魔王の密約と、嘘をつけない下僕印
八月の中旬。
小樽の街はすっかり夜の帳に包まれ、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
窓の外からは、運河の方から吹き込む涼しい海風が、レースのカーテンを静かに揺らしている。遠くでリン、リンと鳴る秋の虫の音が、北海道の短い夏の終わりを告げているようだった。
安アパートの八畳の居間。
オレンジ色の常夜灯だけが点る薄暗い部屋の中で、大暮ヨウは、元魔王アイリーンのしなやかな長身を、腕の中にすっぽりと収めていた。
かつては魔界を統べ、絶対的な恐怖の象徴であった魔王は、今や一人の女の子として、過去の理不尽な暴力に対するトラウマに涙を流し、ヨウの腕の中で微かに肩を震わせていた。
「大丈夫だ。お前はここにいていいからな。俺が責任取る」
ヨウがそう言って力強く抱きしめると、アイリーンもヨウの背中に腕を回し、ギュッと抱きしめ返してきた。
互いの柔らかな胸の膨らみが押し付け合い、トクトクという心臓の鼓動が、薄いTシャツ越しに直接伝わってくる。
しばらくの間、二人は言葉もなく、ただ静かに温もりを確かめ合っていた。
しかし、アイリーンの啜り泣く声が落ち着いてくると、次第に部屋の空気が、しっとりとした感傷的なものから、どこか甘く、そして淫靡な熱を帯び始めた。
アイリーンの吐息が、ヨウの首筋にかかる。
その息は、先ほどまでの涙混じりのものとは違い、明らかに熱を孕んで、荒くなっていた。
「……あの」
アイリーンが、ヨウの胸に顔を埋めたまま、甘ったるい、猫のようになで声を出した。
「では、ご主人様。……悲しいお話は終わりにして、下僕を、可愛がってください」
「……え?」
ヨウの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
アイリーンが顔を上げると、その猛禽類のようなオッドアイ(右目が赤、左目が青)は、すっかり涙の跡が消え、代わりにねっとりとした情欲の光で潤みきっていた。
長い舌が、艶やかな桜色の唇をペロリと舐める。それはもう、トラウマに怯える女の子の顔ではなく、完全に発情したメスの顔だった。
「ちょ、ちょっと待て、アイリーン。急展開すぎるだろ」
ヨウは、慌ててアイリーンの肩を押し、身体を少しだけ引き離そうとした。
「いや、お前の気持ちは嬉しいっていうか、俺も男の魂だから正直そういうのは嫌いじゃないんだけど……でも、祭に悪い。いくらお前が俺の下僕でも、妻の目を盗んで浮気みたいな真似は、その……」
四十九歳のおっさんとしての、真っ当な倫理観。
これまで祭一筋で生きてきたヨウにとって、いくら自分が女の身体になっているとはいえ、祭が不在の夜に他の女(しかも絶世の美女)と関係を持つのは、強烈な罪悪感があった。
しかし、アイリーンはそんなヨウの抵抗を気にする素振りも見せず、フフッと妖艶に微笑んだ。
「大丈夫です、ご主人様。……私、マツリサマから、許可、もらいましたから」
「……は?」
「ご主人様と、エッチしても良いと。キチンと、本妻様のお墨付きですぅ」
ヨウの碧眼が、これ以上ないほどにカッと見開かれた。
「許可!? 祭が!? あの、嫉妬でフライパン振り回す祭が、浮気を公認したっていうのか!?」
「ハイ! その代わり、条件があります。ご主人様とマツリサマがエッチする時に、私のあの魔法……『男根顕現』の魔法を、毎回必ず使うこと。それが、私に与えられた条件です」
アイリーンは、誇らしげに胸を張って答えた。
ヨウは、その言葉を聞いて、全ての合点がいった。
あの朝、自分が寝落ちしている間に、祭とアイリーンが朝食を食べながら何やら話し込んでいたこと。
それ以来、恋のライバルであるはずの二人が、まるで本当の姉妹のようにキャッキャと仲良くなり、海でもテントでもベッタリとくっついていたこと。
すべては、女同士の……いや、妻と愛人(ペット)の間の、生々しい『密約』が交わされていたからなのだ。
「……なるほど。だから、お前達あんなに仲良くなったの?」
「ハイ! マツリサマは、とっても心が広くて、素晴らしい本妻様です! 私、マツリサマには一生頭が上がりません!」
アイリーンが元気よく返事をした、その直後だった。
パチン。
アイリーンの細く白い指が、虚空で軽やかな音を立てた。
瞬間、ヨウの身体に電流のような衝撃が走った。
「うおっ!?」
ヨウの金髪の美少女の身体――その下腹部の奥底から、信じられないほどの熱量が沸き上がってきたのだ。
紫色の淡い魔力の光が下腹部を包み込む。
何もないはずの場所から、かつての四十九歳の男時代の記憶を呼び覚ますように、熱く、そして立派すぎる『男の象徴』が、ドクンッ、ドクンッと脈打ちながら顕現した。
「ああっ……! 来た、来たぜ……俺の相棒……!」
ヨウが身悶えする間にも、それは急速に膨張し、ヨウが履いていた小さなショーツの布地を、テントのように突き上げる。
アイリーンは、ヨウを畳の上に押し倒すと、すぐさまその腰へと顔を沈めた。
「いただき、マスッ!」
アイリーンの両手が、ヨウのショーツを太腿まで引き下ろす。アイリーンは躊躇することなく、そこへ艶やかな唇を寄せた。
「んちゅっ……! ちゅぷっ、れろぉっ……!」
「ひぅっ……!?」
アイリーンの熱い息と、とろけるように柔らかい舌が、ヨウを包み込んだ。
魔界を統べる絶世の魔王が、四十九歳のおっさんの魂が入った美少女の腰に顔を埋め、無我夢中で口づけを繰り返している。
「あぁっ……アイリーン、お前……いきなり、そんな……っ!」
「んぐっ……ちゅるるっ……ちゅぽっ……!」
アイリーンの舌使いは、まさに芸術的だった。アイリーンの鼻から漏れる荒い呼吸が、直接ヨウの下腹部に吹きかかり、その熱風がさらにヨウの快感を煽っていく。
「はぁっ、はぁっ……すげぇ……。そうだよな、お前と、こうやって直接エッチしてなかったし……」
ヨウは、自分の金髪を畳に擦り付けながら、荒い息を吐いた。
考えてみれば、現世(地球)に帰還してからは、昼間の明るいリビングで一度交わったきりだ。
前に、祭との終わらない絶頂合戦を一晩中、魔法のサポートをするだけの「放置プレイ」状態だったのだ。
アイリーンの中に溜まっていた欲求不満は、すでに限界を突破していたのだろう。
「この間は、ずっと見せつけられていただけだもんな……お前も、辛かったんだな……」
「んちゅ……ちゅっ……れろぉ……い、いえ……」
アイリーンは、唇を離さないまま、必死に言葉を紡ごうとした。
「ごしゅじんたま、と、まつりたまの、せっくちゅは……愛の、儀式、れす……ちゅぽっ」
「おいおい、無理して喋らなくていいから! っていうか、咥えながら喋るな、滑稽すぎるだろ!」
ヨウがツッコミを入れるが、アイリーンは止まらない。
彼女は、ちゅぽんっと唇を離すと、ぺろりと舌なめずりをして、オッドアイを潤ませてヨウを見上げた。
「私、300年以上生きてきました。魔界の王として、政略や力関係の中で、私にもパートナーがいたこともありました」
アイリーンの口から語られる、長すぎる魔族としての歴史。
「でも……あんなに、お互いを求め合い、愛し、愛される関係は、見たことがありませんでした。私、感動したんです」
アイリーンの目から、再びツーッと一筋の涙がこぼれ落ちた。
今度の涙は、悲しみではなく、純粋な美しさへの感動の涙だった。
「本当の愛を見ました。だから、お二人の愛の営みのお手伝いができるなら、私は魔法をかけるだけでも、とっても幸せだったんです」
その言葉は、痛いほど真っ直ぐで、純粋だった。
「……アイリーン」
ヨウの胸の奥が、熱くなった。
かつては人間を滅ぼそうとしていた魔王が、自分と妻の夜を見て「愛」を知り、感動して涙を流している。
その事実が、四十九歳のおっさんの心に深く突き刺さった。
「ありがとうな、アイリーン。俺たちの夫婦の愛を、そんな風に褒めてくれて。……お前の気持ち、すごく嬉しいよ」
ヨウは、優しく微笑み、アイリーンの赤い髪を撫でた。
「でもな」
ヨウは、少しだけ顔を引き攣らせた。
「俺のアレを、よだれまみれで咥えながら、感動の愛を語られてもな〜! 絵面がカオスすぎて、情緒が迷子になるんだよ!」
「エヘヘ……スミマセン」
アイリーンは、照れくさそうに笑って、再びヨウの太腿にすりすりと頬を擦り付けた。
「祭から許可もらったって言うのは、本当なんだな? まぁ、お前は俺には嘘つけないか。絶対に逆らえない『下僕印』があるもんな」
「ハイ! ご主人様には、絶対に嘘は言いません!」
アイリーンは、力強く頷いた。
そして、ヨウの腰に両手を添え、下から上目遣いで、とびきり艶っぽい視線を送ってきた。
「それに、ご主人様。……しばらく、タマコからの依頼で、出張(裏の仕事)に行くんですよね?」
「おう。もしかしたら、三日くらいかかるかもしれないな」
「だったら……その出張前に、私にたっぷりと、精気を注ぎ込んでください。私を、可愛がってください」
アイリーンの声が、甘く、低く震えた。
「私、もう、準備は完全にできています。……いえ、準備どころか、もう限界です。トロトロです!!!」
アイリーンは、自分の黒いショーツを、恥ずかしげもなく指差した。
「ご主人様と、一つになっただけで……多分、一瞬で、すぐにイキます!!!」
恥じらいも何もあったものではない、完全な降伏宣言。
その言葉を聞いて、ヨウの中のおっさんの理性が、ついに完全に吹き飛んだ。
「……わかったよ!!!」
ヨウは、猛然と起き上がり、アイリーンの180センチのしなやかな身体を、畳の上に押し倒した。
「愛玩動物の欲求不満を解消して、たっぷりと可愛がってやるのも、ご主人様の立派な仕事だからな! 出張前の景気づけだ、朝まで寝かさないからな!」
「あぁっ……! ご主人様ぁっ、ハイッ! ハイッ!!」
アイリーンは、歓喜の声を上げて、自らショーツを脱ぎ捨て、長い両脚を大きく開いた。
オレンジ色の常夜灯に照らされた、抜けるように白い魔王の肌。
「いくぞ、アイリーン……!」
「クダサイッ! 全テ、私ノ中ニッ!」
ヨウは、アイリーンの両脚の間に腰を下ろし、彼女の腰を両手でガシッと掴んだ。
「んっ……!」
ぬるり。
そして、一気に、己の全てをアイリーンの奥へと沈めた。
「――っっっ!!!!」
その瞬間、アイリーンのオッドアイが、カッと限界まで見開かれた。
声すら出ない。
彼女の喉の奥から、ヒュッと息を吸い込む音だけが漏れた。
魔王の異常なまでの超絶感度。一晩中、ヨウと祭の夜を見せつけられ、極限まで高まっていた欲求不満。そこに、勇者の肉体に宿った立派すぎる熱が、一切の助走なしに、いちばん奥まで届いたのだ。
「あッ……! ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!!!」
ズガァァァァァァァァンッ!!!!
アイリーンの全身が、まるで落雷を受けたかのように激しく跳ね上がった。
彼女の180センチの長身が、弓なりに反り返り、両手両足の指先までがピーンと伸び切る。
「おいっ!? アイリーン!?」
あまりの劇的な反応に、ヨウが驚いて腰の動きを止める。
しかし、アイリーンの絶頂は止まらなかった。
「イッ……! イクゥゥゥッ! 入ッタダケデ、イッチャウゥゥゥッ!!」
ビクンッ、ビクンッ、ビクンッ!
ヨウのお腹まで濡れるほど、魔王の身体は激しく震え続けた。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ……! 最高デスゥゥゥッ……! ゴシュジンサマァァァッ……!!」
白目を剥き、よだれを垂らしながら、アイリーンはガクガクと全身を痙攣させている。
予告通り、ただ一つになっただけで、一度も動かないうちに、魔王は完全に昇天してしまったのだ。
「お前……どんだけ感度いいんだよ。まだ一ミリも動かしてねぇぞ……」
ヨウは、ガッチリと締め付けてくるアイリーンの圧迫感に、冷や汗を流した。
「ハァ……ハァ……アヒィッ……」
アイリーンは、痙攣の余韻の中で、虚ろなオッドアイをヨウに向けた。
「モット……動イテ、クダサイ……。私ノ中、全部、メチャクチャニ、シテ……!」
「……言われなくても、そうしてやるよ。俺も、出張前に限界までスッキリしておきたいからな!」
ヨウは、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、再び腰を引き、全力でアイリーンの奥へと打ち込み始めた。
パンッ!パンッ!パンッ!
パンッ!
「ひぎぃっ! あ゛ぁっ! 奥ッ! 奥、突カレテルゥゥゥッ!」
ヨウの暴力的な胸と、アイリーンの豊かな胸が、動くたびに激しくぶつかり合い、柔らかな波がうねりを作る。
金髪と深紅の髪が絡み合い、汗が混ざり合って、むせ返るような匂いが八畳の居間を満たしていく。
「アイリーン……! お前の中、最高に気持ちいいぜ……!」
「ア゛ァァァッ! ゴシュジンサマァァッ! 私モ、私モ、最高デスゥゥゥッ!!」
窓の外では、秋の虫の音が、二人の声に掻き消されていく。
静かな小樽の夜。
出張前の景気づけという名目で始まった、四十九歳の元高校教師と、三百歳の元魔王による、常軌を逸した激しい愛の夜。




