7-4.剣の募る日々に
専属の契約が決まると、後はベルゼー卿からの指示があるまで待機として、私達は一時解散。
ミカちゃんは屋敷の一部を私達用に開放してくれると、今まで顔を出さなかった使用人達と共に出かけて行ってしまった。
必然的に今日は休息となり、各々は自由行動へと移っていく。
私はまだ昼下がりだったというに、割り当てられた豪華絢爛な部屋に浮かれる事も無く、ベッドの上で早速ぐるりと丸くなるとそのまま眠りに就いてしまっていた。
外は静まり、暗く、肌寒くなったとき、私は目が覚め、ベッドから降りて窓の外を見る。
月明かりが照らす屋敷の庭は綺麗に手入れが行き届いており、花壇の夜光花が暗く静かな庭園を彩っていた。
そんな夜景を見ながら喉を潤そうとするも、水筒の中身は空になっており、部屋の水差しや水瓶も水は移されていなかった。
私はしぶしぶと部屋を出て、何処かで水が飲めないか屋敷内をうろつく事にした。
部屋を出ると、もう真夜中だというのに、屋敷の廊下は手灯は必要としない程、灯りが並んでおり、私はその中を進んでいく。
「あ、フレイン。」
すると廊下の椅子にはフレインが膝に肘をつけ、何か小難しい顔して座っていた。
私が声をかけ、こちらに気付くと彼の表情は何時もの顔に戻る。
「あぁ、ラミーネか…。どうしたんだい?」
「いや、水を貰おうと思って…。フレインは?」
「…まぁ、ちょっと、考え事に夜風でも当たろうと思ってね。」
フレインは苦笑いを浮かべると、視線を私から前の中庭に戻す。
私は彼の隣へと座り、同じように前を向いてみる。
そこには、先ほど見た、夜の風景が屋敷の中庭にも見受けられた。
そして、その景色は私の心を落ち着かせてくれるようで、自然とその光景に見入ってしまう。
ふと横を見ると、フレインもまた同じ様に、静かに、じっと見つめていた。
「…あの剣、直せるといいね。」
「…すまない。皆には色々と隠し事をしていて…」
ふと、呟いた言葉に、フレインは申し訳なさそうにする。
そんな彼に私は首を横に振る。
「まぁ、そこはお互い冒険者だからね。私だってまだシャオリーにすら言ってない事一杯あるんだから。」
フレインは少し驚いたように目を見開くと笑って返してくれる。
「あぁ、そうだね。互いに知らない事はまだまだだ。これからも宜しく、ラミーネ。今後も頼りにしてるよ。」
そして彼は立ち上がり、恥ずかしげも無く、私に手を差し伸べてくる。
「あはは、力が及ぶといいんだけどね。こちらこそヨロシク…」
私もその手を握り返し、立ち上がる。
彼の握手から込められる力は真っ直ぐで迷いや疑いを感じないどこか晴れ晴れしているものだった。
「…」
「?…どうかしたかい?」
「ううん!!なん、でも、ない!」
「そ、そうか。それじゃあ、僕はこれで、おやすみ。」
「うん、おやすみ…」
立ち去るフレインの後姿を見送ると、私は彼と握手をした手を眺め、掌を強く握り締めてみる。
私の力は彼のと比べ弱く、掌に食い込む指、その姿勢も何処かまばらだ…
あれが彼の心を感じ取れたのだとしたら、彼も私を、私の迷いやためらう心を感じてしまっただろうか。
「私、何で冒険者やってるんだっけ…」
故郷を出る決意をした、あの日の海を、あの日の夕陽と空と海を私はまた思い出す。
「私は進んでいるの…?それとも逃げているだけ…?」
通路の灯りに1匹の羽虫が当たりコツコツと音が鳴る。
灯りの枠には見えないガラス板が遮るというのに、例えその先へ行けたとしても灯りにその身を焼かれてしまうかもしれないのに。
虫は灯りを目指し進んでいく。
解っていても、解らなくても、見える導に向かう事しか出来ないのか。
―――
「PU、Gyue…!!」
魔物の悲鳴が坑道内の大広間にて響き渡る。
坑道のランタンの明かりが、赤い石晶剣の刀身、その切先の一閃を放つ様を照らしていた。
悲鳴をあげた魔物、ヒトの1/3程度の小型の魔物である<ケイブリン>は、赤き一閃に1匹、2匹と両断されて行く。
一閃放つは剣、それ振るう者からは、剣と同じ色の赤いマントに、赤い襟巻き、それらが剣戟の勢いでたなびき、今度は深く沈んだかと思うと高く飛翔する。
飛翔した赤マントの男の先に相するは、ヒトの数十倍はあろう、先の小柄ものとは文字通り雲泥の差となる巨体へと成しているケイブリンが鎮座していた。
そして再び剣は坑道内の灯りを受け、一閃を赤く照り返すと、巨体の頭部にへと振り下ろさる。
切先は頭皮を裂き、骨を砕き、肉と骨を断つ鈍い音を鳴らしながら減り込んでいく。
「PUGYUEEEEEE!!」
会心の赤き一閃を受け、裂けた肉体から巨大ケイブリンはドロの様なあせた色の体液と血液を噴出し、苦痛の叫びをあげながら、もがき、もがき暴れ果て、遂には叫びが断末魔となって地に屈した。
頭部に減り込んだ赤い剣にぶら下がり、最後の足掻きを耐え抜いた赤マントの男は、<足場>が沈黙したのを確認すると両足が着く場所へと這い上がる。
「…ふぅ。あー、やだね。やだやだ。」
赤マントの男はその不快感に愚痴をこぼすと、前髪の先端に滴る浴びた血を指で拭い取り、血を拭った逆の手でコンパスと一枚の研紙を取り出しては血を研紙に塗り着けた。
そして、コンパスに血の染みた研紙を取り付け、針を変え、縁の摘みをカチカチと音を立て弄ると針が震え出し始めた。
「フム。」
針の震えが止まり、その先端を指し示す目盛に赤マントの男は眉を歪めながら覗き込む。
この赤マントの男、グランは、路銀稼ぎに洞窟内に住み着く魔物、<ケイブリン>の討伐依頼を受け、コンパスを用いて残る魔物の数を測っていた。
針が方角ではなく、依頼の求める値を指し示すと、赤マントの男は血に紛れない様に印を付け、研紙を腰のポーチへと仕舞う。
「…ったく、こんな大物が出るなら別の依頼にするんだったな。」
<ケイブリン>は洞鉱内に繁殖する定番の魔物であるが、互いに融合し巨大化するのは噂話に聞く程度だ。
ババを引いた事へ愚痴濡れた溜め息の後、首、肩を回しながら依頼の完了に安堵の息を吐き、赤マントの男は緊張を緩める。
しかし、その時。
「ABYO!?」
「GYOPUU…」
融合が不完全だったのであろうか、死骸となり今や肉の足場となった巨大ケイブリンの一部、その幾つかが捲りあがり、小さい、先ほどの本来の姿のケイブリンへ形を成していった。
「…ハッ、文字通りの死に損ないかよ!」
剣は足場の下、側面であり、つまりは丸腰、<何時もながら>イレギュラーが起きた事にイラ立ちながら、赤マントの男はケイブリン達に右手を向け、魔法による応戦を決める。
「――グライ、ハス、アム、ウル!<オシレイション>!!」
短節の詠唱を終えると、天井と足場に浴びている砂、塵が巻き上がりまだ臨戦態勢の取れないケイブリン達へと纏わり着く。
そして、砂塵はケイブリンを包み込む掌と成ると、ギチギチと握り絞め、その身を砕き潰していった。
「GYOPUE!?」
「PoGYu!?」
砂からはみ出る肉体が圧に負け、内側から弾けるとケイブリン達は先の<足場>の一部に戻った。
「…コレじゃ死骸が残る限りまだ復活するヤツが出るんじゃないか? とりあえず依頼達成とはいえ大丈夫なのかね。」
しばらくの静寂を計ると、赤マントの男は再び溜め息を吐き、後ろ髪をくしゃりと掻きながら、減り込んだままの剣の回収しに向かった。
「…ん?おや?」
側面に身体を這わせ、剣の柄を手に取り引き抜こうとするも、抜ける様子がない。
男の剣は鍔の無い代物ではあるが、柄も僅かに埋まり刀身が返しとなるほど、死骸深くまで入り込んでしまっていた。
力任せに引き抜くのがダメならとグランは刀身を掻き回し、口を広げようとするも体液が粘りつき、死骸は肉厚のゴム塊が如くと成っている。
「んぎぎぎっ!…クソッ。」
肺の中の息が尽き、柄を握る手がすっぽりと抜けるとグランはぜぇぜぇと息を荒げ、別の手立てに思考を走らせた。
「…じゃあ、コレならどうかね!」
剣の上部に回り込み、柄に足をかける、体重と足の踏ん張りがあれば、肉と体液を圧し断てると見積もった赤マントの男は早速実践に移す。
柄に力をゆっくりと掛けると、柄は外へと沈んでいき、目論見通りに剣を埋めた傷口が徐々に広がりだしていく。
「ヨッシャ!いけた!」
このまま一気に、そう、その考えが即時に足へと伝わったその瞬間である。
赤マントの男は自身がなぜこの巨大ケイブリンの頭上へ一閃入れられたのかを思い出した。
頭上への跳躍は左腕に埋め込んだ特殊な楔を転用し、魔力放出を促し、強化された足、脚力によるものと。
そして、その楔は左腕に戻していない事を。
「―――あ…」
―――…ピシリッ
刀身から軽いながらも、高く響く音と共に、違和感と悪寒が柄に掛けた足へと走った。




