帰宅した妻と、三人の夜
八月の中旬。
小樽の夜は更け、運河の方から聞こえていた観光客の喧騒もすっかり鳴りを潜めていた。
窓の外からは、秋を先取りしたような虫の音が、涼しい海風に乗って微かに届いてくる。
しかし、安アパートの八畳の居間だけは、むせ返るような熱気と、濡れた音、そして甘い嬌声に支配されていた。
「あ゛ぁ゛ぁ゛っ! ゴシュジンサマァァッ! 奥ッ、奥、凄イデスゥゥッ!」
「アイリーン、お前……中、熱すぎる……っ! どんだけ締めてくんだよ!」
オレンジ色の常夜灯に照らされた畳の上で、ヨウとアイリーンは激しく身体をぶつけ合わせていた。
金髪美少女勇者の身体と、魔界を統べていた絶世の魔王。二人の身体は深く繋がったまま、情け容赦なく揺れ続けている。
パンッ!パンッ!パンッ!
と肌が打ち付けられる音が、部屋の中に反響する。
「イクッ! 私、マタ、イキマスゥゥゥッ! ア゛ァァァァァァッ!!」
ビクンッ、ビクンッ!とアイリーンの長身が弓なりに反り、これで何度目か分からない強烈な絶頂を迎える。
二人の汗が、畳の上に小さな水たまりを作っていた。魔王の異常な超絶感度は、ヨウが少し動くだけで彼女を狂おしいほどの快楽へと突き落としてしまう。
「ハァ……ハァ……お前、本当に感度良すぎだろ……俺も、そろそろ……」
ヨウが荒い息を吐きながら、最後のスパートをかけようとした、その時だった。
ガチャリ。
アパートの玄関のドアが開く音が、静かな夜の空気に響いた。
ヨウとアイリーンの動きが、ピタリと止まる。
「ただいまーっ。……もう、アイリーンったら防音魔法かけてるから外には聞こえないけど、玄関開けた瞬間にすごい匂いと音が漏れてるじゃないの」
底抜けに明るく、そして呆れ果てたような声。
深夜のイタリアンレストランのバイトを終えた妻、祭が帰宅したのだ。
「ま、祭! お、おかえり……!」
ヨウは、アイリーンの上に跨ったまま、バツが悪そうに振り返った。
いくら祭から「アイリーンとエッチしてもいい」と許可をもらっていたとはいえ、妻が仕事から疲れて帰ってきた瞬間に、居候と激しく抱き合っている現場を見られるというのは、四十九歳のおっさんの倫理観にダイレクトなダメージを与える。
「……マツリサマ……オ、オカエリナサイマセェ……」
ヨウの下敷きになっているアイリーンは、白目を剥き、口からだらしなく涎を垂らしながら、ピクピクと震えつつ挨拶をした。
完全にイキすぎており、まともに指一本動かせない状態だ。
祭は、スーパーの袋をテーブルに置くと、腕を組んで二人を見下ろした。
怒っているわけではないが、やれやれとため息をついている。
「陽、激しすぎるよ。アイリーン、もう限界超えてるじゃない」
「ち、違うんだよ! こいつが『もっと、もっと』ってねだってくるから、つい調子に乗っちまって……!」
ヨウが必死に言い訳をしている間に、祭は着ていたシックな黒い制服のブラウスのボタンを外し始めた。
「まぁ、いいわ」
祭の視線が、魔法でまだ男の身体のままのヨウへと向けられる。
「バイト、すっごく忙しくて足パンパンだし、クタクタになっちゃった。……だから、私も陽に癒してもらおうかな」
祭は、ブラウスを脱ぎ捨て、黒いタイトスカートのホックを外した。
スルスルとスカートが床に落ちる。さらに、若返りの魔法で十代のようにハリのある白い肌を包んでいた下着も、惜しげもなく脱ぎ捨てた。
158センチと小柄ながら、豊かな胸と大きなお尻を持つ、完璧なセクシーボディが常夜灯に照らし出される。
「祭……お前、疲れてるんじゃないのか?」
「疲れてるから、陽に甘えたいの。ダメ?」
祭が、上目遣いで妖艶に微笑む。
その笑顔に、ヨウのおっさん魂は完全に射抜かれた。
「ダメなわけ、ねぇだろ……! こっち来いよ、祭」
ヨウは、アイリーンからゆっくりと身体を離し、祭に向かって手を伸ばした。
祭はヨウの胸に飛び込み、ギュッと抱きついた。十年の夫婦生活で染み付いた、安心する匂いと体温が、ヨウの心を深く満たしていく。
「あぁ……マツリサマ、美シイデス……。私ハ、少シ休ミマス……お二人ノ愛ヲ、見守リマス……」
限界を迎えていたアイリーンは、ズルズルと畳の上を這って少し距離を取り、壁際に背中を預けた。
彼女は、魔法のバフをかける役割に徹するつもりのようだ。
「よし、じゃあ……祭。愛してるよ」
「私も。世界で一番愛してるよ、陽」
ヨウと祭の交わりは、アイリーンとの野獣のような激しいぶつかり合いとは全く違っていた。
それは、十年の月日を共に歩んできた夫婦だけが持つ、お互いを慈しむような、極上の優しい時間だった。
ヨウの長く美しい指が、祭の豊かな髪を撫で、背中のラインをゆっくりと滑り降りる。
祭の小さな手が、ヨウの黄金の髪を梳き、首筋から鎖骨へと優しくキスを落としていく。
「んっ……陽の指、優しくて……気持ちいい……」
「祭の肌、すげぇすべすべだ。若返ったからってだけじゃねぇ。お前の全部が、愛おしいよ」
チュッ……んちゅっ……。
リップ音が、静かな部屋に優しく響く。
お互いの弱点や、気持ちいい場所を知り尽くしているからこそできる、丁寧で濃密な愛撫。
しかし、この愛撫合戦において、ヨウには致命的な弱点があった。
それは、現在の肉体が「レベル99の勇者クレア」であり、魔王アイリーンの快楽攻撃によって開発され尽くした『超絶感度』を抱え込んでいるという事実だ。
祭の指が、ヨウの豊かな胸を優しく揉みしだき、その先を舌でチロリと舐め上げた瞬間。
「ひゃうっ……!? あ、あっ……ダメだ、祭、そこは……っ!」
ヨウの腰が、ビクンッと大きく跳ねた。
「ふふっ。陽、相変わらず声が可愛い。女の身体になってから、すっかり感じやすくなっちゃったね」
「う、うるせぇ……! 中身はおっさんなんだぞ……あひぃっ!」
祭は、いたずらっ子のようなドSの笑みを浮かべ、ヨウの太腿の内側を指先でなぞり、その奥をくすぐるように撫でた。くちゅっ、と小さな音がする。
「あっ、あぁっ! 祭、待って、それ以上触られたら、俺、おかしくなるっ……!」
ヨウは、女の身体の強烈な快楽の波に抗えず、わずか数分の愛撫で涙目になり、ガクガクと震え始めた。
夫婦の愛撫合戦は、圧倒的なテクニックと余裕を持つ祭の完全勝利だった。
「ハァ……ハァ……祭、俺の負けだ。もう限界だ……お前と、一つになりたい……」
「しょうがないなぁ。私の負けず嫌いな旦那様は」
祭が優しく微笑み、ヨウを畳の上に仰向けに寝かせた。
そして、祭自身が上に跨り、ゆっくりと腰を下ろす位置を合わせた。
「フタナリ魔法、継続強化! ゴシュジンサマノ相棒ヨ、モット熱ク、元気ニナレェェェッ!」
壁際で見ていたアイリーンが、絶妙なタイミングで指を鳴らし、魔法のバフをかけた。
ヨウの身体が、さらにドクンッと脈打ち、熱を増す。
「いくぞ、祭……」
「ああ、陽……」
ゆっくりと、時間をかけて、祭が腰を沈めていく。
一つになった瞬間、二人は同時に深い、幸福感に満ちたため息を吐いた。
「はぁ……陽……奥まで、いる……」
「祭……あったかい。お前の中、最高に安心する……」
激しく打ち付けるわけではない。
お互いの体温と、鼓動を感じ合いながら、ゆっくりと、深く、円を描くように腰を動かす。
畳がかすかに、きし、きしと鳴る。
視線を絡ませ、何度も何度も、優しくキスを交わす。
「陽が……生きててくれて、本当に良かった。こうして、私を抱いてくれて……幸せだよ」
「俺こそだ。お前が待っててくれたから、帰ってこれたんだ。お前を一人にして、苦労させてごめんな。……俺、お前のこと、一生大事にするからな」
「うん……私も、陽の全部、愛してる……あっ、そこ……すごくいい……んっ、んんっ……」
勝ち負けなど存在しない。ただお互いを求め、愛し合っていることが、その表情、息遣い、触れ合う肌の温度から、痛いほどに伝わってくる夜だった。
その光景を壁際で見つめていたアイリーンは、自分の両手で口元を覆い、ボロボロと大粒の涙を流していた。
『あぁ……なんて、なんて美シイ……。尊イデス……。コレガ、本当の愛……推せます!』
魔界で孤独な王として生きてきた彼女にとって、損得勘定のない、純粋な無償の愛の交わりは、何度見ても心が震えるほどの感動を与えてくれるのだ。
「マツリサマ……ゴシュジンサマ……。私、オ二人ノタメニ、全力デ、魔法カケマスゥゥゥッ!!」
アイリーンは、限界オタクのように感動の涙を流しながら、男の身体を維持する魔法や、体力を回復させるバフを、惜しげもなくヨウと祭にかけ続けた。
「あっ、あぁっ……陽、陽……! イクッ、私、もう、イッちゃうぅぅっ!」
「祭……! 俺も、俺も……! お前の中で、全部……!」
アイリーンの完璧なサポートを受け、二人の熱はついに頂点へと達した。
「あ゛ぁぁぁっ! 陽ゥゥゥッ!!」
「おおおおぉぉっ! 祭ぃぃぃっ!」
ヨウの熱が、祭の奥で弾けた。
祭は背中を大きく反らせて、ガクガクと激しく震えた。
若返って無尽蔵のスタミナを持っていたはずの祭だったが、愛する夫との極上の交わりと、アイリーンの魔力バフによる相乗効果で、完全に快楽の限界を突破してしまった。
「はぁ……はぁ……陽……しあわ、せ……」
祭は、ヨウの胸の上にバタリと倒れ込み、幸せそうな笑みを浮かべたまま、スヤスヤと寝息を立て始めた。
完全に気を失っている。
「……ハァ、ハァ……祭、お疲れさん。よく頑張ったな」
ヨウは、胸の上で眠る祭の頭を優しく撫で、その寝顔にそっとキスをした。
すると。
ズルズルズル……。
壁際で休んでいたアイリーンが、再び蛇のように這い寄ってきた。
彼女の体力は、魔族特有の異常な回復力で、すでに全快していたのだ。
「ゴシュジンサマ……。私モ、回復シマシタ。……マツリサマガ休ンデイル間、今度ハ私ト、第ニラウンド、オ願イシマス」
アイリーンのオッドアイが、再びギラギラとした情欲の光に燃えている。
「おいおいおい……俺はもう、祭で出し切ってフラフラなんだけど……」
「ダイジョウブデス! スタミナ回復魔法、カケマス! 男ノ身体モ、強化シマス! 朝マデ、タップリト、可愛ガッテクダサイ!」
ポワァァァンッ!
アイリーンが指を鳴らすと、ヨウの身体に再び熱が戻った。全身の疲労も一瞬で吹き飛ぶ。
「チート魔法すぎるだろ……! わかったよ、付き合ってやる! 俺の愛玩動物を、満足いくまで可愛がってやるよ!」
「ア゛ァァァッ! ゴシュジンサマァァァッ!!」
ヨウがアイリーンを押し倒し、再び激しく肌のぶつかり合う音と、甘い声が部屋に響き始めた。




