12-3.七光六面の導き
客間に通された一行は案内された席へ各々が座り、アレーサは改めて今回の依頼内容の説明を始めた。
「<スーク鬼>は今、河川漁師の古漁場に根城にしていてね…。漁をする村人が襲われたり、漁獲量も減って下流の水質や水量にも問題が起きてるんだ。」
アレーサは眉をひそめ、テーブルに広げた現場周辺の地図を見ながら心底嫌そうに話す。
「原因は?」
グランが尋ねると、アレーサは少し間を開けてから答える。
「以前、春先に川が氾濫して、古漁場が濁流に飲み込まれちまったのさ。そして、撤去作業に時間をかけてる内にあの<猿鬼>共に住み着かれちまったんだ。」
アレーサは溜息交じりに、しかし忌々しそうに語っていく。
「じゃあオレ達。つまり冒険者に依頼をだした理由は。」
「あぁ、まずスーク鬼に対処する人手の問題だね。それに自衛する訓練は積んでいても敵の根城に突っ込んでいけるほど鍛錬を積んじゃいないよ。監視はしているが戦闘は避けている状態さ。」
「…」
グランは考え込むように腕を組み、しばらく沈黙した後に口を開いた。
「…成功報酬が2割増しなら<退治>を<キッチリ>とやり遂げますがね。」
「ちょっ、おい!赤マント!おばさん達はな…!」
ユートが慌てて止めようとするも、アレーサは掌を突き出して制止する。
「赤いアンタ。中々ヒトの足元見るじゃないか。」
「足が地に着いてないヤツとは<交渉>するなってのが師の教えでしてね。」
アレーサは笑顔を崩さないものの、目つきは鋭くなっている。
「アッハッハ、随分と嫌味な師匠だね!…それで、その理由は?」
「単に<退治>の量の違いですね。話の時間経過から、数は増える可能性が高く、減る可能性が低い。事前の対象の数と釣り合わないと思っただけだね。」
アレーサの質問に淡々と答えるグランを見て、ユートは何処か苛立った様子で、納得いかないとばかりにユートが声を上げた。
「<退治>なんて根城とその親玉を潰して終わりだろ!?おばさん、いいんだぜ、コイツの交渉に乗らなくても。」
グランはユートの発言に呆れた仕草を見せるが、視線はユートへとは向かず、アレーサに向いたままに彼女の返答を待っている。
アレーサもユートをチラリと見ただけで、グランの方を向き直り、この赤いマントの男を覗き込むように見つめた。
「ユートくん、それは違うわよ。」
「なんでだよ、ナナリナさん。」
つっかかるも<交渉>の蚊帳の外のままで不服を抱えるユートにナナリナが諭すような口調で言う。
「このままだと私達はより多くの<不特定多数>を相手取らねばならなくなるわ。」
「そ、それがどうしたんだよ?」
「危険度の面もあるけど、それ以前に獲物を<獲り逃す>可能性があるからよ。」
ナナルナは真剣な眼差しで語る。
「だからそれは…」
「ふむ、そうでござるな。依頼書通りの規模をこなしただけでは<拙者らの目的>は<達成>できても、<依頼本来の目的>は果たせないでござる。大事な事は安全な古漁場を<取り戻す>事でござるな。」
ソウシロウも同意するように言葉を続け、ユートは何かに気付いたのかハッとした表情を見せた。
「ダーリンは村の後の事も考えているのよ。ね?ダーリン♥」
「単に引き際や必要なものが変わるからだよ。ったく…一々フォローせんでもいいのに…。あと離れろ。ダーリンやめろ。」
ナナリナはグランの腕に抱き着きくが、グランはそれを鬱陶しそうに引き剥がそうとするも、ナナリナは気にせず頬ずりする。
そんなやり取りの中、アレーサは腕を組み、眉間にしわを寄せグランの提案に頭を悩ませつつ、ユートはその様子を不安げに見つめる。
「まぁ、俺は<リーダー>ではないし、直の決定権も無いですがね。気前の良い<そちらの身内>に免じて頂いても構いませんが。」
グランの嫌味らしい嫌味な言葉にアレーサは思わず苦笑する。
「まさか。…だがね、すぐに捻出できる金は1割増しがせいぜいだよ。」
「…」
しかし、アレーサの返答にグランは眉を歪めるままでいた。
2人の交渉は沈黙の間がしばらく流れるが、空気が張り詰めだし、静寂ながら他の者が口を出すには重くなっていく。
そんな中、ユートは意を決し再び交渉に割って入る。
「なぁ、おばさん!なら残り1割は保存食の備蓄から相応分をオレ達に譲ってくれよ。」
ユートがグラン側の提案から発言し、その事にアレーサは一瞬驚き目を丸くしたが、すぐにまた厳しい顔へと戻る。
だが、その目にはユートに対し期待するような光があった。
「そ、それに1割程度じゃ均等分配したって大した額にはならないだろ?食料なら必需品だし街で買うわけだから…」
しかし、ユートはアレーサの厳しい顔つきに姿勢が固まり、言葉を詰まらせるが発言を続けだす。
言い訳じみた口調ではあったが、それでも必死に伝えようとするユートを見てアレーサからは何処か満足そうな雰囲気を感じた。
グランは何か言いたげではあったが、妥協点だと認めたのか、ナナリナとソウシロウの向く目線を感じてか、肩を竦めてユートへ交渉の主導権を渡す。
「そうだね。収穫時期も近づいて来てるし、古い備蓄からでよければ構わないよ。何よりアンタ達の働きで河川の漁獲量がきまるんだ。これくらいは出さないとね。」
アレーサの快諾にユートの顔に安堵と喜びの色が浮かび、フラナはその彼の姿を見て胸を撫で下ろした。
「よし!じゃあこれで<交渉>は成立!これは<リーダー>の決定だ!皆、それでいいな!」
ユートは立ち上がり、仲間達に確認を取るように声を上げ宣言した。
そして、それを見たアレーサは思わず吹き出し、笑い出す。
「…さて、それならもう異論はなさそうだね。それじゃあ、この客間は依頼期間内なら使ってくれて構わない、他に必要な物や情報があれば使いに伝えておいておくれ。吉報を待ってるよ。」
アレーサはそう言うと非常に満足した表情で立ち上がり、部屋を出て行く。
その背中を見送ると、残る全員が安堵のため息を漏らした。
…
「しかし、赤法師殿。幾らなんでも交渉が強気すぎるでござるよ。」
「ほっとくと、どっかの<お人好し>が今までみたいに安請け合いし兼ねないもんで。」
グランの言葉と辛辣な視線を受け、ソウシロウは苦笑いする。
また、辛辣な視線はユートからグランに対しても向けられていた。
「何か?<リーダー>。」
「別に…オレもソウシロウさんと同意見なだけだよ。」
ユートは口を尖らせ、グランの態度に不満を露わにする。
「悪かったね。<ゲン担ぎ>の御眼鏡に叶わんで。だが、冒険者稼業なんぞ、通りすがるだけで拝まれる勇者様、賢者様の<聖人巡礼>とはワケが違う。得れる利益は得てして、だと思うがね。」
「ははは、許してくだされ、ユート殿。赤法師殿は拙者が道中貧乏くじを幾度か引かせたせいで機嫌が悪いのでござるよ。」
ソウシロウのフォローにグランは眉間のしわを深くし、「フン。」と、鼻を鳴らす。
「それに追加報酬は報告の義務はあるがギルドへの手数料は取られないしな。ギルドも依頼主側がそれを見越し、あえて安値で依頼を出して交渉材料に使う事も多い。俺としては3、4割はふっかけてもよかったんだがな。」
まず、この赤マントの男以外はユート自身も含め冒険者としては駆け出しもいい所で、交渉などした事が殆ど無いだろう。
グランの説明には既に<お人好し>からの反発も想定して低値で交渉していたようだが、ユートは納得いかない様子ながらも渋々と黙り込む。
「あ~ぁ。俺も口先だけで丸め込んだり、仕草や態度で相手から勝手に好条件を出してくれるなら楽なんだけどなー。」
「赤マントから足生えただけのヤツにそれは無理があるだろ…」
グランの言葉に思わず突っ込みを入れるユートだったが、グランからじろりと睨まれ、慌てて視線を外す。
その様子を見てかソウシロウは困り顔で苦笑いしているようだった。
「それで、動くのは明日としてもどうするでござる?」
「…明日は現地偵察と下準備ってところか。と、言っても全員で動く必要は無い。そうなると決行は更に翌日、見積もって早くて3日目で帰還か…」
ソウシロウの言葉にグランは広がった地図を見ながら考え込む。
すると、ナナリナが悩む2人を不思議そうに見ながら手を上げて提案する素振りをみせる。
「別にこの程度の地形の把握なら、この地図と現地での半刻程度の調査でできるわよ?」
ナナリナの提案にグランとソウシロウは目を丸くし、ユートも驚いたのか、少し遅れて反応した。
「…え?マジに?」
グランの言葉にナナリナは微笑み、自分の胸をぽんっと叩く。
「まず、古漁場に対して村のある下流はこっち。上流はこっち側ね。幸い村との対岸となってないから…」
ナナリナは地図を指し示しながら、更に説明を続ける。
その指先は細かく動き、彼女は地図の上端と下端を何度も往復させ村の周辺の詳細まで次々と明らかにされていく。
まるで、実際にその場所にいるかのように、あまりの手際の良さにグランは目を見開き驚くばかりだった。
「あとは高台からの状況確認をしてスーク鬼達が潜める場所が古漁場の対岸に無ければ、そのまま作戦決行でいいんじゃないかしら?」
そこまで言うと、ナナリナはふぅっと息をつく。
「…ふむ、ある程度は<見えて>来たな。流石ハンターだけあるぜ。」
「…」
グランが満足そうに呟いた事に今度はナナリナが目を丸くして彼の顔を凝視する。
「…ダーリンが褒めてくれた…」
「…なんだよ。今の面子じゃ誰にも出来ないし当然の事では…」
突然の言葉に戸惑いを見せるグランに対し、ナナリナの顔は笑みでにやけ崩れだす。
「ダーリン、もっと褒めて!」
「だから、やめっ!なさいっ!っての!」
グランは必死に制止しようとするも、ナナリナは構わず彼へと抱きつき頬ずりする。
その姿はさっきまでの凛々しい雰囲気の彼女ではなく、再び恋する乙女に戻ってしまったようだ。
ユート達は唖然としながらも、見てはいけないものを見た気分になり視線を逸らすしかなかった。
「あーあ。ったくイチャイチャするのは他所でしてくれよ。」
「ははは、妬くな、妬くな。ならば、ユート殿もフラナ殿を褒めてみてはどうだ?」
ソウシロウの言葉にユートはぎょっとして顔を上げる。
「べ、べつにフラナには必要ねーよ!アイツは俺よりしっかりしてるし、頭もいいし、アイツだってわかってるだろ。」
ユートの言い分にしょげるフラナの表情、それに気付かないユートにソウシロウは眉をひそめた。
―――
「おー、居る、居る。<スーク鬼>が瓦礫の周りと上とをでウロウロしてやがる。」
次の日、まだ陽が昇りきる前から行動を開始した一行は、ナナリナの案内の下に川沿いを上り、問題の古漁場付近へと到着していた。
幅はあるも、川はそれ程深くは無いらしく、かつての桟橋や水上家屋の跡には川の氾濫で流れ着いたであろう木片や瓦礫が散乱し堆積している様子だ。
古漁場から離れた茂みと高さのある位置から気取られぬよう、一行は河川を覗き込み、それぞれ状況を確認し始めだす。
ナナリナは周囲の様子を確認をしに単独で更なる高台へ登っていき、残りのメンバーはここで待機する事となっていた。
「ナナリナ殿の様子はどうでござるかな?」
ソウシロウはユートに尋ねると、ユートは自身のコンパスを取り出してその針の動きを眺めながら答える。
「針に動きが無くなったから、今はあっちの方角で監視してると思うけど。」
「心配するなよ。地形の把握はナナリナのほぼ読み通りだし、道中の特に遭遇したものもない。大丈夫だろ。」
ユートとソウシロウの話を聞き、グランは遠眼鏡を覗きながら、呆れた顔をしながら会話に入り込む。
「赤法師殿は実は随分とナナリナ殿を信用しているのでござるな。」
「信用しなきゃアイツに貸した俺のコンパスが戻ってこないの。それよりホレ。」
グランはそう言うと、手に持った遠眼鏡をソウシロウへ差し出した。




