8-2.赤く朱く紅く
「えーっと、えーーっと、待て、待ってくれよ。ミウル、ミウルや、お前さん…ご職業は…」
「鍛冶師よ。」
「…鍛冶師の?」
「見習い…です。」
ワタシがそう詰まった答えをすると、グランは眉間を歪ませ、叔父の方へ振り返る。
叔父は腕を組みながらワタシの答えに強く頷いた。
その迷い無き頷きから、やはり叔父からはまだ一人前とは見なされていない…。
そしてグランは振り向いたまま今度は叔父に質問を続ける。
「で…この剣を直せるのは…?」
「…先も言った通り、錬金術師だな。火の晶石の塊を炉にくべた時点で爆発しかねんし、例えせんでも何度と打ち付ければ刀身が耐え切れずに砕けるわ。」
グランは再びこちらへ向き直し、ワタシと向かい合うと、額に手を当て眉間に深いシワを寄せ始める。
「いやぁ、お前、鍛冶師の見習いなのに錬金術とかできるワケが…」
「できるの!…まぁ、そりゃあ、独学でだけど…」
「…ど…独学…」
グランは何とも言えない不安をあらわにした表情を浮かべる。
「おい、ミウル、オレはお前が錬金術なんて話…聞いたことねーぞ?」
叔父が厳しい目つきをしながら、グランとの話に割り込み尋ねてくる。
「当たり前じゃない…、だって言ってないもの…」
なにせワタシは、叔父から見ればまだまだ半人前の子供なのだ。
やりたい事、試してみたい事があっても、それを口にする事すら許されないか無視される。
だから、自分で時間を見つけては、叔父から離れ、実験と修練を繰り返しているしかなかった。
「何故言わない?最近夜に帰ってこない日があると思ったら…やっぱり…」
「それより!」
ワタシは叔父の言葉に被せて遮る。
「言い合ってる時間はないの!この剣を早く修復しなきゃ、後で例え形状と性質が戻せても<剣の魂>が残ってるとは限らないんだから!」
「…剣に…魂?え?何?」
グランのワタシの言葉を耳にする度に、その表情は困惑の色を濃くしていく。
だが、ワタシは構わず続ける。
「あー、もうっ!詳しい事は後で説明するから!とにかく、剣を直したいの?直したくないの?」
「まぁ、そりゃー、直したいですよ?」
「そ、じゃあ、グラン、今夜はどうするの?」
ワタシは更に赤マントの男へ詰め寄り、問い質す。
「いや、今日はおやっさんに持って来た品を見せるだけ、だから…昼過ぎにはここを発ってもいいんだが…」
赤マントの男は慌てて後退りしながら答える。
「じゃあ、直すつもりなら、一晩くらいならいいわよね!?今なら夕暮れ前には<ワタシの工房>に着けるから。ホラ!一緒に行くの!」
ワタシはグランを捲し立てては手を引っ張り立ち上がらせると、そのままグイグイと引っ張っていく。
「<ミウルの工房>??え?おい?ちょっと!?俺はここで待つんじゃなくて!?」
「い、い、か、ら!急いで!」
「おい、ミウル!?ちょっと待て!これからそいつと一晩?いや、工房ってなんだ!?」
叔父の呼ぶ声が聞こえるが、ワタシはそれを完全に無視し、グランの後ろに回ると彼の背中を押し急かせていく。
「あ、おじさーん!荷はまだ玄関先に置いたままだから!後、よろしくねー!!」
「いや、ミウルーーー!?」
背後から叔父の呼び止める声が聞こえてくる。
しかし、それを振り切るように、ワタシは赤マントの男と共に街外れにある工房へと走っていった。
――――
「…いいのか?おやっさん、放っておいて。」
「いいの!あのままおじさんの説教なんて聞いてたら、夜どころか朝になっちゃうもの。」
「ハハッ…、一理あるな。」
村中央へ至る坂道でワタシ達は一度止まると、グランはそう言いながら、手に持った荷物を持ち直し。
ワタシはそんな様子を横目で見ながら、少し息を整えてからまた歩き出す。
「それで、工房ってのは大分距離があるのか?」
「あー、うん。村の中央からならそこまで遠くは無いのだけど…」
「けど…?」
「直すのに必要な材料を買うのに、ちょっと村を回らないと…」
「急いで出てきちまったけど。…金は?」
「経費って事でお願いね!」
「俺持ちかい!」
「…ビルキースさんから旅支度としていっぱい貰ってるんでしょ?」
「路銀としての貨幣は貴重なんだよ!」
ワタシは笑顔を浮かべながら、グランの手を再び掴んでは足早に歩き出した。
――――
「毎度あり~。」
レジスターの軽快な音とドアベルの音、そして店主の挨拶がワタシ達を店の外へ送り出す。
グランの手を引っ張っては村の商店を回り、あれやこれやと必要な物を買い集めていた。
「……ふぅ、これで当面に必要そうな物は買えたかな。」
ワタシは複数の紙袋の中身を覗き中身を確認する。
八属の各晶石屑にアダの生枝、血地苔、練り蜘蛛糸、少量だが新月茸の胞子が手に入ったのはラッキーだ。
少し上機嫌なワタシとは裏腹にグランの表情は剣幕になっていた。
「やれやれ、よくもまぁ色々と買ってくれたもんだよ…。これで直らなかったら恨むぜ…」
グランが覗いてるのは買い出した品々ではなく、財布の中身の方だ。
その視線に気づいたワタシはすかさず牽制し鼻歌で誤魔化す。
「さ、さぁ、次へ行きましょ。次でおしまいだから!」
「まだ。何かあるのかよ…」
そうぼやくグランを宥めながら入った店は、今朝方に訪れたキブヤーさんの店だ。
「おや、ミウル?何か忘れ物かい?」
「あー、いえ、今度は普通に買い物をですね…こっちの…」
「っと…お前は…赤マント…」
「ど、どうも…」
キブヤーさんはワタシの手で示したグランを見るなり驚いた顔をしてみせる。
3年前の騒動もあっての事だろうが、グラン、この赤いマントの男は当事の渦中の記憶が残るヒトには近寄りがたい印象がのが強い。
「…」
「…」
気まずい沈黙が続き、膠着した事に耐え兼ねて、ワタシは本来の目的を進めていく。
「あ、あーっと、そ、そうだ、キブヤーさん。値引き品でいいんで、お値段手頃な剣ありません?」
「え?あ、ああ?今度は普通の剣でいいのかい?それなら、そこの樽に立て掛けてるの全部がそうだけど。」
キブヤーさんがワタシの横に指差す樽には片手で扱える<長剣>の類が鞘に収められた状態で立てて置かれている。
樽の中の剣達はどれもがまばらで綺麗に部品が統一されている様なものはない。
「試し振りは?」
「刃を痛めないなら外で振るには構わないよ。」
「ほら、グラン!樽ごと持ってく!」
「お、おう!?けど俺は剣を直しにだよな?」
「いいから!」とワタシは剣が詰まった樽を持ったグランをそのまま彼の背中を押し店の外へと押しやる。
「あはは、すいません、キブヤーさん。」
「あ、あぁ、ごゆっくり…」
キブヤーさんは呆気に取られた姿でワタシ達を見送りつつ、ワタシは樽の中の一振を手に取りグランに渡した。
「で、どれを振ればいいんだ?」
「え?一振りずつ、全部だけど?」
「…」
「…」
―――
赤いマントがたなびき、刀身が陽を受けて煌き、風を切り裂き音を立てる。
「どう?何時もの赤い剣と比べて。」
グランは手に取った剣を右腰に帯ると、<普段通り>にと、抜剣し、何度か振り抜く。
「…うーん。コレはないな…。抜き難し、払い難し。帯剣時もバランスが悪い。」
「はい、じゃあ、次。」
ワタシはグランの感想を適当な紙に記すと、新しい1本を投げ渡す。
グランは先ほどの剣を鞘に納め、隣においた樽に差し込むと、剣を受け取り、帯び直し、同じ様に抜剣し、数回素振りをする。
「抜きはいい方か、払いはまぁまぁだな。…って、なんで、こんな事、するんだ?」
「えーっと、じゃあ次はコレかな。」
「…いや。だから、こんな事してる理由を言えよ。時間が無いんだろ?」
「…グランってさ。変わった帯剣に剣の使い方してるじゃない?ハイ、次。」
ワタシは次の剣を渡し、グランはそれを受け取り、また同じように2、3回ほど、空を切る。
「抜きは良好、払いは難し。…そうか?」
「まぁ、ワタシもそんなに他人が剣を使う様を何度と見てるわけじゃないけど。少なくとも利き腕側の腰に帯剣するのはグランくらいかな。」
「フム。…考えても見なかった。」
グランは額を拭うと、少し考える様子を見せる。
その表情はこの村、ワタシと叔父の鍛冶場に始めて顔を見せてたときの様な鋭い眼差しをしていた。
「…次は?」
「ハイ、コレが最後。」
ワタシはグランに近寄って最後の剣を手渡すと、グランは受け取った剣をすぐさま、身に着け替えそれまでの動作で品定めをした。
「…ム。これは中々良いな。握りは良く、振り易し。抜きがやや悪いが。」
「そう、じゃあソレと…<抜き>が良いって言ってた…コレね。じゃあ、ワタシは片付けしておくから清算しておいて。」
ワタシは紙の記したものを便りに1本取り出してグランに手渡すと、グランは「分かった。」とだけ答え店の中に戻って行く。
「…この2本、買います。」
「あ、あぁ毎度…」
残りの剣を店内へ戻しに入り除くと、ぎこちない2人のやりとりにワタシはクスリと笑みが漏れた。
「じゃあ、キブヤーさん。また。」
「あぁ、ミウル、またな。」
ワタシはキブヤーさんに手を振り、店を後にする。
グランは買い込んだ荷物を抱きかかえ、店先で待っていた。
「お待たせ。で、色々な剣を振るったご感想は?」
「あ、あぁ。まぁ同じ長剣でも個性ってものがあるんだな。と、だから、しかし何故に?」
グランは不思議そうな顔で、ワタシに尋ねてくる。
「…でしょ?それでさ、その<赤い剣>よりグランに一番使い易い見合った剣があるんじゃないかなって。」
「まさか、<それ>をやってみたくて剣を直したい言い出したんじゃないだろうな?」
「剣がこのままだと死んでしまうのは本当よ。でもまぁ、<それ>はやってみたい事の<一部>かな。」
グランは眉間にしわを寄せながら、頭を掻く。
「詳しい事はちゃんと話してあげるから!ほーら!日が沈んだら道が見えなくなるんだから!キリキリ歩くの!」
ワタシはグランの背中を肘で小突き、急かして歩き出す。
グランは観念したのか、してくれたのか、それ以上の追求はせず、ワタシの後に続く。
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