12-7.七光六面の導き
4人は大円塔の出入り口付近で呆然と1点、瓦礫の山から這い上がる赤いマントの男を見つめていた。
先ほどまでの光景を思い出し、ユートは身構える。
あれ程の戦闘、そして最後の魔法を使っても尚、その表情は赤い瞳が爛々と静かに灯っているだけで、感情を読み取る事が出来ない。
次の瞬間には、この男が剣を振り上げこちらを襲い掛かってくるのではないか、そんな不安に駆られ、ユートは盾を構えながらグランの動向を伺う。
しかし、グランは剣を構える事もなく、ただ悠然と佇んでいるだけであった。
よく見れば赤マントの男には幾多の瓦礫、廃材が身体に突き刺さっており、次の瞬間は赤い瞳の灯りが消え失せると、あたかも糸の切れた人形のように、その場で仰向けに倒れ込んだ。
「ダーリン!?」
「赤法師殿!!」
立ち上がったソウシロウとナナリナがグランの元へと駆けつけると、ナナリナがその体を抱き起こす。
「…そっちも終わってたのか…。…早々に<上位種>を見つけたもんだから、ちょいと躍起になっちまった…」
その様子は満身創痍という程ではなくとも、決して無事とは言い難いものであった。
ユートは2人が介抱している事で警戒を緩めるが、その疑惑視線を赤いマントの男から外さないでいた。
「なぁ、フラナ、さっきのはどういう事だったんだ?」
その間、ユートは先のフラナの言動に引っ掛かりを覚え、フラナへ問いかけた。
「…私達が塔の中に入った時点で、赤マントさんの<長節詠唱>の最中に割り込んでしまっていたの。」
魔法は詠唱を行いだした時点で<魔法事象>の規模がほぼ確定される。
そこから詠唱を重ねる事で威力や規模を高め、より高位で安定した術式へと昇華させていく。
フラナはグランの魔法が既に自分達を巻き込むであろう事を察知し、全員を外へと退避させようとしていたのだ。
「そういう事だったのか…じゃあ、少しでも遅れてたら…」
ユートはもし、あの爆発に巻き込まれていたらどうなっていたかを想像し背筋を凍らせる。
フラナの行動が早かった為、被害が最小限に抑えられたと考えるべきだろう。
しかし、新たな疑問がユートの中で湧き上がった。
「ん?でも、オレ達がアイツを見つけたとき、アイツは剣を振るってたはずだぜ?」
「魔法の熟練者は詠唱を止めず、別の動きや、別の魔法を行えるって聞く…。赤マントさんには<ソレ>ができる。…ううん、きっと<ソレ>だけじゃない。」
グランが自らが放った魔法に、グラン自身が巻き込まれていた、いや、半ば意図的な事にフラナは気付いた。
術者とその足場周辺を規模から<除外>し自身の安全域を確保するのは、攻撃、破壊を及ぼす魔法では前提も前提。
むしろ契約で得た術式が既にそう組込まれているもので、その改竄、拡張に一朝一夕の説を詠唱を重ねたくらいでは不可能に近い。
フラナは自分を含めたこれまでの<魔法使い>の常識を覆すような事実、実力に、悔しそうに杖を握り、唇を噛み締めた。
「もう!やっぱり無茶をするじゃない!」
「あぁ、ホントに、使い、慣れてない、<長節詠唱>なんて咄嗟に重ねるもんじゃぁないわ…」
グランはナナリナに支えられ、上半身を起こしながら、その痛みに耐えつつ軽口を叩く。
「そっちの事では無いと思うにござるよ。…して、<上位種>。大将首を如何した?」
「あぁ、それならココに…」
グランはそう言うと、何かが掴み握られていた左腕を持ち上げ、そのまま腕を揺さぶり、呆れ顔のソウシロウに向かって放り投げる。
「あ。」
しかし、力の抜けた声と共に投げられたそれは、ソウシロウの手の中に納まらず、弧を描きながら、彼の頭上を越えていった。
そして、それは地面に落ちると同時に跳ね上がり、ユート、フラナの元へ向かっていく。
フラナは突然飛来してきた物を自然と目で追い、両手を広げると、それはすっぽりとフラナの手に収まり、その正体を見やる。
それは、<スーク鬼>の<首>であった。
これまでの<スーク鬼>とは違い、額の角が歪に大きく伸び、その毛並みは剛毛赤金、顔も醜悪な様相を晒した面構えである。
「きゅう…」
フラナは手に収まったそんな<首>と視線を合ったとたん、大きく翼が伸び、その場で腰抜けたのか、手に<首>を持ったまま尻餅をついて倒れてしまった。
「フラナ!」
「フラナ殿!?」
「フラナちゃん!?」
「アダッ!?」
3人はグランを放置し、慌ててフラナの元に駆け寄り介抱に向かう。
そして、それを見届けたグランは苦笑いを浮かべつつ、再び仰向けで倒れ込むのだった。
―――
「大したもんだ!1日もかからず<退治>をこなして帰ってくるなんてね!!」
アレーサは眼前に並ぶ<上位種>の首、そして退治した量を示す検紙を並べられて感嘆の声を上げる。
2つの証はアレーサがユート達の<退治>を即座に認めるには十分すぎるものであった。
そうとわかるや、アレーサは使いに支持を送り、古漁場の確保と、確認を急がせる。
「それじゃあ、こっちもその仕事に応えてやるのが筋ってもんだね。」
そして、追加報酬分の貨幣の詰まった袋をユート達の前に、金属の擦れる音と重みのある景気の良い音を立てて置く。
ユートが中を確認をすると、追加分であった1割増しよりも更に上乗せされた額が入っていた。
「おばさ…あ、いや、村長…これって…」
「ははは!今更改まってもしょうがないさね、ユート!何、ちょっと小銭を掻き集めてみただけの事だよ。」
ユートは感謝の言葉を述べようとしたが、アレーサはそれを遮るように、大笑いで言葉を返す。
「本当は小銭なんかじゃなく、豪勢に労ってやりたいところなんだけどね。」
アレーサはユートの肩を叩き、少し残念そうな表情を見せる。
「別にいいって。オレ達は別段おとぎ話の<勇者様御一行>ってワケでもないんだから。冒険者は冒険者の仕事をして、陽が高い内に帰るとするよ。」
ユートはそう言いつつも、その実内心では少し嬉しかったのだが、照れ隠しで敢えてぶっきらぼうに答えた。
「すまないね。何時か日を改めて遊びに来ておくれ。」
アレーサはそう言って手を差し出し、ユートもそれに応え握手を、それぞれ別れの言葉を交わし、その場を後にする。
「そうだ。代わりと言っちゃ何だけどね、良い場所を教えてあげるよ。」
去り際に、アレーサは思い出したかのようにユートにある場所を告げ別れた。
―――
「いやぁ、実にいい湯であった。まさかこの地で温泉に浸かれるとは思わなかったでござる。お先でしたぞ赤法師殿。」
「仕事後の風呂って、こんなにいいものだったんだなぁ…」
アレーサが去り際にユート達に教えてくれた場所は、街と村の間、その街道外れにある小さな温泉だった。
地元の人間でも知るものは極僅かしか居ない様で、一行が訪れた際には貸切同然の状況で、それに甘えて羽を伸ばす。
ユートとソウシロウは身体から湯気を昇らせながら、荷の番をしていたグランへ声をかけていた。
そして、グランはヨロヨロと立ち上がり、2人に向かって手を振って応えると木陰の方へと消えてゆく。
「ったく、赤マントも一緒に入っちまえば時間の短縮になるってのに。」
「何、男からすれば、女は長湯になるものでござる。赤法師殿があがる頃に2人も上がっているでござろう。」
グランの背を見ながら、ソウシロウは苦笑いを浮かべる。
「…まさか、今、覗きなんてしてるんじゃねーだろうな。」
「ははは、むしろ赤法師殿がナナリナ殿に覗かれる側なのでは?」
「…あー…」
ユートとソウシロウは互いにその光景を思い浮かべ、苦笑いを交わしていると、今度はフラナが戻って来る。
「おや、思ったより早い湯上りでござったな。」
「具合はもういいのか?フラナ。」
「う、うん…大丈夫。お湯に少しあたって良くなってきた。……あ、あれ?ナナリナさんは?」
「拙者達は今さっき赤法師殿と交代したばかりでござるが?」
「おかしいな…私より先に湯から出て行ったはずなのに……」
「……何事も無いとよいのでござるが…」
「……だな。」
フラナの疑問に、ユートとソウシロウは互いに顔を見合わせ、浮かべた光景以上に成らぬよう、祈るしかなかった。
―――
「だー、あー、りー、ん~~~!!」
グランが湯に浸っていると、突如前方の湯面が盛り上がり、水柱が立つと、その中から人影、ナナリナが飛び出してくる。
ナナリナの湯煙越しの眼に入り込むのは、風呂の縁に寄りかかり、漆黒の左腕を置き、足を延ばし、何故か赤い襟巻きを巻いたまま湯に浸かる男が1人。
対してグランの眼に入り込むのは、両手、両足を大きく広げた、曝け出した全ての肌を火照らせ、尻尾と湯を含んだ青髪を揺らすドラグネスの女が1人。
…では、無かった。
男の眼に映ったとするのは、光も差さない己のまぶたの裏側。
女からもその自身が映るべき爛々と灯っているはずの男の赤い瞳は見えない。
何の反応もない事にナナリナは不満毛に顔を膨らませ、グランに近づき覗き込んだ。
「…」
男は静かなまま、寝息を立てて居る。
ナナリナは普段は赤いマントで覆われている下の肉体を見て、以前、男が自身を庇い、<飛竜>のアゴに一撃を喰らい、己の膝の上で昏倒していた事を思い起こす。
男の身体にはその時の無残な傷は一切残っておらず、それは今回もできたであろう傷にも当て嵌まる。
しかしながら、不死性、不死身の肉体を持っていながら、男は今こうして戦いの疲れで眠りについているのだ。
「……お疲れ様。」
ナナリナは、そっと眠る男の顔に手を伸ばし、頬を撫でる。
しかし、その寝顔安堵しつつも、やはり男に対して思う所があるのか、ナナリナはその頬と鼻頭を軽くつねって微笑むとその場を去った。
…
「…ンガ…?」
―――
「乾杯!!」
ユートがカップを掲げ、他4人も同様に掲げては、それぞれの口へ運び、喉へと流し込む。
日が沈みつつある時間に街へ戻り着いた一行は、冒険者ギルド兼、酒場にて祝いの席を設けていた。
テーブルにはそれぞれが注文した料理が並んでゆき、その品々から追加報酬による浮かれから、羽振りの良さが他からでも見て取れる程だ。
***********************
前菜の肉、野菜、薄切り盛り合せ
大鳥の串焼き大盛り大皿
鹿肉のロースト
川魚のムニエル
野菜と肉団子の煮込み
***********************
「ぷはぁーッ!」とユートは一気にカップの中身を空にすると、早速自分の注文したロースト肉を厚めに切り分け入れ口へと運ぶ。
一噛みする度に溢れ出る肉汁、甘酸っぱいソースの香りがユートの舌、鼻、そして胃袋、そして心を満たしてゆく。
「~~~~~ッッ!ウンッまぁーーーいッ!」
フォークを握り締め、少し涙目に唸るユートを眺め、苦笑しながら魚にナイフを入れるフラナ。
「…おっと、これは椀ではないから直に口を付けるのは行儀が良くないのでござったな。」
煮物の深い皿を持ち上げ、口に運ぼうとしたソウシロウは慌てて匙を手にして恥を隠すように笑う。
「ソウシロウさん!もっと肉食いましょうよ!肉!」
ユートは嬉しそうに自分の皿のロースト肉を切り分けてはソウシロウへと押し付ける。
「ダーリンも私の魚あげよっか?」
「いらん。ったく浮かれに浮かれて随分注文したもんだな…」
グランは串焼きの肉を齧り抜くと、前菜から数品を組み合わせ、摘み食いしてから、呆れた様に溜息をつく。
そうこうして、テーブルの皿は次々と片付けられ、テーブルが空いた皿と各自のカップだけになる頃は酒場の客達が既にまばらになりだしていた。
冒険の終わり、それはこの即席パーティの解散を意味する。
「…さて、これ以上居ては宿の部屋に戻れぬで、ござるな。」
ソウシロウは空席に立掛けたカタナと荷物を手に取り出す。
「また。」、「今度も。」、「次も。」、きっと定番の別れを交わし、皆はそれぞれの道を歩むのだろう。
だが、その<再び>が明日以降にも訪れる事があるだろうか?
ユートはポケットの虹色の賽を握りしめ、自分の実力差が他3人とある事に寂しさと悔しさに胸を痛めながら、最後の一杯を飲み干そうとカップに口をつける。
―――ガタンッ!
フラナが立ち上がる音に視線が集まる。
「あ、あの、皆さん、よかったらですけど!!」
背中の翼が若干広がり震え、彼女が感情に身を震わせている事を示し、そして、意を決した様子で胸から絞り吐くような声を上げる。
「わ、わ、私達と、正式なパーティを組んでくれませんか!?」
「フラナ…」
フラナの言葉に僅かな沈黙の時が流れ、フラナの心臓はその間に早鐘を打ち、緊張にその身を固くする。
「…それも、悪くないでござるな。」
「…そうね。私も冒険者としては新米だし。ね?」
「……好きにしたらどうだ。」
ソウシロウは微笑を浮かべ、ナナリナもまたそれを返し、グランは眼を閉じては投げやり気味に返答する。
その返答に驚いた顔をしたのはフラナよりもユートであった。
しかし、他の仲間達は特に驚く事もなく、むしろ当然といった雰囲気でそれを受け入れていたのだ。
「ユートくん!」
「あ、あぁ、いいんじゃないか?」
ユートは驚きを何とか隠しながら、皆の顔を見渡し、同意する。
ナナリナは満足げに微笑み、恥ずかしがるユートの両手を握った。
「ま、とはいえ俺は<専属>だから。一時的なのはともかく、申請、登録してまで長期にパーティに居られない身だけどな。」
………
グランの一言で場に和やかなムードが一転し、気まずい空気が流れ広がった。
フラナは俯いてしまい、ソウシロウとナナリナはグランの無神経さに対して眉根を寄せ睨む。
(あぁ、やっぱ、コイツだけは相成れない、<1と1>だわ…)
そして、ユートは手を広げ、握っていた賽の目を見て、溜息をついた。
…
「じゃあ、お会計は全部<専属>のダーリン持ちって事で♥」
「何故。」
「いやぁ、流石は<専属冒険者>。格下の拙者らの財布事情をよく理解しているようで恐れ痛み入るでござる。」
「お前が一番、俺の財布事情を知ってるよな?」
「あ、ありがとうございます!」
「うん。うん?いや、会計もパーティもどっちも無理だからね?…無理だからね!?」




