11-4.さすれば今より冒険者
「さて…、答えてみよ。」
老人は眉間にシワを寄せ、グランへの問いかけを強める。
グランは何かを諦めたかのよう、両手を挙げ、強く溜息を吐きながら降参の意を示すと、左腕の小手を脱ぎ取っては構える。
「…<ウィザーク>。俺の種族は<ウィザーク>だそうで。心臓に関しては<代理の代物>の機能としか知らないし、言えないですね。」
そこには漆黒に染まり3つの楔が埋め込まれた左腕。
続いて髪を書き上げ眼を覗かせると、それまた結膜が漆黒に染まり、爛々と赤く灯る瞳の眼球が存在した。
老司祭とソウシロウはその異形、異質な姿に驚きを隠せぬままでいた。
「ったく。何で多様の角だの、翼だの、尻尾だの生えてる連中から、こうも露骨に驚かれにゃならんのだ。」
2人のその表情と息を飲む音が聞こえると、グランは「フンッ!」と鼻息を立て、不機嫌そうな表情を浮かべながら小手を装着し直す。
「…そういえば<自称>と、言っていたにござるな。」
「そらそうだ。何せ<同族>が普段どころか一切見たことないからな。だから他者からの<暫定>で名乗るしかないの。」
ソウシロウが思い出した様に言うと、グランは肩をすくめながら面倒くさそうに答え、そのまま腕を組む。
その姿はまるで、自身の出自を語る事に抵抗があるかの様であった。
老司祭はそんなグランの様子をそして何かを考え込むような仕草をすると、納得したかのように口を開く。
「…確かに、瞳と四肢のいずれかが異形を成した姿。これはワシが他に2人ほど知る<ウィザーク>と合致するが。正に三者三様、まるで違うのぅ。」
「納得して頂けて結構な事で。」
グランは皮肉交じりに言葉を返すが、どこか緊迫した空気は消え去っていた。
「…だが。」
「だが!?」
だが、老司祭の言葉に、グランは再び緊張の色を見せ、思わず声を上げる。
「だが、キサマは余りにその概観が特徴としてでておらん。<ヒューネス>に似すぎておる。キサマを<暫定>した者は何者じゃ。」
「…その似すぎが、逆に異形の証ってならんのですか。」
老司祭の指摘に、グランは呆れた表情を見せるも。老司祭の表情は変わらず、その目は鋭くグランを見つめていた。
「…なぁ、俺はアンタの付き添いに過ぎないんだぜ?さっさと本題をこのジイさんに伝えて、進めようぜ。」
「いや、拙者も赤法師殿の出自には興味があるでござる。是非に聞かせて欲しいでござるよ。」
グランは、ソウシロウに対して早く話を終わらせたいと言いたげな言葉を投げかけ促すが、ソウシロウは笑顔で首を横に振る。
結果2人に詰め寄られ、グランは「あー、もー!」と嘆きながら両腕で頭を掻きむしり、諦めを見せた。
…
「赤法師殿の冒険者が持つという手帳にござるな。」
グランは自身の羽織る赤いマントの奥から、1冊の革張りの表紙に金属板が貼られた手帳を取り出し、老司祭に向かって指差している。
「<冒険者手帳>がどうかしたのか。珍しくもない。」
「…俺は<専属>の冒険者。つまり<専属>の<雇い主>が居るワケ!この時点で証人が居てギルドにも認められてる<ヒト>なのよ。」
「だから、その<雇い主>を話せと言うておろう。回りくどいヤツじゃな。」
「ウム。短い付き合いながら、赤法師殿は自分の事になると回りくどいでござるな。」
「俺にも<立場>ってのが少なからずあるってのを汲んではくれませんかね!?」
グランは、老司祭の問いに対し、悲痛とも言える叫び声をあげるが、老司祭は以前と真剣な眼差しでグランを見続ける。
「……<ビルキース=パダハラム>。聖堂協会なら薬品を扱う手前、少しは耳にしてるでしょうよ。それが俺の雇い主で、俺を<ウィザーク>と<暫定>した人物ですよ。」
「ほう。キサマ、パダハラムの令嬢、ビルキース嬢と関係があったか。」
グランはしぶしぶと己の手帳に記されたサインと刻印を老司祭に向けた。
老司祭はその刻印を覗き込むように見ると、目を大きく見開き、驚きの声を上げる。
「れ、令嬢?ま、まぁ独身だそうだから令嬢…で…いい…のか?いや、それより<ビルキース>を知ってるのか?」
「何、嬢の父君に少しばかり縁があっての。しかしならば、錬金術の名家が下した見立て、何かしらの根拠を持ち合わせているはずの<暫定>か…ならば問題はなかろう。」
納得が行ったのか手帳から顔を遠ざけ、老司祭は目頭を押さえながら考え込むような仕草に移った。
「それじゃあ、質問を返させて頂きますが、なんで司祭さんは俺の<心臓が鼓動してない>なんて分かったんですかね?」
「あぁ、それはワシの<目>じゃよ。」
老司祭の疑問に区切りがついたと踏んだグランは、自身の胸元を指し示しながら、今度は老司祭に疑問を投げかける。
グランが胸元を指すように、老司祭も己の目を指差し、そう答えた。
老司祭の目は、覗き込むとまるで吸い込まれそうな程に真っ黒で光を反射せずに見つめると心まで飲み込まれる様な錯覚を覚えてしまう。
「ワシには物体に流れる活力、魔力の流れ、揺らぎを見る事が出来る。いわゆる<魔眼>だの。」
「…なるほど、<異能者>か。それで、俺にはその<流れ>が見えなかったと。」
「ウム、左様。キサマからの<流れ>は微塵たりとも。まるで、波風立たぬ泉の泥底を眺めているようでの。違和感を感じておったんじゃ。」
グランは腑に落ちない表情を見せるも、老司祭の言葉に嘘偽りは無い事は感じ追求を止める。
「まぁよい、手間を取らせたな。一応に合点はいった。キサマらの話、まずはエフィムからの預かり物をよこせ。」
老司祭は少しだけ口角を上げながら、グランに右手を差し出すと、先ほどの会話は終わったと言わんばかりの態度を見せた。
グランは呆れた顔をみせるが、赤いマントの下に手を突っ込み、包みを取り出しては老司祭に手渡す。
「これよ、これ。大仕事をやり遂げた後はコイツに限るワイ。」
老司祭が手渡された包みからまず取り出したのは金属の水筒。
蓋を開けて水筒を軽く振り、中の液体を揺すりながら香りを楽しむと、そのまま口に含み喉へ流し込むと、「カーッ!」と老司祭はその味に満足したように声を上げた。
吐息に混じる酒気が広がり、辺りに漂い、それを嗅いだグランは顔をしかめる。
「…聖職を担う者が昼間っから酒ね。」
「何を言う、これは<清め>じゃ<清め>。本来なら帰ってからだが、キサマらが態々持ってきてくれた事だしの。これはワシの日頃の行いへの精霊からの感謝の導きよ。」
老司祭は上機嫌に笑い、再び金属の水筒を傾ける。
「まさか、今まで冒険者を呼ぶ算段を整えてたのは…」
「ほう、キサマ、察しが良いな。そうよ、ワシが儀式の場から身動き取れなくなった場合を想定して、予め準備をしておいたのじゃ。」
グランとソウシロウは、思わず顔を見合わせ、同時に苦笑いとため息を漏らす。
「何せエフィムのお陰で下心あるヤツは依頼に真面目じゃし、冒険者を雇う程度の寄付金は集まるでな。使わん方が金に淀みが生まれバチが当たるわ。」
老司祭はエフィムの胸を表すように手で何度と腕で曲線をなぞる様に空を撫で、豪快に笑い声を響かせた。
「…とんだ破戒僧だな、このジイさん…」
「ははは、かくいう赤法師殿もエフィム殿の胸に迫られ、折れたクチではござらんか。」
「なんじゃ?<ウィザーク>と言っても、キサマもただの男か。いわゆるムッツリか。ムッツリスケベというヤツか。」
「ハァー!?別にそんなんじゃありませんけどォー!?何か度々視界に入って気が散ってただけですけどォー!?ムッツリとかじゃないんですけどォー!?」
グランは顔を真っ赤にして否定するが、その言葉を聞いているのかいないのか、老司祭はまたもや酒を口に含む。
「…フム。ならば残りの包みは先で戦ったキサマらへの褒美としてやろう。ワシは酒さえあれば良いでな。軽食とはいえエフィムの手料理、特に赤いムッツリスケベは喜んで賞玩するが良い。」
「これみよがしに変なレッテル張るのやめて貰えません?」
そう老司祭が差し出す包みは平べったく、グランはその形状に対する<手料理>というものが思い浮かばず、疑問符を浮かべながらも指を伸ばし受け取る。
そして、包みを解き現れたのは圧し潰されて平らになったサンドウィッチだった。
「あぁ、そういえば赤法師殿は巨大な亡者の腕に叩き潰されていたでござるな。」
「うーむ。最近の俺はまともなサンドウィッチを食えない呪いにでもかかっているのか?」
幸い縦割りのバケットに具材が挟まれている様で<平ら>な事以外は問題が無い。
グランは中央で2つに分けると、片方をソウシロウへと押し付けるように渡す。
***********************
偶然のプレスサンドウィッチ
***********************
分けた際の断面を覗くと、圧縮されてはいるものの、燻製肉、チーズ、野菜と一般的で素朴な中身が何層にも重なっている事が分かる。
グランはその歪な見た目に何度と角度を変えなが覗き、若干の不安を抱きつつ、齧り付いた。
…
「アレ?、うンまぁイ、コレ。え?潰れたからなの?何?潰れたから美味いの?」
口の中に広がるのは、塩味の効いたチーズと燻製肉の脂の香り、そこに歯応えのあるバケットの皮が渾然一体となって、噛み締めるほどに旨味が溢れてくる。
グランは咀噛して飲み込むまでの間、目を白黒させながらその味わいに夢中になり、戦闘後の空腹感が食欲を煽り、また一口ともう一口と続けて頬張りだしていた。
「ほう、これは、饅頭?煎餅?おやきとも違う感じにござるな。美味、美味!」
ソウシロウもグランの様子を見て、口を付けては満足げに食を進めていく。
老司祭は何時の間にかナッツが盛られた小鉢を取り出しては摘みながら、酒を嗜んでいた。
それはキュバス族という種族全体に見受けられ、嗜好品や娯楽を堪能する、<夜月の種族>といわれる所以。
老司祭は既に身体を横たわらせ、くつろいだ姿勢で完全に酒を楽しむ体勢に入っている。
「……それで、キサマら何用があってここに来たのじゃ?」
「…やっと本題かよ!!」
改めて聞かれた事で、食事に浮かれたグラン達は当初の目的を思い出しては我に帰る。
「いやぁ、実は拙者この度、冒険者になろうと思いまして、それで身の証を立てる必要がござってな。老司祭殿ならその認めを頂けると伺ったでござる。」
ソウシロウは懐から十字架を取り出しては老司祭に向けて話し、老司祭は酒を口につけながらそれをただ、眺めていた。
「…なんじゃ、それなら聖堂でエフィムが済ませられるワイ。アレにはもう既に一通りの雑務をこなせるよう仕込んでおるでな。」
「…は?」
老司祭の言葉に、グランは思わず聞き返した。
「どちらにせよ、ここは儀式だけの場所じゃ。ワシがするにせよ戻らねばならぬし、まだワシはここに残る必要がある。キサマらの目的がそれだけならば、とんだ無駄足だったのう!」
「…は?」
グランとソウシロウは無言のまま見つめ合い、数秒程置いて老人の笑い声だけが響き渡る。
「…やれやれ、世話が焼ける連中じゃの。今、エフィムに手順の言伝を残してやる。キサマらはそれを持って聖堂に戻るがよい。」
「ぬあーー!結局、堂々巡りかよーー!」
「ははは、言葉が言い得て妙でござるな。」
グランは頭を抱え掻き毟り、ソウシロウは自分の事ながら他人事のように愉快そうに笑った。
―――
「…これで書類手続きはいいだろう。手帳の受け取りは明後日の午後以降。その引き換え札を持って忘れずに取りに来いよ。」
「いやぁ、かたじけないでござる!」
グラン達は聖堂に戻り、老司祭の言伝を渡したエフィムがてんてこと舞う姿を散々鑑賞した後、先の酒場へと戻ってはソウシロウの手続きを済ませていた。
そして、2人は酒場を出て、最初の冒険者ギルドへと向かって歩いていく。
「さて、後は換金、分配したらこれで俺の役目も御仕舞い、アンタともお別れだな。まぁ立派な冒険者になってくれよ<サブラヒ>さん。」
グランは両手を後頭部に手を回し、ソウシロウに背を向けたまま、歩きながら喋る。
「名残惜しいが、これ以上は拙者の我侭にござるな。今まで世話になったでござるよ赤法師殿。」
「今までも十分アンタの我侭なんだがなァ…。ま、換金したらつつましくも晩餐といこうぜ。」
グランは振り向かず、片手を挙げてひらりと振って見せるだけだった。
ソウシロウは特に何も言わず、2人は冒険者ギルドへとただ足を進めていく。
―――
「本日の窓口は終了致しました。また、明日は窓口の定休日ですので、後日の営業時に改めてお越し下さい。」
「…」
受付嬢は窓口のカウンターで閉めの作業を行いながら定型文を読み上げる。
「何か?」
「換金をしたいのですが…」
「こちらが<発行した依頼書>でしたら受理できますが。」
「いや、ほら、紙幣換金の手続きは途中までしてたんですよ。」
「時間内に提出して頂けなければ受理できません。」
「ちょっとコイツの用事に時間がかかっちゃって…」
「我々が関与する問題ではありません。」
「…」
「何か?」
受付嬢の余りに堅牢かつ正しき態度にグランはカウンターに向かって崩れた。
「…ソウシロウ。」
「何でござる?」
「今日、明日、お前の取る宿に泊めてくれない?」
「ははは…」




