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異世界で魔王を倒したら、金髪碧眼の美少女になって日本に帰ってきた件  作者: もも


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早朝のレスキューマラソンと、秋晴れのオータムフェスト

九月も下旬に差し掛かり、北海道の朝夕はすっかり冷え込むようになってきた。


小樽の街を包む空気は、夏場の生温い湿気を完全に忘れ去り、肺に吸い込めばツンと冷たい、澄み切った秋の匂いがする。窓の隙間から入り込む微かな風が、季節の移り変わりを確かに告げていた。


午前五時。


まだ空が白み始めたばかりの、静寂に包まれた安アパートの寝室。


オレンジ色の常夜灯だけが点る薄暗い部屋で、大暮ヨウは深い眠りの底に沈んでいた。


本来、レベル99の金髪美少女勇者・クレアの肉体は、これほどの長時間の睡眠を必要としないはずなのだ。しかし、その中に入っている四十九歳の元高校教師のおっさんの脳髄は、日々の自動車教習所通いやら、夜な夜な二人の美女から受ける激しい「可愛がり」やらで、常に精神的疲労の限界を彷徨っている。


ヨウの右腕には、うねるような真紅のロングウェーブヘアを持つ元魔王アイリーンが、まるで特大の抱き枕にでもしがみつくかのようにガッチリと四肢を絡ませ、スヤスヤと平和な寝息を立てていた。彼女の豊満な胸がヨウの腕に押し当てられ、規則正しい呼吸のたびに心地よい温もりを伝えてくる。


「――カーン! カーン! カーン!! 朝だよーっ!! 起きなさいお寝坊さんたち!!」


突如として、静寂に包まれていた寝室に、けたたましい金属音が鳴り響いた。


「うおぉっ!?」


「ひゃうっ!?」


ヨウとアイリーンは、まるで雷にでも撃たれたかのように布団の中で大きく跳ね起きた。


薄暗い部屋の中心で、仁王立ちになっている影がある。愛妻の祭だ。彼女は左手に愛用の黒くて重い「鉄のフライパン」を構え、右手のおたまでそれをガンガンと容赦なく打ち鳴らしていた。


百五十八センチの小柄な身体からは想像もつかないほどの、凄まじい声量とエネルギーの塊である。


「お、おい祭……今何時だと思ってんだ……外、まだ真っ暗だぞ……」


ヨウは、絶世の美少女の顔をくしゃくしゃにして、恨めしそうに祭を見上げた。隣では、アイリーンがオッドアイを涙目にさせながら、ヨウの背中に隠れるようにしてガタガタと震えている。


「現在時刻、午前五時ジャスト! 清々しい秋の朝だよ!」


祭はフライパンを下ろし、太陽のような満面の笑みを浮かべた。


「マ、マツリ様……魔王城の朝礼でも、こんなに朝早くはありませんでしたよぉ……」


「文句言わないの! 今日は待ちに待った休日! そして、今日は札幌の大通公園で開催されてる『さっぽろオータムフェスト』に行く日なんだから!」


祭がビシッと二人を指差す。


さっぽろオータムフェスト。それは、北海道中の美味いものが札幌大通公園に大集結する、秋の巨大な食の祭典だ。肉、海鮮、ラーメン、スイーツ、ワイン。あらゆるカロリーと欲望が渦巻く、道民にとっての一大イベントである。


「だからって、朝の五時に起きる必要はねぇだろ……」


「あるの! オータムフェストで限界まで美味しいものを詰め込むためには、極限までお腹を減らしておかないといけないでしょ! というわけで、さぁ走るわよ!」


祭の有無を言わさぬハイテンションに押し切られ、ヨウとアイリーンは渋々ながらジャージに着替えることになった。


***


午前五時半。小樽運河沿いの石畳を、三人の影が駆け抜けていく。


「はっ、はっ、はっ……!」


先頭を走るのは、黒髪をポニーテールに束ねた祭だ。


合気武道の達人であり、日々の立ち仕事で鍛え上げられた彼女の身体は、並の成人男性を軽く凌駕する体力を持っている。小樽運河から臨港線へと抜け、冷たい海風を全身に浴びながら、彼女は軽快なピッチで走り続けていた。


しかし、彼女のすぐ後ろをピタリと並走する二人だけは、どれだけペースを上げても息一つ乱していなかった。


「ヨウお姉さん、潮の匂いが気持ちいいですね! 海鳥も飛んでいますヨ!」


「おう。でもあんまり周りキョロキョロすんなよ。朝早くても散歩してる人がいるからな」


レベル99の勇者の肉体と、元魔王の肉体。


チート級の筋力と心肺機能を持つ二人にしてみれば、この程度のジョギングは、ウォーキング以下の負荷でしかないのだ。普通に会話しながら、涼しい顔で並走している。


「陽、アイリーン……あんたたち、全然疲れてないじゃない……っ!」


走り始めて五キロ。小樽港のフェリーターミナルを過ぎたあたりで、ついに祭の息が上がり始めた。純粋な持久走となれば限界がある。ましてや、化け物じみたペースで走る二人に無意識に張り合ってしまったため、完全にオーバーペースだった。


「おっ、祭、大丈夫か?」


ヨウが心配そうに覗き込むが、さらに数百メートル走ったところで、祭の足がもつれ、ガクンと膝から崩れ落ちそうになった。


「危ねぇっ!」


ヨウが咄嗟に腕を伸ばし、祭の小柄な身体をしっかりと抱き止める。


挿絵(By みてみん)



「はぁっ、はぁっ……くやしい……あんたたちの無尽蔵の体力、ズルい……っ!」


祭は、ヨウの腕の中で肩で息をしながら、悔しそうに唇を噛んだ。


「ほら、無理すんな。おぶってやるから乗れ」


ヨウはそう言うと、祭の前に背中を向け、しゃがみ込んだ。


「え……でも、重いよ? 私、最近ちょっと食べすぎてるし……」


「バカ言え。お前一人くらい、いいウエイトだ!」


ヨウが、おっさん特有のデリカシーの無さで、正直すぎる感想を口走った。


「なんもフォローになってないわよ!!」


背中に飛び乗った祭が、恥ずかしさと怒りからジタバタと大暴れを始めた。ヨウの首を絞めるようにギュッと腕に力を入れ、背中の上でドタバタと暴れ回る。


「うおわっ!? ちょ、祭、暴れるな! バランスが……!」


ヨウが体勢を崩しかけた、その時だった。


「アブナイです、ヨウお姉さん!!」


アイリーンが真剣な顔で後ろからピタリと張り付き、祭のお尻の下からヨウの腰ごと、両腕でガッチリとホールドして支えた。


前を走る金髪美女が黒髪美女をおぶい、その後ろから赤髪の美女が二人ごと抱え込んで走るという、あまりにも異様な光景。


「ちょっとアイリーン! 変なところ触らないでよ!」


「マツリ様が落ちてしまっては大変です! 私がしっかり支えますから!」


「おい、お前ら二人して俺の背中でわちゃわちゃすんな! なんだこれ、レスキューの大会の訓練か何かか!?」


ヨウのツッコミに、祭とアイリーンが吹き出した。


秋の涼しい海風の中、三人の明るい笑い声が、小樽の朝の空に高く響き渡っていった。


***


アパートに帰り着いた三人は、しっかりと水分を取って汗を引かせてから、お風呂へ向かった。


小樽の古い安アパートのユニットバスは、一人で入るのがやっとの狭さだ。しかし、この三人は、いつからか家族として一緒に入るのがすっかり当たり前になっていた。


「アイリーン、背中流してあげるから、ちょっと前屈みになって」


「ハイ! あぁんっ……マツリ様、そこ、もっと……ひゃうっ」


祭がアイリーンの赤い髪をかき分け、スポンジで丁寧に背中を洗っていく。


少し強めに擦るだけで、アイリーンの口から、ゾクゾクするような艶かしい声が漏れ出した。元魔王の身体は、ヨウとの幾度もの夜の交わりを経て、異常なまでに感度が上がりきっているのだ。狭いユニットバスの空間に、むせ返るような雌の匂いと熱い湯気が充満していく。


「おいおい、朝からエロい声出すなよ……って、わぁっ!?」


「んふふ、陽も油断だらけだね」


不意に、祭が背後からヨウの金髪をかき分け、暴力的なまでの巨乳を両手でむぎゅっと揉みしだいた。


「ちょ、祭、やめ……あぁんっ、変な声出るだろ……っ!」


男の魂が入っているとはいえ、身体は完全に女性の性感帯を備えている。不意打ちで胸を弄られ、ヨウの口からも情けない甘い声が漏れた。


「ゴシュジンサマの胸、柔らかいですぅ……えいっ」


「アイリーンまで触るな! んあぁっ! お前ら、風呂が狭いんだから暴れるな!」


キャーキャー、ワーワーとイタズラし合う三人の声が、狭い風呂場に響き渡る。お互いの裸を見慣れ、触れ合うことにも慣れきった、最高に騒がしくて幸せな時間だった。


風呂から上がると、ヨウがアイリーンに合図を送る。


「アイリーン、いつもの頼む」


「ハイ!『温風乾燥(ドライ・ブリーズ)』!」


アイリーンの指先から心地よい微風が巻き起こり、三人を優しく包み込んだ。濡れた髪と身体は一瞬でサラサラに乾く。生活魔法のあまりの便利さに、ヨウは何度経験しても感心してしまう。


「さて! みんなお腹ぺこぺこだと思うけど、朝ごはんは抜きです!」


祭がパンッと手を叩いて宣言すると、アイリーンがこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべた。


「あ、朝ごはん……ナシ、ですか……? マツリ様……私、お腹が空いて、魔法が暴走しそうですぅ……」


へたりと床に座り込む元魔王の姿に、ヨウが呆れながら助け舟を出す。


「おいアイリーン、我慢しろ。今日のオータムフェストってのはな、ジンギスカンとか、特大のホタテ焼きとか、十勝牛のステーキ串とか、北海道中の美味い肉と海鮮が無限に並んでるんだ。今ここで食べたらもったいないだろ。向こうに着いたら、腹がはち切れるまで食わせてやるから!」


その言葉を聞いた瞬間。


「……神ノ宴……! 肉! カニ!」


アイリーンのオッドアイに、カッ!と狂信者のような光が宿った。


「私、我慢します! オータムフェストのために、胃袋のスペースを完全に空けておきます!」


現金すぎる元魔王の劇的な復活に、ヨウと祭は顔を見合わせて大笑いした。


『ピンポーン』


その時、アパートのチャイムが鳴った。


「はーい! 開いてるよー!」


祭がドアを開けると、見慣れた黒髪の少女が顔を出した。古神道結社・八咫烏のエージェントであり、ヨウの元教え子である葉室珠子だ。今日は休日のため、いつもの巫女服ではなく、秋らしいベージュのトレンチコートに、スキニーデニムという大人びた私服姿に身を包んでいる。


「おはよう。……呼ばれてきたよ」


「珠子ちゃん! おはよう! 朝早くからごめんね!」


祭が駆け寄り、珠子を歓迎する。今日は祭が「いつもお世話になっているお礼に」と、珠子を招待したものだった。


「今日は私が運転するから」


珠子はそう言って微笑むと、ヨウの碧眼を真っ直ぐに見つめた。


「……それに、ヨウたちの役に立てるなら、嬉しいし」


微かに頬を染めながら告げるその言葉と視線には、かつての恩師に対する、隠しきれない重めの愛情がはっきりと滲み出ていた。


祭はそんな珠子の肩をニコニコしながら抱き寄せた。


「ありがとうね、珠子ちゃん。来年は珠子ちゃんも二十歳になるし、そうしたら全員でお酒飲めるから、来年は絶対に電車で行こうね!」


「うん、祭さん。約束」


祭の裏表のない優しさに、珠子も心の底から嬉しそうに頷いた。


***


珠子が運転するスタイリッシュなSUV、CX-60は、札樽自動車道を滑るように走っていた。


車内は、終始賑やかだった。


「ねえねえ、まずは何から食べる? 私、やっぱり最初は海鮮焼きかなー!」


助手席の祭が、事前にスマホで調べた会場マップを見ながら目を輝かせている。


「マツリ様、私は肉が食べたいです! 牛の丸焼きというのを探しましょう!」


後部座席から身を乗り出すアイリーン。


「おいおい、最初からそんな重たいもん食ったら腹いっぱいになっちまうぞ。最初はビールと、軽めのザンギで様子見だろ」


ヨウが完全におっさん思考で的確なアドバイスを飛ばす。


「ふふっ。大通公園は広いから、ゆっくり回ろうね」


運転席の珠子も、バックミラー越しに三人のやり取りを見ながら、心から楽しそうに笑っていた。


ヨウという最愛の人。祭という尊敬すべき太陽のような女性。そして、アイリーンという手のかかる妹のような存在。この四人で過ごす時間が、珠子にとっては何よりも代えがたい宝物だった。


やがて、車は札幌北インターを降り、札幌の中心街へと入っていく。


テレビ塔を起点に、西へまっすぐ伸びる巨大な緑地帯――大通公園。


コインパーキングに車を停め、四人が『さっぽろオータムフェスト』の会場に足を踏み入れた瞬間、四方八方から食欲を刺激する凄まじい匂いが襲ってきた。タレが焦げる匂い、バターとホタテが焼ける匂い、スパイスの効いた匂い。


「うわぁぁ……! すごい人! そしてすっごくいい匂い!」


祭が、子供のようにはしゃいで両手を広げる。


「神ノ宴……! これが、人間の本気……ッ!」


アイリーンは、感動のあまり膝から崩れ落ちそうになっていた。


見上げれば、雲一つない抜けるような青空。


暑すぎず、寒すぎず、吹き抜ける秋の風が最高に心地よい。


「ああ。天気も最高だな」


ヨウは、黄金の髪を風に揺らしながら、満足げに微笑んだ。


美味しい食べ物と、愛する家族、そして大切な仲間。


「よし! それじゃあ、食い倒れツアー、開始だ!」


ヨウの号令に、三人の美女が歓声で応える。


四十九歳の元高校教師と、最強で最愛の妻、ポンコツ魔王に、恋するエージェント。


彼らの騒がしくて美味しい秋の休日が、今、幕を開けた。

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