14-2.迷う角にも福来る?
一行は商店通りの奥、裏通りへと足を踏み入れた。
表通りの活気とは裏腹に、裏通りの路地は接する外壁や家屋の所為で薄暗く、何処か空気も肌寒い。
フラナはキョロキョロと辺りを窺いながら、折り畳んだ地図を覗き込む。
必然的にフラナを先頭にし、他の3人は彼女の後を追う形となる。
ユートはどうにも拭えない不安感からか、2つの虹色の六面賽を取り出し、上へ弾き、眼前に落ちるところを掴んではそれを覗く。
<6と1>。
合わせた数値は可もなく不可もなく、だが,目の極端さが逆に不安を掻き立てる。
そんな事をしている間にも、一行は商店通りとは違った独特の雰囲気に包まれていった。
賑やかさを象徴としていた露店は姿を消し、道幅は狭くなり、軒を連ねていた店先は疎らになっていく。
時折目に入る陳列窓から覗かせる商品はどれもが奇怪な品ばかりで、すれ違う客達も一様に怪しい風貌をしていた。
「なぁ、フラナ。ガチにご禁制な品とかには手を出すなよ。」
ユートは小言を漏らしながら、周囲を警戒しつつ、歩みを進める。
「きっと大丈夫よ、ユートくん。フラナちゃんの質問にあの抽選会場での人が言っていたじゃない。」
何やら活力を取り戻したのか、ナナリナは意気揚々と歩く。
その表情からは、先程までの暗さは微塵もなっていた。
『おぉ、美しい翼のお嬢さん。幸運のチケットが手に入る店はこの商店通りの区画なら何処でも可能。ただぁ~し、表通りと違い、裏通りは買上げレートが定まっていない店主の気分次第!その辺り、覚悟しておいて下さいよぅ!?』
ナナリナが抽選会場で男の物真似をしつつ、語っていた事を思い出す。
「つまりはここでは表通りと違い、店側が客を選ぶ、そういう場所にござろう。それに区画としての目が利いてる証にもござろうな。」
「それはそれで大丈夫かよ、そんな場所にオレ達が観光気分で入って…」
ソウシロウの言葉に、ユートはやや心配そうな顔でフラナの背中を眺めた。
…ぞわり。
角を曲がり、深い通りへ足を踏み入れたその不意に、悪寒に似た感覚がユートの背筋を走る。
それはソウシロウも同じだったようで、即座に腰の刀を帯から抜き、身構え、抜刀こそしないものの、その視線は油断なく周囲に睨みを行き渡らせる。
「…ユート殿。」
ソウシロウの呼びかけに、ユートも無言でうなずくと剣をベルトから外し、両手で握り構えた。
「フラナ!一旦止まれ!」
緊迫した声でユートが叫ぶと、フラナは何事かとユート達に振り返る。
その時だった、フラナが進もうとする薄暗い、だが決して暗闇ではない道の先から、無数の影がまるで突風が如く押し寄せてきた。
「きゃあッ!」
突然の出来事にフラナ達は思わず悲鳴を上げその場に尻餅を付く。
「YO…YO…HOHO…」
同時に、ユートとソウシロウは素早く前に出ると、迫り来る影へと向き直った。
ユート達はしゃがみこんだフラナの方へ素早く駆け出すと、目の前に現れた者達に目を向ける。
人型の身体を持ち、顔に穴だけがあるような、心なしか存在そのものが何処か<薄い>印象を受ける異形の存在。
それが大小、中には頭部らしき部位から直接長い四肢が生えたたかのような奇妙な姿のものまでいる。
「うへぇッ。何か、視界に入れるだけでも頭がくらくらしてくるぜ。」
「以前交えた<ロスト・マン>とは違う?だがこの感じ、拙者はこやつ等を何所かで<知っている>?」
ソウシロウは眉間にシワを寄せながら、目前の敵を凝視する。
「YOYO…HO…YO…」
言葉にならない音を発っしながら、それらはじりじりと近寄り迫ってくる。
「くそッ!こんな状態でも一応は<街中>か!?このまま殴り倒すしかねぇッ!」
ユートは鞘に収まったままの剣を構えると、先頭にいた1体を殴りつける。
―――パァッンッ!
すると殴りかかった1体は、まるで風船のように破裂し、霧となって消えた。
ユートはその手応えに唖然とする。
だが異形達の方は、その光景を目の当たりにしても怯みもせず、更に詰め寄ってきた。
「油断めさるな!」
ソウシロウ、一閃の突きがユートに迫る2体目の胴を穿つと、その裂け目から空気が抜けていくように萎み、宙を舞いながら消えていく。
そして、3体目がフラナに向かって襲いかかろうとする。
だが、それを遮るようにナナリナが大弩の床尾板で叩き付け、先のユートと同様に破裂音と共に消失させた。
3人はその手応えに違和感を覚えるも、悠長にしている暇はない。
「YOYO…HO…YO…YOHOHO…」
次々と押し寄せてくる敵に対して、互いにフラナを囲み背を預け、各々武器を振るい応戦を始める。
―――パンッッ!パァッンッ!
また1体、2体と異形が空を揺さぶり、破裂していく。
しかし、それでもなお敵の数は減る気配はなく、それどころか次第に増えている気さえした。
やがてその波はユート達を押し包みだし、徐々に、だが確実に追い込んでいく。
「YOYO…HO…YO…」
「HOHOHO…YOHO…」
異形は奇声を唸り上げつつ、包囲を狭めてくる。
「くそッ!このままじゃキリがねぇぜ!」
ユートが苛立ちを露わにし、鞘口の留め具を外し、刃を剥き出しにしようとした時だった。
――~~
不意に、どこからともなく音色。
だが、それには耳障りな音を伴っており、その旋律は周囲に響き渡る。
その刹那、4人を取り囲む異形達が一斉に動きを止めたかと思うと、全てが膨れ上がっては停止していた。
そして、先ほどの空気が抜けるような音をそれぞれが立てながらしぼみだすと、札だけが宙を舞いながら石畳へと落ちていく。
ユート達に群がっていた異形は一瞬にして姿を消し、辺りには静寂が戻る。
何が起きたのか分からず一行は呆然としてしまう。
―――いやぁ、すまない、すまない。まさか今に客が迷い込んでくるとは思ってもみなかった。
突然、静まり返った場に声が響く。
声の主を探し、見回すと、いつの間にか道の奥から人影がこちらへ向かって歩き近寄ってくる。
「お怪我は無いかな?面目ない。まだこの土地に合わせた術が上手く調整出来ていないんだ。」
そう言いながら現れたのは、白い着物、手に笛を持った、細身の人物。
髪は肩程に切りそろえられ、その髪から覗く額の三本の角、そこから切れ長の目と細い顎。
一見すると女性と見紛うような顔付きながら、その踏み脚は雄々しく、しかして優雅。
だが、身に纏う雰囲気は、どこか鋭利な雰囲気を持ち合わせている。
<彼>はユート達の前まで来ると、しゃがみ込むフラナに手を差し伸べた。
差し出された手をフラナは戸惑いながらも掴むと、<彼>に引き上げられるようにして立ち上がる。
「あ、ありがとうございます。」
フラナの言葉に<彼>は微笑を浮かべながら首を横に振る。
その手の仕草は艶やかで、先の印象が嘘のように思え、フラナは思わず赤面してしまった。
「なぁ、アンタ。その口ぶりからすると、さっきのに何か心当たりがあるのか?」
ユートは警戒しつつ、突如現れた<妖しい人物>に問いかける。
「あぁ、<アレ>はね…」
「<アレ>は<シキガミ>にござるよ。ユート殿。拙者の知る姿形とは少し違うでござるが。」
だが、<彼>の言葉を遮るように、問いに答えたのはソウシロウであった。
ソウシロウは険しい表情をしながら、目の前の彼を睨みつける。
「<シキガミ>?」
「…おや、同郷が居たのか、これはこれは、珍しい事が重なる日だね。」
ユートが聞き返すと、<彼>はソウシロウの言葉、いや、ソウシロウ自身に少し驚いた様子を見せた。
そして、先の異形が残した、何か記号、格子状の文様が描かれた札をソウシロウは突き付けて問う。
「どうして、貴様らがこの地に居る。<ドーマン>の。」
「いやだなぁ、何もキミ達<幕府の飼い犬>だけが<外>を出歩けるワケじゃあるまい?」
まるでソウシロウは人が変わったかのように、険しい表情で睨みつけだす。
対する相手はその言葉とは裏腹に、穏やかな笑みを浮かべたまま、悠々とした様子で答えていた。
「…ソ、ソウシロウさん?」
ソウシロウの剣幕にユート達は驚きつつも、空気や状況を読み取って口を挟まずにいた。
そんな3人を尻目に、ソウシロウはさらに語気を強める。
その視線には明らかな敵意が込められているのが見て取れた。
「こやつは<陰陽師>という奴等でござってな。<奇術>、<妖術>を用い、物事を裏から誑かす奇怪の存在なのでござる。」
「奇怪とは。やれやれ、それだけなら<ハルアキラ>の一派もでは?全く、幕府の面々には<ドーマン>と察せられるだけで直ぐに悪者扱いだ。」
ソウシロウの言葉に対し、彼は呆れたように肩をすくめ、苦笑いを浮かべながら返答した。
「それにワタシにも<ハルアキラ>の血が少しは入ってるのだけどね。」
そう彼は横髪を手で払い、微笑みながらも不満を垂らす。
その動作すら優美に映り、どこか芝居じみた所作に見えるが、その動きからは隙が見えない。
「フム。では、お嬢さんにワタシの判断を願おう。」
そう言うと、<彼>は再びフラナの手をとり、まるで恋人にでもするかの様に恭しく手を取る。
「さて、蒼玄たる翼の君。恐らくアナタが目指す店はこの先であり、その店の主はこのワタシです。無礼を欠いた手前、その詫びも兼ねて、是非ともおもてなしをさせて頂きたいのですが、如何でしょう?」
彼は露骨に芝居がかった仕草と共に、フラナへ誘いをかける。
その所作に、フラナの頬はほんのりと再び赤らむが、すぐにハッとなって、慌てて手を引っ込め周囲の反応を伺う。
他2人は拒否する理由もなかったが、ソウシロウの様子が気になり、どうしたものかと思案している。
「どうですかな?それに<ソウシロウ殿>だけになら、<ブブヅケ>でも直ぐに用意できるが?」
「では、どんぶり山盛りでお願いしたいものだ。」
嫌味らしい物言いに、ソウシロウも普段は出さないような嫌味ったらしい口調で返した。
「心配なさらなくても大丈夫。この者はアナタが決めた場所ならば、何処へ行こうと文句を言いませぬ。そういう性分なのです。」
「ソ、ソウシロウさん…す、すみません…」
<彼>の言葉にフラナは、ソウシロウの態度に戸惑いながらも、申し訳なさげな表情で謝罪をする。
「…何、お気に目去るな、フラナ殿。」
ソウシロウはどこか間をおき、普段の爽快な表情でフラナに微笑んだ。
そして、改めて<彼>を見据える。
「おぉ、申し送れました。ワタシめは<アシヤ>とお呼び下さい。以後よしなに。」
<彼>はそう名乗ると、恭しく頭を垂れた。
ユートは彼の態度から特別害意は感じられなかった事もあり、ソウシロウの様子を窺いながらも承諾する。
そして、一行は<アシヤ>の案内の元、彼の店へと向かいだした。
―――




