念話でバレた秘密と、妻たちのお仕置き
小樽の古い安アパートの八畳の居間に、湿気を帯びた温かい空気がふわりと流れ込んできた。
古びたユニットバスのドアがガチャリと開き、そこから豊かな湯気を纏って姿を現したのは、大暮陽の最愛の妻である祭だった。二十九歳という年齢でありながら、異世界の若返りの魔法の恩恵を受けた彼女の肌は、十代の少女のように瑞々しく張り詰めている。その身体には驚くほどの生命力と、合気武道の達人としてのしなやかな筋肉、そして男の目を釘付けにする圧倒的なボリュームのバストとヒップが同居していた。
「あー、さっぱりした! 今日もイタリアンの厨房は戦場だったよ……」
濡れた黒髪のストレートロングヘアからポタポタと水滴を滴らせながら、祭は肩にタオルをかけて大きく伸びをした。その瞬間、パジャマ代わりの大きめのTシャツの下で、暴力的なまでの重みを持った双丘がブルンと弾む。
その光景をちゃぶ台の前で見ていた元魔王アイリーンが、赤い右目と青い左目のオッドアイをパァッと輝かせて立ち上がった。
『マツリ様! 湯冷めしてしまいます、私がすぐに乾かしますね!』
アイリーンは、百八十センチという長身を優雅に翻し、祭の背後にすっと立った。彼女の白く長い指先から、ほんのりと温かく、ラベンダーを思わせる心地よい香りを帯びた微風が巻き起こる。ドライヤーの強風とは違う、まるで春の陽だまりのような優しい魔法の風が祭の濡れた黒髪を包み込み、あっという間に根元からサラサラの艶髪へと仕上げていった。
「わあ、すごい! やっぱりアイリーンの魔法は便利だね。ありがとう、アイリーン」
祭は満面の太陽のような笑顔を向け、自分よりもずっと背の高いアイリーンの頭を、まるで大きなゴールデンレトリバーを可愛がるように撫でた。よしよし、と優しい手つきで撫でられるたび、かつて異世界で絶対的な恐怖の象徴であった元魔王は、とろけるような顔になってオッドアイを細めた。
『えへへ……マツリ様のお役に立てて、光栄ですぅ……』
その甘えきった様子を横目で見ながら、レベル99の絶世の金髪美少女勇者・クレアの肉体に入ったままの四十九歳のおっさん、ヨウは、お茶をすすりながら苦笑いを浮かべていた。
「お前ら、すっかり仲良しだな。……ほら祭、アイリーンが腕によりをかけて作った豚づくしだ。腹減ってるだろ、早く食えよ」
ちゃぶ台の上には、アイリーンが異世界から持ち込んだ魔界のスパイスを隠し味に使った見事な料理が並んでいた。サクサクに揚がった黄金色のトンカツ、山盛りの千切りキャベツ、根菜がたっぷり入った豚汁、そしてポン酢でさっぱりと仕上げた冷たい豚しゃぶサラダ。深夜だというのに、育ち盛りの男子高校生もかくやというボリュームだった。
「わぁっ、美味しそう! いただきます!」
祭は手を合わせると、さっそくトンカツに箸を伸ばした。サクッという心地よい音とともに、分厚い肉汁が口の中に溢れる。
「んんっ! 美味しい! お肉がすっごく柔らかいし、衣もサクサク! 豚汁も出汁がしっかり効いてて最高だよ、アイリーン!」
合気武道の達人である祭は、日々の激しいバイトと鍛錬で莫大なエネルギーを消費している。彼女は白米をかき込みながら、本当に幸せそうな顔で料理を平らげていく。その見事な食べっぷりを見ているだけで、作ったアイリーンはもちろん、見ているヨウまで幸せな気持ちになってくるから不思議だった。
「本当に、マツリ様はいっぱい食べてくださるから、作りがいがあります!」
食事の手を動かしながら、祭はふと顔を上げた。
「そういえば、今日は珠子ちゃんと一緒だったんでしょ? 何か進展あった?」
ヨウはトンカツの最後の一切れを頬張りながら、軽く頷いた。
「ああ、珠子のレベル上げを手伝ってな。かなりいい感じに仕上がってきたぞ。それと、アイリーンが気を利かせて、収納魔法の中から『聖剣カミール』っていうとんでもない代物を珠子にプレゼントしたんだ」
「珠子ちゃんに聖剣を? へぇ、それはすごいね。遺跡の調査の方はどうだったの?」
「遺跡の方は、現状維持だな。妙な違和感はあるんだが、特に怪異が暴れているわけじゃない。俺ができる清浄と安定の魔法をかけて、とりあえず様子見ってことになった」
ヨウは努めて淡々と、事実だけを並べた。
その碧眼の奥に、ほんの少しだけ冷や汗が滲んでいることを、ヨウ自身はひた隠しにしていた。数時間前、この居間で、涙を流す珠子を抱きしめ、あわや唇を重ねる寸前までいったことなど、天地がひっくり返っても最愛の妻には言えない。
(俺は四十九歳の分別ある大人だ……! あの時はちょっと感傷的になってただけで、決して下心があったわけじゃない……!)
ヨウが心の中で必死に言い訳をしていると、隣に座っていたアイリーンが、チラリと意味深なジト目を向けてきた。
魔王としての絶対的な気配察知能力を持つアイリーンは、自分が買い物から帰ってきたときの二人の空気、体温の上昇、心拍数の乱れから、ギリギリで一線を越えかけたことを完璧に把握していたのだ。
(ご主人様のおバカ……。マツリ様という最高の奥様がいながら、珠子に絆されかけるなんて。私が帰ってくるのがあと十秒遅ければ、確実に口づけを交わしていましたね。……絶対に、後でお仕置きが必要ですヨ)
アイリーンは内心で黒い炎を燃やしながらも、表面上はニコニコと微笑んでいた。
「珠子ハ、とっても素直で良い子ですから、私からのほんの気持ちデスヨ。遺跡のことは、焦らず少しずつ調べていけば良いと思いマス」
アイリーンのフォローにヨウはホッと胸を撫で下ろした。女同士の勘の鋭さでバレるのではないかとヒヤヒヤしていたが、アイリーンが味方をしてくれれば百人力だ。
「そうなんだね。珠子ちゃんも頑張ってるなぁ。私も負けてられないや!」
祭は豚汁を飲み干し、ふうっと満足げな息を吐いた。
「あ、そうそう! 今日イタリアンのお店でね、ちょっと面白いことがあったの」
祭が思い出し笑いをしながら話し始めた。
「うちのお店、テラス席だけじゃなくて、一部のフロアは犬の入店を許可してるドッグカフェみたいな一面もあるんだけどさ。私、動物大好きなのね。だから可愛いワンちゃんが来ると、ついニコニコして見つめちゃうんだけど……なぜか、私と目が合った犬、絶対に本気で吠えるのよ」
「絶対に?」ヨウが聞き返す。
「そう、絶対に。トイプードルでもチワワでも、大型のゴールデンレトリバーでも! 私が『可愛いねー』って近づくと、みんな尻尾を股の間に巻き込んで、ガクガク震えながら『キャンキャンキャン!』『ウゥゥゥ、ワンッ!』って必死に威嚇してくるの。飼い主さんも『普段はこんなに吠えないんですけど……』って申し訳なさそうにするから、私、なんだかショックでさぁ」
祭は本気で落ち込んでいるように唇を尖らせたが、ヨウは堪えきれずに吹き出した。
「ぶははっ! そりゃお前、犬の防衛本能が正常に働いてるだけだろ!」
「え? どういうこと?」
「お前、自分じゃ気づいてないだろうけど、合気武道の達人として無意識に『絶対的な強者のオーラ』みたいなのを放ってるんだよ。動物はそういう気配に敏感だからな。犬からしてみれば、『ひぃぃぃ! なんだこのバケモノみたいな強さは! たぶん食べられるー! 僕を食べないでー!』って、命の危機を感じて吠えてるんだよ」
ヨウが身振り手振りを交えて大げさに犬の真似をすると、祭は目を丸くした。
アイリーンも、真剣な顔でウンウンと頷きながら会話に加わった。
「なるほど、野生の勘というヤツですね。では、マツリ様に歯を向けて吠える無礼な犬どもは、私がマツリ様に代わって全て殺してきましょうか?」
物騒すぎる提案をサラリと言ってのけた元魔王に対し、祭は「こらーっ!」と笑いながらヨウの頭をガシガシと両手で揺さぶった。
「陽は私のことを猛獣扱いしないで! 私、可愛い女の子なんだからね!」
「わわわっ、やめろ祭、脳みそが揺れる!」
続いて、祭はアイリーンの頭も同じようにガシガシと揺さぶった。
「アイリーンも! 人間界で『殺す』とか簡単に言っちゃダメ! 犬は可愛いんだから、殺しちゃ絶対ダメなの!」
「あうぅぅ……マツリ様、目が回りますぅ……でも、撫でられてるみたいで幸せですぅ……」
狭い居間に、三人の明るい笑い声が響き渡る。
小樽の夜の静けさの中、ただただ平和で温かい、かけがえのない幸福な時間が流れていた。
日付が変わり、深夜二時。
三人は並んで布団に入っていた。真ん中にヨウ、右に祭、左にアイリーンといういつもの配置である。
部屋の電気は消され、オレンジ色の小さな常夜灯だけが、三人の寝顔をぼんやりと照らし出していた。
ウトウトと眠りに落ちかけていたヨウの耳元で、甘ったるい、粘り気のある声が囁いた。
「マツリ様……」
アイリーンだった。彼女は長い腕を伸ばしてヨウの身体を飛び越え、祭の肩にそっと触れた。
「ん……? どうしたの、アイリーン?」
「私……三人で、エッチしたいです」
その直球すぎる提案に、ヨウは一気に目が覚めた。
「お、おい! アイリーン、お前また急に何を……祭も疲れてるんだから……」
「いいよぉ」
祭の即答だった。
彼女は眠そうな目をこすりながらも、どこか妖艶な笑みを浮かべてヨウの方を向いた。
「私も、陽に抱かれたい気分だったから。……陽は、嫌?」
十代の若々しい肌と、妻としての深い愛情を湛えた瞳で見つめられ、四十九歳のおっさんの魂が抗えるはずもなかった。
「……嫌なわけ、ないだろ」
ヨウは、祭の柔らかな頬に手を添え、優しく、しかし確かな熱を込めて唇を重ねた。
「んっ……ちゅっ……」
甘い水音が静かな部屋に響く。
ヨウは、レベル99の勇者のしなやかな指先で、祭のパジャマのボタンを一つずつ外していった。薄暗い光の中に、圧倒的なボリュームの胸元が現れる。
ヨウはそこに顔を埋め、赤ん坊のように、しかし男の貪欲さを持って吸い付いた。ちゅうっ、ちゅっ。
「ああっ……! 陽、そこ、ダメっ、いきなりそんなに強く……んひぃっ!」
合気武道の達人である祭の身体は、ヨウの愛撫に対しては信じられないほど敏感に反応する。ほんの数分、ヨウの巧みな舌と指先の魔術によって、祭は「ああっ、いく、いっちゃう!」と声を漏らし、早くも一度目の軽い絶頂を迎えて身体を震わせた。
「はぁ、はぁ……祭、最高だ。……次は、アイリーンだな」
ヨウは、熱い吐息を漏らしながら、左側でその光景を熱っぽいオッドアイで見つめていたアイリーンの方へ向き直った。
「ゴシュジンサマ……」
アイリーンは自らネグリジェの肩紐を下ろし、百八十センチの豊満で完璧なプロポーションを曝け出した。ヨウはアイリーンの深い谷間に顔を沈め、魔王の身体を隅々まで愛撫していく。
長年の経験と、この女性の身体が持つ異常な感度を逆手に取ったテクニックで、ヨウは二人を文字通りとろとろになるまで丹念に解きほぐしていった。
シーツはしっとりと湿り、部屋には甘い匂いが充満している。
「はぁ、はぁ……二人とも、準備万端だな」
ヨウは、自分の下腹部に集まる熱を感じながら、アイリーンの耳元で囁いた。
「ほら、アイリーン。いつものやつ、頼む。俺に……エッチ魔法(フタナリ魔法)をかけてくれ」
ヨウの魂は男だが、肉体は女性である。祭と、そしてアイリーンと深く繋がるためには、アイリーンの魔法によって一時的に男の身体を顕現させる必要があった。
しかし。
アイリーンは、とろけた表情のまま、はっきりと首を横に振った。
「……ダメです」
「は?」
ヨウは間の抜けた声を上げた。横で荒い息を吐いていた祭も、「なんで?」と不思議そうに目を向ける。
アイリーンは、ゆっくりと上体を起こし、ヨウの金髪を撫でながら、ねっとりとした声で告げた。
「マツリ様。……今日は、ご主人様を『女として』たっぷり可愛がりませんか?」
その提案に、祭の瞳の奥で、何かがカチリと音を立てて切り替わった。
昼間の明るく元気な太陽のような妻の顔から、合気武道で相手を徹底的に制圧する時の、ドSで冷酷な達人の顔へと。
「……ふふっ。それ、面白いかも。最近陽、自分が男だってことばっかり主張して、この可愛い身体を全然活かしてないもんね」
祭は、舌舐めずりをしながらヨウにのしかかった。
「ま、待て待て待て!」
ヨウは慌てて後ずさろうとしたが、遅かった。
右の手首を祭に、左の手首をアイリーンに、がっちりと押さえ込まれてしまったのだ。合気の達人と、レベル150の元魔王。レベル99の勇者の筋力をもってしても、二人がかりで本気で押さえられれば、逃げ出すことなど不可能だった。
「アイリーン、お前……! 魔法をかけろって命令だぞ! 下僕印が……!」
「下僕印の命令より、今はマツリ様との連帯感が勝っていますヨ。……それに」
アイリーンのオッドアイが、暗闇の中で妖しく、そして冷たく光った。そして念話で直接話しかける。
『珠子にうつつを抜かしかけたご主人様には、少しお仕置きが必要ですからネ』
(バレてたぁぁぁっ!!!)
ヨウが心の中で絶叫した瞬間、アイリーンの長い舌が、ヨウの敏感な耳たぶを舐め上げた。同時に、祭の指先が、ヨウの豊満な胸の先をピンポイントで弾く。
「ひゃああっ!?」
ヨウの口から、四十九歳のおっさんからは絶対に出るはずのない、高く、甘い、完璧な女の子の悲鳴が飛び出した。
「ダメだ、ダメっ……! 俺は、男だ……っ! 女同士の、そんな……あぁんっ!」
「男の魂なんて関係ないよ、陽。ほら、身体はこんなに素直に感じてるじゃない」
祭の指が、ヨウの脚の間をぬるりと撫でる。くちゅっ。すでに二人を愛撫して高まっていたヨウの身体は、妻と居候からの同時攻撃に、いとも簡単に陥落の兆しを見せ始めていた。
「やめ……ひぐっ、アイリーン、そこっ……指、動かすなっ……!」
「ふふっ、ご主人様、ここ、すっごく熱くなってますね。マツリ様、こっちの胸も吸ってあげてください」
「うんっ……ちゅっ、れろぉ……陽の胸、柔らかくて美味しい……」
くちゅ、くちゅっ、ちゅぱっ……。
「あ゛ぁぁぁっ! だめ、いく、いっちゃうからぁっ!!」
ビクンッ、ビクンッ!
ヨウの身体が大きく弓なりに反り、足の指がギュッと丸まる。あっけなく、一度目の絶頂がヨウを襲った。
しかし、それは地獄……いや、快楽の牢獄のほんの入り口に過ぎなかった。
この男の身体を顕現させる魔法は、アイリーン固有のものであり、ヨウ自身の膨大なスキルの中には存在しない。アイリーンが魔法を使わない限り、ヨウは朝まで「受け身の女」として過ごすしかないのだ。
「はぁ、はぁ……もう、勘弁してくれ……俺が、俺が悪かったから……っ」
ヨウは涙目で命乞いをしたが、火のついたドS妻と、密かな嫉妬の炎を燃やす元魔王が止まるはずもなかった。
「まだ始まったばっかりだよ、陽? 今日は朝まで、たっぷり女の子の悦びを教えてあげるからね」
『ご主人様が、二度と他の女にフラフラしないように、この身体に徹底的に教え込みます!』
「ひぎぃぃぃぃぃぃっ!!!」
何度逃げようと試みても、合気武道の関節技で的確に動きを封じられ、そのたびに極上の愛撫によって絶頂へと引き戻される。
ヨウは、男としてのプライドを粉々に打ち砕かれながら、ただひたすらに高い嬌声を上げ、シーツを濡らし、快感の波に溺れ続けるしかなかった。
そして、翌朝。
窓の隙間から、白々と朝の光が差し込んでいた。
「……あ、あぁ……」
布団の中で、ヨウはピクリとも動けなかった。
全身の筋肉が快感の余韻で震え、目は虚ろで、金糸のような髪は汗でぐっしょりとシーツに張り付いている。一晩中、数え切れないほどの絶頂に連れていかれ、脳の処理能力は完全にショートしていた。
その両脇では、祭とアイリーンが、まるで獲物を狩り終えた満足げな雌ライオンのように、艶やかな表情でヨウを抱きしめていた。
「んふふ……陽、可愛かったなぁ。これはこれで、たまには良いかも」
祭は、自身の内側に眠っていた新たな扉を開いたような、極上の満足感に包まれながらヨウの頬にキスをした。
アイリーンもまた、ヨウの胸元に顔を埋め、オッドアイを細めてニヤリと笑った。
(ふふっ……これで反省しろ、ですヨ。ご主人様)
四十九歳の元おっさんにとって、女の身体の恐ろしさと、嫉妬に狂った女たちの執念を骨の髄まで思い知らされた、長くて甘い小樽の夜だった。




