14-3.迷う角にも福来る?
アシヤに連れられ、ユート達がやってきたのは玄関口が開かれた店舗兼住宅だった。
外見の古さとは異なり、中は意外と綺麗に保たれており、掃除も行き届いているようだが、棚に陳列されている商品は面妖、珍妙、奇々怪々な物ばかりが並ぶ。
大小様々な瓶に入った薬品の中には、薄っすらと液体に漬かる生物らしき影にが映る。
看板にはここ大陸西部には見られない文字で何かが書かれており、ユート、フラナには読む事が出来なかった。
「さて、とりあえずはこちらで、お寛ぎください。」
店の奥にある小上がりの座敷に通されると、独特な床材から草木の香りが鼻を抜け、ユート達の緊張を和らげる。
そして、アシヤが手を叩くと、暗がりの先から一戦交えたものより遥かに小さい<シキガミ>が数体現れ、各々の敷物を敷き始めた。
一行がアシヤの案内にそれぞれ座ると、今度は別の<シキガミ>達が現れてはおぼんを持って現れ、その上に乗っていた湯呑を配膳していく。
「あの<シキガミ>ってのは<ゴーレム>か何かの類なのか?」
ユートは店内で右往左往する<シキガミ>達を目で追いながらつぶやいた。
「あぁ、こちらではそういった使役する存在が居るのでしたね。概ね似たようなもの、とお考え下されば良いでしょう。」
アシヤの返答を聞き、ユートは改めて<シキガミ>達に視線を向ける。
そのどこか間抜け、いや、愛嬌ある動きからは本当に戦ったものと同一存在とは思えなかった。
そんな事を考えていると、<シキガミ>達は全員にお茶を給仕し終えるとアシヤの周りに集る。
「さて。」
全員が敷物の上に座し、落ち着いた頃合いを見計らい、アシヤも自分の席に着く。
「此度はワタシの失態による無礼、大変失礼いたしました。」
そう言って、アシヤは深々と頭を下げると、周囲の<シキガミ>達もまたアシヤの脇に並び同じ様に頭を下げて見せる。
「う!こ、この姿勢は…!」
そう、<DOGEZA>であった。
それは<ヒノモト>において最も尊ばれる、最上級の謝罪の姿勢であり、ここ大陸西部においても知れ渡っている。
それまでに一切乱れぬ流れる様な所作、洗練された動きによる平伏。
凛とした背筋が一文字に伸びた姿勢、佇まいは、ある種の芸術性をも感じられる程であった。
そのあまりの姿に、ユート達は息を飲み込み、気圧されてしまう。
「ま、まるで謝られている私達の方が悪い事をしているような気が…」
フラナはアシヤの姿勢に自分が責めているような錯覚に陥り、思わず弱気となる声が漏れてしまう。
そんな中、唯一平然としていたのがソウシロウであった。
「それで、<ドーマン>の。多少なりともこの様な事態になったか説明はつくのであろうな?」
ソウシロウの言葉には怒気や敵意こそ含まれてはいないものの、言葉の端々から有無を言わせぬ迫力を滲ませる。
しかし、アシヤは顔色一つ変えず、悠然として微笑みながら顔をあげ、口を開いた。
「いやはや、小さな店とはいえ、流石にワタシ1人では切盛りが大変でしてね。こうして<シキガミ>を使役してるわけですが。」
そう言いつつ、アシヤは手近な<シキガミ>の頭を撫でる。
「いかんせん、安定して顕現、使役できる<コレ>は数は揃えられても、個々の力は弱いものでしてね。」
<シキガミ>は嬉しげに目を細め、気持ちよさげに身を委ね、その姿は愛玩動物のような雰囲気があった。
「それで、さっきの<シキガミ>達を作ったと?」
ユートが問いかけると、アシヤは頷く。
「ですが、中々土地の霊脈と合わせ、半自律、自動に動かすというのは難しくてですね。結界を張ってたものの、暴走を事前に止められませんでした。」
アシヤは4人の顔をそれぞれ覗きつつ、「ははは。」と、苦笑しながら頬を掻いてみせる。
「そういうワケでして、何卒、ご容赦頂ければと思います。」
そう言うと、アシヤは再び深々と頭を下げた。
ユートが店内を改めて見渡すと、<シキガミ>達は商品を並べたり、掃除等をせっせとこなしていたり、同士で何か交流手段を取り合ってたりとそれぞれが忙しく動いている。
「まぁ、驚きはしたけど、こうして無事だったしな。」
ユートは出されたお茶に口を付け、アシヤをジッと見つめてみるが、嘘を言っているようには見えなかった。
「でも、フラナちゃんに傷一つでも付けてたら、タダではすまなかったけどね♥」
「わ、私は結果的に貴重なものを見せてもらえてますので…」
ニコニコと笑顔を見せるナナリナだったが、その目は笑ってはおらず、フラナは冷や汗を流しながら言葉を濁す。
「…だ、そうだ。衛兵達には突き出す必要はなさそうだな。」
ソウシロウもそれ以上は追及する事はなく、腕を組んでお茶を飲んでいる。
どうやらこれ以上の事は起こらずに済みそうであると、アシヤは一同の反応を見て安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。
「ならばこのアシヤ!誠心誠意、皆様を御持て成し致しましょう!そうですね、昼時ですし、まずはお食事でもいかがですか?」
そう言ってアシヤが手を叩くと、<シキガミ>達が再び動き出し、今度は奥から何かを運び出して来る。
そこには水の張ったタライに入れられた、1匹のにゅるりとした水棲生物。
「げ、<アンゲリッダ魚>じゃん…」
「フム。<ウナギ>にござるか。ここでも手に入れられるのでござるな。」
ユートは露骨に嫌そうな表情を浮かべるが、ソウシロウは興味津々といった様子である。
「いやー、今朝方勢いでつい買ってしまったのだが、生憎ワタシはさばき方を知らなくてね。しかし、同郷の者が現れるのは幸運だった!」
アシヤはそう言って、ソウシロウへ視線を向ける。
「と、言うワケで、キミ、さばけるよね?」
「なぜ拙者がその様な事を…」
突然の指名にソウシロウは眉間に深い縦じわを作るが、そんな様子などお構いなく、アシヤはにこやかな笑顔のまま提案を推してくる。
「キミにさばいて頂けるなら、ワタシが国から持参した<米>も振舞えるのだが。」
アシヤは何時の間にかソウシロウの横へと移動しており、そっと耳打ちをするように囁いた。
「な…<米>だと…!?」
アシヤの口から<米>という単語が出た瞬間、ソウシロウの喉から音が鳴り響く。
その様子にアシヤは<にやり>と笑い、ソウシロウの揺れる表情を覗き込む。
「えぇ、正真正銘、<ヒノモト産の米>がございますよ。」
ソウシロウの瞳はアシヤの目を射抜くように睨みつける。
しかし、それでもなお、アシヤは余裕の笑みを絶やさない。
「……わかった。ならば拙者にこのウナギ、それに<米炊き>を任せて貰おう。」
ソウシロウは渋々といった感じで提案に屈すると、立ち上がり、たらいのウナギを持ち上げる。
「では、お任せしよう。厨房への案内や細かい事は<シキガミ>達が手を貸してくれるだろう。」
そう言ってアシヤは満面の笑みで手を叩くと、<シキガミ>の何体かが集まりソウシロウと共に厨房へ消えていく。
「大丈夫かなぁ…<アンゲリッダ魚>の料理ってゼリーに詰めて固めたやつだろ…?それの…ヒノモト風…?」
ユートはソウシロウの後姿を見つめながら不安げに呟き、その横でフラナは苦笑している。
「はて、こちらではその様に調理するので?ウデは必要ですが、おそらくは開いて焼くだけでしょう。」
「え、違うのか!?って、結局アンタが作らないのかよ!!」
「ははは、そうだった。では、横槍を入れる者が居ない内、先に用件の方をお伺いしましょうか。」
ユートの言葉を軽くいなすと、アシヤは自分の席に座りなおし、隣のフラナの方へ視線を向けた。
「それでは、蒼玄たる翼の君。アナタは如何様なものをこのアシヤにお求めに?」
先程までの緩んだ空気は一変し、緊張感に包まれだす。
「は、はい。あの、この札の<複製>、もしくは代用品を扱ってないかと思いまして…」
息を呑んだフラナは鞄から取り出した札を差し出し、それをアシヤは受け取ると、まじまじと見つめながらアゴに手を当て、ふむと呟く。
「…効能は?」
「ま、<魔法の詠唱>を代理に行なってくれるものです。」
「…<複製>とは違いますが、同じ効果を発揮するものであれば作れましょう。」
「ほ、本当ですか?あ、でも、お値段の方は…」
「何、何、構いませんとも。それこそ御持て成しをさせて頂かねば。」
アシヤはそうフラナへ微笑みかけ、懐から形状が独特な札を取り出す。
「その代わり、とは申しますか。貴方の札を2枚とも頂いてもよろしいでしょうか?」
フラナはその言葉を聞いて少し戸惑うも、すぐに首を縦に振る。
アシヤは1枚を自分に寄せ、もう1枚の札に自分が取り出した札を重ね合わせる。
―――《オン》!!
アシヤが腹から響き渡るような声を上げると、重なった札がざわざわと動き出し始め、徐々に膨らんでいった。
「ささ、これを手で包み、この札の効能を思い浮かべ、強く、念じて下さい。」
「は、はい。」
フラナは言われた通りに両手をそっと重ねると、目を閉じて集中する。
自分が使ったのは僅か1回、それだけではイメージが足りない。
フラナは必死に思い出す。
この札の前主であった赤マントの男、その男がどう使っていたのか、それに合わせ自分が使う姿を想像し重ね合わせる。
そして、しばらくするとフラナの手の中に変化が訪れ始めた。
手の中がもぞもぞと動きだし、先程まで無かったはずの感触が膨らんでいく。
目を開け、片手を離して中を確認すると、見覚えのある物が掌の上に乗っていた。
「わぁっ。」
「見事、見事。身体に描かれた蒼玄の文様、まさしくアナタだけの<シキガミ>だ。」
そこにはアシヤの周囲を動き回っていた、更に小さいサイズの<シキガミ>が身体を震わせながら起き上がろうとしている。
「わ、私の<シキガミ>ですか…」
「Y…YOPO…」
その姿にフラナの顔がぱあっと明るくなり、それを見てアシヤは満足げに笑い、新たに生まれた<シキガミ>の頭を指で撫でた。
すると、フラナの<シキガミ>は驚いたのか、びくりと跳ね上がり、フラナの腕を伝い彼女の後ろ髪の陰へと隠れてしまう。
「あらら、ワタシは嫌われてしまったようだ…」
アシヤは残念そうに肩を落とし、その様子を見ながらフラナはクスリと笑う。
「さて、これでこの<シキガミ>が以後、札を都度用意せずとも代りとなって働いてくれるはずです。」
「な、何度もですか?」
「えぇ、何度も。と、言いたい所ですが、日に1度はアナタの力を与える事、間を空けず、重ねて使いすぎも注意です。負荷が限界に達すると爆ぜますので。」
「は、爆ぜるんですか…」
首の裏から顔を覗かせていたフラナの<シキガミ>だが、フラナの反応に驚いてまた髪の毛に隠れてしまう。
「何やら、話が弾んで居る様でござるな。」
そんな様子を横目にソウシロウが両脇に帯をかけ、頭に布巾、袖を上げた姿で厨房から戻ってくる。
そして、フラナの髪から覗かせる<シキガミ>を見ると眉間にしわを寄せ、アシヤの方へ視線を向けた。
「…変な術を仕込んだモノを彼女に渡しては要るまいな?」
「まさか!例え出来ても姫君にそのような真似をする訳が無いでしょう。それよりも、もう料理の方が?」
笑うアシヤにソウシロウはより不機嫌そうな表情を浮かべ、アシヤの襟首を掴む。
「それはお主が一番わかっている事であろう?<シキガミ>では調味料の場所を知らぬ様子だ。参れ、そもそもはお主の仕事であろう?」
「あはは、バレてしまったか。仕方ない、従うとしよう。それでは皆さん、しばしの間はくつろいでいて下さい。」
アシヤはそう言い残しながら、ソウシロウに引きずられては厨房の方へ消えていく。
残った3人はその様子を見送りつつ、お互いの顔を見合わせ苦笑いを漏らした。
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