幕間「天界どうでしょう!」第二部編――ここをキャンプ地とする
天界の最上層、「モニタリングルーム」。
今日のエリシアは、最初から顔色が悪かった。
「……後志って、広いんですねぇ。ニセコ、倶知安、羊蹄山、尻別岳、京極……。ロケ隊、全部ついて回ったんですよぉ」
「女神様は椅子に座ってただけでしょ!」
「中継の次元転移に、毎回付き合わされてたんですよぉ。うっ……」
「はい、酔い止めの代わりに『雲のマカロン』!」
「いりませんっ」
「あーん!」
「むぐぅっ!」
「カッカッカ……」
ウレシリアは、今日も目を閉じたまま、カメラを回している。
「第二部ッ! テーマはずばり、『夏』だァ!」
フュジェモンがメガホンを振り上げる。
「まずは初仕事! 夜明けの雑居ビルで、悪霊の群れを――」
モニターの中で、金髪の美女が拳を突き出す。魔法ではなく、拳で悪霊の群れが片づいていく。
「魔法じゃなくてパンチ! 勇者なのに!」
「元ボクサーですからねぇ。身体が覚えてるんでしょうねぇ」
「報酬三十万以上! しかも月四回の定期枠付き! あの貯金三万二千円の一家がだぞ!」
「よかったですよぉ、本当に……」
エリシアが、心底ほっとした顔をする。
「で、その金で何をしたか!」
映像が、アパートの寝室に切り替わる。
「奥さんの若返り! 『神聖なる完全修復』!」
「膝の古傷も、視力も、歯も治って、肌は十代に……。祭さん、喜んでましたねぇ」
「白髪も、円形脱毛症も、全部です」
ウレシリアが、静かに付け足した。
「旦那さんが倒れてから、ひとりで抱えてきた苦労の跡でしょう。……魔法で消えても、苦労した事実は消えない。だから、あの人は強いんでしょうねぇ」
「……ウレシリアさん、たまにいいこと言いますよねぇ」
「たまにじゃないですよ。カッカッカ」
「そしてここからが夏の本番!」
フュジェモンが、台本をめくる。
「堺町通りを手つなぎデート! ラーメン『利光』! 魔王、ラーメンライスに陥落ゥ!」
「アイリーンちゃん、『ラーメン大好き、です』って……可愛かったですねぇ」
「四人で水着選び! 塩谷海岸のBBQ! 珠子ちゃんの嫁力が爆発!」
「よく気がつく子なんですよねぇ、珠子ちゃん」
「そして魔王の大津波!」
「祭さん、泳げないのに沖に置いていかれて……あれはひどいですよぉ」
「ガハハハハ! あれは撮れ高でした!」
「撮れ高って言えば、何でも許されると思ってますよねぇ、フュジェモンさん」
「思ってますねぇ!」
「……それ、この前ウレシリアさんが言ってたやつですよぉ」
「キャンプの夜! トライアルで買い出し、温泉、日本酒、花火!」
「夜明けの浜辺で、シーグラスの交換もしてましたねぇ。珠子ちゃんから大暮くんへは、黄色」
エリシアは、少し声を落とした。
「珠子ちゃん、ずっと我慢してるんですよねぇ。奥さんがいる人だって分かってて」
「そこがいいんじゃないですか! この恋、どうなる!? 来週も見てね!」
「来週じゃないですよぉ……」
モニターに、アパートの居間が映る。
アイリーンが、まだ少したどたどしい日本語で歌っている。
『上を向いて歩こう』。
画面の中のヨウが、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
編集室が、一瞬だけ静かになる。
「……祭さんが入院中、ずっと支えにしてた歌、なんですよねぇ」
「……」
フュジェモンが、無言でメガホンを置いた。
「……ここは、BGMなしでいこう」
「はい」
ウレシリアの返事も、いつもより少しだけ優しかった。
「――で!」
次の瞬間、フュジェモンは何事もなかったようにメガホンを拾い上げた。
「夜のシーンは、まぁ、色々ありました!」
「色々ありましたねぇ……」
エリシアが、そっと視線をそらす。
「下僕印のせいで嘘がつけないとか、奥さんの『条件付き公認』とか、三人で朝まで……とか」
「地上波では全部カットですよぉ!」
「天界の深夜枠なら流せますよ。カッカッカ」
「流しませんっ!」
「あと、天狗山ジョギング事件! 書き置きなしで朝ジョギングに出たら、奥さんは『泣いてないわよ!』、魔王は大泣き!」
「あれは大暮くんが悪いですよぉ。一度いなくなった人なんですから」
「そしてメイクで女神級の美貌に!」
モニターに、メイクを終えて鏡の前で固まるヨウ。
「大暮くん、メイクしたら、私くらい綺麗になっちゃいましたねぇ」
「女神様、自分で言います?」
「……言っちゃいましたねぇ」
「本人も『あのポンコツの女神くらい美しい』って思ってましたよ」
「ポンコツって言われてるじゃないですかぁ!」
「カッカッカ。褒め言葉の半分は、悪口でできてますからねぇ」
「そして第二部のクライマックス、後志霊脈調査編だ!」
モニターに、羊蹄山の雄大な姿が映る。
「羊蹄山は『吸い込む』女の山、尻別岳は『吐き出す』男の山! 羅盤にヒビ! 大地が『ドクン』!」
「珠子ちゃんが倒れた時、大暮くん、真っ青になってましたねぇ」
「『絶対結界』に『精神治癒』! そして――」
フュジェモンが、溜めに溜めた。
『ここをキャンプ地とする! だな!』
「言った! 言いましたよねぇ、大暮くん!」
エリシアが、思わず手を叩いた。
「あの人、絶対うちの番組の元ネタのほう、見てますよねぇ」
「北海道の人間だからな! ガハハハハ!」
「パクリ番組が、本家の名言を撮る。……業が深いですねぇ。カッカッカ」
「で、結局あの『ドクン』は何なんですか?」
エリシアが、首を傾げた。
フュジェモンとウレシリアが、顔を見合わせる。
「……さぁ?」
「さぁって。天界のディレクターでしょう?」
「分かんないから面白いんじゃないですか! 引きですよ、引き!」
「私たちにも分からないものが、あの土地にはある。……いいじゃないですか。神様が全部知ってたら、番組になりませんから」
ウレシリアは、帰り道でヨウだけが感じた鼓動の映像を、そっと保存フォルダに入れた。
「報酬は八十万! 珠子ちゃんが自腹で足そうとした二十万は、きっちり返す!」
「そういうところ、ちゃんとしてるんですよねぇ、大暮くん」
「でもSNSでは、大暮さんの目撃情報が拡散され始めてる!」
「嫌な予感しかしないですよぉ……」
「でも大暮さん、俺らのことは、もう完全に忘れてますよ。天井、全然見なくなったし」
フュジェモンが、少しだけつまらなそうに口を尖らせた。
「勝手に撮れって言われましたからねぇ」
「カメラを忘れてくれた人の、素の顔。……それが撮りたかったんですよ、私は」
ウレシリアが、閉じた目でファインダーを覗き込むようにして、満足そうに言った。
「さぁて、第三部は自動車教習所だ! 金髪美女がMT車で坂道発進! 撮れ高の予感しかない!」
「……私、車にも酔うんですよぉ」
「女神様は乗らないでしょ!」
「見てるだけで酔うんですよぉ……」
「カッカッカ……。その前に、コーヒーを」
「ダメだ!」




