8-1.赤く朱く紅く
「キブヤーさん!おはようございます!」
「あぁ、ミウルか。おはよう。今、出す所だから、ちょっと待ってておくれ。」
店主のキブヤーさんはそう挨拶を返すと、店の奥へと何時もの品を取りに行った。
ここはしがない村の1つの雑貨店で、ワタシが1日の始まりを殆ど迎える場所。
この店で村の住人達から受けた農具や調理器具の修繕の依頼品を受け取り、自宅であり、仕事場の鍛冶場に持って行く。
それが<鍛冶師見習い>のワタシの仕事だ。
キブヤーさんが戻るまで、僅かながら手持ち無沙汰のワタシは店内をぐるりと見渡す。
見慣れたいつもの壁には剣、槍、斧、これらに手持ちの農具等が陳列され、いつもの様に買い手の到来を待ち望んでいた。
それもそうだ、この村で新品の武具、それどころか農具を買う人は殆ど、いや、まず居ない。
僅かに往来し、通り抜ける旅人や行商人が過不足を整えに売買を持ちかける程度なのだから。
そして、そんないつもの壁に立て掛けられた姿見に、ふと、ワタシが映し出される。
両端に束ねた淡紅色の長い髪、薄い色の肌、細身の身体。
背丈こそ、他の、そしてワタシの母の<ドワーフ>と然程変らないが、肌やその華奢な芯には父の種族である<エルフ>らしさがみえる。
耳は尖っているものの、どちらの長さともとれず、目や鼻はその<あいのこ>ぶりからか、どちらかというとヒューネスの少女の様だと言われた事もある。
住人の殆どがドワーフのこの村で、どっちつかずの、いつものワタシの姿がそこには写し出されていた。
「はぁ…」
ワタシはもう20過ぎだ。この村に着たばかりの頃ならいざ知らず、今にいくらに少女の様とは言われても実感がわかない。
「どうしたい?溜息なんて、またゼルゴのヤツの小言が多いのかい?」
奥から戻っていた、キブヤーさんの声で我に帰る。
「あはは、まぁ、そんなとこ、じゃあ、毎度どうも!これ受け取り票。」
慌てて取り繕う様に答え、溜息の原因を叔父に擦り付けると仕事へととりかかる。
「あぁ、そうそう、ミウル。<例のモノ>を幾つか買い取ったから見るかい?」
「え!?いいんですか?」
キブヤーさんは依頼品とは別の木箱を手にしており、ワタシそれを見るとは思わず声を上げてしまっていた。
我に返ってはしゃいだ事を恥ずかしがるワタシの様子に満足したのか、キブヤーさんは軽く笑いながら木箱の中から幾つかの包みを並べ、広げていく。
包みの中には小剣、長剣、短剣、短刀と様々な形状とサイズの刀剣類が姿を現す。
「前に行商人から買い取った魔力の篭った武器はこれらだが、お前さんの言う条件に合うのはこれだけだな。」
そう言って最後の包みを開き中から現れたのは、刀身が青い晶石でつくりだされた短剣だった。
掌程の刃渡り、柄には精巧に細工が施され、戦士達が使うというより魔術、儀式用の品に見える。
「うーん。」
両手で刀身に触れ、親指でトントンと叩いては、その質を確かめる。
だが、ワタシの欲しい品にはまだまだ必要な条件が満たされているものではなかった。
「ダメなのかい?<そのテ>の品ならこの銀の小剣なんか中々のものだけどね。」
ワタシが手に取った品を見て、キブヤーさんが口を挟む。
確かに魔法の武器としての品質は良さそうなのだが、ワタシの頭の中ではすでに別の物を思い浮かべていた。
それは昔、炎に包まれるあの中で見た、あの男が振るっていた、あの赤い石晶剣。
「うーんんんん……」
「…ダメなのかい。」とワタシの様子を伺いながら、キブヤーさんがもう一度尋ねてくる。
「あはは、まぁ、ちょっと、<試したい事>がありまして…」
「そうなると、この村には流れるのはそういった短剣くらいが関の山じゃないかねぇ。」
「あ、ごめんなさい。わざわざ取置してもらってるのに。」
「まぁ、いいよ。買い手はここを通る都市行きの客でも通らなきゃ居ないからね。精々月に1度、2度くらいさ。」
キブヤーさんはそう苦笑しながら広げた刀剣類を戻していく。
「しかし、そんなに欲しいのなら、それこそミウル自身が都市や大都に足を運んだらいいんじゃないか?」
「あー、うん、まぁ、そうなんだけど…」
「まったく、ゼルゴが子離れできてないって所か。ミウルもここに住んで10年はなるってのにな。」
キブヤーさんが呆れた様子でそう話す。
ワタシは12歳位まで、それまでは父と母と各地を渡って暮らしていた。
父と母も亡くなり、叔父に引き取られ、この村に住むようになって、叔父の手伝いをし続けてきた生活だった。
だからだろうか、各地を渡っていた幼年期に比べ、過し易いこの村から<出る>という考えが薄れ、いつしか村での暮らしに浸りきってしまった。
何より、何かが突き動かす事があっても、ワタシと同じで家族を失った叔父を一人にするのが忍びなかった。
「…?どうしたんだいミウル?」
「え、あ、あぁ、うん!、そう!、この短剣、やっぱり、買います!」
「ふふ、そうかい、毎度あり。じゃあしばらくはミウル用の仕事を増やさないとな。」
「すみません…現金払いができなくて…」
キブヤーさんはからかう様に「いいよ、いいよ」、とワタシに笑いかける。
「あとはお前さんがこの村で嫁げばゼルゴも寂しくないんだろうけどな。」
「キブヤーさん。それはセクハラ。」
「おおっと。コレは失言、失言。」
手車に依頼品を積み、キブヤーさんと別れの挨拶をすると、帰路につく。
叔父の鍛冶場は村の中央からはややはずれ、この渓谷地帯の村の下り方面にある。
陽が昇ったばかりの早朝から出てたというのに、帰る頃には陽は昇り、崖から顔をだした昼目前だ。
道中の下り坂で手車に寄り掛かり、ワタシは手軽も手軽な<お弁当>を取り出して休憩を取る。
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飴玉とソーダ水
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ポーチから大粒の飴玉、そして手車の荷から帰路の道中に頂いたソーダ水を取り出して2つを口に含む。
道端のまだ青々とした麦畑を眺めながめつつ、口に含んだ甘味を楽しみながらゆっくりと舌の上で転がす。
ワタシは荷台の縁に手を掛けて頬杖をつくように空を見上げる。
空は快晴、足を止めて青空の陽光と心地よい風を受けてか、ついうとうとと瞼が重くなっていく。
「おっと!お仕事、お仕事!帰るまでが、お仕事です!」
ぼんやりとしていた頭を切り替える様に声を出し、両頬をパンッと叩くとワタシは手車を再び押し動かした。
――――
「ただいま、おじさ~ん。キブヤーさんからの依頼品受け取ってきたよ。」
手車を玄関前に置き、家の扉を開けながら、何時もの様に声をかけ鍛冶場に入る。
だが、その何時もなら作業場で槌を振るっているはずの叔父の姿は無く、何度か呼びかけても返事はもちろん無い。
作業場を見渡していると、裏口の方から話し声と金音が聞こえてきたので、そちらに向かってみる。
「おじさん?」
そう声を掻けながら、静かに奥の部屋へと足を進めると、そこにはいくつかの金属片を指先で吟味する叔父と、もう1人が座っていた。
「おう、ミウルか。鍛冶場の中では<親方>と呼べと言っただろう。」
「はいはい、わかりました。<ゼルゴ親方>。もう、居るなら返事くらいしてくれてもいいのに…」
毎度のやり取りを交わし、ワタシは帰宅後の身支度をしながらもう1人の方に目を向ける。
それは赤いマントと赤い襟巻きに身を包んだ黒髪の1人の男が何処か不貞腐れて座っていた。
「あ、来てたんだ。赤マント。」
「…」
「何?どうかしたの?」
ワタシは、無言のままこちらを見つめてくる赤マントに尋ねる。
その視線、赤い瞳からは何か品定めをするかのようだったが、すぐにその目は閉じられ、小さく溜息をつき、叔父の真似をしてこう言った。
「おう、ミウル、鍛冶場の中ではせめて、<お客様>じゃないのか?」
「あはは、ごめん、ごめん、グラン。それで?今日も<例のモノ>?」
叔父の手に握られた金属片、その足元にはそれらが入った袋。
この赤マントの男の雇い主、ビルキースさんからの合金試財の加工の依頼だろう。
何時もなら作業場で見る光景なのに今日は珍しく場所を移している。
「…ったく、俺は一応ここの<上客の使い>なんですけどね。」
ワタシがからかいながら尋ねた事に、目の前に腰掛ける赤マントの男は不満げにそう呟く。
「まぁ、それもあるんだがね…」
「…コイツ、自分の剣をダメにしやがったそうでな。」
「剣?」
尋ねるワタシに赤マントの男はマントの中から鞘に収まった剣を取り出し、それを「ん。」と一言放り投げて渡してくる。
剣を革の鞘から引き抜くと、その刀身は男のマントと同じ深く赤い色をした石晶剣。ワタシが先に買った短剣よりも当然大きく、その質も高い事がわかる。
いや、何よりも、ワタシが<あの時>見た、そして、今欲しているあの剣が、手に握られているのだった。
ワタシはその剣を握り締めると、思わず全身、足先から頭の天辺へ身震いが走り出す。
しかし、グランが嘆いていた様に、刀身には中央横一線にヒビが入り、革の鞘から触れるだけでも柄と刃の境目に不安定な違和感が感じられる。
「いい機会じゃねーか。手馴れた武器に愛着が着くのもわかるけどよ、新しく剣を新調したらどうだ?その剣、始めて顔を合わせたときから使ってるだろ?」
「うーむ、なんとか…、ならないもんですかね?」
「金属製ならモノ次第で打ち直してやれるけどよ。コイツは<晶石>の塊だぜ?オレでなくおめーさんのボスの専門だろ。」
「直すなら、お近くの<錬金術ギルド>まで、か…」
「がはは、錬金術ギルドで<ビルキースの飼い犬>なんて知られたらその場で取り押さえられて幽閉されても不思議じゃねーな。」
2人が会話をする中でワタシは刀身を両手の親指でトントンと叩いては剣の診断を進めていく。
刀身にはヒビを中心に柄、切先にかけてズレ、歪みを感じるが、まだ剣に残留するエーテルは崩れきっては居ない。
急いで刀身の修復さえできれば確かにこの剣は生き返る事が可能だ。
だが、このまま時間が経過していけばきっと剣に宿ったエーテル、<剣の魂>が抜け落ち、これはただのヒビ割れた晶石の剣と成ってしまうだろう。
つまり、ワタシの<試したい事>の想定できる最大で最後のチャンスの可能性という事になる。
ワタシは一呼吸置くと意を決して打ち明ける。
「ねぇ、グラン!」
「ハイ!?なんでしょう!?」
突然ワタシが大声を出したものだからか、座っていた赤マントの男が驚いて飛び上がるように返事をし、隣の叔父までもが手を止めこちらを見る。
ワタシはそんな様子など気にせず、赤マントの男に一歩、詰め寄り尋ねた。
「この剣、ワタシに直させてくれない!?」
ワタシがそう言うと、目の前の2人は目を丸くし驚いた表情を見せる。
そして、2人は顔を見合わせては揃って口を開き、こう言った。
「「ハァ!?」」




