13-1.無想の夢想
「おめでとう!」
「おめでとう!」
酒場の客席の傍らで1人の女冒険者をこれまた数人の女冒険者が囲っては祝福を送る。
聞きかじるにどうやら、中央の女冒険者が引退を決めたようだ。
それで<おめでとう>と、くれば理由は、まぁ、ひとつしかないだろう。
私はその光景を離れたテーブルに頭を伏せながらぼんやりと覗き見ている。
「どうした、ラミーネ。辛気臭い顔をしておるのぅ。朝飯が冷めてしまうぞ。」
隣のダッカがその体格に似合わず眼鏡をかけて本を読みながら、私の後頭部に嫌味を言う。
「カカッ!さては、酒が飲めずに欲求不満が溜まっておるのか?」
「<アレ>以来、禁酒までいかなくとも、お酒は嗜む程度にちゃ~~んと楽しんでおります!心配は結構です!」
私は頭を上げて、隣に座っているダッカを睨みつける。
コイツは本当に私をからかわないと気が済まないらしい。
私は朝食の皿を引き寄せ、その上のパンケーキに添え物のジャムにベーコン、サワークリームを乗せて挟み、行儀悪くも素手で口へ運び丸呑みにする。
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冒険者酒場オススメの朝のパンケーキセット
(カリカリベーコン)
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そして、珈琲で喉で渋滞している朝食を胃に押し流すと、私は皿をどけて再びテーブルに突っ伏す。
「やれやれ、不満が顔に出て文字の様に読めるくらいじゃな。」
ダッカの言葉に再びムッとして彼を睨みつけるも、彼はそれを意にも介さず読書を続けている。
「だって。折角、<専属の冒険者>になったっていうのに。結局、宿から宿を渡り歩く、今までの生活じゃない。」
「そいつはワシらの雇い主の<ミカちゃん>に言えばよかろう。」
「ダッカとフレインはミカちゃんと目的を同じとしてるから、それでいいかもしれないけどさ…」
私達はこれまでの目標であった<専属の冒険者>になることができたのだが、実際は私が噂話や吟遊詩人の流行り詩から聞くようなものでは無かった。
自分達の拠点を造り、冒険者ギルドの本部から舞い込む特等の依頼書をこなして報酬を得て、生活と冒険者の活動を両立させるというもの。
何時しか知名度は上がり、他の街から直接の依頼が来るようになり、私達の噂を聞き付けた貴族や豪商からの個人指名依頼が舞い込んでくるようになる。
そして、ロマンス小説に出てくるような英雄譚のように…なんていう幻想は、私の中であっさり崩れ去った。
それが現実には拠点どころか、今まで以上に街と宿の転々として暮らしが変わらないのだ。
「お前の考えてそうな事はわかるがの。ミカちゃんは錬金術ギルドのトップ。文句の付けようが無い豪商中の豪商ではないか。」
「そうだけどー…」
私は口を尖らせてテーブルに顎を乗せ言葉にならない不満を垂れる。
「…そういえば、アーカム…はともかく、フレインとシャオリーはどうしたの?」
私はふと思い出したように、パーティのリーダーであるフレインと、知恵役であり私の親友であるシャオリーの所在を聞く。
「アーカムは毎度の事じゃが、フレインとシャオリーは今回の件の先方に出向いておる。つまりワシら2人は暇じゃ。」
ダッカが本のページを捲りながら答える。
「えぇー…またぁ…。もー、最近シャオリーと全然一緒になれてない…」
渡り暮らしは相変わらずだが、<専属>の生活は、窮屈なものに変化していた。
宿の部屋は個別で別れ泊まる事が増え、1日の始まりは各々の役割を重視してバラバラに起きるようになった。
朝ごはんも、皆と一緒に食べることは殆ど無くなったし、夜は夜の時間を過ごしているのか、夕食の時間も合わなくなった。
特に冒険者以前からの付き合いである、シャオリーが居ないというのは寂しいものだった。
「祈祷師、祈祷師はおらんかえー。北方の宿1つに緊急の依頼。」
そんな事を考えていると、酒場の入り口から鐘を鳴らしながら入ってきた男が店内を見渡しながら言う。
しかし、応じる者は誰もいない。
そればかりか、酒場にいた客全員が、まるで示し合わせたかのように一斉に目を伏せた。
まぁ、無理も無いこのテの依頼というのは額面に対し、その実大抵はロクでもない内容なのだ。
「おーい!祈祷師ならここにおるぞぉ!」
「な、ちょっと!ダッカ!」
私の制止を聞かずにダッカが手を挙げて声を上げ鈴鳴らしの男を呼び、ダッカの声に反応し、こちらに向かってくる。
「よいではないか。暇なのは事実じゃろ?」
「そういう問題じゃない!」
「祈祷師、貴様がそうか?証を見せるがよい。」
ダッカは私の座る椅子を小突いて冒険者手帳を出すようにと促してくる。
私は露骨な溜息を吐いてやりながら、手帳を出して、目の前の鈴鳴らしの男に手渡す。
「フム。資質は持っているな。ではココに行け。」
男は私達のテーブルに1枚の紙を置くと、そのまま立ち去って行った。
紙を開くと、住所の番地と簡易な地図が書かれており、どうやら、この街にある宿の1つらしい。
「じゃあ、気をつけてな。」
「ダッカは!?」
「ワシはこの通り忙しい。今、忙しくなった。それに祈祷師が必要となればワシの専門外じゃしの。」
「自分で<暇>って言ってたじゃない。それに雑用ぐらい必要になるでしょ…」
私が呆れている間もダッカは本を読み続け、視線すら寄越さない。
「あーもー!わかったわよ!」
仕方がない…私は身支度をして席を立ち、酒場を後に目的地の宿へと向かう事にした。
―――
目的の宿屋は街の北の中央広場から少し外れた所にあった。
外観は古ぼけた木造建築といった風情だが、中に入ると清潔感があり、掃除も行き届いているようだ。
梁の独特の歪みが、この建物の歴史を感じさせる。
受付のカウンターには、恰幅の良いコボルド族の女将が笑顔を浮かべていた。
私は冒険者手帳を見せながら、要件を伝える。
「あらまぁ!<ネレイド>の女の子がましてや冒険者で祈祷師だなんて珍しいわねぇ。」
女将さんはそう言いながら、私の冒険者手帳を返してくれる。
「あのー。それで依頼の内容を聞いてもいいですか?」
私が苦笑しながら尋ねると、女将さんの表情が一変して真面目なものとなる。
「実は…お客さんの1人が滞在期間を延期している状態でね…」
「は、はぁ…」
それと冒険者の祈祷師を呼び出すのにどんな関係があるのだろうか、と私は首を傾げながらも話の続きを聞く。
なんでも4日前に宿泊した冒険者らしき客が、翌日チェックアウトの時間になっても現れなかったのだという。
仕方なく部屋を開けてみると荷物はそのままで、ベッドには寝たままの姿勢で昏睡を続けている。
心音は止まって脈もないのだが、体温はあり、呼吸もしており、血色もいい、まるで死体の様に<眠っているだけ>の状態なのだそうだ。
「あ、あのー…それならこの街の<聖堂協会>や滞在してる<上位信奉者>の方に頼んだ方が…?」
「でも、そういうのって目立つし、後で何か言われるじゃない?それにうちはこういう商売だから、あまり大っぴらに聖堂や自警団とかに助けを求めると評判が悪くなるんだよねぇ。」
困ったような顔をする女将さんを見て、私は納得してしまった。
確かに、冒険者が宿で事件騒ぎが起きれば噂は歪み広がり、客足が遠のくかもしれない。
「とにかく!穏便に済ませられるのか、それだけでも早く知りたいんだよ!お願いできるかい?」
私は困った顔をしながら考え込む、その昏睡の原因が特殊な霊薬や呪術によるものだとしたら、それは確かに私達、祈祷師の仕事の範囲に入る。
事件性が有るのか無いのかの判断も含めて、実際に見なければ分からないのだろう。
「私の手に負えないようでしたら、すぐに引き上げますからね…」
とりあえず様子を見るだけならば、という事で依頼を受ける事にし、その客の部屋の前まで案内される。
―――
ドアの前は奇妙と静寂に包まれており、人の気配は一切ない。
私の直感には然したる危険の反応が無いのだが、この異様な雰囲気は何なのだろうか?
女将がノックして呼びかけるが返事は無い。
そして、鍵束を取り出し、鍵穴に差し込んで回すと私の意を確認するかのようにこちらを見る。
私は無言のままうなずき返すと、彼女はゆっくりと扉を開いた。
―――ギィィィッ…
蝶番が軋む音を鳴らしドアが開かれるが、室内の様子は一見すると普通だった。
そして、窓際のベッドの上には件の仰向けになったまま動かない男の姿が見える。
赤いマントに、赤い襟巻き、短髪の黒髪のいかにも冒険者な男。
「…あ。」
私はこの男を知っている。
出会っている。
「どうかしたのかい?」
私が思わず声を上げてしまったせいか、女将さんが心配そうな声で尋ねてくる。
「あ、いえ!それで、こ、この方が…例のお客さんですかね?」
私が慌てて誤魔化すと、女将は小首を傾げる。
しかし、それ以上は何も言わずに女将は部屋に入り、ベッドへと近づき、男の肩に手を置いて揺さぶってみる。
やはり反応はない。
「ご覧の通りさ。それで、どれくらい時間がかかりそうだい?」
「それはー…調べてみない事には…ちょっとぉ…」
女将の質問に私は口籠りながら視線を逸らす。
何故なら、目の前の男からは<危険な物>を感じ取れないからだ。
少なくとも私の判断ではこの男はただ寝ているだけで、命の危険も事件性も無いように見える。
だが、女将は真剣そのものの表情でこちらを見つめていた。
とにかく、答えが欲しいのだと言うように。
ここで「ただ寝ているだけだから起きるのを待ちましょう。」なんて言ったらどうなるのだろう?
…まぁ、間違いなく女将の機嫌を損ねる事になるのは間違いないだろう。
「と、とにかく早急な判断はできないので、女将さんは一旦戻っていて下さい。」
「そうかい?じゃあ、取り合えずできるだけ早く判断をつけておくれよ。」
とりあえず場を誤魔化す私に、女将は納得すると部屋から出て行ってしまった。
私は溜息を吐く。
なんともやりづらい仕事だ。
しかし、ここまで来た以上は引き下がる訳にはいかない。
だが、簡単に考えればこの男を起こすだけでこの仕事は終わるのだ。
私は覚悟を決めて男の傍まで近づき、ベッドの脇に腰を下ろす。
寝息は立てているものの、確かに触れた首元、手首からの脈は無い。
しかし、慌てる必要は無い、それはこの男の<性質>だというのを私は知っているからだ。
「…グラン~。起きなさーい。」




