12-6.七光六面の導き
静寂の中を廃屋の入り口から吹き込んだ風が砂埃を巻き上げ、室内を駆け巡って抜けていく。
「……インチキだッ!」
「そっちが出した賽と椀だろうに…。だが、その様子だと決まりのようだな。」
グランは呆れた顔をしながらも、どこか嬉しげに口元を歪ませ、ユートへと歩み寄ると賽の入った椀をユートの胸元に押し当てる。
ユートはグランの手から奪い取るようにしてその椀を受け取ると、そのまま背を向けて廃屋から飛び出して行き、フラナも慌ててその後を追っていった。
「さて、キリキリお仕事しましょうかね。」
先に行く2人の背中を眺めながら、赤い襟巻き、赤いマントをなびかせて、グランはゆっくりと後を追う。
残る2人も顔を見合わせると、小さく息を吐いてグランの後に続いて行った。
―――
「…静か…ですね。」
「見張りすら居ないとは少々不気味にござるな。」
「残りは斥候、監視すら回す余裕がないのか、さてはて。」
<石造りの廃屋>、その各円塔を繋ぐ連絡路をかねた廃屋に足を踏み入れた一行は、物音一つしない廃墟に違和感を感じながらも慎重に歩を進めていく。
屋根、壁は殆どが崩れ落ちており、流れる川の水と陽の光が建物内に差し込み、視界に困る事は無い。
…
「イグニ、<エンハンスアーム>。」
グランは札を掲げ、再びソウシロウへ魔法を付与し。
「グライ、<アースシールド>。」
ユートにも古漁場突入時と同様に同じ魔法を付与させると、2人はそろって付与された魔法の感触を確かめようとする。
「そういえば、赤法師殿が術を使う際、その<札>を用いる場合はどういう時でござる?」
ふと気になったソウシロウは質問を投げかけると、グランは少し考えた後に答えを返す。
「んー…、単純に詠唱が面倒だと思ったとき。」
「雑に、ござるな…」
グランの返答に苦笑いを浮かべるソウシロウ。
「別に使う必要もないんだが…。ま、持ち歩く以上、道具は使わなきゃ使わないで腐らせるだけだしな。」
グランが肩をすくめ、腰のポーチを軽く叩きながらソウシロウの問いかけに対しての回答を終えると、今度はフラナが会話に加わる。
「後から動く事が余り無い私にも、そういう道具は普段から持っていた方がいいでしょうか?」
「慣れだよ慣れ。切り札にしすぎると返って使い辛くなるからな。なんなら数枚、嬢ちゃんにやるよ。中詠唱くらいまでなら短縮出来る筈だ。」
そういってグランは3枚札を抜いてフラナに手渡し、フラナは受け取った札を大事に抱え込むように持つと、胸に抱いてたどたどしく礼を言う。
「…」
「なんだよ。俺が単身<スーク鬼>相手取って、<飛竜>に噛み砕かれ、放り捨てられる以上の事が起きると思うのか?」
頬を膨らませ、睨むナナリナにグランは頭を掻きむしると、溜息混じりに一言告げる。
「…ダーリンの無茶もあるけど、私だけダーリンから何も貰えてない…」
すると、ナナリナは拗ねてしまったようで、プイッと横を向いてしまい、子供染みた仕草にグランは再び大きな溜息をつく。
「…じゃあ、再度合流できたら、お前の言うハグのツケを4倍にって事で。」
「6倍ね!」
「増やすな、増やすな。じゃ、後で互いに無事ならな。」
そう、グランは背を向けて手を振ると、大円塔に向かって歩き出した。
「ナ、ナナリナさん。ユートくんの事、よろしくお願いします。」
フラナが気を使ってか、不満顔のナナリナに声を掛けると、ナナリナは何時ものニコニコした顔に戻ってユートの肩を引き寄せる。
「お前こそ、ソウシロウさんに迷惑かけるなよ。」
「心配めされるな。フラナ殿は傷一つ付けさせないでござるよ。」
ソウシロウは笑顔で答えるもフラナはユートが心配なのか、視線を向けては戻すを繰り返している。
「大丈夫よ、フラナちゃん。私もユートくんは傷一つ付けさせないから。」
「それじゃあ、前衛の立つ瀬がないじゃないぜ、ナナリナさん。」
自信満々に胸を張るナナリナに、ユートは呆れた顔をして見せ、4人は拳を合わせると互いに頷きあい、小円塔に向かっていく。
―――
フラナとソウシロウは小円塔内部へと侵入すると、辺りの様子を伺う。
天井や床の崩れ落ちた瓦礫の山からは陽の光が差し込み、視界の確保には困らない。
周囲には倒壊しかけた木材や布地の瓦礫が散乱しており、時折吹く風を受け、鈍い音を鳴らしている。
―Geoo、Ogeoo…
<スーク鬼>の群れが2人を見つけたか、姿の見えない所から声だけが聞こえてくる。
フラナの背腰から伸びる翼が緊張と恐怖からか不必要に広がり震えると、その羽音が周囲に響いた。
それを察したのか、<スーク鬼>の声は次第に近づき、遂にその姿を見せる。
「フラナ殿!拙者より左の1匹を!」
フラナは小さく息を吐くと、手に持つ杖を構え、魔法の詠唱を始める。
―Geyaa…! Geyoo…!
「GeeeOOOaaaa…!!」
詠唱を察知してか、<スーク鬼>は雄叫びを上げると、ソウシロウの右側からフラナに向かって飛び掛った。
瓦礫の影から飛び出る2匹の<スーク鬼>に対し、ソウシロウは腰のカタナに手を掛けると、一閃が陽の光を返しながら弧を描く。
<スーク鬼>は悲鳴をあげる間もなく両断され、紫色の血を撒き散らしながら地に落ちると、そのまま動かなくなった。
ソウシロウは刀身を軽く振って血を払うと、フラナの方へ視線を向ける。
「……<ルーンバレット>!!」
詠唱を終えていたフラナは杖を振り下ろすと、魔法の飛礫が<スーク鬼>に襲い掛かると、直撃を受けた個体は閃光を放ちながら吹き飛ばされ、瓦礫の山に激突する。
―Geyaa、Geyaa…! GeYoOoo…!
仲間が倒された事に怒りを覚えたか、残りの<スーク鬼>が一斉にフラナ達の元へ駆け寄って来る。
その足音、いきり立つ泣き声が円塔の壁を反響し、四方八方から響き渡る。
フラナとソウシロウは背中合わせになると、それぞれの武器を構えると、迎え撃つ態勢に入った。
「気圧されては行かぬでござるよ、フラナ殿!」
ソウシロウはカタナを正眼に構えつつ、フラナに声を掛ける。
「は、はいッ!!」
それに対してフラナも、声震わせながらも強く返事をした。
そして、ソウシロウの足が床を摺り鳴らすと、<スーク鬼>達は一斉に飛び出し、フラナ達に襲い掛かった。
―――
「GeEo!?」
ナナリナの弩から放たれる矢が、ユート達の頭上を飛んで行く<スーク鬼>に命中し、その身体を貫いた。
ユートはすかさず、落下した敵に剣でとどめを刺すと後方へ飛び、盾を構えなおす。
「そらそら、どうした!掛かって来いよ!」
ユートは構えた盾を剣で叩くと、挑発するように叫ぶ。
しかし、<スーク鬼>は怯む事無く、ユートへと殺到した。
「GeYaa!! GeYoOoo!!!」
ユートの背後ではナナリナが弓を引き絞り、次の標的を狙っている。
しかし、ユートの前方からは3体の<スーク鬼>がユート目掛けて走り込んで来た。
その手には瓦礫から掘り出したと思われる廃材が握られており、砕けた先端は鋭く尖っている。
ユートは敵の突進に対して大きく一歩を踏み出すと、<スーク鬼>に武器を振るわせまいと盾を密着させ踏み込むと、前に突き出す。
「GeYa!?」
<スーク鬼>はその勢いのまま、突き飛ばされると、他の<スーク鬼>を巻き添えにしつつ、地面に倒れ込み転がっていく。
その隙を狙い、ユートは剣を振るうと、<スーク鬼>の首筋に刃を叩き込んだ。
「GeYAaaa…!!」
絶命の声と共に、紫の血を吹き出しながら、<スーク鬼>は力なく倒れる。
その様子を確認すると、ユートは<スーク鬼>の死体を蹴り飛ばし、<スーク鬼>と<スーク鬼>の間に壁を作る。
その瞬間、ナナリナが放った矢が<スーク鬼>の頭部を貫き、仕留めると、それを確認したユートは小さく息を吐いた。
―GeYaa…!! GeUuEee…!! GeYa……!!
周囲に潜む<スーク鬼>は仲間を殺された事で、さらにいきり立ち、雄叫びを上げている。
「へッ!こんなのならオレ1人でも十分渡り合えるぜ!」
ユートはそう言うと、再び剣を構えるが、死角から<スーク鬼>が飛び掛って来る。
ユートがそれを察知し、振り向く時には既に遅かった。
が、突如、飛来した矢が<スーク鬼>の眉間を射抜き、瓦礫の方へと吹き飛ばす。
「ユートくん!調子に乗らないの。」
「す、すみません。」
不思議と2人には連携が取れる程、戦いに慣れだしていた。
―――
ソウシロウはカタナを一振りし、懐の紙で刀身を拭うと鞘に納めた。
「大丈夫にござるか?フラナ殿。」
「は、はい…。なんとか…」
2人の居る小円塔内は幾体もの<スーク鬼>の骸が重なり、死の匂いが充満している。
フラナは額に汗を浮かべながら、鼻口を手で押さえつつ、小さく答えた。
ソウシロウは周囲を見渡すと、先ほど倒した<スーク鬼>以外には居ない事を確認して、安堵の息を吐く。
「ここに敵はもう居ないでござるな。…一旦外に出た後、他の助けに参るでござるよ。」
ソウシロウの言葉にフラナは頷くと、小円塔の出口へ向かう。
…
「あら、そっちも終わった所?」
フラナ達が塔から出ると、先に外へ出ていたナナリナが声をかけてきた。
「どうやら、お互い同時に塔内の掃討が出来たようでござるな。」
塔の入り口から手を頭の後ろで組みつつ出てくるユートの姿を見て、ソウシロウは答える。
「4人揃ってるって事は…残るは…」
全員が顔を見合わせ、そして、大円塔へと視線を向ける。
「ダーリンの様子はわかる?」
「コンパスの針ですと、えっと、…震えて、います。」
ナナリナが問いかけると、フラナはコンパスを取り出し、震える指針を見せる。
「ナナリナ殿が監視していた時、針は微動だとしていなかったでござるな。」
「…じゃあ、アイツ中で戦闘をおっぱじめているじゃねーかよ!」
「早く合流しましょう!」
「…フラナ殿?」
「だ、大丈夫です!」
焦った様子で声を上げるユートとナナリナに対して、フラナは慌てて返事をする。
そして、4人は急ぎ足で、大円塔内へと駆け込んで行った。
…
塔内は他2つと内部の状況は変わらず、所々壁が崩れ、瓦礫が散乱している状態となっていた。
違うところといえば<スーク鬼>の骸がそこかしこに転がっている点だろうか。
内1体は斬撃による傷跡が残され、別の1体は腹から喉までが黒焦げて倒れ伏している。
ユートは己が今までに見た事のない状況に困惑しながらも、盾と剣を構え、周囲を警戒しながら歩みを進めようとする。
その時だった。
「GeYaa!!」
<スーク鬼>が叫び声をあげ、天井から降ってきたのだ。
ユートは咄嵯に盾を頭上に構えるが、それは白い煙を上げ落下してくると床石に激突し、跳ねては静かになった。
4人は上方、<スーク鬼>の降ってきた床抜けの隙間を覗き込むと、そこには陽の照り返しで描かれる赤い一閃を煌かせる姿を見つける。
「赤法師殿!」
グランの影を見たソウシロウは思わず叫ぶ。
しかし、その声が聞こえていないのか、グランはただ、ただ赤い剣を振るい続けている。
―――ラン、サクス、トルマ…
ソウシロウが塔の上へと踏み込もうとする際、フラナは<スーク鬼>の叫びとは違う音が聞こえる事に気付く。
「ま、待ってください!!」
「如何した!?」
―――ヘイス、キドル、レネ…
「みんな、早く外に出て!」
音の正体を理解したフラナの表情は蒼白になりながらも、必死に訴えかける。
「お、おいおい、オレ達はまだ塔に入ったばっか…」
「いいからッ!!」
何時もは何処か遠慮がちなフラナの叫びを聞いた3人は身を竦ませ、急いで塔の外へと飛び出んとする。
―――<エクスプロード>…!!
その瞬間、空間が大きく揺れた。
吹き抜けから僅かに見えた赤い閃光が一面に広がると、音が消え、視界が、世界が白く染まっていく。
駆け出すも、出口に間に合わなかった4人には爆風の衝撃が襲いかかり、吹き飛ばされる瓦礫に塗れだす。
そして、光が収まると、塔内部は辺り一帯に大小様々な瓦礫が転がり、中央にはその山が積み重なっていた。
…
ガラガラとそこかしこで壁や瓦礫が崩落していく中、中央の瓦礫の山がゆっくりと崩れていく。
すると、そこから腕が伸び、手が現れ、指先が動き、やがて手が地面を掴むと、人影が成されていった。
爆風で吐き出された風が逆流し、吹き抜けの筒となった塔は砂埃を吹き飛ばすと、人影は赤い剣を突き立て全身を起こし、赤い襟巻きが風で舞あがり、赤いマントが大きくなびく。
赤と黒の人影に、爛々と赤い瞳が2つ灯り、その姿はまるで禍々しく、<スーク鬼>など比べ物にならない<悪鬼>の如し姿であった。
ユートはその様子を見ると、無意識のうちに一歩、二歩と後ずさる。
「コイツはいったい<何>なんだ…」
これまでの言動が気に食わないだけではない。
ユートが潜在的に感じていた違和感、苛立ち、それら全てに答えが出るような気がしてならなかった。
この存在とは絶対に相容れない、相成れていいものなのか、と。




