12-1.七光六面の導き
「おい、フラナ!早く来いよ!依頼書の張り出しが始まっちまう!」
「ま、待ってよユートくん。そんなに急かさないでよ。」
2人の若い冒険者が朝早に石畳を駆ける。
剣士らしく腰に帯剣し、皮鎧に身を包む少年。
もう一方は背に翼を生やした小柄な少女。
こちらは魔術士なのかローブを纏い、杖を握り締め、少年を追うように走る。
ユートと呼ばれた少年は後から遅れてくる少女に苛立ちを見せつつ、足踏みながら彼女が追いつくのを待っている。
「ったく。<バルログ族>の背中の翼ってのは飾りなのか?その翼で飛んでオレも運んでいって欲しいもんだぜ。」
「わ、私達の翼はそういうのじゃないし…それに、例え飛べても街中じゃ自由になんか飛べないよ。」
ユートに追いついたフラナは息を切らし、ユートに言われるその黒青の翼を困り顔をしながらなでる。
「あ~~、悪かったよ!足を止めてしょげないでくれよ!それより早くギルドに向かおうぜ!」
ユートは慌てて謝罪するとフラナの手を取り、2人は冒険者ギルドを目指して街を駆けていく。
―――
2人が到着した時は掲示板の前には多くの既に人だかりが出来ており、多様な冒険者達が張り出された依頼書を吟味しているようだ。
戦士、斥候、魔術師、信奉者、その装備や風貌から様々な者がいる中で2人も他の冒険者と混ざり、依頼書を見定め始める。
「いよぅ!<ハーブ・スレイヤー>。今日はやけに早いじゃないか。貴重な薬草採取の依頼でも見つけたのか?」
「誰が<ハーブ・スレイヤー>だ!」
横合いから話しかけてきた冒険者に文句を言いつつも、ユートは張り出されている依頼書を一通り見渡していく。
(やっぱり雑用ばっかりだなぁ…)
ユート達が受けられるような依頼では大した報酬額にならないものばかりであり、しかも危険度が低いとなればわざわざこの場に来る意味はない。
「ラッジのヤツが言ってたぜ。お前がここらで依頼が出る薬草全種を採取するのにあと片手程しかないってな。まだ1年足らずの冒険者だってのによ!」
ユート達より少しだけ年上と思われる冒険者は笑いながら肩を叩き、ユートはむすっとしながら言い返す。
ユートとフラナは正式に冒険者として登録して活動を開始し、見た目通り、まだ日も浅い新米なのだ。
だが、同期の冒険者達の中には既に活動幅を広げた依頼を受けている者も出始めており、焦燥感を感じ始めていた。
「勝手な事、言いやがって…!!」
「じゃあな!いつかお前が薬草園でも作り出す時が来るといいなぁ。その時は都合頼むぜ!」
「うるせぇッ!」
そう言い残して去っていく男に怒鳴り声をあげながらも、内心ではその言葉が的を得ているように思えてしまい、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
そんなユートを見て、フラナは申し訳なさそうな顔をする。
「ご、ごめん、ユートくん。」
「…お前があやまるなよ!悪い癖だぞ。」
思わず朝方に語気を強めてしまった事に後悔しつつ、ユートは深呼吸をして心を落ち着かせる。
「…悪いのはお前まで巻き込んだ、オレの親父だ。毎月に確実な稼ぎが必要な以上、仕方はねぇのはわかってるからよ。だが、名を上げる為にも、もっと冒険者らしく稼げる依頼を受けないとな。」
「ご、ごめんね…」
再び反射的に謝るフラナに対し、ユートは溜息をつきながら彼女の頭を軽く小突く。
…
「もう張り出されて残っているのは<退治>依頼は<スーク鬼>、<大蝙蝠>、<角ネズミ>、対象が少ない討伐は無いか…」
「今の私達<2人>ではどれも難しいよ…。」
依頼書を見ながら呟いたユートの言葉に対してフラナも同意を示す。
この街周辺の魔物、モンスター達は弱い部類に入るが、新人冒険者のユート達にはまだ厳しい相手が多い。
単体であれば戦闘経験の少ない2人でも1匹を仕留める事は出来るだろう。
しかし、今の2人には不特定多数を相手取り、人手を補える程、技、魔法、装備等を持ち合わせて居る筈もなかった。
「くそッ、じゃあ、やっぱ人手を増やすか。しかし、そうなるとこの中で報酬が一番でかいのは…」
ユートは<スーク鬼>の貼り紙を剥がすと、それを受付に持っていき、手続きを始める。
<スーク鬼>とは<猿鬼>とも呼ばれ、その名の通り、人型の姿形をした小鬼であり、群れで行動する事が多い。
単体での強さはそれ程高くはないが、必然的に数が多く、また武器を手にする為、集団での連携も行う事がある。
数の幅、力量の幅が大きい為、新米冒険者が少人数で挑むには危険が高い存在でもあった。
「オヤジ!依頼の受理を頼むぜ!」
「なんだ<薬草狩り>じゃないか。」
酒場の店主はユートが持ってきた依頼書を確認すると、呆れたような顔をしながら答える。
「フン。お前が<退治>をな…。こりゃ昼過ぎには大雨でも振るのか?星見の予報だと晴れだったんだがな。」
そう皮肉ると店主はカウンターの奥から1枚の用紙を取り出し、ユートに手渡す。
「まさか、この依頼を受けるつもりなのか?止めておけ。お前達みたいなガキ2人でどうこうなる様な相手じゃないぞ。」
「…わーってるよ。だから2人分の<招請状>を出してくれよ。」
「…2人だと…?」
酒場の店主の眼光はユートに対し、鋭い視線を向ける。
それは明らかに子供である2人が<スーク鬼>に挑みに行くという無謀さに対する非難の目だ。
「……3人。」
「いい心掛けだな。持っていけ。だが、時間内に集めろよでなきゃ依頼の受領は無しだ。わかってるな?」
ユートの訂正に満足したのか、店主は笑顔を見せながら招請状をカウンター下から取り出すとユートの胸に突き当てた。
…
「チクショー、嫌味ったらしい目で見やがって!」
ユートは喚き散らしながら、フラナの待つテーブルに用紙を広げ、ペンを握る。
「…それで誰を募集するの?」
「…そうだな…単純にオレとお前の役割を倍、前衛、後衛1人ずつは抑えておきたいが…」
フラナの言葉にユートは一思案するも、中々良い人材が思い浮かばない。
そこで、ポーチから虹色に輝く2つの六面賽を取り出し掴むと手の中で振るいだした。
「ユートくん。また、<それ>を使うの?」
「いいだろ、ただの<ゲン担ぎ>なんだし。」
ユートのこの賽はかつて冒険者として活動していた祖父の遺品だ。
幼少期から祖父からの冒険譚や盤上戯でこの賽を振って相手をして貰っていた。
その為か、彼にとってこの賽は特別な品となり、こうして直感に頼る際、使う癖が付いていた。
そして、振られた賽の出目は<6と5>。
「よし!」と声を上げ、意気揚々と<招請状>1枚の端に出目を走り書く。
「へへッ!幸先がいいぜ。この出目なら、やっぱ募集するのは俺と同じ前衛に立てる戦士だよな!」
「ユートくん、その出目でゲンを担ぐなら、その人はどんな人が来てもいいように、ちゃんと考えて選ばないとダメだよ。」
「いいだろ、ただのゲン担ぎ何だからよ。よし、じゃあ後衛担当はフラナが振れ。パーティになればお前と肩を並べるんだからな。」
「…」
フラナは少し困った顔をすると、小さく溜息をつきながら、自分の掌に転がる賽を軽く放り投げる。
出目は<3と4>。
「普通の出目か。後衛は戦闘より斥候に心得があるのを募集するか。」
ユートは再び<招請状>に数字を書き入れる。
「最後の1人はどうするの?」
「ま、誰でもいいだろ。何かしら武器か魔法でも使えればラッキーくらいでさ。」
フラナはそのように募集事項に書き込みだすと、ユートは何の気構えもなく、再び虹色の賽を握り込むと滑り落とすように賽を振るった。
虹色の賽はまるで小鈴を鳴らすかのように、シャンシャンと軽やかな音を響かせて机の上に転がる。
―――<1と1>。
六面二振の賽拝において、最も不吉な出目が出た瞬間だった。
<ファンブル>である。
「…」
「ユートくん?」
ユートの顔が青ざめる。
<この賽に出た結果を拒否してはいけない。>
<この賽に出た結果を別の事になすりつけてはいけない。>
それが前の持ち主、祖父がどんな時であれ賽を振るった際の言葉であった事をユートははっきりと思い出す。
そして、その結果を<拒絶する事は許されない>事も。
ユートは、その言葉に従い、自分の手にある招請状を凝視した。
先2枚とは違い、募集の項目には既にフラナが<武器か魔法に心得がある者>と埋めてしまってある。
つまりは、本当に誰が来るのかわからない。
そして、賽を振ってしまった以上、もう変更は効かない、してはいけないのだ。
「…その募集は止めにする…?」
「ダメだ。…このまま出すぞ!これはあくまで<ゲン担ぎ>なんだしよ!」
ユートは自身に鼓舞をするも、内心では心臓の音がバクバクと高鳴っているのを感じる。
そして、ユートは手に緊張を走らせながら招請状をフラナに手渡し、それは掲示板へと張り付けられていった。
まさに、鬼が出るか蛇が出るか。
2人は冒険者が募るのを待った。
―――
掲示板と窓口の人だかりは徐々にまばらに成っていき、酒場の店主も冒険者との応対よりカウンター前で雑務を片付けだす。
ユートとフラナはそんな光景を見ながら待ち続け、ユートは次第に不安が頭を過り、胃袋がキリキリと痛み始めだす。
それでも3回の出目の内2回は<良い>方なのだとユートは自分に言い聞かせるが不安を振り払えないでいた。
「<1と1>なんて出ちまったから誰が来るにせよ、とんでもないのが来そうな気がするぜ…」
―――イチ、ト、イチ?
「ひゃ、ひゃい、いえ!はい!」
何時の間にか2人の座るテーブル正面には1人の女が招請状を確認しながら立っている。
青い髪に2本の角、一部露出する四肢の肌や頬、額に見受けられるまばらな鱗、腰からはスラリとした尻尾。
肩から大型の弩を下げた<ドラグネス族>の女がそこに居た。
目の前に突如として現れた来訪者に、思わず2人は息を飲み、フラナが慌てて口を開く。
「貴方達がこのスーク鬼退治の招請者でしょ?」
「あ、あぁそうだぜ。」
「後衛、斥候が必要なのよね。私はどうかしら?今まではハンターとしてた経験もあるわよ♥」
女はウィンクをしながら自分の得物を軽く持ち上げて見せる。
「は、はい!お願いします!!」
フラナは立ち上がり、深々と頭を下げると女の手を両手で包み込むようにして握手をする。
特に目利きをかけず、二つ返事で承諾してしまったフラナに少し難しい顔をするユートだったが、既に賽が示した以上、後戻りはできない。
何よりフラナにとって同性が増える事は彼女の不安が軽減される要素にもなるだろう。
それを見透かしたのか、ハンターの女はニコニコと笑顔を向け、ユートへの反応を待っている。
「あ、あぁ、こちらこそ。オレはユート、そっちがフラナ。よろしく頼むぜ。」
「私はナナリナ。よろしくね、ユートくんにフラナちゃん。」
「わ、私、お茶でも貰って来ます!!」
ナナリナが手を放すとフラナは席を立つとパタパタと駆け足で奥へと消えていき、ナナリナはそれを見送りながらユートへ視線を向ける。
ユートはそれに気づくと小さく咳払いをし、少し困った顔を見せながら待つ姿勢に戻る。
「ねぇ、ところでこの端っこの<数字>は何かしら?」
「ちょ、ちょっとした<ゲン担ぎ>だよ。気にしないでくれ…ははは…」
ユートは苦笑いを浮かべながら、そう答えるしかなかった。
ナナリナはよくわからないがとりあえずは納得した様子を見せる。
残る招請状は2枚、出目はそれぞれ両極端の<6、5>と<1、1>である。
ユートは不安と期待が半分ずつ入り混じったような気持ちのまま、虹色の賽を握り締めた。
…
「ユ、ユートくん。残りの2人もなんだか決まりそう。掲示板の方、見てみて。」
戻って来たフラナの声にユートとナナリナは掲示板のある方へと顔を向ける。
「なんか近辺じゃ見かけない服装のと、ずいぶんと赤いのが居るな。」
「あ、あの赤いマント、赤い襟巻きは…」
出目への不安感からか、ユートは警戒心をあらわにし、対してナナリナの表情は明るく、その人物を見るなり、嬉しそうな声を上げた。
―――




