14-4.迷う角にも福来る?
「お。何だか、いい匂いがしてきたな。」
ユートが鼻をひくつかせて辺りの様子を伺い始めると、他の2人も釣られるように厨房から漂ってくる香りを感じ取り始めた。
更にしばらくの間の後、料理を乗せた小さい台、<膳>を持った<シキガミ>達、そしてアシヤとソウシロウが姿を見せる。
「おまたせしました。さぁ、どうぞ。」
各々の席に膳が並べられていき、その上の食器にはきざまれた漬物の野菜、僅かな射光で白く輝く米、そして湯気を立てている汁物が置かれていた。
そして、脂が乗った肉厚たる魚の切り身がこうばしいくもどこか甘い香りと彩を添えている。
見慣れぬ文化の料理、しかし、その見た目だけで3人は思わず喉を鳴らす程に美味しい事が直感的に理解できた。
「こんなに白く輝く米なんてはじめてみた…」
「こ、このスープは…不思議な香りがします。なんというか、落ち着くような…」
「この焼いた?魚が…あの<アンゲリッダ魚>…だよな?スゲェ、骨が全く無い。」
3人それぞれ、前に置かれた膳を覗き込み、感想を口にする。
そして、それぞれの反応を見たアシヤは満足げな顔を浮かべつつ、ソウシロウと共に自らの膳の前に腰を下ろした。
「ではでは皆様、冷めぬ内に。」
―――いただきます。
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アンゲリッダ魚の蒲焼
白飯
味噌汁
野菜の塩揉み
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アシヤとソウシロウが手を合わせると、他の者達もとりあえずは見様見真似で手を合わせ、一例をする。
次に2人は汁の椀を手にして、口元に持っていき、軽くすすり上げ、他3人もそれをまた真似て口に運ぶ。
すると、今まで感じた事のない風味が口に広がり、鼻を抜け、思わず目を大きく開いてしまう。
続いてアシヤとソウシロウは白く輝く炊かれた米、白飯が盛られた茶碗を持ち、<箸>で摘まみ上げると口の中へと運んだ。
「うむ。…<ドーマン>のが術を用いて早炊きをしたのが不安であったが、要らぬ心配であったようだ。」
ソウシロウは味に納得いったのか小さく頷きながら白飯を口に運んでいく。
「あー、あのーソウシロウさん。2人みたいに、その2本の串だか棒で食べるのが難しいんですけど…」
ユートは膳に備わっていた2本の棒を握りしめ、浮かべた困り顔をソウシロウへと向ける。
「ホラ、言っただろう。こちらの土地の者ではワタシ達の様には慣れぬモノだと。」
アシヤはそんな様子を見ながら、手を叩くと<シキガミ>達が匙を持ちだし、他3人へ配って行く。
「ささ、皆様はそちらの匙、あと楊枝をお使いください。」
「…むぅ。赤法師殿は箸の出る店では平然と使っていたものだから、てっきり誰もが使えるのだと…」
「<コレ>使う料理店なんてあったか…?」
「ヒノモトのは知らないけど、この街なら<シン>の料理を出す店なら確かあったわね。」
ユートの言葉にアシヤは苦笑いを浮かべつつ、ソウシロウは眉間にしわを寄せつつ、それぞれ自分の膳にある食事に手をつけていった。
そして、遂に<蒲焼>、タレで光沢を輝かせるひらき身の焼き魚へと手が伸びる。
まずは先にヒノモトの出身の2人が箸で身を切り分け、口へと運んでゆく。
「ほう、これはすごい。満足がいく調理場、材料が揃ってもいないのにここまでとは。」
「褒めてもお主に気を許すつもりはないぞ。」
2人が次を口に運ぶ様を見て、3人は自分達の膳の上に視線を落とし、唾を飲み込む。
ユートは恐る恐る、といった様子で匙の先端を身に当て力を入れると、ふわりとした身は抵抗無く解れていく。
身の脂とタレの匂いが一気に広がっていき、思わず口の中に唾液が広がった。
ユートは自分の持つ<アンゲリッダ魚>の先入観を払いのけようと頭を振った後、意を決して口内へと身を放り込んだ。
その身は匙を当てた通り、舌の上で解ける様に崩れていき、噛み締めると濃厚な旨味が溢れ出す。
思わず目を丸くした後、ユートは2人の方を見ると、フラナ、ナナリナは頬を手で押さえ、満面の笑みを浮かべている。
3人の反応を見て、ソウシロウも満足げな表情で食事を続けて行った。
―――
「いやー、食った食った。<アンゲリッダ魚>の調理も驚いたけど、まさかヒノモトの<米>がこんなに美味いだなんて知らなかったよ。」
満足げな顔を浮かべたユートは腹をさすりつつ、用意されたお茶の入った湯呑を手に取る。
「うんうん。女子2人にもこうして平らげて貰えるならば、料理も作られた甲斐というものがありましょう。」
アシヤは空になった<おひつ>を3人に向けて微笑んだ。
フラナとナナリナはそれを見て、恥ずかしそうにしながらも笑顔で返す。
「…そういえばアシヤは額の<角>が3本見えるけどゴブリン族の角は男が2本、女が1本じゃないのか?」
ユートは背を反らし、くつろぎきった姿勢を取り、<女>という単語に思い出したかのようにアシヤへと疑問を投げる。
「おやおや。ワタシが男か女か興味があると?直に触って、確かめてもかまいませんが?」
アシヤは茶化しながらも艶やかな表情と口調でユートを誘惑するも、その目は鋭く光っている。
ユートはそれを見て慌てて両手を振り、否定の意を示す。
「止めよ、<ドーマン>の。」
そんなユートとアシヤの間にソウシロウが入り込み、睨むような目つきでアシヤを諫める。
「ユート殿、<陰陽師>というのは斯様に妖しげな連中なのでござる。くれぐれも気を許しすぎないよう。」
「わ、悪かったよ。変な事聞いてさ…」
ソウシロウの忠告を受け、ユートは素直にアシヤへと謝るが、アシヤは残念そうに小さく溜息を吐きながら肩をすくめた。
「…ところで、なんでフラナは顔を赤くしてるんだよ…」
「な、なんでもない!」
「…?」
フラナの顔色の変化に疑問を持つユートであったが、答えは出ないまま、時間は過ぎていった。
…
「ところで、お嬢さん以外の方で何かご要はございますかな?」
「あーッ、そうだ!オレ達はそもそも抽選会のチケットを手に入れる為にこの裏通りに来たんだった!」
アシヤの言葉に、ユートはこの場の目的を思い出し、声をあげる。
「あぁ、あの催し物でしたか。少々お待ちを。」
そう言うと、アシヤは立ち上がり部屋の隅にあった戸棚から紙束を幾つか取り出し、ユート達の目の前へと差し出した。
「昨日分のチケットですので、確か5枚で1回になってしまいますが、どうぞ、納め下さい。」
「こ、こんなにいいんですか?」
「えぇ、何せ文字通り、日を過ぎてしまえば箪笥の肥しでしかありませんので。」
「とはいえ、流石にタダで貰うのは気が引けるなぁ…」
ユートの言葉を聞き、アシヤは顎に手を当て考え込む。
「フム、欲の無い人達だ…。ですれば、わかりました、何か1つ当店の品を買って頂き、その1割増し程の値でこちらの<紙束>を全てお譲りしましょう。そうすればこの商業区の顔役にも言い訳は十分立ちますので。」
アシヤの提案に「まぁ、それなら。」と、ユート達は納得する。
「それで、何か入用な物はありますかな?」
「っても、オレはいきなり思い浮かばないなぁ…」
「わ、私も<このコ>を頂いてしまったので…」
ユートはせいぜい回復薬を使うくらいで薬品の類には疎く、フラナは自分の<シキガミ>を目で指しながら困った顔を浮かべる。
そんな中、ナナリナが手を挙げ、鼻息荒くアシヤへと告げる。
「ねぇねぇ、なら、こういう<あやしい店>だからこそ、<惚れ薬>ってあるかしら?」
ナナリナの提案に、フラナとユートは思わず噴き出す。
「ナ、ナナリナさん。幾らなんでもそれはねーよ。」
「おやおや、恋煩いですか。実に年頃らしいお求めもので。」
笑うユートとアシヤに対し、ナナリナは頬を膨らませ抗議の声を示す。
「…ございますよ。」
「あるのォッ!?」
ユートの驚きの声を聞き流すようにアシヤは1つ手を叩き<シキガミ>に支持を送る。
すると1つの瓶が持ってこられ、ナナリナの前に置かれた。
「此方に。使い方の注意、それに貴女の意中の相手に確実といったものは保障しかねますがよろしいですかな?」
「本当に効くのかよ…」
「効能を明確にするならば、日中の間にその者の事を強く意識させるという薬ですので。まぁ、応用次第です。」
「買う♥、買う♥」
ナナリナは躊躇せず、剥ぎ取るように薬を受け取り、代金を支払うと頬擦りしながら嬉しそうな表情を見せる。
その様子に他3人は呆れたような視線を向けた後、軽く笑い合った。
「確かに。それではこの紙束は正式に皆様のもの、どうぞ、遠慮なく。」
アシヤはチケットの束をまるで積み木のように重ねた後、一行に差し出した。
―――
「そ、それではお世話になりました。」
「いえいえ、迷惑をかけたのはこちら。それに入用、相談があれば、是非にお越しください。」
一行はアシヤに礼と別れの挨拶を交わし、表通りへと向かう。
「ところで、フラナちゃん。<そのコ>には名前を付けるのかしら?」
歩きながら、ナナリナは隣を歩くフラナに問いかける。
「な、名前…ですか。」
少し照れくさそうにしながらも、フラナは<シキガミ>を自分の手の先へと移動させ、見つめた。
「…YOPO?」
「ヨ、ヨポ…かな…」
フラナが思いついた名前を呟くと、<ヨポ>と名付けられた<シキガミ>は不思議そうに小首を傾げる。
「はは、なんだそれ。まんまじゃねーか。」
「良い名前じゃない。よろしくね~、ヨポちゃん♥」
ユートの言葉にに対し、ナナリナは笑みを見せつつ優しく指で撫でてやると、ヨポは目を細め気持ち良さそうにする。
「こっちもよろしく。ヨポ。」
「YOPO。」
フラナの言葉に、ヨポは小さい身体ながら胸を張って答えた。
―――
「はい。確かに、10回分どうぞ。」
表通りの抽選会場へと戻ってきた一行は早速、受付へチケットを渡し、抽選器の前に立つ。
先鋒はナナリナ。
頭に惚れ薬の瓶を乗せ、煩悩渦巻かせながら、ナナリナは鼻息荒くハンドルを握ると勢いよく回す。
「ダーリン♥、ダーリン♥、ダーリン♥、ダーリン♥、ダーリン♥」
1回、2回、3回、鐘の音は一切ならず、抽選器内で玉が擦れ合う音、吐き出された玉がぶつかり合う音だけがただただ鳴っていく。
…
「あーん、ダぁーリぃン~~~…」
ハンドルを回し終えたナナリナの腕の中は、紙袋いっぱいの人参が抱きかかえられ、戻ってきた早々に泣きべそをかく。
その光景に他3人は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「よっしゃぁッ!次はリーダーのオレがスパッと、一等当てて終わらせてやるぜ!」
腕をまくり、ナナリナの仇討と言わんばかりに次鋒ユートは抽選器の前へと進んで行く。
…
「はい、残念。また来て頂戴ね。」
フラナ達の前に戻ってきたユートもまた、紙袋いっぱいの人参を抱いた姿を見せる。
「フラナ殿はいいのでござるか?」
「わ、私はこういうのはダメな方、だと思いますので。ソウシロウさん、お願いします…」
「承知。任されよ。」
ソウシロウは何時もの爽やかな笑みで胸を軽く叩いた後、颯爽と前へ進み出る。
…
「「「はぁ~~~~…」」」
3人は紙袋を抱いたまま、同時に長い溜息を吐き、肩を落とす。
が、息を吐き終えると、3人は即座に残り端数のチケットを取り出し、互いの前に突き出した。
1枚、2枚、1枚…しかし、このチケットでは僅かに1枚足りない。
「フラナ!残ってないか!?」
「ぜ、全部を渡したはずだから私には1枚も…」
「何所か、何所かに1枚無い!?」
「ちょ、ちょっとナナリナさん!!」
ナナリナはフラナのあちこちをまさぐり始め、フラナは慌ててそれを止めようとする。
「YOPOPO~。」
そんな最中、色の違うチケットに包まれてヨポがフラナの肩から転がりでてきた。
「…これは、今日配布のチケット!?」
「YOPO?」
紛れ込んだのか、アシヤが気を利かせたのか、ともかく、フラナの手には最後のチケット、最後のチャンスが舞い込んだ。
―――
「お、め、で、と、オオォォぉ~~~~!ごーざいますッッ!これぞぉ!、これぞ、これぞ、まさしく!!その幸運を称え、その賛美を示す!黄金にィ、光輝くぅ…、き、ん、の、た、まッッ!」
抽選会場で盛り上げる壇上の男は、まるでフラナを祝福するかのように、両手を広げ、大声で叫ぶ。
状況が飲み込めないフラナ、その周囲は舞う紙吹雪に、クラッカーの軽い炸裂音とテープが弾き出され、会場は拍手と歓声に包まれる。
そして、ハンドルを握ったままのフラナの目線の先に、輝く<金の玉>。
「さぁ、お受け取りください!幸運なる翼の姫君!見事一等!<魔法都・レテシア>へご招待ですッッ!」
突然の事に呆気に取られている間に壇上の男に連れられ、フラナの手には両手大のボードが手渡され、その幸運を周囲からどうどうと称えられた。
「……はぇ?」
「YOPO!」
―――
「たぁ~ッ!これで3度目の乗り継ぎかぁ~。流石に北西の最端ともなると、これまでは早馬だったとはいえ遠いなぁ~…」
ユートは大きく背伸びした後、新たな馬車の荷台へと乗り込み、続くフラナの手を取るも、フラナの顔は何所か不安げな表情を見せ足を止めていた。
「どうした?まさか、今更帰りたいとか言わないだろ?」
「ご、ごめん。ここまで街を離れる事なんて今まで無かったから…」
「だーから。すぐ謝るなっての。」
ユートはフラナの手を引き上げ、彼女の頭を軽く叩くと、自分の隣へ座らせる。
「はぁ~…。本当にダーリンに会えるか不安になってきちゃった…」
ナナリナにも旅の疲れが出てきたのか、うなだれるように席に座り、コンパスを取り出し、グランから貰った針を覗く。
「ナナリナ殿。赤法師殿は既にその先に向かっているはず、拙者らはまだ<レテシア>への渡し町にすら着いておらぬでござるよ。」
ソウシロウの言葉にナナリナは頬を膨らませ、コンパスを見つめたまま、無言になる。
後は馬車の出発を待つだけ、その時だった。
「…動いた!?」
ナナリナのコンパスの針が傾く。
その指し示す先は荷台の後方で、まさかと一同は振り返り見やると、風になびく赤い人影がこちらへと向かって来ていた。
のしのしと、ずかずかと、<それ>は間違いなくこの荷台へと近づき、そして、<それ>の足が踏み台に、手が荷台の幌を掴むと中へ侵入する。
「「「「…あ。」」」」
「あ。」
一行の眼の先、そこには赤いマントに、赤い襟巻き、右の腰には赤い石晶剣を携えた、黒い髪の男が1人。




