7-3.剣の募る日々に
再びミカちゃんから口にされた<魔神>という単語にフレインとダッカの背筋と表情に緊張が走ったのが伺えた。
「…<魔神>って大昔の怪物の事よね?覇王時代の終わりに覇王が空けた巨大な竪穴から湧き出したっていう?」
「大昔とは言うがの、魔神の目撃例が劇的に減ったのはせいぜい100年程前からじゃ。その勢力が弱体化したとはいえ、今も魔神は何処かに出没しておる。根絶はまだされておらんわい。」
魔神はその一体に対し<軍>を動かさなければ退治できないと言われる、桁はずれた力を持つ怪物、モンスターの総称だ。
だが、私達、端場で活動する冒険者ではその分類上の名前こそ知れ、そんな文字通り<伝説的>な怪物など見る事はない。
そういう類の代表格である<成体の竜>すら、遭遇し、戦闘し、その生き残りの伝聞の極々僅かが吟遊詩人の詩のネタとして広まる程度。
ダッカの<小国の騎士団長>という肩書きが判明した事と、その反応で噂話の<魔神>の像がいくらか現実味を今、帯びてきたくらいだ。
事、<魔神>への事情を知り、会話の中心となる3人には姿勢に<真面目さ>が出ているが、私とシャオリーには共感する余地が無く疎外感が出始めている。
「でもボク達が議題にあげるのは、正確に言えば<これから魔神となりうるもの>さ。差し詰め<魔神の卵>かな。」
「それを、錬金六席、…錬金術ギルドはどうするつもりだったのですか…?」
ミカちゃんは手に残る菓子を口に放り投げると別の菓子へと手を伸ばし、シャオリーの質問に空を眺めて露骨に思考する体を見せ付けると口を開いた。
「今のところ分かれている意見は2つ。見かけ次第処理する派閥と利用価値を求めて回収する派閥にね。」
「魔神を利用!?錬金六席はあんなバケモノを<利用出来る>なんて考えてるのか!?」
「…ダッカ。」
「す、すまん…」
激昂を抑えられなかったのか、突如席を立つダッカをフレインは諌め、我に返るダッカはばつ悪く席に座り直した。
ミカちゃんは特に何も言わず、態度も平然としたまま、再び話ができるまで菓子を口へ頬張っていた。
そして、私達に話を聞く姿勢が戻ったと見ると、菓子を飲み込み、それをお茶で流し込むんだ後。再び口を開く。
「うん、そう。ボクともう1人が処理派。1人が利用派。残りの3人は未回答。<利用出来る>と考えているのは1席だけだよ。」
「なんだぁ、じゃあ処理派が優勢じゃない。」
「うん、だが、処理をする事もできないんだ。錬金六席が議題を可決し、ギルドの予算を運用に移すには4席以上の賛同が必要だからね。」
「未回答が多いとどうなの?」
「現状維持。つまり、今のボク達は<魔神の卵>を発見しても見ぬ振りをするって事さ。議題には上げ続けられるけどね。」
「…何故、可決しない議題をあげ続けるのですか?」
「他の者達が<勝手な行動>をしない為にさ。錬金六席の議題にあがったものは議論の最中は全て互いに睨み合う形になるんだ。」
頭を冷やす為か、ダッカはアーカムの様に腕を組み、目を閉じ、しばらく沈黙する構えを示していた。
その代わりといっては何だが、私とシャオリーはミカちゃんから円滑に情報を引き出すために疑問を投げかけていく。
「だから1席が議題にもない<勝手な行動>をしていた場合、他の者達がそれに気付き危険視し、議題にあげる限りその者の行動を止める事ができる。」
ミカちゃんは度々、お茶を口にしながら、私達の顔を何度と見通しながら話を続けていく。
彼女の姿勢と口調からは常時、無気力で気だるそうな振る舞いだが、やはり目、目だけには少女のものとは思えない相反した鋭さを感じてしまう。
「まぁ、足の引っ張り合いにもなるけどね。とりあえず<魔神の卵>に関しては処理派の1席、未回答の1席から議題にあがり続けている。だけども全面的に関与するにはリスクが高い。と、いうのが今の錬金六席と錬金術ギルドの表向きの総意となってるんだ。うん。」
「では、利用派はこのまま動けず問題無いのでは?」
「うん、うん、他がそれだけお行儀良くしてくれていれば、苦労はしないんだけどね。」
ミカちゃんは大きく息を吐き出し、空のカップをテーブルへ置くと、ぴょんと跳ねては、背もたれに深く寄り掛かりだした。
「もう既に利用派とそれに組してる者は議題にあがる以前、幾度と<魔人の卵>の回収にアプローチを仕掛けてきたと睨んでいるよ。そして、今後はボクの考えと同じ事を既にしているはず。で、それがキミ達への<専属としての依頼>ともなる。」
「と、いいますと?」
「<魔神の卵>の処理を、キミ達は<キミ達自身の判断>として行って欲しいんだ。」
「専属の冒険者でありながら、<専属者の依頼>として受けない。と、いう事ですか?」
「うん、表沙汰にはボクの<勝手な行動>にならない為にね。だから事前に何らかと<魔神>との関わりを強く持ってる人物を探していたんだ。」
「…それで<ダーレン>に辿り着いた、という事かの。」
深く呼吸をし終えるとダッカは姿勢を戻し、再び話に乗り出して来た。
「まぁ、うん、キミ達に目を着けたきっかけは……ラミーネ。キミなんだけどね。」
「ふぅん…、私なんだ。」
私はお茶に口にするとミカちゃんの視線は真っ直ぐ、私の視線と合致していた。
ミカちゃんの鋭い瞳、その瞳孔の奥深くから放たれる視線が待ち針の様に私を縫い止めてくる。
この僅かな気配が周囲にも伝わったのか、仲間達が次々に私へと視線を向けてきた。
「…………はッヘッ?わ、私!?」
「うん、うん、ネレイド族、ましてや里の外へ出ている者なら何かしら外への<大龍心洞>への接点を作り出すものだと思ってね。」
<大龍心洞>、先の話から聞くこの単語を私は知らない。
だが、彼女の視線からは私に何やら<期待>を感じ取れ、仲間達からも近いようなものが出ている。
<龍心洞>は魔術院の授業で何度か耳にした事があるし、これまでの冒険者生活の中で話には出て来た事はある。
しかし、私は<ソレ>と<コレ>とが何処までが同じなのか、単語が類似しているだけなのか、知らないでいた。
「えーっと、あの~、私達ネレイドと、その<大龍心洞>と、との共通点が見えないんだけど…。あとそれは、<龍心洞>と何が違うの?」
意を決し、恥を覚悟で私はこの<知らない事>を尋ねる。
………
ミカちゃんだけならまだしも、私へ視線を向けた仲間達も含め、その瞳が丸くなり、固まりだした。
「え?え?」
「…うん、…うん、<キミ>がそれを聞く事に皆ビックリしてるんだよラミーネ。」
「毎度、ここぞという時にお前が関わってくると本当に緊張感がなくなるのぉ…」
「だからぁ、なんで!?」
ダッカは頭を軽く掻き毟りながら息を大きく吐き出しては私に対する評価を見せつけてくる。
「<大龍心洞>はネレイド族達にはむしろ他人事じゃないはずだわい。今や唯一残るといわれる<大精霊>より上位の存在、<水の極精霊>が宿り、古今東西に知れ渡る数少ない<大龍心洞>で最も有名なのは<ラの海の里の海霊宮>。つまりは、お前の故郷そのものの事じゃ!」
「え…えぇ~!?、そんなの初耳よ!!」
「……知らなかったんですか…ラミーネ。」
「シャオリーまでそんな目で見ないでぇッ!」
皆の視線からは私に<常識以前>を求められる、辛辣なものであった。
<ネレイド族のくせに大龍心洞事態を知らないだなんて>と。
その中でシャオリーからも、そのとても残念そうな視線が送られてくるのは耐え難いものだった。
「シャオリー、本当におまえさんと同じ魔術院の卒業生なのかの?魔法を使うものならば行き当たる知識のはずじゃろ?」
「えーっと…実技に関しては、文句なしだったのは間違いありません…」
シャオリーからは複雑な表情が映し出される。
「そ、そんな事言われても…!私達の衆が海霊宮の本殿へ奉仕に行くのは成人してからだし…。歌妃や騎士の族衆だったらもっと早い内に行っただろうけど…私の家は呪術者で…私自身は成人のその前に里を抜け出しちゃったし…。そもそも故郷にそんなのがあるだなんて…」
「…<大龍心洞>。」
そんな私がただただ申し訳ない気持ちに沈む中、コレまで沈黙の姿勢をとり続けてきた1人の口が開く。
「人為的に<エーテル流>を構築、制御し、その力を利用する太古の機構遺跡。現代ではそれを完全再現するのは不可能とされる。原則的には機能は<龍心洞>と同じ。だが、そのエーテル流量は<龍心洞>と比べ膨大。それだけでエーテルを生活に、産業に、資源化、更に一定水準まで維持した上で割り振る余裕が生まれる。その為に発見され次第、周辺諸国や上下関係で小競り合いが起き、発展途上の国では秘匿され極秘裏に運用される傾向にある。」
………
「基本的な事は以上だ。」
「あ、ありがと。アーカム…」
アーカムが口を開き終えると、パーティ皆はどこか姿勢が正しく改まっていた。
彼が口が開き、意見を出すのは物事が進まない事を示す。
それはこの場にいるパーティの誰もがこれまでの行動の中で理解しているからこそである。
皆からの厳しい視線は無くなったが、アーカムは皆の変わりにそれ以上の厳しい眼差しを私に向けた後、彼は再び姿勢を戻した。
「まぁ、まぁ、ネレイド族達の<ラの海の里>は外との交流が少ないのは確かか。それに、大陸大都の住人達だって<龍心洞>ありきで生活が成り立っている事を知らないのも多い。一般人からしたらその程度の認識だよ、冒険者も含めてね。…流石にボクもびっくりしたけど。しかし、うん、そうか、ラミーネの階位の族衆と家でも大龍心洞に接点が無いのか…。いや、調査が不足していたという事かな…?」
ミカちゃんもアテが外れた事に私を責めず、気持ちの切り替えと周囲へのフォローまじりにぶつくさとつぶやく。
「むぅ…それよりも、何で私の家が調べ上げられたのよ。」
「うん、うん、まぁ、そこは企業秘密ってトコロだね。」
そう、ミカちゃんは体のいい謳い文句で質問をはぐらかす。
「まさか、<大精霊>も知らないとは言わんくれよ。」
「それは、まぁ、<ヴル=アクリア>の事なら里から出ない内…、小さい頃から散々聞かされてきたからわかるわよ…」
「ふむ。」とダッカはこちらに疑念の目を向けるが、すぐさまに諦めの冷笑で顔を歪ませ視線をはずした。
「むぅ…」
「まぁ、さて、さて、話を戻すとしようじゃないか。」
「…ワシらの<専属の仕事>じゃな。」
ミカちゃんはテーブルへ寄り掛かる姿勢に移り、納得のいかない私を余所にあげつらうように話は進められて行く。
「先にも言ったように、今後キミ達は<自らの意思で>魔神を対処する者達として活動して欲しい。そして…」
「…それは利用派も同様…ですか。」
「うん、うん、その通り、<魔神の卵を自らの意思で>回収するヤツが出てくるはずだ。これにも対処して貰う事にもなる。代わりにフレイン君の剣はボクが直す手段を見つけ出し、ダーレン調査の手筈も整えると約束するよ。もちろんダーレンに関わりの薄い他にも報酬が出る。ただ、資金源を追われない様にする為に通常依頼の形式と成果報酬となってしまうけどね。冒険者としての<箔>は着かなくなってしまうけど、いいかい?」
「ふぅ、この席に着いた時点で断る事は出来ないようじゃの。…ったく、大したお嬢ちゃんだ。そんな齢で身内の化かし合いの席に座っていられるのじゃからな。だが、悪事の加担でないとわかれば願ってもない事じゃ。なぁ?フレイン。」
ダッカは顔に降参と浮かべながらフレインに視線を送る。
「あぁ、もちろんだ。他の皆も、いいかい?」
フレインはダッカの投げ掛けに頷くと、顔から力強い決心の笑みが生まれ私達に向けられる。
ダッカはもとより、シャオリー、アーカムも何も言わず、頷いて返事をする。
ミカちゃんも満足げな表情に成っている。
私はというと、まだ少しだけ不満が残っていたが、これは冒険者としてなら十分過ぎる躍進だ。
気の迷いを首を振って払い、私も皆と同じよう、力強く、頷いて答えた。
「うん、うん。話は決まったね。これからヨロシク頼むよフレイン君。」
「はい。宜しくお願いします。」
そして、2人が握手を交わそうというとき、ミカちゃんの手が止まる。
「…えーっと……ミカ…様…」
「うーん。フレイン君10点。」
「…精進します。」
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