15-7.転移門市
翌朝。
転移門の社に続く坂は馬車と商隊で賑やかになっていた。
ゆったりとした馬の蹄に荷車の車輪の音、商人達の談笑。
穏やかでありながら活気のある雰囲気の中、一行は坂の先の転移門のある社への列に並ぶ。
「具合は如何でござる。赤法師殿。」
「……歩くだけで全身がビリビリして、もうしんどい。」
ソウシロウは相変わらずの仏頂面に輪をかけて顔をしかめているグランに声をかけ、その塩梅を尋ねる。
あの後は誰もが倉庫に戻ると倒れ込むように眠りに付き、そのお陰か体力は戻りつつあった。
だが、一番の重傷者のグランは傷こそ綺麗に無くなっているものの、装備の損傷やおぼつく足取りを見るに、万全とは言い難い状態でだ。
そうこうして、社の門前に到着し、一行はその順番を待つ。
先陣がその門の奥へ消えてからしばらく、周囲が行儀良くしている事に飽き始めたか、まばらに小声がざわつきだした頃。
全身を包むような法衣を着込んだ転移門の職員が現れ、門の両脇に立ち並ぶ。
錫杖で地面を突き、金属の擦れ合う音、それに加え鐘の響く音がざわつきだした周囲を静かにさせる。
静寂となった門前が確認されると社の門が開かれ、職員は中へと集った者達を導き、人々はそれに従い足を進めた。
…
薄暗い通路を足音だけが鳴り響く中、進んでいくと円形の広間へと出る。
半刻ほど前には数台の馬車に数十人がここへ入って行ったはずなのに、そこはがらんどうの飾り気のない空間。
だが、一際目立つものが中央に鎮座していた。
それは巨大な石柱、内側から七色に眩く晶石の柱。
「おぉ~…」
ユートが声をあげると同時に、一行以外の周囲からもも驚きの声があがる。
「<龍穴柱>…」
「いや絶景、拙者が速筆の絵師ならばこれは直ぐにでも紙に画きたいものにござるな。」
驚きから言葉盛らすフラナと腕を組んで満足げにうなずくソウシロウ。
そして、再び錫杖の音が鳴り響くと一同は我に返り、止めていた足を進めてゆく。
シャンシャンと錫杖がなり続け、人々は自然と石柱の周囲で足を止めて、顔を柱へと見上げていった。
全員の足が止まり、ガヤつく音は消え、鳴らす鐘の音のみが空間内を反響し飛び交う。
次ぎに何時の間にか同じ姿の者達が空間の壁際を取り囲み、また錫杖のリズムを鳴らしだす。
それに呼応するかのよう、石柱は光を帯びだし、明滅を始めながら輝きを増してゆく。
そんな中、フラナはふと、前に立つナナリナに視線を向けた。
何時もならこんな時にこそ、グランへ抱きつきに行きそうなはずの彼女が、何故だか遠慮がちに身を引いて数歩後ろに立っている。
彼女の左右に揺れ動く尻尾の動きから、何かを迷っている事が見て取れた。
悪戯心かお節介か、そのときフラナの心には何かが走り、ただ、彼女はナナリナに手を伸ばして揺れる尻尾に手を触れなでる。
「ひゃッ。」
突然の事に驚いてナナリナは短い悲鳴をあげながら飛び跳ねるとバランスを崩し、転びそうつまづく。
前へ数歩、よろけながら進み出て、赤いマントにぶつかるとそれを掴んで寄りかかった。
「…」
ぶつかる際に僅かに揺れるも、全身でナナリナを受け止めたグランはただ黙って彼女支える。
…
「…」
「……おや?」
何時もの調子に戻ったかと、2人の様子を微笑ましく見ていたソウシロウだが、この皮肉屋の赤マントの男が何も言わない、何も動かない点で異変に気付いた。
ナナリナもまた、少し甘えた仕草で寄りかかっていたが、その違和感に気が付くと、グランの背中越しに前方を見る。
「…」
反応は、ない。
「どどどどど、どうしよう、ソウシロウ。ダーリンの、ダーリンの意識がない。」
赤マントの男は先の僅かな衝撃で立ったまま気絶した模様で、ナナリナが抱き締めたままその身を揺らすも、頭が揺れるだけで反応がない。
「な!?ッてかもう何か儀式みたいなの始まってるぞ!?意識が無いと転移に弾かれるんじゃなかったか!?」
ユートが慌てる中、転移の儀式は架橋に入ったのか、錫杖からの音は強く、激しく鳴り響き、石柱もそれに相応した輝きで呼応しだす。
「ととと、とりあえず、ナナリナ殿はそのまま強く抱きついたままでいるにござる!!拙者らも触れるだけ赤法師殿に触れるでござるよ!」
ソウシロウの言葉に皆が慌てて駆け寄り、グランに触れようと手を伸ばした。
錫杖の音が止んだ瞬間、虹色の晶石柱からは光が空間一面を白く塗り潰す程、眩いばかりの閃光を放つ。
そして、その瞬間、石柱周辺に居た全ての者は忽然と姿を消した。
―――
「それで、カルマンはん。ウチに何か<特別な用>ってのは何ですの。」
「単刀直入に言うわ。ペギーちゃん、アナタ、アタシの下で働く気はない?」
カルマンはカップに茶を注ぐと、ペギーの前に差し出した。
応接間らしき部屋の中で、呼び出されたペギーは出されたお茶、向かい側に座ったカルマンの表情を交互に見る。
一見、にこやかな笑顔に見えるが、その瞳の奥底には鋭い眼光が見えるようでペギーの警戒は消えない。
「そ、そないなこと、急に、言われても、困ります。」
「お近付きに成りたい<ビルキース=パダハラム>と比べたらアタシじゃ不満…。かしラ?」
からかい気味のカルマンに、ペギーには緊張が走り、大きく唾を飲み込みむと首を横に振った。
「…お誘いは大変ありがたいんですが。ウチは<錬ギ>のトップ、<錬金六席>はどうも信用をおけんのですわ。いえ、大きな組織でしたら、上に秘匿の1つや2つ、ありまっしゃろ。個人の我侭なんて言ってられまへんのはわかります。」
「だが、<錬金六席>は<錬金術ギルド>内でも誰がその席に着いているか、<錬金六席>以外分からないってのが通説。余りに不透明な上の存在が嫌なのは、まぁ、否定はできないわネ。」
ペギーは黙ってうなずくと、カルマンは自ら入れたお茶をペギーより先に口へと運ぶ。
「対して、ビルキース=パダハラムは女身、さらには没落家でありながら、頂天立地。堂々と自身をトップと主張して、大陸中央部でその実力を示している。アタシ達<錬金術ギルド>とは真逆の存在ネ。」
そう言って、カルマンはカップを置き、真っ直ぐにペギーの目を見つめ、ペギーはその視線から逃れるように目線を逸らす。
弱い立場からすれば、カルマンからの誘いの時点で断りにくい状況なのだが、それでもペギーは不確かで個人である<ビルキース>を選ぶ姿勢を見せる。
「じゃあ、ペギーちゃんに信用を得るなら<錬金術ギルド>のトップ、直のお誘いであればいいのかしラ?」
「何を冗談言います、カルマンはん!そんなけったいな方がウチなんて個人商、顔を合わせる機会も趣味もありまへんて!」
両手を広げ、大袈裟に首を振るペギーに、カルマンは頬杖を突きながら笑う。
「だ・か・らァ☆」
カルマンが笑みを浮かべているその間に、ペギーは何か不気味なものを感じ取り苦笑いで返す。
「アタシが<錬金六席>、その一席なの。」




