>には行った事も潜った事もあるからな、あの規模に見慣れてる。しかし…」
グランは周囲を眺めながら、眼前に広がる広大な穴、その中に点在する、この街とは雰囲気が異なる無数の建造物。
僅かに差し込む光から覗かせるその遺跡群が放つ雰囲気は、かつて訪れた時とはまた異なる異質さを漂わせていた。
「この街は遺跡の上に被さって建てられた街なのか?それに、穴の直径はともかく、<グランロード>を冠する割には浅すぎるようだが。」
「えぇ、この<魔法都・レテシア>は多重層の遺跡の上に建てられているんです。」
「多重層?」
「今僅かに見えている遺跡はほんの一部。更なる下層には異なる遺跡が折り重なっているのです。」
何故だかエイミは自慢げに胸を張って答える。
「さながら遺跡のミルフィーユってところか…」
「あははは、上手いこと言うじゃないですかッ!赤さんの皮肉はそういう事だけにしてくださいよッ!」
何がエイミに受けたのか、グランは呆れた表情で眺めつつも話を進めろと視線を投げ、それに気付いたエイミは「コホン。」と咳払いをし姿勢を戻す。
「…えぇ、それでここが、私の<任務>この遺跡の活動になりますッ。」
「そして、ビルキースが俺に何かをやらせたいって事か…。ったく、普段は寄り道するだなんだ、口うるさかった癖に何やらせるつもりなんだか…」
グランはくしゃり、後頭部を掻き、風で靡いた襟巻きを抑えながらぼやく。
「じゃあ、一旦戻りますか。もうすぐお昼ですし、さっきのミルフィーユと聞いてお腹が空いてきちゃいましたッ。」
「…」
エイミはそう笑いながら階段へと向かい、穴に吸い込まれるような風を受けながらグランも黙したままその後に続く。
―――
「それで?遺跡、つまり<任務>には街を通って地上から降りるのか?」
「いいえ。あの大穴の周囲は直に踏み込めないよう、立ち入りの禁止区域に指定され、更には幻惑の仕掛けがなされてるので難しいですね。」
「ほー、だから態々塔に登って見下ろしたのか。…じゃあ、どうやって?」
「それに遺跡の浅層は既に踏破されきってますからね。今では小型の転移門で出入りしてるのですッ!」
またも、何故だかエイミは自慢げに胸を張ってグランの疑問へ答える。
2人は薄暗い通路から転じて、明るく、広々とした学院の中庭を歩く。
中庭は授業が終った同じ衣服に身を包んだ様々な種族、男女の若人がまばらに出て来ているところであった。
その様子を見てエイミは突然足を止めると、ハッとした表情を浮かべる。
「ほぎゃーッ!しまった、売店が込んでしまいますッ!や、やきそばパンが~~ッッ!」
両手を頬に当てながらエイミはそう叫ぶと、グランを置いては一目散に駆け出していってしまう。
グランは制止をするも、手を伸ばした時にはエイミの姿は既に無く、ただ空を何度か握るだけとなった。
―――
「おーい、俺はアンタに置いて行かれると迷子になってしまうんだがー。」
「うぅ、<やきそばパン>…、またしても…」
グランがエイミを見つけたとき、彼女は中庭隅の売店の前で地に両膝を付き、うな垂れている姿であった。
声をかけるも反応はなく、売店の1品に<うりきれ>の札がかかっている所を見て、グランは何があったかをとりあえずは察する。
「なんだよ。その<やきそばパン>って…」
「な、<やきそばパン>を知らない!?」
「似たようなのあるじゃないか。コレでいいだろ。」
グランは購入した赤々としたソースが絡んだパスタを具としたサンドイッチロールの1つを顔を上げたエイミへ「ホレ。」と差し出す。
「違いますッッ!」
だが、エイミはそれを目にした途端、即座に否定する。
「…そう、じゃあ、2つとも俺が食うわ。」
「いただきますッ!」
しかし、その返答で引こうとした矢先、エイミは奪い取るようにしてサンドイッチロールを手にした。
「…」
その様子に呆れた表情を見せつつ、グランは適当なベンチを見つけて腰かける。
「いいですか、コレは<ナポリィヌドック>ですッ。コレはコレでおいしいのですが、<やきそばパン>というのはですね。まず、麺が違うのですッ。麺は東方の彼方、<シン>から伝わる製法のもと…」
「口の周りを赤くして、喋りながら食うなよ。」
熱弁を振るいながら<ナポリィヌドック>をかぶりつくエイミに呆れた表情のままグランは指摘する。
指摘されたエイミは自身の口をナプキンで拭い、少し恥ずかしそうな顔をして黙々と食べ始めた。
「あ、エミ先じゃーん。タベ先が探してたよ~。」
「ほや、どうひまひた。」
頬張りながら答えるエイミに話しかけて来たのは、周囲と同じ衣服を着た、つまりは生徒。
「午後の職員会議にはちゃんと出席しろって~。先生がサボり魔じゃ笑えないよ~。」
「職員会議…、もがーーッッ!」
そして、またも両手を頬に当てながらエイミは叫び、グランを置いては一目散に駆け出してゆく。
その姿を見た生徒達はクスクスと笑い声を上げ、その場から手を軽く振って立ち去る。
「あッ、あぁ~、赤さんはさっきの更衣室で待機していてくださーい!後で呼びにいきますからーーッ!」
「…やれやれ、教諭というのは本当らしいが、随分慌しいヤツだな…」
グランは叫びながら小さくなるエイミに溜息を吐き、包みをめくって手元の食事に手をつけ始めた。
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魔法学院特製ナポリィヌドック
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「うむ、美味い。バターと赤茄子のケチャップでこってり炒められ、冷めたパスタが口の中で滞るこの重い後味。最高だね。」
グランは手についたソースまで舐めとりながら、満足げな表情を浮かべる。
「それじゃあ、お言葉通り更衣室で一眠りでもして待ってるか。」
包みをくしゃくしゃと丸めゴミ箱へと放ると、背を伸ばし、グランは辺りを見渡した。
中庭は生徒達各々が昼休みを満喫しており、談笑したり、走り回ったりと賑やかな様子が見て取れる。
そして、自身が場違いであるかのような感覚を覚え、少し恥ずかしく頬をかくと足を更衣室へと向けた。
「…あ。俺、迷子では?」
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